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一気に投稿します。
「お久しぶりです、夫人」
「そうね、イーライ。元気にしていたかしら?」
「もちろん。弟も恙なく補佐をしてくれたおかげで、戻っても大して仕事はありませんでした」
「そう、よかったわ。でもあなた、こんなに頻繁にこちらに来ていていいのかしら?」
「えぇ。父にも許可はとっていますからね」
ヘレンが実家へ戻り数か月後、時をほぼを同じくして自身の家へと戻ったイライアスがエリザベスを訪れていた。
「夫人は体調は大丈夫ですか? ダンからの手紙では少し崩されたと伺っていましたが…」
「えぇ、私は大丈夫よ。季節の変わり目と…あとは疲れが出てしまったみたい」
「そうですか。お婆様も心配なさっておられましたよ」
「タチアナが? それは心配をかけてしまって申し訳ないわね…。手紙でも大丈夫だと書いたのだけれど…」
「夫人はいつだってそう仰られるからでしょう。お婆様は夫人の仰る大丈夫をあまり信じてはいないようでしたよ?」
エリザベスはまた心配をかけてしまったとため息をつく。タチアナはいつだって自分のことを気にしてくれている。長年の友人とは、こうも有難い存在なのだろうか。
「……それで、ヘレンはどうしているのですか?」
「貴方のところにも手紙がいっているのではないの?」
エリザベスは小さく首を傾げながら問う。自分のところには、ヘレンはイライアスからも手紙が来て返事を送ったと書いてあったが。
「えぇ…来ております。ですが、どうにも当たり障りのない内容ばかりのような気がして」
「イーライもそう感じるのね…」
「ということは夫人も?」
イライアスの言葉に、エリザベスは頷いた。
孫娘ヘレンは、回復して間を空けることなく生家へと戻った。いずれは戻り、ドナルドたちと対話をさせねばならないと考えてはいたが、こうも早いとは思わなかったのだ。それに、ドナルドたちからの手紙を読んでいるからに、彼らは自分たちのしたことを理解する前に逃げていると思われる。
そんな状況下で戻っても、良いことがあるようにはとても思えなかったのだ。
しかし、当のヘレンからは恙なく生活している、家族皆元気だと言われてしまえば何も言えない。
もしエリザベスの性格がもっと強ければ、乗り込んで様子を見ていただろう。しかし、エリザベスは怖いのだ。
かわいい孫娘がああなった責任が息子夫婦にあると理解しても、孫娘と同じように息子も愛しているから。その息子が、未だに現実から逃げている姿など、見たくないのだ。
だから、ヘレンを療養という名のもと、自分の領域へと連れ出したのだ。
「……夫人、正直に申し上げて、ヘレンが本当のことを言っているとは思えません」
「……」
「叶うのであれば私自らヘレンの様子を見に行きたいところですが、独身である私が一人で彼女を訪ねれば、他からどう見られるかわかりません」
「そうよね…本来であれば私が様子を見に行くべきよね」
実際、エリザベスとて体調が許すのであれば向かいたい。しかし年も相まってか、無理をすればのちに響くことが多くなってしまった。
それにドナルドやヘレン自身から、問題ないと言い切られてしまうとどう手を出せばいいのかわからなくなってしまうのだ。
「……夫人、良ければ、私に依頼してください」
「? どういうことかしら、イーライ」
「夫人はマイヤー家の様子を見に行きたいが体調面で不安があるため、それが叶いません。そこで、祖母同士の繋がりがある私に夫人の代わりに家の様子を見てほしいと仰ってくだされば、ちゃんとした理由の元にヘレンの様子を見に行くことができます」
「…でも、貴方に負担ばかりかからないかしら?」
「大丈夫です。それになにより、乗り掛かった舟です。ヘレンからの手紙の様子も気になりますから」
エリザベスは少し考えこんだ。確かに、イライアスが様子を見てくれるのであればこれ以上ないくらいに頼もしい。
正直に言って、ヘレンの言う問題ない、が不安で仕方ないのだ。
「……タチアナに手紙を書くわ。イーライ、お願いしてもいいかしら?」
結局、エリザベスはイライアスを頼ることにした。ヘレンを妹のように大切に想ってくれている彼であれば、ヘレンも邪険にはしないだろう。それに、手紙では知りえぬ状況を彼はちゃんと教えてくれるはずだ。
そんなエリザベスの考えを読んだのか、イライアスはにこりと微笑みを浮かべた。
「もちろんです、夫人」
*****
「お久しぶりです、ヘレンお嬢様! お元気そうで何より」
「お久しぶり、リュシアン先生!」
「……療養されていたというのは本当のようですね」
「わかりますか?」
「まぁ、お嬢の師ですからね。運動しない期間が長かったのでしょう?」
「そうですね…。戻ってきてから鍛錬は出来るだけしようとしているのですけど…」
ヘレンはリュシアンの正確な目に内心で驚いていた。それと同時に、流石だとも。
リュシアンはヘレンの療養を機に、自警団へと戻っていた。元から能力はとても高く、自警団内でも指折りの実力を持つ彼を家庭教師として雇えたのは、ひとえにマイヤー伯爵が尽力したからに他ならない。
自分たちの屋敷から一番近い自警団の団長に、定期的に屋敷に来て鍛錬を行えるものを一人寄こしてほしいと頼んだのだ。もちろん、その見返りに装備などを点検するための金を渡している。
