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Everlasting  作者: 水無月
見えぬ先

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31/118

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「ヘレンお嬢様!? どうなさったのですか!?」

「オルト夫人…いきなり来てしまってごめんなさい…。以前していただいたお話を、受けたくて」

「! と、とりあえずどうぞ中へ…!」


 ヘレンはロドリゲスに嘘を吐いた。祖母、エリザベスの元に行くつもりなど、欠片もなかった。祖母の元に身を寄せても、イライアスがいる限り自分の所在はわかってしまうだろうから。ヘレンは、もう誰にも傷つけられたくなかったのだ。


「……少しは落ち着かれましたか?」

「ごめんなさい、夫人…いきなり押しかけてしまって。でも、ありがとうございます」

「いいえ、構いませんわ。それで、いきなりどうされたのですか?」

「…あのまま家にいても、私は駄目になるだけだと思ったのです」


 ヘレンはサブリナに簡単にだが、事の経緯を話した。アンドレアスのこと、カレンのこと、そしてアレックスのことを。


「まぁ…。なんて下種な男なのでしょうか…。でも、ヘレンお嬢様はそれでよろしいのですか? カレンお嬢様が不幸にしかならなさそうですわ」

「…カレンに言っても聞いてくれませんでした。それにあそこまで言われて傷つかないわけではありませんから」

「…とてもお辛かったでしょう」

「……そう、ね」


 唯一の半身から放たれた言葉は、ヘレンを思いのほか傷つけていた。馬を走らせている間は考えずに済んだそれは、落ち着いてからじわじわとヘレンを蝕んでいく。


「とりあえず、今日はゆっくりお休みください。あまり広い家ではありませんが」

「いきなり来てしまったのにごめんなさい。でもとても助かります」

「お気になさらず。主人には私から話しておきますので、ヘレンお嬢様はどうぞこちらに」


 サブリナはそう言い、ヘレンを客室へと案内する。あまり詮索しないその姿に、ヘレンは心の中で感謝した。


「夕食は如何されますか?」

「今日は疲れてしまったので、もう休ませていただければ…」

「わかりました。何かあれば声をかけてください」

「感謝します、夫人。旦那様にもご挨拶できなくてごめんなさい」

「主人もわかってくれますわ。とりあえずお嬢様は休息が必要です」


 サブリナは、部屋の扉を閉める。案内された部屋はシンプルだが、手入れが行き届いていて清潔感に溢れていた。ヘレンは持ってきた荷物を脇に置くと、ベッドへ腰かける。そしてそのまま上半身を倒した。


「……」


 今頃、あの家はどうなっているのだろうか。そういえば、イライアスと話をする約束だったが、破ってしまった。結局、アレックスの言う通りだった。カレンは自分よりも好いた相手を信じた。両親は自分を探すだろうか。あぁ、ダンたちにも一度連絡をしなければ。

 ぽろぽろと色んなことを考えるうちに、目尻からこめかみへと何かが流れていった。


「っ……」


 ロドリゲスも、サブリナも言わなかった。だが、ヘレンは自分で理解していた。

 ―――逃げたのだと。

 

 二人は優しい。ヘレンが気付いているからこそ、言わなかったのだろう。しかし、その優しさが痛い。逃げることが悪いことではないと、頭では理解しているのに。心がそれを拒絶する。

 他人にそれを言えても、自分に対してどうして同じように思えないのだろうか。


「……なんで、かなぁ…」


 腕で目元を覆う。震え掠れた声がみっともない。あんなに、当主として勉強していたのに。結局自分は弱い。だから、あんなことになったのだろうか。

 どうすれば、良かったのだろうと考える。どうすれば、両親は負い目を感じずに自分と接してくれたのだろうか。アンドレアスには、どうしたら嫌われずにいたのだろうか。…カレンには、どうしたらカレンのことを思っているからの言葉だと伝えられたのだろうか。

 しかしいくら考えても、答えなんて見つからない。見つかるはずもない。だって、ヘレンは逃げたのだから。


「ごめん、ね…」


 ごめんなさい、弱い娘で。弱い姉で。

 もっと強かったら、きっとあのまま残っていた。もっと強かであれば、他の言い方をした。でも、ヘレンはそうできなかった。後悔しかない。

 本当に嫌っていたのであれば、憎んでいたのであれば、ここまで悩まなかったのだろうかと考える。しかし、結果としてヘレンは家族を大切に今でも思っているのだ。それは、いけないことなのだろうか。

 人によっては優柔不断だというのかもしれない。自分を大切にしない家族など、捨ててしまえとも。でも、ヘレンにはそれができない。


「………いつ、か…」


 いつか、昔のように笑い合いえる日はくるのだろうか。自分があの家に、戻る日は来るのだろうか。それも、わからない。

 ヘレンはぼんやりとする頭のまま、そのまま眠りへと落ちていった。







*****







「ヘレンは、どこに?」

「お嬢様、どちらにいらっしゃるんですか…!?」


 イライアスは時間になってもやってこないヘレンを探していた。そして迎えに行かせるといっていたマリが、涙目で戸惑いを露わに小走りをしている場面に出会った。


「マリ、どうしたんですか」

「イライアス様…! お、お嬢様が見当たらないのです…!」

「ヘレンが…? 一緒にいたのではないのですか?」

「い、いいえ、私はお嬢様に頼まれて厨房に…。用事が終わったのでお嬢様のお部屋に行ったのですが、いらっしゃらないので探していたんです」


 カタカタと震えながらイライアスに縋るような視線を向けるマリに、イライアスは落ち着くように声をかける。


「とりあえず、思い当たる場所は探したんですね?」

「は、はい…!」

「ふむ…、執事殿には?」

「ま、まだ聞いておりません」

「わかりました。ではマリは執事殿に聞きに行ってください。私はカレンたちに聞いてきます」

「わかりました!」


 マリはイライアスに指示を貰ったことで少しだけ安心したのか、力強く頷くと小走りにその場を後にする。そして残されたイライアスは、カレンを探すべく反対方向へと足を向けた。




