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少し都合がよすぎるかもしれませんが……
その瞬間、誰もが我が目を疑っていた。
「ぐあっ」
「ぐふっ」
可憐な少女が男たちを翻弄させることができるなんて、一体誰が想像できただろうか。
「こっの、くそがああああ!!」
最後の男は、彼女と親しいと思われる男に地に沈められていた。
****
ヘレンは、久々に紗を通さない世界を見ていた。目の前には男が三人。全員剣を持ち、一人は短刀をおばあ様に当てている。上下関係は、あの命令した男が一番上だろう。そして、一番隙がない。
ヘレンには一つだけ勝算があった。
ただ、自分は間違いなく、病み上がりだ。体力なども落ちているだろう。しかし、数年にわたって身に着けた技術は、そう簡単に忘れないはずだ。何千回、何万回と素振りをした、過去は、そう簡単に消えるはずはない。
ヘレンの剣の師、リュシアンはとても腕のいい師であった。貴族としての剣の振り方はもちろん、万が一のためにヘレンに女性としての戦い方を教えてくれていた。殺さなくていい、ただ、自分も戦えるのだと教えてやれと言ったあの人は、元気だろうか。
相手の力量を図り、そして挑むか逃げるかを選択しろと教えてくれた。そしてヘレンは、男三人では無理でも、一人だけであれば挑めると考えた。
周りには様子を窺っている男たちが何人もいる。きっと自警団にも連絡は既にいっているだろう。なれば、いまここでヘレンがしなければならないのは、隙をついて男たちをここに止めることだ。
自分ひとりであれば、大人しくついていくほかなかった。しかし、状況は自分に有利だとヘレンは理解していた。
「―――ア?」
ぱさり、と乾いた手綱が地面に落ちる。男が一瞬わけがわからないという表情をしたのを見て、ヘレンは一気に腰を落として駆け出した。
速度は速くなくとも、病み上がりだと言う人間がそんな動きをするとは夢にも思わなかった男たちは、一瞬ヘレンの姿を見失う。ヘレンは体勢を低くしたまま男たちに向かい、そして持っていた財布をリーダーらしき男の顔面に思い切り叩きつけた。紐が緩んだのか、銀貨と銅貨が甲高い音を立てながらばら撒かれる。
「いっ…!?」
怯んだのを確認し、ヘレンは出来る限り力を込めて足を蹴りあげた。……男の急所に。
「~~~~~!?!?!?」
リーダーらしき男は悶絶し、地面へと沈む。他の男たちは一瞬怖気づくも、ヘレンへと手を伸ばそうとする。ヘレンはそれを避けようと身を何とか捻る。訓練を常にしていた時であれば、避けられたもの。しかしヘレンの体は久しぶりの急激な動きに対応しきれなかった。男たちのほうが僅かに早く、ヘレンにその手が届きそうになった瞬間。
「ぐあっ」
「ぐふっ」
男たちの背後から青年と様子を見ていた男が男たちを殴って気絶させていた。その様子を悶えながら見ていたリーダーらしき男は、ヘレンへと暴言を吐く。
「くっそ、くっそ、てめーなんなんだァっ!!」
「誰か! 縄を持ってこい!!」
「押さえろ!!」
「離せ離せぇえええ!!」
「おい!! 手を貸せ!!」
そしてその場は大捕物へと発展した。何人もの男たちがたった三人の男に次から次へとのしかかり、縄で拘束をしていく。三人の男は唾を飛び散らせながら喚くも、逃げられそうにない。
そんな中、ヘレンは久々に激しい運動をしたことと、一気に緊張が抜けたことからへたり込んでいた。
「嬢ちゃん、やるなぁ!!」
「すごかったわよ!!」
「怪我はないか?」
そんなヘレンに、町の人々が次々に声をかける。しかしヘレンはどうしていいかわからず、戸惑いの表情を浮かべたまま、見知った顔を探した。
「ヘレン!!」
