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Everlasting  作者: 水無月
開ける世界

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26

25話から投稿しております。

激甘です。



「ノア様……?」


 ヘレンは、ノアの瞳にゆらりと映る感情を目にして、息を呑んだ。それがどういった感情なのかはわからない。だが、背筋が何故かむずむずとする。


「ここでは寒い。問題がなければ君の部屋に行っても構わないか?」

「それは…構いませんが…」


 夜も遅い時間に未婚の男女が、さらにいうのであれば女性の部屋で会うというのははしたない。そう教えられているヘレンだが、ノアという人物に絶大な信頼を持っていたため、少しの困惑だけを浮かべて頷いた。

 しかしヘレンは忘れていた。ノアが、現在ヘレンの婚約者となる可能性があることを。そして知らなかった。ノアが、ヘレンに対して個人的に恋愛感情を持っていることを。


 扉は少しだけ開かれ、そこからは橙色の柔らかな光が漏れている。ヘレンはノアを自室に招き、飲み物でも用意しようかと席を立つ。しかしそれをノアが留めた。


「とりあえず座って欲しい」

「はい…」


 いったい、何の話だろうか。先ほど以外で…さらにいうのであればエルサのいない場で話すような内容なのだろうか。

 何を話されるのか、戦々恐々しているヘレンを、ノアが見つめた。


「っ……」


 その瞳は、先ほどヘレンが見たばかりの色を湛えており、ヘレンは息を詰まらせる。ノアにその目で見られると、ヘレンはそわそわとしてしまう。居心地が悪いわけではない。だが、落ち着いていられないのだ。


「ヘレン」

「っ、は、はい」


 ノアの紺色の髪が、さらりと流れる。橙色の光が柔らかく反射している。そしてその前髪の下にあるはちみつ色の瞳は、普段よりも濃い色をしているような気がした。


「先ほど、私は君のことを好ましいと話した」

「は、い…」


 そうだ。しかし、ヘレンはちゃんと弁えている。ノアが、自分のことを女性として好ましいといったわけではないのだろう。人として、彼のお眼鏡にかなったのだということは理解しているつもりだった。

 しかし、ノアからすればしっかりと言葉にしなければ安心できなかったのだろうか。


「あの、その…」

「なんだ?」

「ちゃんと、理解しています」

「理解?」


 怪訝そうな表情を浮かべるノアに、ヘレンはこくりと頷いて言葉を続けた。


「はい、ノア様が私を好ましいと仰ってくださったのは、私という個人のことだということは理解しております。婚約ですから、いつかノア様が本当に好ましいと思われる女性が出来ましたらすぐに破棄します」

「……」


 ぽかりと口を開くノアを初めて見たヘレンは、言葉が足りなかったのだろうかと焦った。


「あの、その、まだここに残るかも決めておりませんので…! 名ばかりの婚約ということも理解しております、もし城で勤めたとしても、御恩がありますので、私でよければ好きに名を使用してください」

「……はぁーーーー」

「っ」


 ヘレンが思いつくままに言葉を重ねていると、ノアは顔を俯かせながら深いため息をついた。そのあまりの深さに、ヘレンはびくりと肩を揺らす。何か、間違えてしまったのだろうか。


「…いや、すまない。これは私が悪い」

「…?」


 しかしノアの口から出たのは叱責の言葉ではなく、謝罪の言葉だった。想定外のそれに、ヘレンの思考は止まった。

 そして、ノアは向かい側に座るヘレンのほうへと身を乗り出す。机が間にあるとはいえ低く、ノアの身長であれば簡単にヘレンに近づくことが出来た。

 ヘレンはノアの行動の意図を理解できずに、ただただノアの動向を見ていた。


「ヘレン、私の言い方が悪かった。私は、君を……」

「のあ、さま……?」


 ヘレンの頬に、ノアの硬い掌があてられる。彼の指に自分の髪が触れるのが、何故かわかってしまい、ヘレンの頬に熱が籠った。髪に、神経が通っているはずもないのに…。

 ノアの瞳が、ヘレンの青い瞳を覗き込んだ。吐息すらかかりそうな距離に、現実感がなくなっていたヘレンはただただ、その瞳を見つめ返す。


「ヘレン、私は、君とであれば、この先の将来を共にしたいと考えている」

「……?」

「……要は、好きだ、ということだ」

「………!?!?!?」


 最初の言葉では、よく分からなかった。しかし、彼の仕事の手伝いをするのであれば、そういう言い方もあるだろうとヘレンは思った。

 しかし、二つ目の言葉への反応は遅れた。というより、どういう反応をしていいかわからなかった。


「の、ノア様…!?」


 ノアの指の腹が、ヘレンの頬を、目元を撫でる。優しいそれに、言葉に出来ない想いが詰まっているような気がするのは、ヘレンの気のせいだろうか。


「可能であれば、正式に君と婚約を交わし、そのまま婚姻を結びたいと考えている」

「え、あの…!?」

「公爵夫人として私を支えてほしいし、温かい家族が欲しい」

「の、ノアさまっ…」

「君が私の妻となれば、母はもちろんターニャたちも喜ぶ。なにより、私が一番嬉しく思うだろう」


 淡々と言葉を紡ぐノアだが、その瞳は微かに潤んでいる。彼でも、そのような表情をするのだとヘレンは頭のどこか冷静な部分で感動していた。


「の、ノア様…」

「何だ」

「そ、その、私なんかの、どこを…」

「ヘレン、母にも言われていただろう。"なんか"、と言うなと。しかし、そうだな…」


 ノアは少しだけ考えるように目を伏せると、何故かそのままヘレンの隣に座ってきた。


「っ!?」


 家族でもなかなかないその距離感に、ヘレンの頭は一瞬で沸騰する。一体、何が起こっているのだろうか。自分は夢でも見ているのだろうか。


「せっかくだ。まだ時間はあるようだし、私が君のどこを気に入り、好きだと思ったのか説明しよう」

「!?」


 教えてほしいと思ったのはヘレンだが、ノアの様子を見るにヘレンが望むような回答ではないことくらいわかる。ヘレン的には、簡単に言ってもらえればいいと思っていたのに、ノアの何かに火が付いてしまったようで。


