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ターゲット

いつもなら日曜日が終わってしまったと憂鬱な気分の月曜日の朝だが、今日は少し違った印象で迎えた。


新しい環境に飛び込む時の朝の様な……学年が上がりクラス替えが行われた初日の雰囲気に近い。


飽きるほど見慣れた学校へ行く事と家を出る時間は変わらないが心臓から全身に伝わる振動がいつもより大きい妙な高揚感はそうと見て間違い無い。


クラスの顔触れは急に転校生でも来ない限りは一切変わらないだろうが、異世界転生者が居ない世界での彼等の事は一切知らない。


異世界転生者の話で仲良くなった意識は無いがもしかしたら仲良かった友達が仲良くなかったり、その逆もあり得るかもしれない。


そうなっていた場合、迂闊に砕けた物言いをしようものなら内心で「俺、タカヤとそんなに仲良かったけ?」と奇異の目で見えられつつ作り笑顔で挨拶を返される地獄を味わう事に成りかねないのだ。


タカヤと名前呼びならまだマシだ。苗字に君付け呼ばわりする程、碌に話したこともない様な間柄であった場合、俺の心が受けるダメージは計り知れない。


「おっす!は違うな。もっとこう元気ない感じで……おはよう。これだな」


これならば仲良くなかった場合でも普通の挨拶だし、仲が良かった場合でも月曜日の朝だから元気が無いだけと捉えてくれてどちらにも対応可能だ。


ーーー


「俺の席はここだよね?」

「……どうしちまったんだ。頭でも打ったのか。もう一回叩けば治るか?」


一年の前半に相当の気を使われていた俺にはこの会話だけでよく分かる。これは友達同士の会話だ。


結論から言えば基本的に人間関係に変化は無かった。


一限目までの時間潰しに教室の各所で集まり休日の出来事を語らうグループにも一見して変化は無かった。


異世界帰還者の写真集を見て朝からキャーキャー騒ぐ女子グループは、元世界でほぼ衰退を辿っていた男アイドルグループ雑誌にその対象を替えていた。


本当に異世界転生者が居ない事以外何も変わらない世界。まるでこの世界はこの世界で独自に文化を発達させてきたかの様に極自然に回っている。


土曜日と日曜日にテレビを見通してわかりきっていた事だが、身近な人間がそう行動していると感じ方は違ってくる。


「なぁ。隣のクラスの吉田ってモテるよな?」

「いや知らんけど。そんな噂聞いたことないな」

「イヒヒ!」

「なんだお前……今日やっぱりおかしいぞ」


思わず抑えきれないで出てしまった気持ち悪い笑い声。他人がモテなくなった事を喜ぶ自分のなんと浅ましい事か。


いやモテなくなった訳ではない。この世界では吉田が特別モテない事が当たり前の世界なのだ。わざわざ喜ぶ事じゃない。イヒヒ。


今なら戦いを強いられる程、感謝する覚えは無いと思っていた「異世界転生のない世界への転生」を心地良いと感じられる。


本気で異世界帰還者消えろなんて思って居なかった俺でもこれなんだから、本気で思っていた他の転生者の誰かは狭間の王に心底感謝しているに違いない。


尚更、元世界に居場所は無いなんてルールが意味不明の物に感じた。


ーーー


水曜日。

狭間の王からのメールに書かれた約束の日の朝。

寝ていた俺が身体中に違和感を覚えて飛び起きて、視界がモヤに包まれる前にチラっと映った窓からの情報だと確かに朝。忘れるはずのない見覚えのある異様な空間に移動した。


あの日は一番最初に来たがこの日は俺を除いた四人とスーツ姿に笑顔の青年……狭間の王が既にいた。


あの時の一様に困惑した表情と違って今回の四人の顔はバラエティに富んでいた。


変わらず恐怖に怯える顔。

慣れた表情で欠伸をして見せる余裕な顔。

今日を待っていたと言わんばかりにギラギラと目を開かせている顔。

狭間の王を尊敬の眼差しで見つめる顔。


異世界転生が無い世界で数日過ごしたのだ。それぞれ色々な感情が芽生えるのも理解できる。


俺はと言うと……あそこまで露骨では無いが狭間の王に対して少なからず感謝していると考えれば、狭間の王を見つめる女の子に近い顔をしているのかもしれない。


「久しぶりですね。どうでしたか?転生の無い世界の感想は?」


俺が一言告げたおかげ……では無いと思うが、以前に比べて狭間の王に威圧感は覚えなかった。


ただ前回の事もあったから、それをして抵抗出来るとは思えなかったが警戒心だけは解かなかった。


彼の問いに、浮かべる顔のバラエティとは違って答えは同じだった。


「悪くない」


俺もそう答えた。


その答えを聞くと狭間の王は笑顔の上に笑顔を上増しして、拍手をして満足な様子だった。


満足なのは「良い事をして感謝をされた」からという簡単な事じゃない。


見返りに「働いてくれる」と確信した交渉成立という意味合いでの満足及び拍手なのだ。


なんとなくそうだと分かっても嫌な気はしなかったのは、それほど俺も現世界に満足していたからだと思う。


「そう言えば、転生者討伐に行ってる期間は現世界でどうなるのかと心配する質問がありましたね」

「あぁそりゃ俺だ。仕事はどうする?こう見えても社内に転生者が出るまでは出世第一候補だったんでね」


余裕な顔をしていた短髪に汚らしくない清潔感のある顎髭を生やした……歳は20代中盤と言った風貌の男がそう言いながら手をだらしなく挙げる。


「ミナカミさん、良い質問ですね」

「良い質問だって褒められるのは仕事だけで充分だから、どうなのか早く教えてくれ」

「安心してください。貴方達ならどうしたかという結果が反映されます。現世界に戻った時に仕事をした事になるし、その内容も理解出来ます」

