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「アマリー、君には失望した」
「っ!」
「と、トンクスさん!! アマリーはアマリーなりに考えて…!」
「黙りなさい。私は言ったな? お屋敷のことを探っている人間がいると。どう考えてもクリスという男のことではないか。どうして報告しなかった?」
「っ…あ、あたしは、ヘレン様が、ご家族と仲直りできたらいいなって……それに、ご病気のことを隠していたって聞いて…」
「不審に思ったと? それはアマリーが判断することではないだろう。それに、ご病気のことであればノア様はご存じだ」
「え!?」
確かに、アマリーたちは知らないだろう。それを言ってしまえば、シュゼットたちだって知らない。知っているのはノアとエルサ、そしてトンクスとヴィヴィアンヌだけなのだから。
例えアマリーがヘレンの病のことに関して不審に思ったとしても、家族は仲良く在るべきだと個人の見解で行動するなどもってのほかだ。
「ヘレン様は、最初にお屋敷に来た時にエルサ様にそのことを話していらっしゃる。それをお前たちに言わなかったのは、それが普通の病とは違ったためだ」
「ふつうの、病…?」
「そうだ。それを今ここで話すつもりはない」
今、しなければならないのは一刻も早くヘレンを探し出すことだ。彼女の身から出た錆かもしれないが、カロリアン国内で国外の人間による人攫いがあったとなっては国家の問題にも発展する。
「ひとまず、これからの処罰については今度話す。だが、今までのように働けるとは考えるな」
「……はい」
「シエル、お前もだ。お前はアマリーがそういう状況になっていることに気づきながら、報告を怠った。もし、これが表面化しなければアマリーを守るために黙るつもりだっただろう」
「は、い…」
「トンクスさん! し、シエルは何も…!」
「アマリー、そういう次元の話ではない。少なくとも、私はお前たちに対して不信感を抱かざるを得ない。例えエルサ様方が温情を与えたとしてもだ。……とりあえず、二人はここにいなさい。分かったな?」
「……はい」
二人の意気消沈した返答に、トンクスはため息を吐きそうになり、何とか堪えた。
「話はもういいか?」
「申し訳ありません、隊長殿」
「構わん。今、隊員と密に連絡をしながら包囲網を敷いているが、現状芳しい情報は得られていない。ジャクソン、ミーシャは?」
「副隊長であれば現場で指揮を執っています」
「そうか……」
自警団の包囲網を潜り抜けるとは、どれほど念入りに準備をしたのだろうか。トンクスはクリスという男に対して怒りと、そして苛立ちを覚える。
しかし、ヴィノーチェ家に正面から来なかったということは、何かしら後ろ暗いことがあるのだろう。そしてそのことは、隊長であるマーカスも気づいていた。
「それにしても、あまりにも手際が良すぎる。きっとアマリーに会うよりもっと前からカロリアンにいたのだろう」
「そうとしか考えられません。それにアマリーに声をかけたことから、公爵家の事を調べていたのでしょう」
「……そのことに関しては、エルサ様と私にも非があります」
「執事殿?」
「公爵家の事を調べている輩がいることは知っていました。ただ、それが公爵家のことなのか、ヘレン様のことなのか、はっきりと判明しておりませんでした。ただ、その件があったため、使用人たちには屋敷の事を話さないようにと念を押していたのです」
トンクスはもっと早くに自警団に相談していればよかったのだと過去の行いを悔いた。そうしていれば、このようなことは起こらなかったのかもしれない。
しかし、いまさら言ったとしても無駄なことなのだ。
「エルサ様とノア様には既にお知らせしております。ただ、いつご到着になるかまでは…」
「わかった。とにかく、我々は一刻も早くヘレン嬢の救出にあたろう」
「お願いいたします」
トンクスは無事であってくれと神に祈った。
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「う……」
「おや? 目が覚めた?」
「……ここは…」
ヘレンはくらくらする頭を押さえようとして、腕が拘束されているのに気付いた。座らせられているようだが、微かな振動がお尻に伝わる。
何度か瞬きをし、真正面を見ると、そこにはにまにまと笑みを浮かべた狐目の男――クリスが座っていた。
「貴方……」
「よく休んでいたねぇ。まぁ、お蔭でとても楽だったけど」
「らく……? ここは、どこ…?」
「さぁ、どこでしょう?」
「質問に質問で返さないでください。貴方は誰ですか」
ヘレンはずっと聞きたかったことを口にした。本人を目の前にして、やはりヘレンには見覚えのない人間だった。どうしてその彼が、自分を攫うような真似をしたのだろうか。
そしてヘレンは自身の推察を口にした。
「…私には、貴方にお会いした記憶はありません。そしてアマリーに言っていた”家族”……。まさかとは思いますが、アレックスですか」
「へぇ……悪くない線だね。でも、あんな野郎の頼みなんか、私は聞きたくないけどね」
しかし推察は外れ、ヘレンは困惑を露わにした。アレックス以外となると、両親だ。だが、彼らにクリストファーのような人間と知り合う伝手などなかったはずだ。
