椿5
「中大路先生。」
看護士の柴田さんが、呼ぶ声で、つばきは、意識を取り戻した。
気づけば、午前診療が、終わっていた。
「珍しいですね。ぼーとされているなんて・・・。さっきので、最後の患者さんでしたよ。」
26歳で、独身。看護士の腕も、人柄も良い。見た目も、美人のカテゴリーに入る。
つばきの補佐になることが、多く、つばきが、もっとも信頼している看護士だ。
仕事に対して、厳しいところがあるので、下からは、好かれてないが、40代の看護士には、かわいがられている。
あと、ミーハーな性格なので、彼氏がいるのに、アイドルのおっかけをやっていたりする。
今日は、どことなくウキウキしている。
彼氏とデートか?
彼女の場合は、アイドル関係の方が、機嫌が良いので、きっとそっちだろう。
「柴田さんも、これで、あがり?」
今日は、午前診療のみである。
「いやーん。まだです。これから、青西先生のお手伝いです♪」
キラキラする笑顔で、つばきに告げる柴田さん。
苦笑いしながら返事するつばき。
「そうなんだ。まだ、患者さんいるんだ。今日は、結構、混んでいたんだね。」
いつもと同じ時間帯に終わったつばき。二時半を過ぎている。
「違いますよ。青西先生、いつも病院勤務がほとんどで、クリニックは、週1回の午後診療だけじゃないですか?だから、患者さんが、青西先生目当てで、殺到したんです!」
つまり、病院通院の患者さんが、クリニックに来て、クリニック午後診療来ている人が、比較的午前の方が込まないので、午前に来たということだ。
患者に人気だという噂は、本当なんだと納得するつばきであった。
「そうなんだ。柴田さん、青西先生と関わること多いの?」
「まさか。一度もかぶったことないです。今日、朝、少し話しただけです。笑顔が素敵だし、優しい口調で、話しかけてくれて・・・嬉しくって!目の保養です!」
力説する柴田さんに圧倒されるつばき。
「もちろん、中大路先生も、目の保養です!では、行ってきます!」
と、恥ずかしい言葉を添えて、去って行った。
つばきは、小さくため息をついて、クリニックをあとにした。
◇◇◇◇◇
本当に、何なのよ!
アレは!
オレのモノになれって・・・・。
何なのよ!
つばきは、クリニックの入っているビルの共用休憩スペースで、遅い昼食を食べながら、今朝の出来事を思い出していた。
持参のお弁当の卵焼きを一口食べる。
次は、大きくため息をつく。
今朝の青西優人の行動を思い出しては、赤くなったり、怒ったり、ため息ついたりと繰り返すつばき。
青西優人は、「中大路先生、オレのモノになってくれへんか。そないしたら、安心できる。」と、言ったあと、エレベーターが最上階に着いてしまって、「詳しくは、またね。」と、平然と降りて行ったのだ。
つばきは、呆然と立ち尽くして、再度、エレベーターが閉まる前で、何とか降りたのだ。
安心ね・・・。
オレのモノって・・・そういうことよね?
大人の・・・関係。
肌と肌を・・・。
つばきは、男女の仲の想像をして、真っ赤になった。
やっぱり、噂は、本当ね!
ただの口約束だと心配だから、既成事実?弱みを握っておけば、いいってことよね?
あれ?
それとも、私を、青西先生に、惚れさせちゃえば、扱いやすいってこと?
はあ・・・。
つばきは、ため息をついたあと、最後の一口のきんぴらごぼうとご飯を口に入れた。
しかし、「またね。」て、いつよ?
青西先生と、担当医かぶる時って、ほとんどないんだけど?
さりげなく、連絡よこせって、ことなの?
でもな・・・。
あれは、家に置いてきたし・・・。
て、なに考えているの?
今、連絡しようと思ったの?
いつのまにか、自分の手のひらにだしたスマホを見つめる。
もう関係ない!
とりあえず、帰ろう!
思い立って、立ち上がろうとした瞬間、後ろから声がした。
「中大路先生、奇遇だね。」
と、言って、私の前の椅子に座った青西優人。
机に、コンビニの袋を置く。
「わ、私、もう帰るから!。」
そう言って立ち上がろうとした瞬間、腕を掴まれた。
大きなきれいな手だった。
青西先生は、笑顔で、言う。
「待ってや。お茶おごるさかい、付き合うてや。」
甘い声で優しく・・・。
抗おうとしたが、腕を掴まれながら、自動販売機まで、連れて行かれる。
「何がええ?お茶?コーヒー?甘いの?苦いの?」
つばきを見つめる瞳が何故か甘い。
「コーヒー。甘いの飲みたい気分・・・。」
観念したつばき。
嬉しそうに、財布から小銭をだし、コーヒーを買う青西優人。
掴まれていた手は、放してくれたが、掴まれていた手・・・手首が、熱い・・・。
つばきの好きな京都弁で、迫られ、好みでない男だと自分でも理解しているのに、いつのまにか、彼に、捕らわれてしまっているのではと強く感じるつばきだった。
惚れっぽい自分が、うらめしい!!!
読んで下さって、ありがとうございます!