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Everlasting  作者: 水無月
見えぬ先

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「お久しぶりですね、ヘレン」

「えぇ、こんな遠くまでお越しくださり、ありがとうございます」


 イライアスからの手紙が来て一か月後、彼は予定通りにマイヤー伯爵家を訪れていた。

 ヘレンが世話になったので、屋敷の前には伯爵家族全員が揃っている。


「君がイライアス君か。本当にヘレンが世話になった」

「お初にお目にかかります、マイヤー伯爵。イライアス・リンデンベルグと申します」

「リンデンベルグというと、伯爵の?」

「ご存知でしたか」

「もちろんだとも! 母が前伯爵夫人と懇意にさせていただいていたね」


 ヘレンは、この時初めてイライアスのファミリーネームがリンデンベルグであること、さらに言うのであれば貴族であることを知った。

 そして小さく失笑を零す。


「済まない、ヘレン。隠していたわけではないんですが、言う機会がなく…」

「いいえ、イライアス様。お気になさらないでください。あの時の私であれば、言う機会がないというのも仕方ありません」


 ヘレンはいつも通りににこりと笑みを返す。その表情を見たイライアスが、一瞬変なものを見るような視線になったが、ヘレンは敢えて気付かないふりをした。


「初めまして、イライアス様。私はヘレンお姉さまの双子の妹のカレン、そしてこちらが長男のアンドレアスです」

「カレン嬢、アンドレアス君、初めまして」

「ほら、アンドレ、ご挨拶よ」

「………こん、にちは」

「こんにちは」

「イライアス殿、この度はヘレンが大変お世話になりましたわ。母のジャクリーヌです」

「マイヤー夫人。こちらこそ、エリザベス夫人に世話になりましたので、お気になさらず」


 イライアスの人当たりの良さは、すぐさまマイヤー家に馴染んだ。

 ドナルドに先導されながら、一同はサロンへと向かう。その一番後ろにヘレンは微笑みを浮かべたままついて行った。そんな様子のヘレンを見かねたのか、マリがこそりとヘレンに声をかける。


