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14話から投稿しております。
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ミーシャは、初めてともいえるノアの様子に、内心で不満を漏らしながらも村に行ったゼニアをノアと二人で待っていた。
「ミーシャ様、やはり馬を交換したいと言った男がいたそうです」
「そう。ならこの道で間違いないようだね」
村を調べていたゼニアがミーシャにそう伝える。
「ノア様、やはり隠ぺいする余裕なく馬を飛ばしているようです。これならあと数日もしないうちにヘレン嬢たちに追いつくでしょう」
「分かった。これからは別行動でも構わないのか?」
「そうですね…。ゼニア一人に任せても問題ないでしょう。彼女は私の信頼は厚いですから」
「ではそうしよう」
ノアが颯爽と馬に乗ろうとするのを、ミーシャは内心でこんなに頭の回らない人か?と思いながら止める。
「お待ちください。今日はここで休みましょう」
「何を言っている? 先にバーゲンムート入りするんだぞ?」
「ですが、我々の馬も休ませねば限界です。彼らが先に交換したために、私たちは同じ馬に乗らなくてはならないんですよ? ここで潰してしまえば、足がなくなります」
「だが…」
彼の気持ちも分からなくない。だが、もう辺りは暗くなってきている。そんな中、馬を走らせるなど危険でしかない。クリスとやらはその危険を冒してでも走らせているようだが、馬車と馬。どう考えてもこちらに分がある。
焦りというのはどんなに頭がいい人でも馬鹿にしてしまうのだろう。
「ノア様、落ち着いてください。無理をして体や馬を壊せば、私たちが先にバーゲンムート入りすることが出来なくなります。数日と言っているわけではありません。数時間でいいのです」
「……わかった」
ノアはミーシャの言葉に渋々従うように頷いた。
いくら彼が公爵家の者だろうと、この場ではミーシャの方が正しい。自警団という中で、ミーシャやゼニアはノアよりもこういったことを日常としているのだ。逆を言えば、ミーシャの言葉に従えないようであれば、ミーシャはノアを置いてくことすら視野に入れていた。
そのことを何となく察したのか、ノアは沈黙した。
「ゼニア、悪いけどどこか休める場所はないか聞いてきてもらえる?」
「はい」
ヘレンを救うことに、否やは全くない。だが、予想以上にノアが使いものにならないかもしれない事実に、ミーシャは頭を痛めそうになった。
「ノア様、見つかり次第休み、そして早朝に立ちます。いいですね?」
「あぁ、構わない。……済まない、面倒をかけている」
「厳しいことを言いますが、わかっているのであれば出来るだけ指示に従ってください。貴方も護衛対象なのですから」
「あぁ……頭を冷やしてくる」
「遠くまで行かれないように。何かありましたら笛を」
「わかった……」
そうしてノアはその場を離れていった。そんな後姿を見送ったミーシャは、馬を休ませるべく手綱を引いた。
今回の事件に関して、ミーシャはヴィノーチェ家に対して不満を持っていた。道すがら、ノアから聞いたことが原因の一つにある。
ヘレンのことを探っている人物がいると、彼らは知っていた。なのに、何の手も打たなかったことに対してミーシャはこの上ない憤りを胸に秘めていた。
もし、彼らが予め自警団に相談してくれていたら。確かに、ヘレンの護衛をゼニアに依頼していたのは認める。だが、それはあくまでもジェシカに対してだ。彼女が何かしでかさないようにけん制も兼ねてのものだった。
しかし、結果としてジェシカではない人物がヘレンを探り、まんまと攫って行ってしまった。そのことは、自警団としても許されることではなかった。言葉にはしていないが、ゼニアも同じ気持ちなのだろう。ノアに対する態度が少しだけ刺々しい。だからと言って、あの態度は褒められたものではないのだが。
「ったく…。可憐な乙女に対してのこの仕打ち…」
ミーシャがゆっくりと歩いていると、道の向こう側からゼニアが駆け足で向かってくる。そしてノアの姿がないことに気づき、視線でどこにいるのかと問うてきた。
「ノア様なら少し頭を冷やすとのことだよ。何、何かあっても剣の心得くらいあるし、笛も渡してある」
「そうですか…。ミーシャ様、今回の件ですが…」
「ゼニア、宿はあったのかい?」
「っ、はい! 宿ではなく人のいない民家ですが、使用しても構わないとのことです」
「そう。ならそこで話をしようか。あ、ノア様は、場所分かるだろうか」
「問題ないかと。村の者であれば知っているそうなので」
ゼニアのそのあけすけな態度に、ミーシャは苦笑を零した。そして二人は民家に馬を繋ぎ、室内へと入る。
「ミーシャ様! 今回の件、納得がいきません!」
「落ち着いて、ゼニア」
「ですが…! 前もって我々に言ってくれていたのであれば、ヘレン嬢が攫われることなんてなかったはずです!」
「それはそうだね」
「ご当主様もノア様も、何を考えておいでなのか、自分には理解できません!」
それはミーシャも同意見だった。
いくらヘレンが他国の人間だとしても、同じカロリアンに住み、彼女に至ってはノアの補佐などをもしていた。ミーシャからすれば女性は守り、愛でるべきものだが、ヘレンに対しては自国民と同じような思いすら抱いていた。
