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28話から投稿しております。
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「今日の町歩きはどうだった?」
夕食時、ヘレンはノアにそう声をかけられた。エルサは領地に行っているため、今日は不在だ。
「そうよ、ヘレン! どこに行ったの?」
「ターニャ様、御行儀が悪うございますよ」
「はーい…」
ターニャも興味津々なのか、前に体をのめりだしながら聞こうとすると、それをヴィヴィアンヌに窘められる。
「とても楽しかったです。本屋と、いくつかの雑貨屋をゼニアさんとミーシャさんに教えてもらいながら回りました」
「ミーシャ!? 聞いていないぞ?」
「あぁ、ゼニアさんがノックスを飛ばして急遽ご一緒することになったんです」
ヘレンから出たミーシャの名前に、ノアが驚く。確かに、ノアは以前からミーシャに気を付けるように進言してきていたからだろう。
「それでそれで? どんなお話をしていたの?」
「僕も気になる!」
「そうですね…」
ヘレンは二人に問われるままに話をする。本屋に行ったこと、そこで二人のお勧めを教えてもらい、それが気に入ったこと。雑貨屋に行き、いろんなものを手に取ってみたこと。そしてお茶をしている時のことなどだ。
「あいつは…またマーカスに嫌がらせをしたのか…」
「嫌がらせ、ですか?」
「あぁ、ミーシャは事務仕事が早くてな。それに自警団員が甘えていたのを根に持っているんだ。だから時折そうして一部の団員に嫌がらせをしているらしい」
「私…何てことを…」
「まぁ気にするな。ミーシャの言い分ももっともなことだしな。それにやるときはやる奴だ」
ヘレンは自分のせいで大変なことになったのではと思うが、それをノアが否定した。
「それにしても、いいなぁ、ヘレンは」
「?」
ターニャのため息交じりのそれに、ヘレンは町歩きのことだろうかと考えた。しかし、それは違っていた。
「私も麗しのミーシャ様に会いたいのに」
「…ミーシャ"様"、ですか?」
「ヘレンは知らないものね。ミーシャ様には、貴族の女性から町の女性まで幅広くに渡ってファンクラブがあるのよ」
「…ふぁんくらぶ、ですか?」
「姉さま」
よくぞ聞いてくれたと言わんばかりのターニャを窘めるようなエメリオの声がするも、ターニャは無視して話を続ける。
「そうよ! だって、とてもカッコいいし素敵でしょう!? それに女性にとーーってもお優しいのよ! あんな素敵な方に一生の忠誠をされてみたいってみんな言っているの! 私もお会いしたいのに、兄様が許してくれないのよ」
「当たり前だろう」
「なんでっ!」
「お前はまだ幼いから知らなくてもいい」
ノアとターニャの会話を聞きながら、ノアはノアなりにターニャの心配をしているのだろうと思う。…聊か過剰のような気がしなくもないが。
「エメリオ、お前にも言っておく。もし良い人ができたとしても、絶対にミーシャにだけは会わせるな」
「どうして?」
「いつかわかる」
ノアはこの話は終わりだと言わんばかりに葡萄酒に手を伸ばした。
「あの、後でで構いませんので皆様のお時間を少し頂けませんか?」
「構わない。ターニャ、エメリオ、あとでサロンだ」
「「はーい」」
「あの、こちらを皆様に…」
「…これは?」
「何々ー!?」
「どれが僕の?」
ヘレンは、夕食後のお茶で買ってきた贈り物を三人に差し出した。
正直に言って、ものすごく迷った。ヴィノーチェ家である彼らには、一級品のものが常に周りにある。しかしヘレンの貰った給料では到底買えるものではない。
一応雑貨屋に行きたいとゼニアたちには言ったが、最終的にお菓子を買おうかと思っていたのだ。しかし、ゼニアたちがそれを止めた。せっかく初めての贈り物をするのであれば、形に残るものがいいでしょうとアドバイスをくれたのだ。
例えどんなに安かったとしても、ヘレンが一生懸命に選んだものが一番だと。そのアドバイスに従うことにしたヘレンは、二人の意見も交えながら楽しく贈り物を探した。
「藍色がノア様、桃色がターニャ様、水色がエメリオ様のです。あとこれは使用人の皆様で食べていただければと思って…」
もう一つ大きな箱には、町でも有名なお菓子を買ってきていた。
「ありがとう、ヘレン。イクス、そのようにしてくれ」
「私たちにも…ヘレン様、皆に代わって感謝申し上げます」
「いつもお世話になっておりますから」
「それで、開けても?」
「はい」
ヘレンの言葉に、三人は包みを開き始める。ターニャとエメリオは勢いよく包みを破っていた。その姿を、ヘレンはそわそわと見る。
「っうわぁあ! 可愛い!!」
「姉さま見て見て、僕のはかっこいいよ!!」
「エメリオこそ私の見て! とっても可愛くない!?」
二人の喜ぶ姿を見て、ヘレンはほっとしていた。
ターニャには花の形が彫られたオルゴールを。エメリオには騎士の格好をした人形の一式を。そしてノアには。
「これは…カフスか」
