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転生者だらけの世界

「緊急速報!只今、異世界を救った勇者が現世に帰還しました!」

好きなバラエティ番組を見ている途中の出来事だった。

日本国民の誰もが美人だと納得する大手テレビ局のアナウンサーが急にドアップでテレビ画面に映り、大勢の人が騒めき、興奮冷めやらない、周辺が慌ただしい様子である理由を説明する。


近年、何の特徴も持たない一般人が突如として異世界に転生される事は珍しくない。


珍しくない所か、頻繁に事象は起こる。

先月は隣のクラスの吉田君に近所に住む一お爺ちゃんの佐伯さんでさえ異世界に転生され勇者としての責務をこなした。

今では日本中から尊敬の眼差しで見られている。

その人気っぷりは、休み時間には吉田くんの元へ女子が集い、休日には佐伯さんの家まで観光に来る人が居る程だ。


何故、日本中が彼等が異世界に転生した事を知っているのか。何故、テレビ局は異世界から帰還したばかりの勇者をすぐに撮影する事が出来るのか。スマートフォンなる物質型携帯電話を使っていた科学技術の劣る100年前の人類には想像もつかないだろう。


テレビ局は、当時神隠し扱いの都市伝説とされていた異世界転生の体験者が頻繁に現れる事に目を付けた。テレビメディアの力で転生を果たしたと思われる人間を集め、転生される過程についての聴取を行なった。


その結果、転生される理由や転生先の異世界こそバラバラなものの、転生される途中で同じ人に会ったとの証言を得た。


転生体験者全員曰く、その人物は自らを「狭間の王」と名乗り、転生者を異世界に振り分ける仕事をしている事を説明したと言う。その容姿は、異形では無く、普通の人と全く同じ、高級そうなスーツに身を包んだ青年だったと口を揃えた。


テレビ局は、この情報を元に局員が転生されるのを待って狭間の王に交渉を仕掛けた。狭間の王を仕事をするビジネスマンと仮定した賭け。


予め会議で決めた交渉内容を書いた紙を局員全員に持たせて、狭間の王に会った時にその紙を渡すというなんとも古典的な、文献や映像に残る物質型携帯電話すら持たなかった大昔の人間の文通と呼ばれる手法で行われた交渉は、難航する事なく、1回目の交渉で成功した。


詳しい交渉内容は、明かされていないが大まかに内容は「異世界転生者に局員のカメラマンとディレクターを同行させる事」と「異世界と現世に於ける撮影テープの受け渡しの仲介」というものだった。


では、狭間の王に対して見返りに何を提示したのかに興味が行くが、そこも残念ながらテレビ局にとって詳細の範疇という事で公表されていない。


局員を得体も知れぬ異世界へ撮影に行かせるのは、倫理的に反するのではないかという世間の意見も第一回目の放送の大反響ぶりと局員への多額な転生手当が支給されるという事で、いつの間にやら批判的な声はなりを潜めた。


かくして、転生者の勇者っぷりや生活を現世で放送する事に成功し、週5回放送される程の大人気番組となって日本中の人間が転生者の動向を知る所となったのだ。


帰還した転生者は、テレビ局から多額のギャラを貰った上に、その後もその人気ぶりからバラエティにゲスト出演したり、口の達者な帰還者はトーク番組のひな壇に座ったり、ルックスの良ければドラマにと芸能人としての活動が待っている。


