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32から投稿しております。
毎回誤字脱字ご連絡、感謝しております。
「初めまして、ターニャ・ヴィノーチェ十三歳です」
「初めまして! エメリオ・ヴィノーチェ十一歳です!」
元気よくされた自己紹介に、ヘレンは頬を緩ませながら自分より小さい二人に視線を合わせて挨拶をした。
「ご丁寧にありがとうございます、ターニャ様、エメリオ様。私はヘレンと申します。よろしくお願いいたします」
にこりと微笑みながら言うヘレンに、二人はぱっと顔を輝かせた。そして次々に質問をしてくる。
「ねーねー、ヘレンはどこから来たの?」
「ヘレンは何して遊ぶのが好き? 僕はねー」
「エメリオ! 私が先に聞いているの!」
「少しくらいいでしょ! 僕だって聞きたいことあるもん!」
「お姉ちゃんが先!」
「僕が先!」
「え、えっと……」
わーわー騒ぎ出している二人に終止符を打ったのは、長兄たるノアだった。
「こら、二人とも。ヘレンを困らせるな」
「「兄さま!」」
「すまない、ヘレン。客人があまり来ることがないからか、興奮しているんだ」
「いいえ、質問していただいてとても嬉しいです。とても素敵なご家族です」
ヘレンは本心からのそれを口にすると、ノアは少しだけ驚いたように瞳を見開いた。何かおかしなことを言っただろうか…?ヘレンがそう不安に思っていると、ノアは嬉しそうに微笑みを浮かべる。
「…自慢の弟妹だ」
ノアのその愛おしくて仕方ないと言わんばかりの笑みに、ヘレンがどきりとしてしまう。
「やぁやぁ! 待たせたね! ヘレン、ゆっくり休めたかい?」
「公爵様、はい。とても素敵な部屋を用意して下さり、感謝しております」
「そうか、よかったな、ノア」
「…ノア様が用意をしてくださったんですか?」
「ヘレン! 私もお手伝いしたのよ!」
「僕も僕も!」
「……まぁ、せっかく遠路はるばる来るからな。二人にも柄を選んでもらったりと手伝ってもらったんだ」
「っ…本当にありがとうございます、素敵すぎて、びっくりしました」
ヘレンは感情のままに笑みを浮かべ、ターニャとエメリオに礼を言う。すると二人は胸を張りながらも頬を紅潮させ、嬉しそうに笑った。
その笑顔を見て、ヘレンは置いてきた弟妹を思い出した。考えてみれば、自分はこうしてあの二人に接していただろうか。一瞬だけ顔が暗くなったヘレンを、小さな二人は心配した。
「ヘレン、大丈夫?」
「どこか痛いの?」
「っ…いいえ、本当に素敵すぎて、私には勿体ないな、と」
納得がいっていないような二人だったが、ノアがそれを留める。
「ほら、二人とも。席に着きなさい」
「「…はぁい」」
心配させてしまったのだろうか、とヘレンが考えると、ノアが耳打ちしてきた。
「気にする必要はない。ただ、あとで時間があったら遊んであげてほしい」
「…はいっ」
「さてさて、みんないいかな?」
食卓には、ヴィノーチェ一家にヘレン、そして使用人が男女それぞれ二人ずつ席に着いた。
「ヘレン、我が家には十六人の使用人がいる。皆家族のようなものだ。一気に全員紹介するわけにもいかなくてな。今日は君に関係しそうな人から紹介するよ」
「お気遣い痛み入ります、公爵様」
「あぁ、それと、私のことはエルサと呼んでくれ。せっかく我が家に来たのにその呼び方は寂しいだろう?」
ウィンクをしながら言うエルサに、ヘレンは何故かどきどきしてしまう。…ヘレンは知らないが、エルサは若い令嬢にとても…とても人気がある。その性格、見た目、能力。どれをとっても一流である彼女は、実力主義のカロリアンにおいてああなりたい女性一位なのだ。
「あ…はい、エルサ様…」
ヘレンは無自覚に頬を染めながら返事をする。それを見ていたらしい使用人たちと目が合うと、理解できますと言わんばかりに力強く頷かれた。
「さて、話が脱線したな」
「母上の所為ですね」
「ノア…。んんっ、まず、この家の執事であるトンクス」
トンクスと呼ばれた執事は、草臥れたようにしながらも微笑んで会釈した。…あまり人の外見のことを言いたくないが、若そうなわりに頭髪が薄いような気がした。もちろん、そんな失礼なことは言わないが。
「侍女頭のヴィヴィアンヌ」
ヴィヴィアンヌは厳格そうな見た目で、不思議とサブリナを思い出させた。だが、その視線は柔らかく、歓迎されていることがわかる。
「執事見習いが二人いるんだが、今日はそのうちの一人、イクスだ」
イクスは、少し神経質そうな印象を受けた。髪の毛をきっちりと撫でつけ、一部の隙もなさそうに見える。
「もう一人はベンというんだが、近々紹介する。それと侍女のイリーヌだ。慣れないうちは彼女か、ヴィヴィアンヌに聞くと言い」
イリーヌはほんわかとした女性で、にこりと微笑まれた。しかしなぜ手をわきわきさせているのだろうか…。
それを見たエルサが、あー…と言いながら補足してくれる。
「イリーヌは可愛い女の子が大好きでな。ヘレンの部屋にあった服、全部イリーヌが用意したんだ」
「え! あ、ありがとうございます…! イリーヌ様」
「いいえぇ、そんな、呼び捨てにしてくださいな、愛らしいお嬢様…それにしても、とっても、着飾り甲斐が、ありそうですわぁ…」
のんびりとした話し方は彼女に合っているような感じがした。しかし、その獲物を見るような視線に、ヘレンはびくりと身を縮こませた。なぜだろうか、蛇に睨まれた蛙のような気持ちだ…。
