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Everlasting  作者: 水無月
見えぬ先

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14/118

13



 イーライ…イライアスは、それからもエリザベスの屋敷に滞在した。そしていつもヘレンの傍にいるようになっていた。

 エリザベスは、イライアスの立場を知っているため心配になり、ここに滞在していて大丈夫なのかと問うたが、イライアスは爽やかな笑みを浮かべた。


「大丈夫ですよ、夫人。今は弟の学習のため、私は不在にしているのです」

「弟…というとサイラスのことかしら?」

「えぇ、もう十八になりますからね。父の仕事を手伝ってもらっています」

「もうそんな年になるの…。私も年を取ったものね」

「サイラスは本当に幼い時にしか夫人と会っていませんでしたからね。元気にやっていますよ」

「そう…いつか会いたいわ」


 イライアスは、エリザベスが不思議に思うほどヘレンに構っていた。

 庭にいるのを見かければ必ずその傍に行き、寝転んでいればその傍に腰を下ろす。時折馬にともに乗っては、近場の森を散策したり。まるで恋人のようにまめまめしくしているが、何故か男女を香らせず兄妹のような雰囲気すら醸し出すことがあった。


「ヘレン、綺麗な花が咲いたとトミーが教えてくれたんです、行きませんか?」

「イライアス様、またお嬢様をお連れになるんですか」


 このことに不服を申し立てたのはマリだった。イライアスが来るまで、ヘレンの傍にずっといたのに、イライアスが来てからというもの、時折置いていかれるのだ。


「すまない、マリ。少しだけ君のお嬢様を連れ出させてくれ」

「そう仰られて、以前遠駆に出られてなかなか帰ってこられませんでした」

「ははは、すまない、ついね」


 しかし、不思議とマリはイライアスを嫌いになれない。自分からお嬢様を浚っていく憎き男なのに、なぜかイライアスは許せてしまうのだ。……多少の小言がついてしまうのは許してほしい。

 イライアスもそのことに気づいているのか、マリの小言を素直に受け止め謝罪する。


「じゃあ行きましょうか、ヘレン」


 イライアスはヘレンの手を取り、立たせる。ヘレンも拒否することなくイライアスの手に引かれていた。


 ヘレンは少しずつではあるが、確実に表情が出るようになっていた。小鳥や綺麗な花を見れば微かに微笑むようになったのだ。少し前までの、人形のようなヘレンはそこにはいなかった。

 

「トミー、ヘレンを連れてきた」

「イーライ様、ヘレンお嬢様、どうぞこちらです」


 トミーはしわくちゃな顔を緩めながら二人を案内する。


「これは、素晴らしいな…」

「そうでしょう、これは奥様が一番好きな花でしてな」


 そこには、向日葵が一面に咲いていた。太陽を思わせるような明るく大きな、綺麗な花。そんな花を見たヘレンの顔も、自然と緩んでいた。


「トミー、ヘレンも気に入ったようだ」

「そうですか、それはよかった」


 トミーは、向日葵の季節が終わるころに種が収穫できるから、その時にまた手伝ってほしいと言い、その場を後にした。残された二人は、手を繋いだまま向日葵を眺める。風に揺られる向日葵は、まるで踊っているかのようだった。

 そうして二人はしばらくの間、向日葵を眺めていると。


「イーライ様ー、ヘレンお嬢様ーー、お茶のお時間ですよーー」


 すると、マリがお茶の時間を知らせてくる。イライアスはヘレンに向かって微笑むと、手を引く。強くなく、だからといって弱すぎないちょうどいい強さで。


「おいで、ヘレン。マリが待っています」


 ヘレンは一度だけ向日葵を見ると、イライアスにひかれるままにその場を後にした。





****




「イーライ、最近は如何かしら?」

「夫人…、申し訳ありません、長々と滞在させていただいて」

「いいえ、構わないのよ。むしろ、お礼を言うのはこちらのほうだわ。貴方が来てくれたおかげで、力仕事が楽になったとダンが言っていたわ」

「ははっ、それはよかった。これからもどんどんお手伝いしますと伝えてください」


 イライアスの快活とした返答に、エリザベスはゆるりと頬を緩ませる。彼が来てくれて本当によかった。正直なところ、ヘレンが患ってしまった病というものをエリザベスはおろか、屋敷の者は誰一人として正確には理解していない。

 イライアスという人となりを知り、尚且つハルトマンでなければ一蹴したかもしれないものだ。それくらい、馴染みのないものだった。

 どうしてイライアスがそれ(・・)に詳しいのか、エリザベスは知らない。だが、少なくとも幼いころから彼を知っているエリザベスはイライアスを信じた。


「…あの子は、治るのかしら…」


 そのせいだろうか。エリザベスの唇からほろりと弱音が出た。


「夫人、」

「可愛い、私の孫娘…、あの時、私がちゃんと話をしてあげていたら、何か変わっていたのかしら…」

「夫人、落ち着いてください」

「前のあの子は、あんなにも明るくて、頑張り屋さんだったのに、どうして、こんなことになってしまったのかしら…。ドナルドも、どうして、こんな風にあの子を追いつめてしまったの…。こんな時、あの人がいてくれればと思ってしまうわ」

「エリザベス夫人…、落ち着いてください」

「でもイーライ、私、どうしていいのかわからないの」


 それはここ最近エリザベスを悩ませていることだった。

 ヘレンを引き取ったことを後悔してなどいない。むしろ、ここにいるべきだとも思っている。大事な孫娘の一人。その子がこの地で癒されるのであれば、老いた自分はその手助けをしたいと。

