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夏祭り


「…暑いね」

「そうですね」


 仕事終わり、軽く着替えて紅花まで行き、アンドレアスはシャルルと連れだって、シャルルの家の近くでやる小さな盆祭りに出掛けていた。もう七時近くだというのにまだ仄かに空が赤く、運動広場には真ん中にある登り台とそれを中心に盆踊りをする町民を囲うようにして町内会が運営する屋台が並んでいる。見覚えのある巨体が焼きそばを焼いていた気がした。あたりはカラフルな提灯で照らされている。赤みを帯びた優しい光だ。

 一通り回っていくつか買うと、屋台から更に外側の暗がりのベンチに、二人は先に買った食べ物を食べながら座っていた。


「こういうなんだろ……具のあんま入ってない、お祭りのちーぷな感じの焼きそば好き」


 配られたうちわで軽くあおぎ、もそもそとどこの祭りでも食べれる味の焼きそばを食べながらアンドレアスが呟く。


「少しわかります。風情がありますよね」

「うん」


 焼きそばを食べ終えると、今度は焼き鳥を手に取る。五本ごとに一本サービスされるとあって、腿2に皮4買ってしまった。少しサイズが小さいので少し物足りない。シャルルは隣で、ブルーハワイ味のかき氷をシャクシャク食べていた。

 盆踊りをしていた町民がはけて、地元の中学生達がソーランを踊る。ジャージに長い羽織と赤いハチマキを締めて。少しだけ、なんだか懐かしかった。

 食べ終えたゴミを捨ててカシスオレンジ味とかいうかき氷を買う。戻ればシャルルが綿菓子を食べていた。


「あ、おいしい」

「綿菓子、一口食べます?」

「うん」


 シャルルが千切った綿菓子を口元に持ってくるのでぱくりとはむ。口の中でさっと溶けた。甘い。

 一袋は多いけれどこうやって一口食べる綿菓子はとても良い。


「おいしい。シャルル、こっちも食べる?」

「私は全種食べたから大丈夫ですよ」

「……おなか壊さないようにね」


 半分溶けたかき氷をストローでちゅーっと吸う。勢いよく吸い込むと氷の粒が喉に飛び込んできて、少し噎せた。シャルルに背中を摩られながら、今度は慎重に吸い込む。

 小さめとはいえカップ一杯のかき氷を食べれば外は暑いのに体の中が冷えきってしまって、少し震える。


「…ちょっと寒くなったし何か買ってくるけど、シャルルも何か食べる?」

「そうですね…焼きそば、食べたいです」

「わかった、行ってくる」


 アンドレアスも二パック目の焼きそばと焼き鳥六本、ポテトとフランクフルトを二本買って戻る。規模が小さな祭りのせいか、少しずつ屋台の品切れが目立ってきた。

 抱えて戻れば、「ありがとうございます」と微笑んでシャルルが受けとり、代わりに焼きそばの代金を渡される。


「良いよね、夏祭り」


 ポテトは二人の真ん中に置いて、焼き鳥をかじる。


「…もうそろそろ、終わりですね」


 あと三曲で躍りが終わるとアナウンスされた。小さな子供が風船を持ちながら大人の真似をして盆踊りを踊っている。大人たちも楽しそうだ。


「ポテト、食べてね」

「はい、頂きます」

「よお、楽しんでるか?」


 見上げれば首に巻いたタオルで汗を拭くレオがいた。


「お祖父様」

「もう店仕舞いですか?」

「ああ。後で片付けねえといけねえけどお前らが見えたからよぉ」


 アンドレアスはふと思い出して鞄にひんやりブラッキーと共に冷やしておいたビールを取り出す。


「お疲れ様です」

「おっ、悪いな」


 プシュッとプルタブの開く音がして一気に飲み干される。見ていて気持ちが良い飲みっぷりだ。

 アンドレアスとシャルルはベンチを詰めて、レオの座れるスペースを確保する。レオが座った(と言っても少しはみ出してるのは仕方がない)のを見て、もう一缶とさっき買ったフランクフルト一本と焼き鳥も数本渡す。