「イリーヌ、そのくらいにしておけ」
「はぁい、坊ちゃま」
「その呼び方も止めてくれと…まぁいい」
「そんなわけで、執事一人、執事見習い二人、侍女頭一人、侍女五人、フットマン一人、庭師と見習いが一人ずつ、料理人は四人いる。仲良くしてくれ」
「はい、こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします」
ヘレンが一礼すると、使用人たちの空気が和らいだのを感じた。
「さぁ、食事にしよう! ヘレンの歓迎会も兼ねて!」
「「わぁい!!」」
*****
「た、食べ過ぎた……」
夕食後、ヘレンは用意された部屋に戻ってくたりとしていた。用意された食事はどれも美味しかった。何より、久々に談笑しながらの食事だった。思い出せば、実家で今日のように家族で談笑しながらの食事をしたのはいつが最後であっただろうか。
少なくとも、ヘレンが英才教育を受け始めてからは、常にマナーを見られているような気がしてあまり話せなかった。祖母のところでは大人ばかりで、今日のような騒々しさはなかったがそれはそれで楽しかった。戻ってからは、アンドレアスに注意ばかりしていて、食事の場の空気を悪くしていたのかもしれないと今更ながらに思う。
「―――ヘレン、今いいだろうか」
「っ、はい!」
扉の外から声をかけられたヘレンは、くたりとさせていた体をしゃんとさせる。みっともない姿は見せられない。ヘレンが許可したためか、扉が開かれ、そこにはノアがいた。
「休み時にすまないな。明日からのことを少し話したくて」
「いいえ、構いません。むしろわざわざありがとうございます」
「いいや。それで、明日からのことだが、できれば私の仕事の手伝いをしてほしい」
「ノア様のですか?」
「あぁ」
ノアの話によると、明日からエルサは屋敷を離れて領地を回るらしい。その間の領主のデスクワークの補佐をしてほしいとのことだった。
「しかし、よろしいのでしょうか? 部外者の私がお手伝いをさせていただいても…」
「構わない。大切なものは流石に触れさせられないが、それでも手伝いがいれば助かるからな」
「分かりました」
「朝食一時間後に、イリーヌに迎えに来させる。そこから準備などあるだろうから、大体十時から仕事をしてもらうことになる」
「? あの、準備は事前にしますが…」
困惑を見せるヘレンに、ノアは苦笑を浮かべた。「イリーヌは着飾ることが好きだと母上から聞いているだろう。きっと今頃君に似合う服を考えて興奮している」
「??」
ヘレンにはよく意味が分からなかったが、とりあえず頷くことにした。
「……それと、君とゆっくりと話したい。明日の夕食後、晩酌に付き合ってくれ」
「ぇ、あ、はい、私でよろしければ」
ヘレンの返事に満足したのか、ノアは一度頷くとゆっくり休めとだけ言って部屋を退室した。
「……何の話かしら…」
*****
「トンクス、お前の目から見て、あの子はどうだ? 我がヴィノーチェを害するものか?」
「いいえ、当主様。彼女は、とても清廉とした空気をお持ちです」
「そうか……」
夜更け、エルサは上物の酒を片手に執事であるトンクスに問う。この執事は不思議な特技があって、人のオーラが見えるというのだ。エルサはそれを信じていなかったが、エルサの亡き夫、ザクセンは信じて重用していた。しかもそれがとても当たるものだから、エルサも信じるようになったのだ。
「あの年頃にしてはしっかりしてはいたな。少なくとも問題を自発的に起こすようなことはないだろう」
「そうですね。少なくともかの小娘よりかは何倍もマシですね」
「…今でも根に持っているのか」
「はい」
ノアの元婚約者に対して、トンクスはいい感じがしないと進言していた。しかしそれを当時話半分に聞いていたエルサは信じなかったのだ。結果、ああなったが。
「年下の子に対しても、使用人に対してもちゃんとした礼儀で接しております。一朝一夕にできることではないでしょう。元来の性格でしょうね」
「そう…ねぇねぇ、ノアとの相性は?」
「…当主様、その件は触れないとノア様と約束したはずですよね?」
「えーーだって…ノアのお嫁さんにはいい子が来てほしいじゃないか…」
「それは我々も同意見ですが、変にちょっかいを出して怒られたでしょう」
「むぅ……」
トンクスは呆れたようにため息をつきながらも、親しみの籠った進言をする。トンクスはエルサに振り回されまくっている。それこそ、毛髪という犠牲とともに。正直、それをヴィヴィアンヌに指摘されたとき、秘かに涙を零した。それでも、嫌だと思うことはない。
「当主様はご子息方をお好きすぎて、構いすぎなのです。ターニャ様とエメリオ様ならまだしも、ノア様は二十四ですよ? むしろ嫌われていないのが不思議です」
「え!? 嘘!? ふつう嫌われるのか!? そんな! ノアーーー!」
「はいどーどー。落ち着いてくださいね。嫌っていませんから」
普段は凛々しく、女傑と呼ばれるほどにカッコいいのに、子供たちのことになると馬鹿になる。だが、そんな自分の主がトンクスは嫌いではない。
「ノアーーー!」
「はい、もう夜遅いですから叫ばないでください。さ、明日から移動なんですから寝てください」
「冷たいっ、冷たいぞトンクス!」
「はいはい」
そうして、ヴィノーチェ家の夜は更けていった。
今後、ある程度まとめてからの投稿する予定なので間が空きます。
お付き合いいただければ幸いです。