 しかし、ヘレンを見るたびに後悔が押し寄せるようになってきたのだ。あの時、ちゃんと息子夫婦に言い聞かせていれば。体調を崩したとき、無理をしてでも行っていれば。

 そうしたら、ヘレンは病になどならなかったかもしれない。


「夫人、落ち着いて、聞いてください」


 どろどろとした闇にのまれそうになるエリザベスを、落ち着いた低い声が少しだけ引き戻した。


「夫人、起こってしまったことは仕方がありません。時を戻すなんてことは、絶対にできません。ですが、未来を紡ぐことはできます。少なくとも、私の目にはヘレンは凄く落ち着いているように見えます」

「……本当に?」

「はい。初めて会ったころより、笑みが増えたでしょう? きっと、少しずつヘレンの中でも変わろうとしているんです」

「……それなら、いつか…」

「それは明言できません。ずっとあのままかもしれないし、そうでないかもしれない。…夫人、もしお辛いようであれば、私がヘレンを預かることも可能です」

「……なにを、いっているの、イライアス」


 エリザベスはイライアスの一言に、一瞬全てが吹き飛んだ。

 目の前の青年は、何を言ったのだろうか。


「夫人が今のヘレンを受け入れられない、あるいは後悔ばかりするようであれば、互いによくありません。幸いにして近くに私の別荘を建ててあるので、そちらでヘレンを預かることが可能だと言いました」

「あ、あなたは、私にヘレンを見捨てろと、そう言うの……!?」

「違います。ですが、今の夫人のままでは、ヘレンは自分を責める。早く元に戻ろうとして、悪化します」

「どうして、わかるの…!!」


 エリザベスは、イライアスの酷い言葉に怒りを露わにしそうになった。しかしできなかった。……イライアスが、泣きそうだったから。


「……夫人、私は、それで、大切な人をなくしていますから」

「………え?」


 イライアスは、泣きそうな笑みのまま続けた。


「夫人は以前からなぜ、私がこの病に詳しいのかと聞かれてましたね…。私の好きな人が、同じようになり、そして最後は命を絶ったからです」

「―――!!」

「彼女の名誉のためにも、これ以上は話せません…。ですが、夫人、信じてください。私は貴女方を救いたい。苦しんでほしくて話しているわけでもないんです」

「イーライ……」

「…少し、考えてみてください。夫人、貴女は一人ではありません。頼れる人がいる。一人で抱え込まないでください」


 イライアスはそれだけ言うと、エリザベスに一礼して部屋を後にした。その背を、エリザベスは呆然と見送る。手先が冷たく、小さく震えているような気がする。


「……奥様」

「…シンシア、」


 すると、その少し後に気まずそうな表情をしたシンシアが入ってきた。


「申し訳ありません、お話を聞いてしまいました…」

「そう…、ねぇ、私はどうしたらいいかしら…」


 長く生きているはずなのに、どうしていいかわからない。いつもならあの人が―――亡き夫が自分を引っ張っていてくれていたのに。


「奥様、お嬢様と一緒に外でお食事をしましょう」

「……外で?」

「そうです。お茶でもいいですし、なんでも。とりあえず、お外で太陽の光を浴びましょう。そして自然を感じるのです」


 そういえば、最後に外でお茶をしたのはいつだっただろうか。体調を直してヘレンを迎えに行ったのち、エリザベスは無理が祟ったのか、ひどく疲れやすく体調を崩しやすくなっていた。ヘレンのことはマリたちに任せきりであったことを思い出す。


「……そう、ね。久しぶりに、湖でも行こうかしら…」

「えぇ、そのほうがいいです。きっと、暑さに参ってしまっているんですよ」


 シンシアは泣きそうな笑みを浮かべるエリザベスに、笑顔を見せた。そうだ、ここにはシンシアもオレリーも、ダンもいる。今はイライアスだっているではないか。

 もっと、今のヘレンと接しなくてはならない。今のヘレンが何を好きなのか、話は知っていても見たことがないのだ。


「……明日、行きたいわ。ショーンやダンに伝えてもらえる?」

「もちろんです、奥様」


 そうして翌日、ヘレンたちはいつぞやの湖へと向かうことになった。







*****







あたたかい。


やさしい。


ゆめをみる。


だれもおいかけてこない、ゆっくりとあるくゆめ。


ずっとずっとはしってきたのに、どうしてはしらなくていいのだろう。


…あれ、そもそもどうしてはしっていたのかしら。


きいろい大きな花が、空を一面に埋め尽くしている。


きらきらと光る水面の上を、裸足で歩く。


ふわりふわりと、まるでかぜになったよう。


どこもつめたくない。


かなしくない。


くるしくない。


……どうして、そうおもうのかしら。


ヘレン、と。


雨のように言葉が落ちてくる。


あたたかい、こえ。


わかいおんなのひとのこえ


おちついたじょせいのこえ


すこししゃがれた、ひくいこえ


すきとおった、こえ


ヘレン、ヘレン



雨が体を濡らしていく。


しとしと。


なぜか、涙がこぼれてきた。


わけもわからず、息が苦しくなった。


酷く苦しくて、嬉しくて、悲しくなった。




花弁が空から落ちてくる。


きいろい花弁。



視界が黄色に染まった。





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