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蟲の皇子  作者: 雨竜秀樹
第1部
5/31

第5話 ダークエルフの金銭感覚

世界には多種多様な言語が存在しており、さらに種族間でも固有の言語がある。

広大な砂漠一帯を支配する大帝国の基本言語はバラミア語であり、エルカバラードに住んでいる人間ならば誰でも話すことはできる。小国家群のエヌム語も多く使われており、基本的にこの2つの内、どちらかを習得していればこの大陸内では話すのに苦労しないだろう。他にも主要な言語としてアマツ語やコンロン語などがあるが、これはどちらも話す程度ならば何とかなるが、読み書きとなると難度が高い。

それ以外にもマイナーなアルキア語や古エルヴィア語など、一部の地域でしか使用されていない言葉も存在する。基本的に、多種多様な文化が交じり合うエルカバラードでは、子供のうちに何ヵ国かの言葉は喋れるようになっているのが普通だが、オークやトロールなどの場合はバラミア語しかしゃべれない時もある。

         ―― メモ書き:エルカバラード在住の学者見習い ――

 イヴァが目を覚ましたのは太陽が昇る少し前である。

 天蓋付きの豪華なベッドには、イヴァの他に2人の愛玩奴隷がいて、彼女たちはまだ安らかな寝息を立てている。深夜遅くまで「遊び」をしていた為、睡眠時間は数時間程度であったが、ダークエルフの少年には十分であった。


「ん~っと、今日の会談は12時。その前に、ペルセネアの服とか調達しなきゃいけないから……」


 イヴァがベッドから出ると、


「おはようございます。イヴァ様」


 と主人の目覚めを待っていたザハド老が頭を下げる。

 彼の背後には数人の召使いと兵士、そしてペルセネアの姿があった。


「やあ、ザハド。昨日捕まえた暗殺者は、なにか喋った?」

「残念ながら、まだです」

「そっか、意外に根性があるね。明日の朝までに喋らなかったら暗殺の実行犯ってことで死刑にしちゃっていいよ。もし有益な情報を話すようだったら、真偽を確認してね。本当なら鞭打ちの後でエルカバラードから追放、嘘だったら蟲の餌にしちゃって」


 召使いたちに服を着せ替えられながら、イヴァはテキパキと指示を出す。


 ダークエルフの少年の衣服は、広大な砂漠を領地とする大帝国の身軽な民族衣装で、紫を基本に精緻な金の刺繍が施されている。刺繍は様々な小国が乱立する西方の都市国家から集めた紋様に大幅なアレンジを加えており、エルカバラード独自の味のあるデザインとなっていた。

 頭には不死鳥の羽飾り付きの豪華なターバン、腰には宝石が散りばめられた鞘に収められた小さな曲刀(ジャンビーヤ)、懐には蟲籠代わりの宝石箱がいくつか、他にも手や足にはキラキラと輝く装飾品の数々がつけられる。


「どうかな?」


 イヴァはくるりと一回りして、ペルセネアに感想を聞く。


「似合っている。まるで蟲が花に擬態しているようだ」


 アマゾネスの奴隷戦士は思ったままの感想を口にする。

 その言葉を聞き、老執事は顔をしかめて、召使いたちは怯えたように顔を見合わせたが、評価を受けたダークエルフの少年は満足そうな笑みを浮かべた。


「ありがとう。さて、朝食にしようか」


 イヴァはペルセネアを横に招き寄せてから、食堂に向かう。


 黄金宮殿には食堂が6つある。

 イヴァ個人が使用する朝食・昼食・夕食用の3つと、来客用に2つ、最後の1つは使用人用の大食堂である。


 朝食を食べる食堂は黄金宮殿で一番見晴らしの良い場所に作られており、太陽に輝く宝石のような海を見ながら食事を楽しめるのだ。太陽が本格的に昇る少し前であれば、海水から生まれた霧に包まれたエルカバラードを一望することもできる。その時は、砂漠の都がまるで空の上にあるかのような錯覚をしてしまうだろう。


