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二部・10から連続投稿しております。
「どうして……?」
ジェシカがぶつぶつと呟きながら、虚ろな視線で虚空を見ていた。まだ二十代のはずの彼女は、この数時間で一気に老け込んでしまったような気がする。
「……隊長、旦那さんは来られないんですか?」
「連絡はしているんだがな。仕事で抜けられないみたいで」
「奥さんが拘留されているというのに…」
マーカスとミーシャ、そして団員のジャクソンが呆れたようにため息をつきながら、ジェシカのいる牢の前で話していた。
「とりあえずミーシャ、お前行け」
「やですよ。女の子大好きだけど、ちょっと……」
「めっずらし、ミーシャさんがそう言うなんて」
「ジャクソン、お前私を何だと思っているんだ」
「無類の女好き」
「よし、稽古でもするか」
「二人とも黙れ。ミーシャ、お前には前科がありすぎる。ジャクソン、言っていい場と悪い場がある、空気読め」
「「はい」」
マーカスの言葉に、ミーシャはため息をつきつつも牢に近づき、片膝をつく。そして少しだけ低く甘い声を出した。
「ジェシカ、ジェシカ」
「……なに、だれ」
「ジェシカ、君の話を聞かせておくれ、何があったんだい?」
「……」
虚ろな視線のままのジェシカに、ジャクソンが気分を酩酊させる効果を持つ香を焚く。三人はその香に対して耐性もあるし、強いものではない。だが、ジェシカは嗅ぎなれていないからすぐに効果が表れた。頭がふらふらと揺れ始める。それを確認したマーカスは、ミーシャに向かって頷いた。
「ジェシカ、どうしてあんなことをしたんだい?」
「……家を、勘当されてから、私の生活は最悪だったわ」
「そう……元公爵令嬢だったね」
「そう……でも、ノアだって悪いのよ…婚約してるのに、そっけなくて……私、好きだったのに」
ジェシカは頭を微かに揺らしながら俯く。
「そんな時、あの人が、私に優しくしてくれて……それで、この人が、私を愛してくれると、思った……ねぇ、女は愛するよりも、愛されるほうが幸せになるのよ……? 私は、必ず愛されるの。決まっているの」
「それは誰が?」
「おかあさま」
ジェシカは綺麗に微笑みを浮かべた。しかしそれも一瞬のことだった。
「でも…家から追い出されて、お金もなくて……あの人は、仕事が見つからなくて……私も仕事をしろって…どうして? どうして、私が…? 私は、公爵令嬢なのに? ……お父さまに助けてって言っても、助けてくれなかった。お母さまは、会ってすらくれない……」
「それは、辛かったね」
「つらい…そう、辛かったわ。あの人は、私を愛してくれたけど、でも、辛かった……したこともない仕事で、毎日疲れて……赤ちゃんだって、ほしいのに、あの人はいまは厳しいって……お金がないからって」
ジェシカの瞳から涙がぼろぼろと零れ始める。聞いていた三人は、彼女のあまりの独りよがりな考えに呆れながらも話を聞く。
「でも、ノアも、きっと辛いんだろうって、思っていた。だって、あの人、ずっと婚約していなかったから……きっと、愛する人がいないんだろうって……私のこと、本当は好きだったんだろうって………でも、あの日……」
「あの日?」
「仕事が終わって、疲れて帰ろうとしたら、ノアが、いた……あの女と…!!」
泣いていたと思ったジェシカは、一瞬で鬼の形相になる。男二人はそのあまりの変わりように、若干引いていた。
「ノアは、ずっと、私のことを想っていると思ったのに……! そしたら、私が辛いのも、仕方ないって、思えたのに……!」
「そう、ジェシカは、ノアが不幸であればいいと思っていたんだね」
「っ…そうよ! だって、私にお金がないのも、あの人が仕事をなかなか見つけられなかったのも、ノアの所為じゃない!! なんで、私だけこんな目に遭わなきゃならないの!?」
あまりの言葉に、ジャクソンが何かを言おうとするも、それをマーカスが留める。
「おかしいじゃない! ノアは、私のことを愛しているはずなのに、だから、ずっと一人だったはずなのに!! きっと、あの女で妥協しようとしたのよ! だから、私が戻ってあげようと思って」
「でも、君は旦那さんがいるだろう?」
「あの人は私を愛してくれるけど、私は幸せじゃないもの」
「……ねぇ、ジェシカ」
ミーシャがにこにこと微笑みながらジェシカに話しかける。しかしその冷たい声音に、男二人は背筋を凍らせる。女性が大好きなミーシャは、滅多に怒ることがない。しかし、一度怒らせると手に負えないこと知っている二人は、ミーシャの一挙一動に注視する。
「君のお母様は、女は愛されて幸せになると言っていたんじゃないのかい? 今の君の言い方だと、愛されてもお金がないと幸せになれないと言っているように聞こえるんだけど?」
「…? わたしは、公爵令嬢よ? 何一つ不自由なく暮らすのが、普通でしょ? 愛されるのも、当然よ? だって、お母さまはそう言っていたもの」
ジェシカの言葉を聞いたミーシャは、笑みをさらに深める。マーカスとジャクソンはそれを見て、悪寒が止まらない。
「そうかぁ……でも、残念だ。私はあのご令嬢のほうが好み、だな」
「……はぁ?」
「とても可愛らしくて、可憐で。それにとても純粋だ。ノア様が婚約者にされるのも、よくわかる」
「な、に、言ってんのよぉ…! あの女は、下賤な女に決まっているわ…! ノアは、私といたほうが、幸せになるのよ!」
「どうして?」
