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「……」
「……」
「……」
「…あの、」
イライアスとヘレンは、その後自警団の人と話すということで近場の自警団の詰所までやってきた。イライアスはできれば宿屋から出たくはなかったが、宿屋にはそういった話し合いに向いた部屋がないということで仕方なくやってきた。
行きはゼンが用意したらしい馬車にヘレンと二人で乗り込み、ゼンとフィグは御者台にいた。
そうして詰所に着いた二人は、すぐさま応接室へと案内された。ヘレンとイライアスが隣同士で座り、その対面にはゼンが座り、その背後にフィグが立っていた。
入ってくすぐに事情聴取をされるのかと思いきや、ゼンとフィグがヘレンを凝視したまま固まっていたのを不審に思ったヘレンが、ついに声を上げたのだった。
「あ、あぁ、すまない、お嬢さん。俺は隊長のゼン、後ろのは副隊長のフィグだ」
「ゼンさん、フィグさん。初めまして、ヘレン・マイヤーです」
「マイヤー!? マイヤーって、あの伯爵の!?」
「おい、フィグ、どういうことだ」
「隊長!? 前マイヤー伯爵様はここいらの地域の安全化に尽力くださった御仁ではありませんか!」
「なんだと!? ってことはなにか、娘なのか!?」
「いいえ、孫です」
「孫!!」
一瞬で騒ぎ出した自警団二人を、イライアスは冷たい目で見る。その視線に気づいたのか、二人は空咳をすると居住まいを正した。
どうやら凝視していた理由は、ヘレンのような女性が大立ち回りをしたことが信じられなかったためらしい。
「失礼した、マイヤー嬢。この度はこの町の平和に一躍買ってくださったこと、感謝する」
「いいえ、大事なくて本当によかったです」
「それで、恐れながら当時の状況を詳しくお聞きしたいのですが、よろしいでしょうか」
「もちろんです」
「待ってください。ヘレンは病み上がりなのです。体調が少しでも悪くなったら引き揚げさせてもらいますが、いいですよね?」
「あぁ、構わない。むしろ無理を言ってしまって悪いな」
「大丈夫ですよ、ゼンさん。大切なお仕事だと理解しておりますから」
ヘレンの言葉にゼンは感動したように何度も頷き、そして事情聴取は始まった。
***
「今日はわざわざありがとうございました。病み上がりだというのに無理をさせてしまい、申し訳ありません」
「フィグさん、お気になさらないでください。少しでも治安維持のお手伝いが出来たのであれば嬉しいです」
「ヘレン、もう行きましょう。少し顔色が悪いです」
「あ、申し訳ありません、イーライ様…。ではゼンさん、フィグさん、私たちはここで失礼いたします」
「ご協力、ありがとうございます!!」
「もしなんかあったら、行くからな」
一時間にも満たない聴取ではあったが、やはり疲労が蓄積されていたらしいヘレンの顔色は良くはなかった。イライアスはそれに気づき、すぐさま宿屋に戻ると決めたのだ。
ヘレンも疲れを感じていたのか、イライアスの提案を素直に受け入れて、用意してもらった馬車に乗り込んだ。
「お疲れ様です、ヘレン」
「我儘を言ってしまってごめんなさい、イーライ様」
「いいえ。貴女が真面目な方だろうということは予想がついていたので」
がたがたと馬車が揺れる。すでに日は落ち始め、あたりは赤く染まりつつあった。
「ヘレン、私たちは同じ孫同士です」
「? そうですね」
「ですから、もっと砕けてみませんか?」
「砕けて…? その、どういうことか」
「様付や敬語をやめないか、という打診です」
「でも、それは…」
ヘレンの脳裏に一瞬苦い思い出が広がる。男性を敬称なしに、さらにいうのであれば親しくない男性と距離を置かないということははしたないという行為である、と教えられた日のことを。
「ここには貴女を見張る人も、揚げ足を取ろうとする人もいません。それ以前に、ここでは淑女であろうとしなくてもいいのです」
「…。それであれば、イーライ様こそ、そうではありませんか」
「私は基本的に敬語というだけです」
「嘘、です。マリやダンにはもっと軽い感じで話していたの、知っています」
「……覚えているんですか」
「朧気には」
「……たまになるのは許してほしい。貴族の女性に対してそれ以外の言葉遣いをしたことなどないので」
「それは私もです。なので公的な場ではあしからず」
「こちらも。ではヘレン、改めてよろしく」
「こちらこそ、イーライ」
戻ったヘレンを涙と共に迎えたのは、祖母であるエリザベスだった。
「ヘレン!!」
「おばあ様」
「あぁ、あぁ、ヘレン、良かったわ、本当に…良かった…」
涙を流しながら自分を抱きしめてくれる祖母に、どれだけ心配をかけたのかヘレンは知った。
「心配おかけして申し訳ありません、おばあ様。私はもう大丈夫です」
「本当に? それにあんな危ないことをして…私の寿命が縮まったわ」
「それはごめんなさい…。ダン、長い間迷惑をかけてごめんなさい」
「お嬢様…何もできませんで申し訳ありません…! ご無事で何よりです…!!」
「何ともないわ、マリはどこに?」
「お嬢様っ!!」