果てには、アイドルとスキャンダルを流したりと異世界の時同様に自由を謳歌していたりする。


俺がさっき、緊急生中継が始まるまで見ていたバラエティは「芸人だけっ!」という近年では珍しく、転生者が出演しないお笑い芸人だけのお笑い番組だ。


好きなその番組が、なんの興味もない新しいスター誕生の生放送に変わったとあって俺は少々苛ついていた。


「倉田さん!あの時は、危なかったと思いますが!」

「んーでも、私には神の加護が付いていたので、特別危機感は覚えませんでしたね。死んでも生き返るので」

そう言って、帰還者がハニカミを見せると、そこに集まった女子達が黄色い歓声を上げる。

心なしか、インタビューしている女子アナウンサーも、うっとりしている気がする。


わからない。こんな奴、俺と比べても大して顔に差なんてない。そこらへんにいるフツメンじゃないか。


それが特別能力を持ったプロ野球選手や俳優でもなく、ただ偶々選ばれて、努力もせずに与えられたとんでもない超能力に守られながら、軽々と魔王を倒しただけだ。


それが何故こんなに大人気になるんだよ。


俺の密かに想いを寄せていた鴨川さんが休み時間に隣のクラスへ駆けて行った事を思い出す。きっと吉田くんに会いに行ったのだろう。


そんなミーハーな彼女に失望した…とは格好付けで、その実は、悔しくて悔しくて、鴨川さんなんてどうでもいいと思い込む事しか出来ない哀れな俺を誰か嘲笑ってほしい。


気兼ねなく話せる友達も、そう彼女に悪態をついた俺を笑い飛ばすでも無く、ただただ気を使って「そうだな」としか答えなかった。その優しさが俺を更に哀れな男にする事を知らずに。


「悔しいかい?力が欲しいか?」

「…誰だ!?」


…。独り言だ。哀れに塗れた俺に急に力を授ける謎の男がやってくるという妄想を独り言として体現してみたのだ。


そんな事はあり得ないのに。そう。異世界転生に選ばれない限り。


「い…せかい、きかん…もの…しゃ、きえ…ろ」


異世界帰還者消えろ。なんとなく。意味もなく、目の前に物体を持たず画面のみが浮かぶヴァーチャル型携帯電話のインターネット機能で、検索してみた。


これを検索して、まさか本当に消し方が出てくる訳もない。分かっているのだ。これは俺がどうしようもなく心が窮屈になった時に行う発散方法。


例えば、親と喧嘩した時には「一人暮らし 未成年」や学校でムカつく野郎が居れば「完全犯罪 やり方」などを検索する。こうやって馬鹿馬鹿しくてどうしようもない小学生の発想に浸る。


そうして出てきた検索結果の中に「無理です」や「厨ニ病も卒業しろ」といった、馬鹿馬鹿しい質問を真面目に一蹴する様を見て、笑って、ストレスを発散するのだ。


いつものように無数の否定する言葉が並ぶと思っていた。


真夏、それも猛暑が続いて、熱帯夜で呻く毎晩。今夜もそうだったはずだ。それなのに異常な程の寒気を感じた。暑さのせいじゃない冷たい汗がシャツと肌をピタッとくっ付けて気持ち悪い。


表示された検索結果…と言ってもいいのだろうか。とにかく目の前で浮かぶ画面には「出来ます」という文字が検索結果の画面ではまずお目にかかれない手書きのようなフォントで大きくただ一言画面一杯に表示されていた。


「なんだ…これ…」


恐る恐るその文字を指で触れると、思いの外だった。それは認識されて「それのページ」に飛んだ。


ーーーーーーーーーー


ようこそ 来客カウンター 05


このページに来られた貴方は、その気持ちの大小はあれど「異世界転生者憎し」と思い導かれた者です。


検索結果が表示された時に、画面の前で本気で歓喜したかた、あるいは気軽な気持ち故に寒気が走った方、それぞれいらっしゃるかと存じます。


しかし、今の貴方の存在は本末転倒。このページを開いてる時点で貴方は憎し異世界転生者の一人となりました。


このページは、日本時間21:30分に「異世界帰還者 消えろ」と検索した人間にのみ検索結果として表示されます。


そして、ページを開いた人間を「このページが存在しない事及び異世界転生者が存在しない異世界」へと転生させる術式プログラムを組み込んでいます。


異世界転生者が存在しない世界という性質上、貴方及び同時間に検索しこのページを開いた方がこの世界で初めての転生者という事になります。


如何でしょうか?あれだけ憎み羨み憧れた異世界転生者になられた気分は?


私には分かります。きっと良くはないでしょう。


貴方は、異世界転生者を憎んでいたのではなく、それをチヤホヤする世界を憎んでいたのではないでしょうか?


転生者をチヤホヤする世界は、最早、貴方にとって異世界級の心地狭さを感じていたのではないでしょうか?