「あの、気持ちですので、気に入られなければ……」
ヘレンは心臓をばくばくさせながらそう口にした。誰かにする贈り物とは、こんなにも緊張するのか。気に入ってもらえるだろうか、嫌がられないだろうかとばかり考えてしまう。握る手のひらに、じんわりと汗を感じた。
「この石は、タンザナイトか」
「はい…その、お二人にものすごく勧められて」
きらきらと光るそれを、ノアは目を細めながら眺める。そして徐に付けているカフスを外し、ヘレンからもらったそれを付けた。
「どうだ、似合うか?」
「わーーきれーーい!!」
「兄さま、かっこいいね、それ」
「そうか。ヘレン、ありがとう。とても気に入った」
「っ…良かったです」
ヘレンは心の底からそう言えた。ノアのそれが本心かどうかはわからないが、少なくとも今のヘレンには彼が本音を言っているように見えた。
「ねぇねぇ姉さま、オルゴールを鳴らしてみてよ」
「そうね!」
ターニャは気持ちが抑えられないようで箱の底にある螺子をキリキリと勢いよく回す。
「姉さま、そんなに勢いよくしたら壊れるよ」
「あっ、そうね!」
エメリオにそう言われ、ターニャは慌てて丁寧に螺子を回した。そして巻き終わり、ゆっくりとオルゴールを机に置く。
~♪~♬
「わぁっ……!」
「素敵な曲! ヘレン、なんていう曲なの?」
「古くから伝わる子守唄だそうです」
「へぇ! とっても優しい音だもんね!」
曲はゆったりとした音程を刻み続けている。ヘレンは、ターニャがそれを気に入ってくれたのであれば、とても嬉しいと思った。
オルゴールを買う際、店主やゼニア、そしてミーシャと長く話し合った。売れている曲だと早いテンポを刻むものが多く、店主やゼニアが勧めてくれたものの多くはそういったものが多かった。しかしそういった流行りのものよりも町に根付いた曲のほうがいいのではと助言をしてくれたのはミーシャだった。
実際にヘレンも気に入ったのがこれで、ターニャが同じように気に入ってくれたのはとても嬉しかった。
「エメリオの人形も見せて!」
「あっ! 姉さま、壊さないでよ!?」
「壊さないわよ!」
エメリオに贈った騎士の人形は、カロリアン一だと言われている騎士を模したものだ。
「……これは、騎士ヴァイス、か…?」
「そうです、ご存じなのですね」
人形を見たノアは、しばし考えこむとそう口にした。それは確かに店主が言っていたことだった。若くして国一番となった騎士を模したものだ、と誇らしそうに教えてくれたのだ。
「……あぁ。良く知っている」
「…?」
少しだけ遠い目をしたノアに、ヘレンは少しだけ不思議そうな視線を向けつつも喜びを見せるエメリオに意識を集中させる。
「わああああ!! 騎士ヴァイスの!? あっ! 確かに絵姿にある通りだ! そうそう、この赤銅色の短髪に赤い目!! うわーーー! カッコいいなぁ!!」
「エメリオ、エメリオ、見て見て、馬もとっても細かく作られているわ!」
「剣も同じように作られているのかなぁ…大きいなぁ…」
「あっ! この馬の鞍、とても精巧に出来ているわ…! すごいわね…」
ターニャとエメリオの間に会話は成立していなかったが、二人とも楽しそうでよかったとヘレンは思った。
「そういえば、ママにもあるの?」
不意にターニャがそう尋ねてきた。
「もちろんです。エルサ様にはペンを」
忙しいエルサに用意するものをヘレンは一番最初に決めていた。小さくて持ち運びのできて、使用頻度の高そうなもの。ヘレンに想像できるのは筆記用具だけだった。念のためミーシャたちにも相談したが、それが一番いいという返答を貰えたので時間をかけながら選ぶことができた。
「ママが喜ぶね!」
「そうね!」
「そうですか…!」
ターニャとエメリオにもお墨付きを貰えたことで、ヘレンの心は明るくなる。やはり世話になっている人に嫌がられるようなものを用意したくない。叶うならば、喜んでほしい。
「そうしたら今度は私たちがヘレンに贈り物を用意しないとね!」
「うんうん、そうだね」
「え!? そんな、私が感謝の気持ちで用意しただけですので、気になさらないでください」
「えええ、でもぉ……」
「本当に気になさらないでください、むしろ、私の方が皆様から色々頂いておりますので」
「「?」」
ターニャとエメリオには良く分からなかったようだが、ノアには理解できたようで。
「二人とも。そういうのは言葉にせずにするものだ。もうバレてしまったのだから時間を置きなさい」
「「……はぁ~い」」
少しだけ納得いっていないような二人だったが、ノアに言われたことにより渋々納得したようで、そのことにヘレンはほっとした。これで二人が贈り物を用意したら、ヘレンはどう返していいのかわからなくなるところだった。ノアに感謝だ。
「とりあえず、お礼は?」
「「! ヘレン! ありがとう!!」」
二人の明るい声に、自分の選んだものが受け入れられたことを理解し、ヘレンは心からの微笑みを浮かべた。
「……喜んでもらえて、本当に嬉しいです」
その心からの笑みに、三人は嬉しそうに笑みを返してくれた。