「それで、お戻りになられたお嬢が、どうして俺を呼んだんですか?」
「……アンドレアスのことです」
「あぁ、ご長男様ですか…」
アンドレアスの名を出した瞬間、リュシアンの眉根が下がった。
「……あの子もそろそろ五歳になります。リュシアン先生であれば、あの子を鍛えてくれると思っているのですが」
「お嬢…正直に申し上げて俺には難しいです」
「……母のことですね」
何となく、リュシアンはそう返してくるだろうとヘレンは考えていた。母ジャクリーヌのアンドレアスに傷を負わせないようにしてくれ、という一言は教える側からすれば重圧でしかないのだ。
さらに言うのであれば、アンドレアスは貴族の子息で、長男だ。その彼に何かがあれば、平民であるリュシアンは処罰を免れないだろう。
本来、ヘレンにも同じことが言えたが、ヘレンは訓練で負う傷というものを理解していた。どんなに天才的な剣術を得たとしても、痛みを知らなければ、いざという時に混乱するということを知っていた。
ヘレンはそのことを教えられていたから、リュシアンに処罰がいかないように気を付けていたのだ。
しかし、それをアンドレアスが出来るとは思えなかった。
「お嬢であれば、俺は喜んで師になります。ですが、ご長男様に関しては俺には荷が重いかと」
「……我が家のことを、ご存じなのですね」
「夫人の最後の様子を見ていれば、想像がつきます」
ヘレンはため息をつきたくなった。家庭教師にすら、荷が重いと言わせる自分の家族。これからどうなってしまうのだろうか。
「……私が教わって、それをアンドレアスに教えるのは可能ですか」
「…お勧めしません。お嬢はあくまでも学ぶために訓練をされておりました。ですが、圧倒的に経験が足りません。そのような人が教えれば、怪我が増えるだけです」
「……そうですよね、言ってみただけです」
「いいえ、お気になさらず」
ヘレンは頭を抱えそうになる。女児が跡目を継ぐ場合、試験があるために勉強をする。しかし男児の場合、明確な試験というものはない。勉強は強要されるものではないのだ。
しかしそんな無知な者を当主にすれば、他領主から嘲りの視線を受けることになる。そうならないために各領主は次代に勉強をさせるのだ。
男児であっても厳しい世界、だからこそ、女児は上をいく教育が施されている、それを理解しているから、自分にあのように教育をしたのではないのか、とヘレンは父に問いたくなった。
「……座学の家庭教師は決まっているんですか?」
「一応、グリンデル先生にお願いするつもりです。すでにアンドレアスのことで何度か屋敷に来てもらっていますから」
「そうですか…。お嬢、俺が言うのもなんですが、剣術はもう少し大きくなられてからのほうがいいのではないですか?」
「? それは、アンドレアスが五歳以上になってから、ということですか?」
ヘレンの疑問に、リュシアンは頷いた。
「男の子の体の成長は女子よりも遅いですし、無理に剣術を教えて取り返しのつかない怪我とかしてしまうよりもましでしょう」
リュシアンの提案には一理あった。確かに、アンドレアスに一番必要なのは知識だ。今の彼を見ている以上、座学を嫌がり逃げる可能性がないとは言い切れない。そこに剣術を学ばせてしまえば、剣術に逃げる可能性だってあり得るのだ。
ヘレンはアンドレアスの誕生を心から喜ばしく思っているが、アンドレアスのその逃げるという姿勢だけは好きになれなかった。いくら幼いといっても、自分も五歳から始めていたのだ。どうして期待されているのに逃げようとするのだろう。
「…わかりました。一度当主たちと話をしてみます」
ヘレンの返答に、リュシアンはほっとしたような表情を浮かべた。…糸目で分かりづらいが。
「そこまで嫌、ですか…」
「いえ…、そういうのではないのですが…ご長男様の剣術の教師は、同じ貴族の方がいいのかもしれません」
「どういうことでしょう…?」
リュシアンは言葉を選びながら話しているようで、ところどころ止まっていた。
「俺たち自警団は、実力が全てです。だから、訓練時は容赦をしません、強くなってほしいから、です。痛くても立ち上がり、平和を守る、そのことに誇りを持っています。だから、サボる…手を抜く新人は、容赦なく殴られます。何というか…拳が全て、みたいな部分はどうしてもあるんです」
「……でも、リュシアン先生は私に一度も手を上げていなかったわ」
「それはお嬢が真面目だったからです。でもやりすぎを注意した際に、デコピンはしましたよね? あれが男同士だと拳骨になるんです」
「………」
ヘレンは沈黙せざるを得なかった。今のアンドレスは、小突いただけで火が付いたように泣き出す未来が簡単に想像できでしまったからだ。
「…貴族の方々全てをそういう風に見ているわけではありませんが、少なくとも自警団の人よりかは貴族の子息に対する訓練の仕方、というものを知っているでしょう…」
「そう、ですか…」
盲点だった。甘えを治す、という意味で厳しくしてくれそうなリュシアンだが、それだと彼の立ち位置が危うくなる。それに父母もそれを許さないだろう。
ヘレンは、アンドレアスのこと、自分の将来のことを考えるだけで、胃痛がしそうだった。