「の、ノア様、その、あの……」

「ん? あぁ、安心するといい。私は思ったよりも君を好きなようでね。今も考えているんだが、想像以上にたくさん出てくる」

「っ!?」


 にこりと微笑みを浮かべるノアに、ヘレンはどうしていいのか分からなくなってしまう。かつて淡い想いをイライアスに抱いたことはあった。しかし、想いを寄せられることなんてなかったヘレンは、ノアからの急な言葉にどう反応していいのか、戸惑いしか見せられない。


「君は、自分に自信があまりないのが良くないところだ。私は、君のサファイアのような青い瞳も、指通りのよさそうな黒髪も好ましく思う」

「えっあ、あの」

「それに慢心せずに未来を見据えることのできる前向きな性格も良い。あとターニャたちに対しても幼いからと言って礼儀を忘れたりしないな。あぁ、立ち姿もいい。背筋をしっかりと伸ばして歩く姿は、綺麗だな」

「の、のあさまっ…」

「誰にでも敬意を忘れずに接する姿は、この屋敷の使用人も好ましく思っているだろうな。それに何より情に深い。ご両親のことを嫌ってもおかしくないだろうに、それでも君は大切に思っているのだろうな。そんな君とであれば、どのような子が産まれたとしても育てられるだろう」

「そ、買い被りっ、あのっ」


 続く言葉たちに、ヘレンは脳で理解するよりも先に顔が茹る。


「あぁ、ヘレンの泣き顔も悪くない。ただ、悲しくて泣くのだとすれば、私の傍であってほしいと思うな。それ以上に君の笑顔はいい。とても癒される」

「~~~~~っ」


 そんな素振りを一度も見せたことなかったはずなのに。どうしてそのように簡単に言葉が出てくるのだろうか。


「剣を握っていたな? 少し硬い手も、君の努力が滲み出ているようで手放すのが惜しいな」


 ノアはそう言いながらするりとヘレンの手を握る。指同士が絡まり、密着される。ヘレンは握られている、手汗が、などと考えるほかなかった。

 口をはくはくとさせるしかないヘレンに、ノアはとろりと瞳を蕩かせた。その瞳を間近に見たヘレンは、言葉を失う。ヘレンは今にも、泣いてしまうそうだった。


「ヘレン、私の傍にいてくれないか。誰よりも君を愛すると誓おう」

「の、ノア様っ、な、こんな、いきなりっ……」

「あぁ、性急すぎるな…分かっているんだ。だが、私には耐えられない」

「耐えられない…? 何を、ですか…?」


 ノアは繋いだ手とは逆の手でヘレンの髪を一房とる。そしてそれに口づけを落とした。


「っ!!!!」

「……こうして、私以外の男が、君の髪に、手に、この唇に触れるなんて、耐えられそうにない」


 ノアは縋るような感情をその瞳に浮かべながら、ヘレンに囁いた。






 顔を真っ赤にして、涙目になりながら顔を俯かせるヘレンを、ノアは高揚した気持ちのまま見つめた。彼女の年を考えれば、男の一人でも言い寄られて可笑しくないのだが、彼女の過去を考えればそれもなかったのだろうと思う。

 一人だけ想いを寄せそうになった男がいると聞いているが、その男の甲斐性がなくて良かったと本当に思う。


「~~~っ」


 繋ぐ手に少しだけ力を籠めれば、ヘレンの肩はびくりと跳ねるも、ノアの手を跳ね除けようとはしない。少しだけ心配があるとすれば、少し初心すぎることくらいだろうか。しかしそれもこれからノアが教えていけばいいことだろう。

 母が気に入り、ターニャとエメリオが気に入るなんて女性、この先現れるかどうかも分からない。たとえ現れたとしても、ヘレンを超えることはないだろうとノアは考えている。


「ヘレン……愛らしいな……」

「うぁ、ぁ、の、ノア、さま……」


 どう反応していいのか分からずに困惑しているのが分かる。自分がいい大人ではないとは理解していたが、年下の女の子を困らせて喜ぶような性癖があるとは知らなかった。

 淡白な性格をしていると思っていたが、そうではなかったらしい。


「あの、その…」

「何だ?」


 ヘレンは目元を赤く染めながらも、必死に言葉を紡ごうとしている。流石にこのまま流されてはくれないようだ。しかし、そんなところも好ましい。


「あ、の、その、ノア様が、私、を…す、好いて、くださるのは、とても光栄、です…ですが、今の私は、その…」

「まだ考えられない?」


 ノアがそう言うと、ヘレンは小さく頷いた。彼女なりに真摯にノアと向き合おうとしてくれているのが分かり、ノアの表情は笑みに染まる。


「もちろん、構わない。だが、私としては好きになって欲しいから、攻めさせてはもらう」

「せ、せめ…?」


 折角手に入れたいと、傍にいて欲しいと思った人だ。ノアとて手をこまねいているわけにもいかない。


「あぁ、私をもっと意識しろ」

「っ、も、もうしてますっ……!」



 ヘレンからの返答に、ノアは笑みを深めた。




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