そう思えば、気分は上々でしょう。貴方は、居心地の悪い異世界から帰還してきたのです。おめでとうございます。


さて、ここからが本題になります。


管理人の私としては「居心地の良い現世」に転生させたあげた事のお礼が欲しい。


貴方には、戦士として働いて頂きます。


この最後の文章を読み終わった1分後、このページを閲覧し始めてから10分後に自動で貴方をある場所に転送する術式プログラムを組んでいますので、質問への応答や詳細はそこでお話致します。


ー管理人 狭間の王


ーーーーーーーーーー


読み終わって、感じたのは成る程、馬鹿馬鹿しいイタズラだということ。見てる途中で充分に笑えた。


気が付けば、頭もスッキリしていて溜まっていたストレスも吹き飛んでいた。


もし、なんでイライラしていたかも分からないほどの爽快感にも似たスッキリ感が本当に「イライラする理由が無い世界」にいるからだとしたら面白い。


明日、友達に話してやろう。嘘だと言われるのは目に見えているけど、俺が鴨川さんの事をネタに出来るまで立ち直ったと思わせれば、それでいいのだ。


そう思わせるには充分のネターーーーーー


ーーーーー???


訳が分からない。ただ分からないなりに、取り敢えず目に見えているものを説明するとすれば、薄暗く濁りモヤモヤとした空間に、まるで普通の床に立っているかのようにしっかりと二本の脚で空間を踏みしめるスーツ姿の青年と、こうして説明してる間に呆けた顔で次々と空間からいきなり現れる人間…といった所だろうか。それらが何なのかを詳しく説明するには、俺は余りにもその場所について知らな過ぎた。聞いたことも見たことも想像したことさえない空間は、ただただ俺の思考を支配していた。


俺も周りの人と同じように呆けた顔しているのだろう。つまり訳が分からない空間に呆けた顔の男女が五人と、笑顔を張り付けて接着剤で固定した様な顔の青年が一人いる。それは事実として理解できる。それが何故なのかは、未だに理解出来ない。


「全員揃いましたね」


青年が喋り始める。そうなる事は分かっていたし、それを期待していた。恐らく、俺以外の座り込んでいる四人も同じだ。


この異質な空間の中で、常人なら、そこが何処かあるいは、何か分かっていないと出来ない立ち振る舞いをしていたのはスーツの青年に他ならないからだった。


青年の言葉に誰一人反応する事なく、息を飲んで彼の次の言葉を待つ。異世界転生の放送で、お決まりとなっている「お前は誰だ!?ここは何処だ!?」という言葉を発する者は誰一人として居らず、あの冒頭の台詞は、やらせなのだと分かった。


それもそのはずだ。姿こそ知らないものの最早誰もが狭間の王の存在を知っていて、転生者は、そいつに会ってから転生するのだ。自分が転生する事が予め分かるのだから、目覚めた場所で知らない人間がいるのは当たり前の事、同行しているカメラマンとディレクターもいるとなれば、間違いない。


「初めまして。ある程度容姿に関して情報はあるようですし、恐らく皆さんご存知かと思いますが、一応自己紹介を」


言われて気付いた。高そうなスーツに身を包んだ青年。特徴は聞いた事がある。目の前のこいつは、そのまんまの格好をしていた。しかし、俺以外の人間も恐らく気付いていなかった。一様にはっとした顔をしているのが何よりの証拠だ。


そうこいつは…


「狭間の王と申します」


狭間の王。異世界転生者が転生する前に必ず会う人物。俺は意外に、そう自称する彼の言葉をすんなりと信じた。目の前の異質な空間と突如現れた人間を目にしていれば、それだけで信じるに値した。


夢と考える選択肢は、あったのかもしれない。この空間のモヤモヤした感じなんか、夢特有の現象だ。それでも、スーツ姿の自称狭間の王が喋る度、一言発する度に放たれる

威圧感と存在感が、俺の脳から夢という選択肢を消し炭にしていた。


「皆さんには、戦士として、皆さんにとっての元現世を侵略して頂きます」


狭間の王は、言葉を溜めずに軽い口調で、そう言った。軽い口調からは、想像を絶する圧が発せられる。まるでビリビリと電力を纏った重力がのしかかってくるの如く。嫌な汗を出して身体が抵抗しているのがわかる。


言葉の意味がわからないのか、俺と同じように彼からの圧を感じているからか皆、汗を流していた。


「あっテレビ局との契約第三項『カメラマン及びディレクターの転生に於ける次元層の歪みで生じる一切の不利益、それを咎めない』に乗っとった、正当性のある侵略行為ですので、ご心配なさらず」


