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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

月にかかる蜘蛛の巣

作者: 二宮

 死体はとにかく運びにくい。死亡直後の死体は糸が切れた人形のようにぐにゃぐにゃになる。誰かをおんぶするときは向こうからしがみついてくれるが、死体はそうは行かない。


 この男は背が低くて助かった、と桐生は思った。両手でこの死んだ男の手を持って、ちょうどリュックサックの背負紐を持つような感じで背負えば死体の足は浮く。わざわざ警察犬に手がかりの匂いを残してやる必要はない。死体を運ぶのに引きずるのは愚行だ。


 夜の森を死体を背負い、ひたすら歩く。晩夏の夜。死期を目前に控えた虫どもが鳴き喚く。


 荒れ果てた山道は森に飲まれつつあった。昔は山菜採りに地元の住民が利用していたらしいが、今はそんな面倒なことはしない。高齢者向けの移動販売車で、家から出られれば道端で食料品が買える時代だ。四季折々もへったくれもない。


 地面の草を睨みつけながら無心で歩き、立ち止まった。桐生は背負った死体を地面に降ろした。


 近くに転がっていた木の枝を拾い尻ポケットの軍手をはめ、穴を掘り始める。あまり深く掘る必要はない。土壌中の微生物も、あまり深くには住めない。窒息してしまうからだ。50センチから60センチ。それより深いと逆に分解されにくくなる。


 適当に掘ったところで、手を止めて、死体を転がして穴に入れた。男は仰向けにすっぽり穴にはまるような形で落ちた。


 開きっぱなしの瞳孔と目があった。かわいそうだとは思わない。桐生が相手をしている以上、そこには死ぬだけの十分な理由があるからだ。


 日本の警察は優秀だ。だが致命的な欠点がある。性善説だ。迷宮入りする事件は殆どがなんの接点もない人がなんの接点もない人を殺した場合だ。名前も顔も知らない人間に殺意を抱くようなことは普通ないといっていい。そんなことは想定していない。だからこそ日本にはFBIのような地域を超えた治安維持に関わる法執行機関が存在しない。


 目の前の憎たらしい人間を殺せば捕まるが、どこかの知らない誰かを殺す分には捕まりにくい。殺意のジレンマ。


 死体に土をかけていく。上層と下層・枯れ葉をかき混ぜるようにしてやるとうまく有機物や酸素が土壌中に混入して微生物が活発に働いてくれる。


 適当に土をかけて、終わり。本来自然は整然から雑然に向かうものだ。あまりに人の手を加えることは逆に不自然になる。適当な位がちょうどいい。


 もと来た山道を戻って行く。途中で道を逸れて、しばらく歩いてまた引き返して道に戻る。途中大きな岩があったのでその周りを一周する。これだけでも警察犬の匂いを撹乱できる。一本道に匂いがついていたものが、四又三又に別れればそれだけで発見される確率はぐっと減る。


 何度か撹乱工作をして、ようやく死体運搬用の車を止めた場所に戻ってきた。黒のクラウンコンフォート。偽装タクシーだ。田舎道でも深夜でも都会でも、一番怪しまれにくく警察の検問を突破し易いのはタクシーだ。無論客は載せないからいつも「送迎」にしてある。


 車を発進させる。ヘッドライトを付けると前方は明るくなる。だがそれ以外は真っ暗に感じる。さっきまで歩いていた山道は月明かりで十分だったのに、今では漆黒に呑まれている。



 少し車を走らせると住宅がちらほら見え始める。山を抜けたところで携帯を取り出して、連絡する。今の携帯電話は、下手な警察無線より盗聴されにくい。暗号化技術の結晶だ。


「2311、処理完了しました」


「確認した」


 それだけで電話が切れた。桐生は携帯を放り、ハンドルを握った。



 警察・自衛隊・政治家を加えた一部の市民で構成された、現代の義賊。一介の「ごみ処理業者」にすぎない桐生にはその全貌はつかめないが、稼ぎは良く、何より筋が通っているその活動理念は気に入っている。


 血縁や政治的配慮と銘打った不合理や、汚職をした政治家に明確な贖罪を突きつける。桐生の上司が昔言っていた。「おいたが過ぎる政治家共にお灸を据えるのが仕事だ」実にわかりやすい。才能に恵まれず特殊業務にはつけなかったがそれでも桐生は満足している。本物の歯車になれるほど、桐生の脳は怠慢ではない。


 考えることは自由だ。人は自分の世界があれば、それだけで生きていける。


 

 数時間車を走らせると、途端にパチンコ屋のネオンが網膜を焼いた。地方都市特有の色あせた看板を光彩が彩っている。都市と自然の隣接する歪な世界。地面をコンクリートで覆い、自然を排斥する人為の構造物。どうやら人は死ぬことでしか自然と調和できないらしい。



 フロントガラス越しに月が見えた。街中の月はあの山道を照らしていたとは思えないほど小さく見えた。


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