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「結局、足取りは掴めているのか?」
「いいえ。ですが、かなりの確率でバーゲンムートに向かっているものと思われます」
「それは何の根拠がある?」
ノアは、馬を走らせながらミーシャに問うた。かなりの速度が出ているが、それをものともしない技量が三人にはあった。
「まず、クリスなる男は、バーゲンムートにいるヘレン嬢の家族のようなものに依頼されたと言っています」
「それを信用するのか?」
「いいえ。ですが、ヘレン嬢にはバーゲンムートとカロリアン以外に知り合いはいません。そして、自警団が総出で捜索したにも関わらず町にその足跡を見つけられないということは、ヘレン嬢は攫われたのちすぐに町を出た可能性が高いです」
「……続けろ」
「きっと相手も、私たちが探していることなどすぐに予想するでしょう。だとすれば、限界ぎりぎりまで速度を出します。なので、これから行く先々で潰れた馬がいたとすれば、それがヘレン嬢の足跡である可能性は非常に高いです」
ミーシャの言葉に、ノアは一理あるなと冷静な部分で考えた。
確かに一人で勝手に出て行ったことはあってはならないことだが、それでもヘレンにも僅かでも冷静な部分があったことは分かっている。だからこそ、すぐに自警団が動いているのだから。
これでヘレンが連絡をしていなければ、アマリーの命があったかどうかすら不明だ。
「なるほど……ではこれからある村々で確認をしていけば確実ということか?」
「可能性、です。もし彼に隠蔽する余裕があれば、難しいかもしれません」
「そうだな……とりあえず行って確認するしかないということか」
かなり行き当たりばったりな自覚はあった。それでも、ノアには止まってなどいられなかった。ヘレンに怪我ひとつないと言いきれない現状は、ノアの神経を少しずつ削っていく。
叶うならば感情の赴くままに怒りを露わにしたいところだが、そうするのは得策ではないと冷静な自分が囁いている。
叶うならば、ヘレンを屋敷に閉じ込めておけばよかったと思ってしまうほどだ。
「急ぐぞ。私たちのほうが身軽なはずだ」
「わかりました。ヘレン嬢の足跡を見つけたらどうしますか?」
「…ゼニア、ヘレンが見つかった場合、彼女に見つからないように尾行してくれ」
「お救いしないのですか?」
「どうせだ。一緒にバーゲンムートに行ってしまおう」
ゼニアにはノアの考えがよく理解できないのか、しかめっ面をしている。しかしミーシャには少しだけ理解できたのか、一つ頷きを見せた。
「ヘレン嬢にもご自身の立場というものを考えて、理解してもらう必要がありますからね。ゼニア、ヘレン嬢の身の危険がない限りは見つからないようにね」
「…かしこまりました」
ミーシャに心酔しているゼニアは、渋々といったように頷いた。自警団であるという矜持があるのはノアにもわかっている。しかし、道すがらに見つけ、救っても根本的な解決にはならないことだとわかっていた。
ヘレンには、色々なものと向き合い、決別して分かり合う必要がある。それをしなければ、ノアは彼女を安心して妻に迎えられないだろう。
「ヘレンの家族にも許可をもらう必要があるからな…。とりあえずヘレン一行の足取りが明確になるまでは共にバーゲンムートへと向かう。見つけた後は、私とミーシャが先にバーゲンムートに入る。それでいいな?」
「「かしこまりました」」
本当に見つかるか、それすらも分からない状況。だが、ノアには不思議とヘレンが見つかる予感がしていた。それはただの希望的観測なのかもしれない。だが、それでも今のノアにはそれに縋るしかなかった。
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「……どうなっている…?」
クリストファーは怪訝な表情を浮かべながら、暗い夜道を睨むように見た。夜道な故に、速度は出ていない。だが、それでも夜道に相応しくない速度ではあった。
「どう、じだ、ん、ですか、ぐり、ストファー、ざま」
御者台にいた男が、馬を操りながらクリストファーに問う。その声は酷くしゃがれていて聞きづらいものだった。だが、クリストファーは聞き慣れているのか、淡々とその言葉に返す。
「ヘレンが自警団に連絡したと思ったんだけどな…来ないってことは連絡をしていなかった…? だけどあの反応はしていたように見えたんだけど…買いかぶりすぎたかな」
正直に言って、バーゲンムートに戻るまでに捕まらないことに越したことはない。だが、あまりにも事がうまく進みすぎていてクリストファーには嫌な感じしかしなかった。
「……すぐには見つけられない状況にいるのか…? それともあの小娘が見つからなくてそっちに人手を割いている…だとしても、こちらに手を割かないはずもない…。ヘレンを探していない…わけはないとは思うが…」
とりあえず追手の姿が見当たらないということはヘレンにはいい苛めになる。彼女が実はヴィノーチェ家に必要とされていないのだと伝えて、更に絶望させてあげるのもいいだろう。
クリストファーはこれからのことを頭の中で組み立てながらぶつぶつと独り言を話す。御者台の男は、そんなクリストファーをただただ見守るようにしていた。