「……………ぃ…意味が…わ、わからない…です」


スーツの青年以外の全員が、その女にぎょっと顔を向けた。言葉は詰まり詰まりで、必死で搾り出したであろう上擦った声だったが、圧に塗れたこの空間で言葉を発しただけで賞賛ものの出来事だった。


誰かが言葉を発する事によって、他の人も言葉を言いやすくなる。人間の心理だとテレビで見た事がある。


「彼女の言う通りだ。いったいここ…」

「あー成る程。テレビ局はどうやら契約内容を公表してなかったんですね。疑問に思うのも仕方ない事です」


言葉を続けようとした男の声は、俺達の欲しい答えとは、違う答えによって遮られた。


ここが何処なのかという問いは、発するタイミングと狭間の王が遮るタイミングによって異質な空間のモヤの一つとして無残に消え去った。


女を責める事は出来ない。ずっと「ここは何処だ?」という疑問を言おうと考えて、やっとこさ口から出たタイミングがたまたま悪かっただけなのだ。続けた男も言い終われば、その真意は伝えられたはずだ。


しかし、伝えた所で意味がない。もし全員が狭間の王と理解し、それを認めているのなら、この場所は狭間の世界に決まっているのだ。でもあまりの理解出来ない空間にそう質問したくなるのはわかる。


狭間の世界とわかった上で、この異質な空間についてある程度の説明が欲しいのだ。いきなり本題を言われて、話についていけない、一旦落ち着きたいというのが質問の真意。俺を含めて全員が、理解するのに必死なのと狭間の王からの圧で既に疲れ切っているのだ。


狭間の王は、俯いてしまった女を見てから、全員の顔を見渡して、やっとその様子に気付いた様子で、俺達に聞こえるか聞こえないかのか細い声で「あー」と言った後、手と手を叩いてパンと音を鳴らした。


その音に、俺も例に漏れず、全員が背筋をピンと伸ばした。いけないとは知らない事をして、母親に怒鳴られ、いけない事と身を持って知った小さい子のように。


「さっきから黙ってておかしいと思ったんです。皆さん早寝なんですね。わかりました。本当は面と向かって話した方がわかるかなと思ったんですけど、メールでやり取り致しましょう」


狭間の王がそう言うと、目の前にアドレスの書かれた紙がひらひらと落ちてくる。


「それでは、その紙を握って自分の部屋を強く想像してください。そうしたらひとまず部屋に帰れます。メール送っときますので必ず返信をお願いします」


全員が安堵の表情を浮かべる。取り敢えず、この訳のわからない空間と状況から抜け出せるのだから、当然だ。俺も内心で溜め息をついた。実際に溜め息をすれば、どうにかされそうで出来なかった。


「もし返信が無かったら、心配なので会いに行きますから」


その言葉で全員の顔が一瞬にして凍り付いた。その後の「なーんてね」という狭間の王の冗談を示す言葉は、右耳から左耳へ超特急で流れ去る。


全員が不安な表情のまま紙を握り締めて、その場から消えて行き、狭間の王が笑顔で見送って行く中で遂に俺一人になる。


疑問を投げかけた女を見倣って今後の為に、勇気を出して意見をしてみる事にした。


「その、威圧感はどうにかならないのか?」


その軽はずみな勇気を…蛮勇だとすぐに思い知ることになり、俺は後悔した。


狭間の王の張り付いた笑顔が消えて、真顔になる。背筋が凍る。さっきの冗談の時の比じゃない。行ったことがない北極を感じる程の寒気。死んで冷たくなった人間の感覚を体験出来るとして、体験したらこんな感じなのかもしれない。


「威圧感が隠せないのは…多分怒ってるからです。貴方達の現世のテレビ局に」


言い終わって、さっきまでの笑顔に戻るまで身動き一つ取れなかった。戻るまでの時間は、「今思えば」数秒だったはずだが、それが何時間にも感じて、動けた時には全身から汗が吹き出して、まるで風呂上がりの様だった。


「次は、隠せるように善処しますね。メール送りますから。返してください」


無言で頷き、紙を握り締め部屋を想像する。空間のモヤが一層強くなる。それは、吐き気を催す程だった。そのモヤが次第に弱まって行くと、段々と見えてきたのは、自分の見慣れた部屋だった。


強烈に印象に残る狭間の王の言葉、夢じゃないと理解しつつ、そうであれと願いながらメールを確認して改めて理解したのは、逃れられないという事実と現実だけだった。


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