「だって、私を愛することができるもの!! あの人だって、そうよ!」
もう、それ以上言葉を発しないでくれと男たちは願った。ジェシカは気づいていないようだが、ミーシャから零度の空気が発せられている。しかも、それはどんどん低くなっている。
「へぇ……でも、君を愛してどうなるんだい?」
「はぁ? そんなこともわからないの!? 私を愛したら、幸せになれるでしょう!」
「なんで?」
「な……何言ってんの、あんた」
「だから、君を愛して、どうして幸せになるの? 言っている意味がよくわからないんだ。ジェシカ、私の幸せはね、私が愛して、そして愛されることなんだ」
「? 普通じゃない」
「そうだね。でもさ、君、愛されることしか考えてないじゃないか」
「……」
「さっきから話を聞いていて、胸糞悪いね。だって、君、ずっと愛されるのが当然、自分を愛したら幸せになるって、馬鹿なのかな? それってさ、結局君は自分のことしか愛していないじゃないか」
「……な、に」
「だってそうでしょ? 君は愛される自分が好きなんだ。そしてそんな君を何不自由なく暮らさせる財力を持つ人が好きなんだ」
「ち、違うわ!! 私は、ノアを…!」
あはは、と嘲笑が響く。男たちは女たちの会話に恐怖を覚えながらも小さくなりながら話を聞く。出来るなら逃げ出したいが、大人しくしているしか、今の彼らに道はない。
「へぇ、じゃあ旦那さんは?」
「っ、っ……!」
「結局さ、ジェシカ、君は自分だけを愛しているんだよ。だから、簡単に好きな人をころころ変えられる。もし、本当にノア様が好きだったのであれば、君は愛し愛される努力をするべきだった。でも君はそれをしなかっただろう? 愛されるのが当然だと思っているから。そんな君だから、旦那さんも迎えに来ないのかもね?」
「そんなはずない!! だって、あの人は私を愛しているもの!」
「我が儘な女だね。流石に女性皆可愛いと思っている私でも、無理だな」
ミーシャの言葉に、ジェシカは怒ったのか勢いよくミーシャに詰め寄ろうとする。牢がなければ、乱闘になってもおかしくなさそうな勢いだ。しかしミーシャは嘲るような笑みを浮かべている。
「ねぇ、ジェシカ。君を無償で愛してくれるのはご両親だけだよ? それ以外、誰も君を愛さない。だって、ろくでもない女だもの、仕方ないよね?」
「う、るさいうるさいうるさい!!!! そんなわけない!! 私は愛されるの!!」
「いーや、違うね。君は誰にも愛されないよ? だって、ご両親も結局君を見捨てたじゃないか」
「それは、のあのおかあさまが!!」
「でも、それを跳ね除けなかったんだろう?」
「―――っ!!」
「―――本当に、哀れな、女だね。愛することを知らない、愛されないって」
ジェシカは、ミーシャの言葉を聞き、そしてそれをゆっくりと嚥下するように目を移ろわせ、そして理解すると目を見開いた。もう何も聞きたくないと言わんばかりに、手で耳を覆う。
ミーシャはそんなジェシカを見て、更に笑みを浮かべ、もう話は終わりと言わんばかりに背を見せる。
「いいのか?」
「はい」
三人はそのまま牢屋を後にする。背後から、叫びと、怨嗟に塗れた声が響いた。
「……ミーシャさん、加虐趣味過ぎません?」
「そう? ああいう女の子の心を折るのも、いいよね」
「うっわ……隊長、まじでこの人副隊長でいいんですか?」
「ん、んーーーー、まぁ、実力はあるからなぁ」
「それに、ヘレン嬢に下手な危害加えられるのも、ねぇ?」
「いやいや、アレ絶対逆効果ですよ」
「そうだね」
「そうだねって!!」
ジャクソンの言葉に、ミーシャは黒い笑みを浮かべる。マーカスが白だとすれば、ミーシャは黒だ、暗黒だ。しかしそれでうまく機能している自警団なので、ジャクソンには何も言えない。
「はぁ……ミーシャさん、いい加減特定の人作ってくださいよォ」
「なんで?」
「ミーシャさんがフリーだと、おちおち彼女も作れないです」
「アハハ、私に奪われないくらいいい男になればいいだろ?」
「簡単に言ってくれますね…!」
「あっはっは」
ついさっきまでの空気とはがらりと変わった三人は、詰所へと足を進める。既にノアには報告しているが、念のため警備を厚くするよう進言しに行ったほうがいいだろうか、と話し合いながら。
自警団から人を貸し出すことも念頭に置いて、なら誰を派遣するか、私が行きたい、いや、ミーシャは駄目だとなんてことない会話をしながら。
*****
「ふぅん、あの女、まだ生きていたんだ」
「いや、生きていますよ。それにしてもアストン公爵方も見切りが良すぎましたね」
「まぁ、お家存続の為なら仕方ないだろう? 私は死んでもしないがね」
一連の報告をエルサはトンクスから受けていた。あの一件でノアがなかなか婚約者を作ろうとしていないことは知っていた。
近い未来、ノアには必ず結婚してもらわなくてはならない。それでもエルサは出来る限りノアが愛する人を見つけられるよう時間を稼いでいた。それがエルサに出来る唯一のことだったから。
「それにしても、ノアが自ら、ねぇ?」
「エルサ様? 下手に手を入れようとなさらないでくださいね? 尻拭いをするの私なんですから」
「トンクス、どれだけ私は信用されていないんだ…」
「いやいや、前科が多すぎます……!」
エルサはにまにまと笑いながら、報告書を机に置く。そして窓辺に近寄り、夜空を見上げた。
「いい影響になるか、悪い影響になるか……。何にしても、必要な存在になってくれるのかな、ヘレン」




