椿2
「えっと・・・。中大路先生やなあ?びっくりしたで。」
フロアの男性店員こと青西優人が、患者と接するような柔和な笑顔をつばきに向ける。
身長は、173センチ、体重58キロと、スリムな体形の彼。
髪は、黒い。少しクセがあるため、ワックスで、固めている。
長い眉に、意外に長いまつげ。
切れ長の瞳に、やや高めの鼻。
薄い唇。
全体的に、かっこいいと言われる顔立ちなのは、つばきもわかっている。
しかし、どことなく、チャラさが漂っている。
この瞳の奥にか?今は、にこにこ笑っている顔の裏にか?
それを証明する噂も知っている。
実際に、話したことは、ないはずだ。
あいさつ程度くらいだ。
でも、彼は、接客が向いているのか、笑顔で、つばきに話しかけてくる。
逃げ出したいつばき。
どうすべきか判断できないでいると、青西優人の、言葉に、どんどん、クールな自分に、戻れなくなっている。
彼は、普通に、話しているだけだ。
「知合いが、来てくれると嬉しいな。家、近いの?ほんまに、嬉しいな。」
「あれ?やけど、病院、クリニックも、ここから遠いでなあ?ここいら、物価も高いし・・・。もしかして・・・。」
つばきたちの勤め先は、病院とクリニックを経営している。
曜日ごとで、病院勤務かクリニック勤務か分かれている。
午前と午後でも、分かれている。
そんな説明をしている間に、つばきが言葉を発せれないまに、青西優人は、つばきの来店を彼なりに解釈したようだ。
「うちに、会いに来たん?」
「!!!」
思いがけない解釈に、更に、目を見開くつばき。
どんどん彼のペースにもっていかれている。
なんとか、落ち着こうと、つばきは、深呼吸をする。
そして、言葉をつむぐ。
「ち・・・、違います。青西先生が、ここで、働いていること知らないですし・・・。ちょっと・・・来て見たかった・・・だけです。」
感じ悪かったかな・・・。
でも、青西先生の言葉をきいていると、心臓に悪い!
早く、退散してほしいから、いいよね?
と、自分に言い訳をしているつばき。
頬が赤いことには、気づいてない。
「まあ、そないに、怒らんといてや。ほんまは、京都弁好きなんやろ?
--------それで、来てくれたんやろ?」
つばきの耳元で、青西優人は、ささやいた。
自分でも、真っ赤になるのがわかった。
それでも、なんとか否定したくて、青西優人を見ると・・・。
愛おしそうな瞳で、とろけそうなつやっぽい笑みで、甘くつぶやいた。
「かいらしいなあ。」
どうしよう・・・。
この言葉で、この甘い声。
おまけに、見たことにない彼の色っぽい笑顔。
ドキドキが、止まらない!!!
ダメよ!
こんな一番苦手な男に、私の秘密がバレてしまうなんて・・・。
うわーーーーー!
叫びたい!
でも、ここは、落ち着かなくては、いけない。
この男に、ときめいてはいない。
私は、この男の京都弁に、ときめいているのだ!
うん。
大丈夫。
クールな自分を、取り戻せ!
よし!
つばきは、青西優人に、話しかけようとしたら、キッチンにいる男性から呼ばれたらしく、さっそうと、去っていた。
「かんにんな。またね。」
と、言葉だけは、忘れずに。
静寂が、訪れる。
手元の、コーヒーを、口に運ぶ。
うん!
おいしい!
つばきは、特集記事どおり、コーヒーもおいしいことに、満足する。
そう、ここは、『方言カフェ』なのだ。
ちまたに、『猫カフェ』、『仏像カフェ』、『メイドカフェ』ある。
それと同じで、ある。
趣向が、『方言』と、いうことだ。
いろいろな方言が、あった方が、客層が増やせるとおもったのか?ここでは、いくつかの方言を話す。
主に、京都弁、大阪弁、博多弁、岩手弁である。
どの言葉を、お客様がご所望かわかるように、メニューの名前に、希望の方言をつける。
ただ、『弁』抜きで。
つまり、『京都コーヒー』というのは、京都弁の店員さんが、コーヒーを運んできてくれるということである。
いうまでもないが、中大路つばきは、京都弁が好きだ。
それが、彼女の、ちょっとした秘密である。
「おいでやす。ほんのサービスどす。」
見知らぬ男性が、つばきのテーブルに、レアチーズケーキを置いた。
一歩遅れて、キッチンの男性だと、気づく。
特集記事にも載ってなかったサービスに、どうしたらいいのか戸惑うつばき。
くすっと笑い、さわやかな笑顔を、つばきにむけながら言う。
「優人の知り合いどすなぁ?来てくれて、おおきに。特別サービスどす。」
長身で、短髪の黒髪。細い黒色フレームの眼鏡。
さわやかで、真面目そうな雰囲気の男性。
どこかで・・・
見たことあったかやぁ・・・。
つばきは、三河弁で、思い出していると、特集記事に載っていたことを思い出す!
「あ、ありがとうございます。記事・・・見てきたのですけど、たしか・・・店長さんでしたよね・・・?」
微笑み返す。そして、おずおずと聞いた。
「おおきに。見てくれたんや。嬉しいな。店長の小梶どす。・・・ゆっくりしていってや。」
店長は、さわやかな笑顔を見せて、去っていった。
うん!
こういうさわやかなのが、いい!
背が高いし、耳に心地良く残る京都弁、最高!!!
大西優人と違って、ドキドキしない理由には、まだ気づかないつばきであった。
クールな表情が、ゆるんだままのつばき。
サービスのレアチーズケーキを食べ、更に、表情をゆるませたのである。
クールとは思えない、なんとも愛らしい顔立ちである。
その表情を、京都弁を話した男性たちは、しっかりと見つめていた。
上機嫌になったつばき。
当初の目的を果たせたので、すっかり、青西優人に、秘密をバレたことを忘れていた。
意外に、現金なところがある美人らしい。
レジで、再び、青西優人と、会い、一気に、我にかえったのである。
すでに、時遅しである。
それでも、クールな顔に戻るつばき。
気にもとめず、笑顔な青西優人。
お金を払い、おつりとレシートを受け取る。
「それと、これも。どーぞ。」
と、丸い厚紙を渡され受け取った。
クーポンだろうか?
つばきは、何気なしに、受け取り、カバンにしまう。
「楽しみにまってんね。連絡してや。」
つばきは、何気ない言葉の意味に気づき、厚紙を再度、出す。
それは、クーポンでなく、コースター。
小梶カフェの名前の入ったコースター。
裏には、青西優人の連絡先が、キレイな大人の字で書かれていた。
すかさず、返そうとする、つばき。
「電話してくれたら、いつでも、京都弁で話したんで。」
つばきの耳元で、小声でささやく青西優人。
不覚にも、その甘い言葉に惑わされてしまい、真っ赤な顔で、帰宅したつばきであった。
帰宅後、ベットの上で、コースターを見ながら、泣き叫んだのは、言うまでもない。
読んで下さって、ありがとうございます。
京都弁、いろいろ調べて、使っていますが、万が一、「おかしいよ!」と、言うのがありましたら、お詫び申し上げます。ご連絡は、こっそりお願い致します。小心者です。
少しでも、ひまつぶしになっていることを祈って・・・。