 食堂に入ると、昨日は姿が見えなかった愛玩奴隷4人の内、2人がいた。

 彼女たちはダークエルフの少年に頭を下げるが、その瞳に冷たい憎悪の炎が宿っているのをペルセネアは見逃さなない。


「大丈夫だよ」


 ペルセネアが警戒心を見せたのを察知したのか、イヴァは制するように言った。


「彼女たちはボクを殺しに来たんだけど見事に返り討ちにあってね。今は愛玩奴隷にしている最中なんだ」


 よく見れば2人の首には、犬猫がつけるような名札付きの首輪がある。

 ペルセネアには読めない言葉であったが、それは名前ではなく「敗北騎士調教中」「人妻魔法使いお仕置き中」という文字であった。


「まあ彼女たちのことは後で説明するとして、それよりもザハドのことを紹介するね。ああ、もちろん食べながらでいいよ」


 イヴァはペルセネアに食事をすすめる。

 召使いたちがテーブルの上に出来立ての料理を次々と置いていき、アマゾネスの奴隷戦士は遠慮なく口に運んでいく。


「昨日はいろいろあって紹介できなかったけど、ザハドはボクの執事……、大臣、城代とか、家老って言えばいいのかな? まあ、この黄金宮殿の管理運営をしている人だよ」

「よろしく頼む」


 ペルセネアは食事を続けながら言った。

 ザハドは笑顔を浮かべようとしたが、あまりにマナーのなっていない姿を見て、浅黒い肌のこみかめに青い静脈が怒張する。


「財政管理も任されております。無駄な支出を出さぬように、損失を埋めるように努めております」


 老執事は怒りを飲み込んで軽く頭を下げた。

 地位で言えば、奴隷戦士であるペルセネアよりもザハドの方が上位である。だが、ザハドの主人であるイヴァがペルセネアを客人のようにもてなしているので、彼としてもペルセネアを奴隷や召使いと同じように扱うわけにもいかない。


 ただし、何もせずに頭を下げているだけではない。

 ザハドはイヴァの方を見て、ペルセネアに理解できないようにアルキア語に切り替えて問う。


「イヴァ様、ペルセネア殿に護衛をさせるのも結構ですが、それだけでは5000万リエルの損失を補填できません。彼女にピッタリの仕事がありますので、イヴァ様が黄金宮殿にいる間だけでも、彼女に仕事をさせてみるのはいかがでしょうか?」

「ダーメ」


 イヴァは大粒の葡萄を愛玩奴隷の口移しで食べ終えた後、老人の意見を却下した。怒りに震えながらも瞳をうるませる愛玩奴隷の姿を見ながら、言葉を続ける。


「君の言う仕事って、娼館ギルドの紹介で、彼女の一夜の所有権をオークションにかけることでしょ? それじゃあ、せっかく手に入れて磨いている宝石に傷をつけるようなものだよ」


 ダークエルフの少年はそう言って、もう1人の愛玩奴隷を軽く愛撫する。淫らな喘ぎ声が食堂に響き渡るが、ザハド老やその他の召使いや厨房にいる料理人、警備兵は全く気にしない。こういった光景は日常茶飯事なのである。

 唯一、この朝の風景が初めてであるペルセネアだが、彼女も気にすることなく、何杯目かの空豆と平豆を煮込んだスープをおかわりしていた。


「ですが昨夜の報告によりますと、他でアマゾネスを買い取った商人の何人かが、オークションに出品して、最低でも1800万、最高で4300万リエルの値がついたとのことです。たった一夜でそれだけの稼ぎなのですよ?」

「みんな、くだらないことにお金出すね~」

「アンタが言うな! いえ、失礼いたしました。ですが実際問題、あの奴隷戦士には、支払った分の代金に見合う金額を徴収しなくてはならないと思います」


 奴隷を買った者は、普通は奴隷を働かせる。

 どのように働かせるのかは、その奴隷の特徴にあわせたものになるのだが、基本的に買う時に支払った以上の利益を得ようとするだろう。

 イヴァのように愛玩奴隷として飼う方が少数派である。


「わかったよ。ボクがペルセネアに今日から30日以内に2000万リエルを稼がせる。もしもダメだったら、その時は客を取らせるなり、ザハドの好きすればいいよ」

「言っておきますが、イヴァ様が金品を下賜してはなりませんぞ」

「わかっているよ。そんな子供みたいな真似はしないって。だからザハド、この件に関しては、それ以上言うな。少なくとも、30日経過するまではね」


 ザハドは何も言わずに深々と頭を下げる。

 金銭感覚の麻痺している主人ではあるが、金を集めるのもうまい。商才があるとか、計算ができるとか、商人的な才能はほとんどないのにもかかわらず、ここ一番の博打のような勝負にはめっぽう強いのだ。

〝蟲の皇子〟イヴァは街の有力者から地位は与えられたが、今の財産は自らで築き上げたのである。少なくともザハドは、自分のような堅実な男では、僅か15年の歳月で、今現在黄金宮殿の金庫にあるほどの財宝を貯めることなど不可能だと考えている。


 これらの財宝は戦場を駆けずり回り、敵地から略奪したわけではない。

 それよりももっと危険な、刃の上を素足で歩くような冒険と賭け事、謀略により手にしたものである。嘘や裏切りが嫌いなイヴァが今も生き残っているのは、奇跡といっても良いだろう。

 利権をめぐり争った相手の中には、ダークエルフの少年よりも力のある者もいたし、頭の良い者もいた。弁の立つ者もいたし、卑劣な者もいた。その間、裏切られたことや騙されたことも一度や二度ではないのに、結果的にそのすべてを退けて、イヴァは今の財産を手にしたのである。


 そんなダークエルフの少年の欠点は、財産の維持能力がない点である。

 ザハド老がいなければ彼はエルカバラードの領主ではなく、冒険者か賭博師として生計を立てていたかもしれない。


(とはいえ、今回の金を稼ぐのは、あの奴隷戦士)


 ザハド老は値踏みするようにペルセネアに視線を送る。

 なるほど、見たこともない美しい女であるし、話を聞く限りは相当に腕が立つようでもある。しかし、それほどの大金を30日で稼ぐことができるのだろうか?