「お嬢様!!」
すると、人混みをかき分けるようにして見知った顔―――マリとエリザベス、そしてダン―――がやってきた。マリとエリザベスの顔は涙に濡れていて、顔色は真っ青だ。
「なんて、危ないことを!!」
「わ、私が行きましたのにっ…!! お嬢様ー!!」
マリが座り込んでいるヘレンに縋り付く。エリザベスはまだ体調がすぐれないのか、ダンに支えてもらいながらハンカチで涙を拭いていた。
「………マリ、おばあ様」
「っ」
ヘレンが言葉を発すると、二人の涙はさらに零れた。
「…お怪我は、ない?」
「っ!!! あ、ありません~~!!」
「っ…、私も、大丈夫、よ」
わぁわぁ泣くマリに、町の人たちは良かったな、と言わんばかりの視線を送っている。と、人混みからさらにもう一人の人が顔を出した。
「ヘレン、無事ですか」
「は、い」
ヘレンは薄らとしか記憶がない、それでも見覚えのある顔にほっとした表情を浮かべる。イライアスはそんなヘレンを見て安心したのか、ヘレンの傍で膝をつくと、そのままヘレンを抱き上げた。
「っ、わ、」
「大人しくしていなさい」
イライアスはヘレンを抱き上げると、そのまま町の人に休める場所はないかと問うた。
「ならうちにおいで。うちは宿屋だから、部屋はあるよ」
「助かります。ダン、オレリーはどうだ」
「気を失っております」
「そうか、誰か、彼女を運んでくれないか。ダン、マリ、歩けるなら夫人を頼む」
「はい」
さくさくと話が進む中、ヘレンは自分がどこにいるのかに気づき、慌てて抱え上げるイライアスに自分は歩けるから下ろしてほしいと頼んだ。
しかしイライアスはそれを即座に却下した。
「病み上がりは本当でしょう。それに、いきなりあのような動きをして…。すぐ着くでしょうから、大人しくしていてください」
ぴしゃりと反論の余地もないくらいに厳しい声音に、ヘレンはおろおろと視線を彷徨わせ、そして諦めたように目をつぶった。
ヘレン、オレリー、そしてエリザベスは、町の宿屋の人の好意によりそれぞれが部屋で休めることになった。夜からだと一気に混んで休めなくなることもあるらしく、空いていてよかったと宿屋の人は人好きのする笑みを浮かべた。
「失礼、こちらに先ほどの暴漢どもを捕まえてくれた方がいると聞いたのだが…」
イライアスが手続場で宿屋の人と話をしていると、背後の扉から声が響いた。重低音で、聞く者によっては怖いと思いそうな声音だ。
「あぁ、隊長さん、ちょうどよかった」
「女将、すまないが、こちらで合っているだろうか」
「イライアス様、こちらがこの町の自警団の隊長さんのゼンさん。ゼンさん、こちら先ほど立ち回った人のお連れの方、イライアス様」
「イライアス殿。俺はこの町、ヴィーゴの自警団隊長を任されているゼンだ」
「ゼン殿。私はイライアスです」
イライアスはゼンと名乗った男をそうとはばれないように注意深く観察した。腕は丸太のように太く、背も高い。イライアスもそこそこ高いが、それよりも十センチは高いだろう。髭を生やしていて年齢が分かりづらいが、そこまで年はとっていないだろう。
「それとこいつはフィグ。副隊長だ」
「フィグです。宜しくお願いします」
ゼンの大きな体躯に隠れていて気付かなかったが、もう一人男がいた。フィグと名乗った青年は、ゼンの隣に立つと華奢すぎるように見えた。彼も彼なりに鍛えているのだろうが、対照がゼンとなると弱そうに見えてしまう。さらにいうのであれば、女性のような顔立ちをしていることもそれを助力しているのだろう。
「すまないが、イライアス殿の連れの方に先ほどこの町に出た暴漢を捕獲するのに助力を頂いたと聞いている。話を聞くことは可能か」
「申し訳ありません、病み上がりでして、今は休んでもらっているのです」