「まぁまぁ、時間はあるし。それより、聞きたいことがあったんだよね」
「……話すつもりはありませんが」
何を聞かれるのだろうか、とヘレンは身構える。ヴィノーチェ家のことであれば、自分は死んでも口にしない。それだけ恩義を感じているのだから。
しかし、クリストファーは全く違うことを話した。
「大切な家族を見捨てるって、どういう気持ちだったの?」
「―――は?」
「いや、だからね。君は家でも爪弾きものになったんでしょ? それでさらにアレックスのもとに行かされそうになった。だから家族を見捨てて、こんな遠いところまで来た。その間、家族がどうなったとか少しも気にしなかったわけ?」
「あ―――なた、に、何が……!!」
それは、ヘレンが見ないようにしていたことだった。いつか考えなくてはならないと思っていたことを、後回しにしていたものを、クリストファーは無理矢理見させた。
「わからないけどね。でも、そこまで行動取れるのに、どうしてアレックスみたいな男に歯向かわなかったのかなって」
「どうして…? 出来るわけないでしょう! バーゲンムートは基本的に男性社会なのよ!? それにカレンにちゃんと言ったわ…! あの男は駄目だって、聞いてくれなかったのはあの子よっ」
「ふぅん? そうやって諦めたんだ。勝手に期待して」
「―――」
そうだ。ヘレンは、期待していた。双子であり、半身であるカレンであれば自分の言葉を聞いてくれると。それなのに、カレンはヘレンの言葉を信じなかったのだ。
両親だってそうだ。結局、ヘレンのことを信じてくれなかった。あんなにも頑張ってきた娘を、彼らは信じないでその存在を持て余したのだ。
だから、ヘレンは傷ついた。そして、逃げた。
「あ、なたにっ、何が分かるの!? ずっと、私はあの家の為に頑張ってきた…! それをいきなり無いものにされた私の気持ちが、貴方にわかるって言いたいの!?」
「うん、分からないし、分かりたくもないね。ただ、正直に話してくれた君には教えてあげるよ」
クリストファーは厭らしい笑みを浮かべながら、秘密の話をするかのようにヘレンの耳元に口を寄せた。
「アレックス―――あのくそ野郎はね、私の一番大切な人に、そこそこ大事にされているんだ…。その大切な人が、くそ野郎に頼まれたんだよ。ヘレンを探してほしいってね」
「大切な、人……?」
「もちろん、名前は言わないけどね。でも、私はくそ野郎が嫌いなんだ。私のことだけを大切にしてくれればいいのに、あのお方はくそ野郎を可愛がっている…それで、私は考えたんだ。アレックスが興味を持つものを与えれば、くそ野郎はそっちにかかりきりになるかもってね」
ヘレンには、クリストファーの言う大切な人に思い当たる人物はいなかった。だが、彼の熱に浮かされたような表情を見て、それは女性ではないだろうかと思った。
それほどまでに、クリストファーの瞳には熱が浮かんでいた。
「私の世界にはね、ヘレン。私とあのお方だけでいいんだ。その他は要らない。アレックスは邪魔なんだよ」
「……私を、どうするつもり…」
ヘレンは、聞いておいては何だがその答えを知っているような気がした。しかし、どうしても確かめられずにはいられなかった。
「うん、気づいていると思うけどね。君にはアレックスの玩具になってもらう。君の妹では力不足でね。でも、君も一緒にしたら少しは役立つかもしれない。私の幸せの為に、頑張って欲しいな」
「っ、どうして、私が貴方の幸せの為に…!」
「あはは! 君は君の幸せだけを追い求めて家族を棄てたんだ。どうして私がそれをしたらいけない? ヘレン、世界はいつだって奪われてばかりで、理不尽にあふれているんだよ」
「そんなこと…!!」
確かに、世界は常に優しいわけではない。だが、その中でも優しさがないとヘレンは思っていない。かつて、両親だってヘレンに優しく接してくれた時があった。カレンと一緒に遊んだ記憶もあった。イライアスとて、ヘレンが勝手に懸想したに過ぎない。それに、ヴィノーチェ家の皆はとても優しかった。
「君の勝手な妄想はいいよ。どうせ、そんなことない、世界は優しい時だってあるとかほざくんだろう? そんなありきたりな言葉、飽きたよ。さ、もう少し眠ってもらおうかな。私の聞きたいことも聞けたし」
「っ、絶対に貴方は捕まるわ…!」
「自警団、かな? 残念だね、今も君を見つけられていないのに、期待しているんだ? 色んな勉強して現実見てるのかと思ったけど、案外夢見がちなとこもあるんだね?」
明らかな嘲笑に、ヘレンは苛つかされる。
「夢見がちじゃなくて、信じているんです…!」
「そっかそっか! でもさ」
クリストファーの細目が開かれる。そのあまりの冷たさに、ヘレンは息を呑んだ。
「うざいんだよ。そういうの。もういいから、さっさと黙れ」
「っ」
また、口元に布を押し当てられる。鼻まで覆われ、何とか息をしないようにしようとするものの、出来なかったヘレンは、暗闇へと意識を落とした。
三部、8話から投稿しております。
いつも感想、誤字脱字報告をありがとうございます。
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