だからこそ、今回のヴィノーチェのやり方は気に食わない。
「ゼニア、私も同じ気持ちだけど、あまり大きな声で言わないように。…ノア様たちには言っていないけど、私はジェシカも関わっているような気がするんだ。いくらなんでも、ヘレン嬢に近づくのが早すぎる。アマリーに近づいてからすぐだよ? それにどうやってアマリーのことを知ったのか」
「ではジェシカに問いただしては?」
「その手配はもうしている。マーカスに頼んである」
「そうですか…。それにしても、ヴィノーチェ家のやり方は少し問題があるかと思います」
「うん、そうね。ヘレン嬢に護衛を依頼しておきながら、あまりの対応だ。今回ノア様がヘレン嬢を妻にすると決めてからの対応のように見えて仕方ない」
そうだ。そこなのだ。ヘレンを大切にしていると口で言っておきながら、実際はそうでもないように思えて仕方ないのだ。もしノアがヘレンを妻にすると言わなかったら、どうなったのだろうか。少なくとも放置するということはなさそうだが、ノアは指揮を執るだけで、こうして出てくることはなかったかもしれない。
「……あまり考えたくないんだけどね。ノア様がヘレン嬢と結婚するから、かもしれないね」
「…それは、あまりにも酷すぎませんか」
「そうだねぇ……。これは、ちょっとねぇ。でもね、ゼニア。私はヘレン嬢の行動にも問題があると思っているよ? ヘレン嬢がノックスを飛ばしたのはいい判断かもしれない。だけど、そもそも一人で外出しないためにゼニアがいる。そのゼニアを待たないで出てしまったヘレン嬢にも問題があることは理解しなさい」
「はい…」
きっと、ゼニアはヘレンびいきなのだ。だから、ヴィノーチェ家に対して怒りを覚えている。だが、一方的な見方はいずれ身を滅ぼすとミーシャは思っている。だからこその言葉だった。
「ゼニア、お前が物申したい気持ちなのはわかるよ。でもね、誰か一人が悪いということはほとんどあり得ない。お前にはもっと成長して、私の右腕としてもっと活躍してほしいと思っている。だから、物事の考え方に幅を持たせ、偏らないように気をつけなさい」
「はい、ミーシャ副隊長」
ゼニアはミーシャの言葉を真摯に聞き、そして夕食を手配してきますとその場を後にした。
「―――そうは言ったけど、やっぱりエルサ様には言っておかないとね」
ミーシャは自警団副隊長だ。町に住むもの、延いてはカロリアンに通じるものを護る者。その為ならば、上司だろうが偉い人だろうが―――貴族だろうが、ミーシャは声を上げるべきだと思っている。
言わなければ、他人は理解できないから。そして相手が言ってくれなければ、ミーシャは理解できないから。
「まずは、ヘレン嬢の安全の確保からかな」
どんな女性でも可愛らしく、愛らしいと思うミーシャが、久々に個人的にも力になってもいいと思った彼女。もし、彼女がノアと離れることがあったとしたら。
「そうしたら…そうだね…」
本気で口説くのもありかもしれないとミーシャは薄く笑った。
******
すべてが、壊れてしまったような気がした。
一体どこで間違ってしまったのだろうか。
まるで、泥の中を歩いているかのように全身が重かった。
「兄さん」
「イライアス」
誰かが自分を呼んでいる。
だが、この声ではない。
自分が欲しいのは、この声の主ではない。
「兄さん、もういい加減にしてよ。このままじゃ…」
「イライアス、このままではお前は駄目だ」
放っておいてくれ。
私は、彼女を救わなければならないんだ。
彼女……そう、私の大切な人。
もう二度と、手放したりしない。
もう二度と、傷つけさせなどしない。
「お願いだよ、兄さん。あの子だって、きっとどこかで元気にしているよ? もう兄さんのことなんて、忘れているような薄情な人なんだよ?」
「イライアス、お前はどうしてしまったのだ…何故、こんなことに…」
懇願するような、縋るような声がする。
どこかで、冷静になれと叫ぶ声もする。
いい加減にしろと、過去は過去でしかないのだと。
―――だからこそ、救うのだ。
前は、死にたくなるくらいの後悔をした。
でも、次は、絶対に失敗などしない。
ヘレン、もう二度と、君を、手放したりしない。
君を傷つけるだけの世界など、忘れさせてやる。
私の傍にいれば、ずっと守ってあげられる。
前のような失敗は、二度としない。
イライアスは、少しずつ狂っていくように笑った。大切な存在だった少女。自分の元から飛び立ってしまった彼女。この世界は、彼女にとって辛いものでしかないから、自分が守るのだと一人意気込む。
そんなイライアスを、弟は絶望しながら…父が悲しみながら見ていることに、彼は気づけない。
自分のことしか考えられないイライアスは、他人が…家族が、どれほど彼を心配しているのかを気づこうとはしなかった。
今のイライアスにとって、ヘレン…亡くなった婚約者と同じ病を患った彼女だけが、全てとなりつつあった。
リンデンベルグ家の誰もが、イライアスの心の傷に気づけなかった。
心の底から愛した女性を、自分の言葉によって失ってしまったことは、彼にとって心的外傷となり、心の底にあった。
それを、本人ですら自覚していなかった。
だからこそ、イライアスは少しずつその傷によって、侵されていった。
「必ず、助けるよ、ヘレン――――」