「病み上がりの方が助力を…? お怪我などはされていませんか?」
「怪我はしていません。ただ、大事をとってもらっています」
「そうか…。ではイライアス殿から話を聞くことは可能か?」
「私であれば。ただ、少し時間をください。連れにも説明してきますので」
「わかった、こちらで待たせてもらおう」
イライアスは目礼し、そのまま階上へと足を進め、一つ目の扉をノックする。すると中からダンが顔をのぞかせてきた。
「ダン、夫人は大丈夫か」
「イーライ様、はい…、今は緊張と疲れからかお休みになっております」
「そうか…。今日は無理に町を出ないほうがいいかもしれない。宿泊できるよう手配しているから、悪いがこのまま頼めるか」
「もちろんです」
「私はここの自警団の人と話をしてくる。すぐ戻るが何かあればすぐに連絡をくれ」
「かしこまりました」
イライアスはひとまず安心したように息を吐くと、次の扉へと向かう。
「っ…イーライ様っ」
「マリ、オレリーは?」
「先ほどお医者様が来て下さり、今は診てもらっています」
「わかった。そのままついてやってくれ」
「ですが、ヘレンお嬢様がおひとりに…」
「私が行くし、宿屋の人にも手伝いを頼んでおいたから、安心しなさい」
「ありがとうございます、イーライ様」
マリも疲れ切っているのだろう。顔色が悪かった。
「マリ、君も疲れ切っている。顔色が悪いから、医者に診てもらうといい」
「いえ、私は何もっ…!」
「そんな酷い顔でヘレンに会うつもりかい?」
「………はい、お願いいたします」
イライアスは満足げに頷き、そして最後の部屋へと足を進める。一つ、深呼吸をしてからノックをする。
「はい」
「ヘレン、入ってもいいですか」
「どうぞ」
やはりと言ってはなんだが、休んでいないらしいヘレンから入室を許可する声が中から聞こえ、イライアスは扉を開いた。
「大丈夫ですか、ヘレン」
「はい」
部屋に入ると、ベッドに腰掛けたヘレンが青い瞳をこちらに向けてくる。今まで焦点の合っていなかったそれは、今はしっかりとイライアスに合わせられていた。
「ちゃんと自己紹介するのは初めてですね。私はイライアス。貴女のおばあ様と私の祖母が懇意にしていた関係で、私もエリザベス夫人とは親しくさせていただいています」
「初めまして、イライアス様。ヘレン・マイヤーです。朧気ではありますが、私の面倒を見てくださってありがとうございます」
ぺこりと頭を下げると、黒く豊かな髪が肩口から前へと零れ落ちる。
「いいえ、気にしないでください。好きでやらせていただいたので。調子は如何ですか?」
「少し頭がぼんやりとしますが、問題ありません」
「そうですか。それは良かった。今日はこの宿に宿泊します。夫人はすでに休んでいて、オレリー…夫人の侍女ですが医師に診てもらっているところです」
「そうですか……何から何までありがとうございます、イライアス様」
「どうぞイーライと。私はこれから自警団の方々と話すことがあるので、こちらで失礼しますが、何かあればいつでも声をかけてください」
「自警団ですか?」
「えぇ、先ほどの一件の事情聴取でしょう」
イライアスがそう言うと、ヘレンは少しだけ考え込むように俯いた。そして顔を上げると、イライアスに自分も同席しても構わないかと問うてきた。
「ですが、疲れているでしょう?」
「いいえ、私も当事者の一人だと思いますので…。もし迷惑でなければ、ですが…」
ヘレンの様子に、イライアスはため息を吐きそうになった。真面目なのだろうと思っていたが、こんな時まで発揮しなくてもいいのに、と思いながら。
「……わかりました。でも少しでも気分が悪くなったら休んでもらいます」
「! はい、わかりました」