「あ、この後抽選あんだろ?俺片付けてるから俺の分のクジ見といてくれや」


 そう言ってシャルルにうちわを手渡す。アンドレアスは今更ながらうちわに番号が付いてるのを知った。


「じゃあ俺は戻るな。ご馳走さん」


 二人してわしゃわしゃっと頭を撫でられ、レオが屋台に戻ってくのを見送る。


「……レオさん手拭い似合うよねぇ」

「はい。…格好良いです」


 シャルルの頬がほんのり赤い。可愛い。

 広場を見ると盆踊りが終わって、わらわらと人が集まっている。抽選が始まるらしい。


「そろそろ行く?」

「そうですね」


 立ち上がってゴミを捨てると、抽選を待つ人らの少し後ろで待つ。夜間にも使用されてるのか、運動場の四隅にある大きな明かりがついたせいで、明るくなったのにどこか色褪せた気がして少し寂しかった。祭りが終わるこの空気は、昔からあまり、得意でない。

 抽選が始まり、番号が読み上げられていく。洗剤やアルミホイルに始まり、家電に変わっていく。シャルルは一枚のクジがアルミホイルに変わっていた。一等が近付いて、小さな子供達が自分の番号を呼んでと口々に言っている。アンドレアスの手元のクジは、スカになりそうだ。

 一等は小学生くらいの男の子が当てた。ホットプレートが重そうだった。


「では最後に特等!572番!572番!」

「あ」


 手元のクジに思わず目を落とす。572番。読み上げられた番号が書かれていた。

 居ませんかと訊く声が聞こえた。シャルルがこちらを見て微笑むと手を取って、「当たりました!」と声を上げるとアンドレアスの手を引いて登り台まで連れていく。

 渡したクジを確認すると役員らしい男の人に「おめでとうございます」と言われて、そこそこ大きな箱を受け取った。箱を見るとベーカリーメーカーと書かれている。


「……当たっちゃった」


 登り台から離れて、ポツリと呟く。アンドレアスは基本、運が無いのでこういうことは大抵スカなのに。


「シャルル…………これ、いる?私パン焼かないし」


 焼けないとも言うけれど。


「私の家には一台あるんですよ。それより柚月さんに作って頂いたらどうですか?手作りパン、美味しいですよ」


 そう言われて確かにと思う。それに手作りパンの美味しさは、実家でたまに出たのでよく知ってる。食パンの一番端を薄く切って、ほぼ耳だけのそれをトーストにするとサクサクして非常に美味しいのを思い出した。胡桃や、レーズンが入ってるのも美味しい。


「…そうする」

「お前ら何か当ててきたのか」


 振り返るとレオが立っていた。さっきは暗くて気付かなかったが髪の毛が一つ縛りにされている。


「お祖父様のクジはアルミホイルが当たりましたよ」

「お、よくやった。結構減ってたからな。で、お前は?」

「ベーカリーメーカーが当たりました」

「柚月に作ってもらえ」


 シャルルと同じ事を言われた。

 祭りの広場はシャルルの家からそこそこ近いのでシャルルと並んで歩いて帰る。


「あれ?」


 シャルルの家に着くと、見覚えのある車が止まっている。それと車に凭れるように煙草をくわえている柚月が見えた。


「俺酒飲んじまったから送れねえからよ、呼んだんだ」


 此方に気づいた柚月が煙草を持ち運べる小さな灰皿に押し付ける。


「じゃあな、また来いよ。お前もな」


 柚月が少し眉をしかめて「…はい」と頷く。


「おやすみなさい、アンドレアスさん」

「おやすみシャルル。おやすみなさいレオさん」

「おう」


 車に乗り込んで二人が小さくなるまで手を振る。柚月に「蚊が入るぞ」と言われてそっと窓を閉じた。


「で、何持ってきた」

「抽選で当てた。ベーカリーメーカー」

「今度何か焼くか」

「胡桃入った食パンが良いです先生」

「…考えておく」


 柚月が胡桃入りの食パンを焼いたのは、祭りの二日後だった。

シャルル・ディーク→アンドレアスの年下の同僚。仕事を始める前から面識がある。イケメン。アンドレアスがなついてる。男装女。


レオ・ジェノアード→218センチガチムチジジイ。シャルルの祖父。アンドレアスを職場に勧誘した人。隠居してる。柚月の研修先だった。

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