「とりあえず、ヘレンには反抗心を無くしてもらおう。くそ野郎はヘレンの状態までは指定してなかったしね。また病ってのになってくれたら楽なんだけど…そう簡単にはいかないだろうし」
クリストファーは、ヘレンの病というものの詳細を知らない。くそ野郎がサーシャに話した以上の情報を仕入れるつもりもなかった。ただ、ヘレンが頑張りすぎとか何だとかで燃え尽きたとしか知らない。正直、それをどうして病と呼ぶのかは分からない。だが、周りがそう言っているのであればそうなのだろう。クリストファーはヘレンのことに一々考えを割くつもりなど毛頭もなかった。
「くそ野郎にヘレンをさっさと渡して、私はサーシャに褒めてもらう。ほとぼりが冷めるまで、私はサーシャの傍で慎ましくしていればいいし、何より探られて痛い腹を持つのはくそ野郎だ。来る前に証拠は捏造しておいたし…。うん、問題ないな」
ファフニールやマイヤーがどうなろうと、クリストファーには知ったことではない。没落しようが取り潰しになろうが、処刑されようがどうでもいい。サーシャと自分にさえ火の粉がかからなければどうなろうと興味はない。
杜撰な計画だとは理解している。だが、自分たちさえ守られればどうとでもよかった。クリスという名前だって、ありふれた名だ。そう簡単に自分を見つけられるはずもない。唯一顔バレしているのはあの小娘だが、それに対してもある程度の処理はしておいた。問題はあの男たちが失敗しなければいいだけの話だ。…もちろん、そう簡単に成功するとも思っていないが。だから、保険をかけて自分のことを晒さなかった。
ごそり、と荷台から物音がした。どうやらヘレンが目覚めたようだ。正直に言って、この強行はストレスが溜まる。自分がいないサーシャの傍にあのくそ野郎がいるかもと考えるだけで、何度脳内であの男を殺したことか。ヘレンには、自分のストレス発散に付き合ってもらおう。
「やぁ、起きた?」
布をかき分けて中を見ると、虚ろな視線のヘレンがこちらを見ている。面倒だが、死なれてはもっと面倒なので水分を取らせ、簡単な粗食を口に突っ込む。噎せているようだが、死にはしないだろう。ガタガタと揺れる馬車が不快なのか、時折眉を顰めている。
「ねぇねぇ、ヘレン。いいことを教えてあげようか―――」
クリストファーは厭らしい笑みを浮かべながらヘレンに近づいた。
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「アレックス様……お話したいことが…」
「どうしたんだい、カレン」
カレンは、この屋敷に来て初めてといってもいいほどすがすがしい気持ちでアレックスに話しかけた。その顔には、自信に満ち足りた笑みが浮かんでいる。
「御子を、授かりましたの」
「……へぇ! よくやったね、カレン! これでファフニールは安泰だね」
カレンはアレックスの言葉に戸惑いを見せた。もっと喜んでくれると思ったのに、思ったよりも冷静に返されてしまったからだ。夫人同士のお茶会では、子供が出来たら最初だけは変わってくれると聞いていたのに、この反応はどうしてだろうか。
「うん、ちゃんと私の子だってわかっているし、聞いているよ。君は思ったよりも貞淑で遊んでいないみたいだしね。安心安心」
「……アレックス様?」
そして彼から放たれた言葉に、カレンは茫然とした。私の子だとわかっている?カレンは、夫と以外関係など持つはずもないのに。さらに言うのであれば、彼の言葉からするにアレックスは自分のことを誰かに報告させているような口ぶりだ。
「あぁ、安心して。私だってそこらの女に種を蒔いたりはしないからね。まぁ、もし出来たとしても堕胎してもらうし、認知もしないよ」
カレンには、アレックスが何を言っているのか理解できなかった。それでは、彼は今までも他の女性と関係を持っていたと白状しているようなものではないか。自分を好きだと言ってくれたのに、慰めるというのは、そういうことも含まれているのだと本人から言われたようなものではないか。
「アレックス様……私は、貴方の子を、妊娠しているんです…! どうして、そんな、酷すぎるわ…!!」
何を言っていいか分からず、カレンは思いつくままに自分の感情を吐露する。どうして、そんな酷いことを言えるのだろうか。
子供が出来れば、変わってくれると思っていた。だから、誰よりも先に自分の口から伝えたかった。
子供が出来れば、自分を見てくれると思っていた。カレンだけを大切にしてくれると思っていた。愛してくれると、思っていたのに。
「カレン? どうしたんだい? 落ち着いて、お腹の子に悪いだろう?」
「落ち着いているわ!! アレックス様、私だけを愛してくれないの!? どうして!? もう他の女性の元に通うのなんて、止めて!!」
両親のように、なりたかった。愛し愛される関係に。
「嫉妬かい? カレン、君が一番であることには変わりないのだから、落ち着いて? でも最初に言っただろう? 未亡人の方を慰めるのも、貴族の役目だと。君こそ、どうしてわかってくれないんだい?」
「私は!! 唯一でありたいの!! 貴方の、たった一人でいたいの!!」
カレンは涙を零しながらそう叫んだ。
ふっと、目の前が暗くなる。意識が、なくなる。
「カレン!!」
アレックスが慌てた様子で駆け寄ってくるのを最後に、カレンは暗闇へと意識を落とした。