「っ……ひっく…」

「カレン嬢? 失礼してもいいですか?」


 少し開かれている扉から、誰かのすすり泣く声が聞こえたイライアスは、戸惑いながらも声をかける。するとそれに答えたのはアレックスだった。


「イライアス殿、どうかされたのですか?」

「アレックス殿…? 失礼します、どうしてここに…? カレン嬢はどうして泣いているのですか?」

「あぁ…どうやら、ヘレンに私との婚約を取りやめるよう言われたみたいで」

「ヘレンが?」


 イライアスは戸惑いを隠せないまま、アレックスの言葉を鸚鵡返しに問う。


「えぇ…どうやらヘレンは独自の手段で私のことを調べたようなのですが、良くない噂を掴まされたようで」

「それは…。カレン嬢、大丈夫ですか?」

「っ……酷いわ、お姉さま…ご自分がご婚約されていないからって、いくら何でも、酷い…」


 ぼろぼろと涙を零すカレンに、イライアスは果たして本当にそうなのだろうかと考えつつも、それを言葉にはしなかった。


「悲しいところ、申し訳ありません…ヘレンとはいつ会われましたか?」

「……ついさっきよ…」

「そのあと、ヘレンがどこに行くとかは聞かれていませんか?」

「知りません…!」


 と、そこでアレックスは異常事態が起こっているのかもしれないと悟ったらしく、イライアスを心配そうに見てくる。


「イライアス殿、何かあったのですか?」

「それが、ヘレンがどこにも見当たらないのです」

「ヘレンが? 探したのですか?」

「マリが探していますが、どうやら見当たらないようで」

「そんな」


 心配そうな声音で言うアレックスに、イライアスは頷いた。


「どこかに隠れているのでしょうか」

「わかりません、エマ、すまないが少しいいですか」

「はい」


 イライアスは念のためエマに声をかけ、扉の外へと呼ぶ。エマの表情は固く強張っていた。


「エマ、すまないがヘレンとカレン嬢の状況を知っていますか?」

「…ヘレンお嬢様は、カレンお嬢様にアレックス様との婚約を考え直せと仰っておられました」

「それはどういう…」

「ヘレンお嬢様曰く、アレックス様はカレンお嬢様を愛することはなく、お金目当てだと。それにカレンお嬢様は反発されておられました」

「…ヘレンが意味もなくそういうことを言うとは思えませんが」

「ヘレンお嬢様はご自身の伝手でアレックス様をお調べになられたようです。ですが、旦那様もアレックス様のことを調べられておられましたから」


 イライアスはヘレンが確証もなくそういったことを言うとは思えなかった。しかしここでその話をしても意味はないだろう。今一番大事なのはヘレンの居場所だ。


「そうですか…わかりました。もしヘレンを見かけたら」

「イライアス様」


 見かけたら教えてほしいと言おうとした瞬間、背後からロドリゲスが声をかけてきた。近くにマリの姿が見えないが、他の場所を探しているのだろうか。


「執事殿…マリは?」

「マリならば別の場所です。今、少しだけよろしいですか」

「今はヘレンを探しているところで」

「少しで構いませんので」


 いつになく強引なロドリゲスに、イライアスは少しだけ嫌な予感を起こさせつつも素直について行くことにした。もしかしたらヘレンの居場所がわかるかもしれない、そう思って。





「執事殿、それで、話とは」

「…もう、ヘレンお嬢様に関わらないで頂きたいのです」

「……何?」


 ロドリゲスのいきなりの言葉に、イライアスは剣呑な声音で返した。当たり前だ。自分はヘレンのことを心配してここにいるのだから、それに関わらないでほしいとはどういうことだろうか。


「……ヘレンお嬢様は、もうお姿をお見せにはなられません。ですから、どうぞ本来あるべき場所にお戻りになられたほうがよろしいかと存じます」

「……執事殿、いきなりそう言われて、私が納得できると思いますか」

「…いいえ。ですが、これに関してだけは頷いていただくほかございません」

「どういうことですか」

「これ以上は言えません、どうか、ご理解のほどを」

「執事殿、わけがわからない。ヘレンはどこにいる? せめてそうなったわけを聞かせてほしい」


 イライアスが重ねていっても、ロドリゲスは顔を顰めたまま首を縦に振ることはない。その頑なさに、イライアスは違和感を覚える。

 どうして、会えないのだろうか。…姿を見せることはない、というのはどういうことだろうか。見せられないわけではない。


「……まさか、ヘレンは屋敷にいないのですか」

「……」


 無言が、答えだった。


「どうして…!? 一体何が…!!」


 意味が分からなかった。どうして、ヘレンが屋敷を出たのか。いつまでなのか。どこに向かったのか。しかし、ロドリゲスはイライアスの問いに何一つ答えることはなかった。






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