「へぇ。そりゃ便利だな」


……前回あれだけ困惑して一言も喋れずにいた男が、良くもここまで強気に物が言えるものだ。まぁあの状況と威圧感の中じゃしょうがないのかもしれないが。


いや……こいつ確かあの未だに怯えてる女の子が質問した後に続けて質問しようとした奴だ。少なくとも俺よりは度胸は持ってるのかもしれない。


それにしても自分が行うであろう結果になるどころかその内容まで理解出来るとは。


元世界に飛ばされる前に死ぬ気で勉強しようと思っていれば、勝手に勉強した事になって内容も理解出来るとすれば……。


無いな。死ぬ気で勉強しようと思っても当日どうせ何もしないのが俺の毎回のパターンであり結果なのだ。


しかし、友達と会話したであろう結果が分かるのは有り難い。俺からも言わせてくれミナカミさん、良い質問をした。


次々とメールで受けたと思われる質問に答えていく狭間の王だったが核心的な質問への応答は無かった。


狭間の王の回答に対する小さな質問も終わると遂に話は本題の作戦会議に移る。


ーーーーーーーーーー

ターゲット 吉田 広道


備考

・私立 東都昴(ひがしみやこスバル)高校 二年

・東都市在住


能力

・攻撃魔法チート


注意事項

・異世界転生の道中得た攻撃スキルをその世界の常識を遥かに超えた威力で放つ事が出来る。

・攻撃魔法を放つ際、魔力が空っぽの状態で無ければ魔力を消費せず連発出来る。


ウィークポイント

・攻撃魔法の威力を抑える事は出来ない。

・回復魔法の回復量は平均以下。

・回復魔法を使う際、多量の魔力を消費する。

・防御面は一般人と大差なし。

ーーーーーーーーーー


東都昴高校って俺の通ってる高校じゃないかという驚きの前にターゲットの名前に衝撃を受けた。


吉田というだけなら世の中にたくさん存在するし気にする事も無かったがその苗字に広道まで付くとなると話は変わってくる。


他のクラスでましてや一度も同じクラスになった事の無い人間の名前なんてまず覚えないし、そもそも聞く機会すらない俺がその名前でピンと来るのには理由がある。


俺の好きな女の子である鴨川さんが休み時間になるとそいつに会いにいく。彼女が特別会いに行ってるという訳じゃない他の女子も異世界帰還者ということだけでワーだのキャーだの言いながら猛ダッシュで吉田のクラスへ向かうのだ。


容姿は至って普通。異世界に転生する前は目立つ奴では無かった。それが今じゃ知らない学校に知らない人など居ない有名人。


学校内だけに止まらず日本という大きな枠の中でも有名人だ。他校の可愛い女の子からも下校時間を狙って待ち伏せされて告白される程で全男子生徒から嫉妬の対象になっていた。


しかも、何を気取っているのか可愛い女の子からの告白を含めて全ての告白を断っているらしく彼女は居ない。


吉田がこんな危険な能力を使えたとは思わなかった。異世界転生の放送をしっかり見ていた奴なら知っていたのかもしれないが、それでも未だに使えるとは誰も思っていないだろう。


現世界の吉田だったらまだしもこいつは元世界の憎き吉田。他の四人に俺が使える事をアピールするチャンスでもある。


ここは惜しげなく吉田についての情報を言った方が良いだろう。


「俺、こいつの事知ってるよ。同じ高校だ」

「それで?同級生は殺せないって?」


誰もそんなこと言ってないだろ。このミナカミって男、どうも自分に自信があるというか高圧的で接しにくい。


会社に転生者が出るまでは出世の第一候補って言ってたっけ。仕事が出来るってのもあるだろうが、大方現世界に転生されて自信を取り戻したんだろう。


「違う。同じ高校の制服を持ってるし、知らない奴がいきなり近付くより油断させやすいだろ」

「おー!なるほど。いきなり致命傷を与えれますね!」


ミナカミでは無く……「ナツキです!」と自己紹介で名乗った狭間の王に尊敬の眼差しを送っていた印象の強い女の子がオーバーなリアクションをしながら答えた。


リアクションを取る度に肩まで届くか届かないかのボブカットが愉快に右へ左へと揺れて、女の子特有の甘い香りを振りまく。


パチッと開いた大きな瞳に、少し焼けた肌は綺麗と言うより可愛いという表現が似合う活発そうな女の子だ。


こんな子も「異世界帰還者 消えろ」と検索したと考えると少し背筋が寒くなる思いがしたが中学生にも色々あるのかと思えば納得出来る。


そもそも致命傷を与えれると元気良く言えるくらいだから元から頭のネジは狂っている方なのかもしれない。


「そういう事。幸い防御面は俺達と同じレベルで回復は苦手らしいし」

「回復で魔力を枯渇させれば攻撃魔法も撃てなくなると」

「……うん」

「なんだその残念そうな感じ」


どうせならナツキに答えて貰いたかった。その方が「俺凄い作戦言っただろ」感が増す気がするからだ。


それにしても同級生を殺す方法をこんなにすんなりと提案出来るとは思わなかったが、ターゲットは元世界の友達でもない同級生なんて最早他人中の他人。


特別情も湧かずにゲーム感覚で話を進める事が出来たのかもしれない。


その後、狭間の王から受け取った能力についてそれぞれ使い時を話し合った。


意表をついて一撃で、あるいは回復が追い付かない程の致命傷を与えるという結論に全員異論は唱えなかった。


こうして人外の力を持った転生者相手にしても「人を一人殺す」内容の作戦会議は5日間で達成出来なければ死ぬという命を賭けた物とは思えないほどあっさりと終わったのだ。


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