ヘレンがいつも見ていた姿が見えず、思わずそう問うと、階上から転がるようにマリが駆け寄ってきた。その表情はいろんな感情がないまぜになっていて、なんと評したらよいのかわからない。
「お、おじょ、おじょう、さまぁぁ………!!」
「うん、本当にごめんね、マリ」
「マリは、マリは、お嬢様がお戻りになると、信じておりましたっ……!!」
縋りついてくるマリを何とか運びながら、皆で談話室へと向かう。
「オレリーは大丈夫なの?」
「はい。お医者様にも見ていただき、問題はないとのことです。今は休んでいます」
「そう、よかった……」
みんな無事だということを知り、ヘレンはほっと息を吐く。
「とりあえず食事にしましょう? ダン、マリ、お願いできる?」
「かしこまりました、奥様」
エリザベスの一言に。ダンとマリがその場を後にする。マリは出来れば離れたくなさそうな表情をしていたが、早く準備をして休んだほうが主人の為だと思い、その場を後にしていた。
「……ヘレン、本当にありがとう…。でも、もう二度とあんな危ないことをしては駄目よ?」
「おばあ様…」
エリザベスは目元を涙で光らせながら切々と訴えるように話した。
「確かに、貴女のお蔭で私は傷一つなく無事だったわ…。でも、それで貴女が怪我をしてしまっては駄目よ…。本当に心配したのよ…」
「…ごめんなさい、おばあ様」
「わかってくれればいいわ…でも、本当にありがとう、ヘレン」
「いいえ、おばあ様がご無事で、本当によかったです…」
それからイライアスも交えて三人で団欒していると、マリが食事の用意が出来たことを告げに来た。いつもより二人少ない人数で、テーブルを囲む。そして静かに夜を迎えたのだった。
***
「ヘレン、起きていますか?」
「…イーライ?」
夜。マリに湯あみも手伝ってもらい、ちょうどいい疲労感と暖かさでうとうととしているヘレンの部屋に、イライアスが訪れた。未婚の男女が夜に互いの部屋を行き来することは全くもってよくないが、相手がイライアスだという謎の安心感からヘレンは扉を開いた。
「……少しだけ構いませんか?」
「えぇ、どうぞ」
扉は少しだけ開けておく。イライアスにもちゃんと紳士としての教育は成されているようだ。
「夜遅くにどうかしました?」
「ヘレン、口調」
「あ…どうか、したの?」
ヘレンが落ちそうになる瞼を必死に堪えながら問うと、イライアスは厳しい顔でヘレンを見ていた。どうしてそんな表情で見られるのか理解できず、ヘレンは困惑する。
「どうして、あんな危ない真似をしたのですか」
「危ない…お祭りのことですか?」
「それ以外に何があると? 貴女は伯爵家のご令嬢です。無理に危ないことをしないでください」
ヘレンは、イライアスのその言い方にカチンときてしまった。
「なら、どうすればよかったのですか。おばあ様の体力も持たない可能性が高いあの状況で、他にどうしろと?」
「待てばよかったんです。あの時すでに自警団に走っている人がいました。それを待てばよかったのです」
「それでは、おばあ様が無理だったわ」
「それでも。……ヘレン、理解しているのですか? 一歩間違えれば、貴女の命はなかった」
「そんなの、理解しています」
「いいや、していない。だからあのような軽率な行動をとったんです」
「イライアス、貴方に私の何がわかるの?」
「さぁ? ですが、あの時のあなたは無鉄砲にも過ぎます」
ヘレンは怒りから眠気が飛んでいくのを感じた。どうして、彼にここまで言われなければならない?助かってよかったと、何事もなくてよかったで終わらせてくれないのだ。
「私は問題ないと判断したから、あのように行動したの。誰も怪我せずに終わったでしょう? 何が問題だというの、イライアス」
「ですから、貴女が行動する必要はなかったと」
「……イライアス、貴方は、知っていると思うけれど、私はちゃんとした稽古を受けています。だからこそ取った行動だと、どうして理解してくれないの」
「それで貴女が怪我をしたら、どうするつもりだったんですか」
「その時はその時よ」
「っ、その、自己犠牲です」
「…?」
ヘレンはイライアスの悲痛さを込めた声音に、ようやく彼の顔を真正面から見た。そして言い過ぎたことを知った。イライアスという青年が、自分の発した言葉によって傷ついていると、はっきりとわかってしまった。
「ご自分が怪我をしてもかまわない? ご立派なことです。ですが貴女が怪我をすれば、同じように心に傷を負う人がいる」
「………」
イライアスは訥々と話す。まるで教えるように、懺悔するように、後悔しているかのように。
「ヘレン、夫人が、マリが、貴女が怪我してまで守ったとして、喜んでくれると思いますか」
「……」
「少なくとも、私は喜びません。私のせいで貴女が怪我をしたと知れば、むしろ自分を責めるでしょう」
「っ…でも、私だって」
「貴女は強いのかもしれない。でもあの時の貴女は病み上がりで、武器の一つだって持っていなかった。間違えていますか?」
「……いいえ」
小さな声で返事をすると、イライアスは深く息をついた。まるで駄々っ子を相手にしているかのように。どうしてわからないのだとでも言うように。
その瞬間、ヘレンの心臓が嫌な鼓動を立て始めた。