「……お嬢様、よろしいのですか?」

「何が?」

「イーライ様です。お嬢様のことを気にかけてくださったはずですよね?」

「いいのよ。お父様たちも私の面倒を見てくださったということでおもてなしをしたいのでしょう」

「それは、そうかもしれませんが…」

「マリ、ロドリゲスとマリリンに紅茶の用意をお願いね」

「…かしこまりました」


 少しだけ不服そうなマリではあったものの、ヘレンの指示には素直に従った。その背を見送ったヘレンは、少し離れたところを歩く家族とイライアスを見る。

 不意に、サブリナの言葉が脳裏をよぎった。







「では、お婆様のところでは湖というところに行かれたの?」

「えぇ、初めてヘレンに会ったとき、彼女は湖に落ちた兎を救おうとしていました」

「お姉さまが? 危なくはなかったの?」

「えぇ。すぐに私が助けに行ったので」

「大事がなくて良かったわ、ヘレン」

「ありがとうございます、お母様」

「全く、ヘレンはあちらでのことをほとんど話してくれなくてな」

「伯爵、それは仕方ありません。あの時のヘレンには物事を考えずにゆっくりする時間が必要でしたから」

「イーラ、これ、これであそぼ?」

「少しだけ待ってくれるかな、アンドレアス君」

「やーー!!」

「アンドレってば…。駄目よ? 今は大事なお話をしているの。いい子なアンドレなら、少しだけ待てるわよね?」

「そうだぞ、アンドレ。あとでお父様がいっぱい遊んでやるからな!」

「イーラがいい!!」

「まぁまぁ、アンドレってば。すっかりイライアス殿を気に入ってしまわれたようね」

「恐縮です、夫人」


 ヘレンはにこにこと笑みを浮かべながら家族の会話を見ている。しかし自分から入ることはせずに、会話を振られたときだけ発言していた。


「わざわざこんな遠くまで来てもらったんだ。好きなだけ滞在していってほしい。ヘレンのことも、本当に感謝している。ありがとう」

「いいえ、伯爵。私のほうこそ、エリザベス夫人にはお世話になったので、少しでもお手伝いできればと思った次第です。ヘレン、元気そうで何よりだ、本当に」

「ありがとうございます、イライアス様。見ていただいた通り、私はとても元気にしております」


 ヘレンがそう返せば、何故かは分からないがイライアスは少しだけ顔を顰める。だが、ドナルドたちが気付いた様子はなかった。

 そんな時。


「―――ヘレンお嬢様」

「ロドリゲス?」


 ロドリゲスがヘレンに耳打ちをした。


「オルト夫人がお見えです」

「……夫人が…? どうして…」


 夫人には今日イライアスが来ることを手紙で伝えており、話せる時間がないと伝えていたはずだ。なのに敢えて来たのだろうか。


「ご用件は?」

「お嬢様にのみお話ししたいと…」

「そう…。お父様、お母様、イライアス様、申し訳ございません。急な来客があったようなので、対応してまいります」

「急な来客? どなただ?」

「私が対応してまいりますので、お気になさらずに。何かあればお話ししますね」

「そうか…? 何かあればすぐに呼びなさい」

「はい」


 ヘレンは一礼し、その場を後にする。背後からは、アンドレアスのはしゃぐ声が聞こえた。







「夫人、どうして今日いらっしゃったのですか?」

「申し訳ございません、お嬢様。ですが誰にも聞かれないためには今日が一番都合がいいのです」

「…どうしてそこまで誰にも聞かれないようにしなければならないのです?」

「…それは、貴族の令嬢が家を出て他国に行くというのは外聞が悪いと考える人がいるからです」


 ヘレンは初めて聞くそれに、驚きを隠せなかった。


「どういうことでしょう?」

「…この国の貴族の女性は、基本的に家の為に婚姻を交わすのが普通です。それが出来ないというだけで、両親に何かしらの問題があると思われます」

「?」

「娘に良縁を整える能力がない、ということです」

「それは…」

「良縁を整えることが出来なかったので他国に出す、というのはさらに外聞が悪くなります。いくらお嬢様に能力があったとしても、この国においてそれは関係ありません」

「……ということは、私がこの家を出てしまえば家の評判は悪くなってしまうのではないのかしら? それは私の望むことではないわ、オルト夫人」

「お嬢様であればそう仰ると思いましたわ…。正直に申し上げて、どうしてお嬢様がそうまでしてお家のことで頑張らなくてはいけないのか、私にはわかりません。それは本来、旦那様のお役目でしょう」

「……」


 それはヘレンにとって痛いところであった。本来であれば、一家の主であるドナルドがアンドレアスへの教育方針について決めるべきだ。しかしそれでは問題があると考えているヘレンとロドリゲス、そしてグリンデルが動いている。


「お嬢様、お嬢様がなされていることは本当にお嬢様が行わなくてはならないものですか。お嬢様を後回しにしてまで、行わねばならないものですか」

「オルト夫人」


 オルト夫人の言葉は止まらない。


「確かにご嫡男の教育について、審議する大切さはよく存じております。ですが、婚約者すら決まっていないお嬢様を優先させない理由は何でしょうか。ご嫡男様はまだ、幼いというのに」

「でも、私だって五歳から勉強を始めました」

「そうであれば、ご嫡男様も同じようにすればよろしいのです」

「それは……」


 そこが一番問題だった。きっと、父母も同じように考えているのはわかる。しかし今のアンドレアスが大人しく授業を受けてくれるだろうか。きっと受けないだろうとヘレンは考えている。

 だからといって、ヘレンたち家族が教えることはできないだろう。ヘレンたち家族の中で教育関係を本職とする人はいないのだから。

 一番いいのは、アンドレアスが我慢を覚えてちゃんと自覚して勉強をしてくれることだ。かつてのヘレンのように、とまではいかなくとも、努力はするべきだとヘレンは考えている。そのために、アンドレアスには我慢を、自分の立ち位置を朧気ながらでも構わないから自覚して欲しいのだ。


「……とりあえず、私にはお嬢様にお話しすることしかできません。選ぶのはお嬢様です。ですが、お嬢様、よく覚えておいてください」

「夫人…?」

「貴女がいくらご自分を犠牲にして家のために尽くしたとしても、それがかえってくることも、ましてや感謝されることもありません」

「そんなつもりで」

「いいえ、貴女は心の奥底ではきっといつかはと願っていらっしゃる。自分のことを認め、大切にしてくれるだろうと。はっきりとお伝えします。人は、人の犠牲に、優しさに、献身に、胡坐をかくものです」

「っ……」


 サブリナの言葉は、ヘレンを深く切りつけた。


「お嬢様は確かにとてもお優しく、知識も兼ね備えております。それは、私たち家庭教師陣が胸を張って言えることです。ですが、それを無駄にしているようにすら見えるその行為は、好ましくありません」

「っ、ですが、私が何もしなければこの家は…!」

「どうなると仰るのです?」

「……」

「伯爵夫妻はご健康で、ご嫡男様がご存命であらせられる限り、このマイヤー伯爵家は安泰にございましょう」

「でも、マイヤー家が…」

「衰退されるかもしれない、と? お嬢様はご家族を大切にしているように見えて、信じておられませんの?」


 サブリナの言葉に、ヘレンは沈黙しか返せなかった。

 言葉を失うヘレンに、サブリナは厳しい表情から一転、心配そうな表情を浮かべる。


「……お嬢様、ご決断ください。もし貴女がこの家を出られると決意されるのであれば、私は全てを使ってでもお手伝いをいたします」

「……オルト夫人、どうして…」


 ヘレンの疑問に、サブリナは淡く微笑みを浮かべた。


「……私も、かつてはお嬢様と似たような立場におりました。ですが、父は私より出来のいい親戚の子を養子にし、私は父に言われるがまま、オルトと結婚したのです」


 初めて知るサブリナの過去に、ヘレンは驚きを隠せずにいた。


「私とお嬢様の違う点は二つございます。私は早い段階で養子の話が出たこと、そして父がすぐに婚姻相手を探したことです。オルトと結婚したことを後悔したことはございません。…ですが、もしあのまま当主となっていたらどうなっていたのだろうと思うことはございます。想像するほかありませんが、きっと当主という重圧に負けていたのではないかと、今更ながらに思います」


 ヘレンは、目の前の女性が重圧に潰れる、なんて言葉を放つとは想像もつかなかった。ヘレンにとってサブリナ・オルトという女性は自立した、それこそ失敗や後悔とは程遠い人物だと思っていたのだ。

 サブリナ自身、そういう風に見られることを知っているのか、苦笑を浮かべている。


「別に私が後悔しているから、お嬢様にしていただこうというつもりもございません。ですが、道を示すことだけであれば、できます。……ヘレンお嬢様、私の大切で、とても優秀な、可愛い生徒…。そんな貴女に、幸せになってほしいだけです」


 サブリナは目元を緩ませながら、愛情のこもった声音でヘレンにそう伝えた。伝えられたそれに、ヘレンは胸が熱くなる気がした。



 ―――ちゃんと、自分を見てくれている人が、いるのだ。



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