 老執事は目を閉じて少しの思索に(ふけ)る。


 2000万リエル。

 一般的な兵士の月給が100リエルに対して、ザハドは2万リエルである。これは中々に高級取りであるが、その月給が小銭に思えるほどの金額である。

 少なくとも、個人で稼ぐ金額ではない。


「……ってわけだけど、ペルセネアもそれでいいよね?」

「わかった。2000万だな」


 アマゾネスの奴隷戦士は食後の火酒を飲みながら、簡単に了承した。


「い、イヴァ様?」

「ボクの奴隷だから、ペルセネアには決定権はないけど、それでもやるべきことはちゃんと伝えなきゃいけないからね。ああ、ザハド、ボクがお金をあげたりはしないけど、手助けするくらいはいいよね? だって彼女はボクの奴隷なんだから」


 ニコニコ笑いながら、イヴァはそう言ってワインを飲み干した。

 ザハドは主人の正気を疑う。そんな無理難題をまともに果たすよりも、逃げ出すほうが容易いと考えるだろう。このエルカバラードの住民でなくとも、昨日今日で忠誠を誓った奴隷も変わらない。

 具体的な金額は伏せて「大金を稼げ」とでも命令すれば良いのに! と、ザハドは思ったが、口出し無用と言われた手前「お好きにどうぞ」としか返事ができなかった。



  ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 朝食を終えた後、イヴァはペルセネアの服を選ぶために市場に向かう。

 わざわざ出歩かずとも黄金宮殿に商人を呼べばよいのだが、都市案内も兼ねるとダークエルフの少年はアマゾネスの奴隷戦士を伴って出て行ったのである。

 今回は買い物だけなので、護衛の軽歩兵を20人ほど引き連れることにした。


 暗殺者などが襲ってくるなどの危険もなく目的地にたどり着いた。大人数に護衛されているとチンピラなども絡んでこないので、イヴァは少々退屈であった。彼らとの喧嘩(コミュニケーション)も、この街の情報収集として役立つのである。


「まあまあ、イヴァちゃん! 今日は何を買って行かれるの? あたくし、アナタにと~ってもお似合いな服を作ってみたんだけど」


 石とレンガで作られた服飾店に入るなり、クジラのような巨漢の中年女がイヴァに歓迎の抱擁をする。


「やあ、マダム・ヘクド。今日はあんまり時間が取れないんだ」

「あらそうなの? ざんねんだわぁ~」

「必要なのは彼女の服で、なるべく動きを阻害しないやつをお願い」


 マダム・ヘクドと呼ばれた女性は「わかったわ」と、甘ったるい声を出した後、イヴァを解放して、代わりにペルセネアの手を取った。


「あら? あなた、人間じゃないわね。人間に近いけど、筋肉のつき方が違うわ。ひょっとして別種族なのかしら?」

「アマゾネスだ」

「まあまあ、そうなの? アマゾネスのお客様は初めてお会いするわ。わたくしはヘクド、皆からはマダム・ヘクドと呼ばれているわ」

「ペルセネアだ。よろしく頼む」


 話しながらも、マダム・ヘクドはペルセネアの採寸を測り始める。

 さらにイヴァとペルセネアが衣服に関する注文を言うと、


「本当なら一から作るんだけど、急ぎなのよね? なら今あるものから少し手直しするだけになるんだけど、ちょっと待っていてね」


 マダム・ヘクドは体格からは想像できない俊敏さで、店の奥に移動した。


「彼女が持ってくる中から好きなのを選んでいいよ」

「ザハド殿が怒るような値段ではないだろうな?」

「80,000リエルくらいだから、大丈夫だよ」


 ちなみに下層民や奴隷などが着る布服や作業服は0.02リエル(※下層民はリエルよりも価値の低いデナンと呼ばれる銀貨で取引することが多い。またこれ以外にも多種多様な通貨が存在してはいるが、エルカバラードではリエルが共通通貨としての地位を獲得している)。中流階級の人間が着る衣服でも10、兵士が着る鎧の中で軽装の革鎧は50、中装の鱗鎧1,200、重装の鋼鉄鎧60,000である。

 なので常識的に考えて、衣服1つに80,000という値段はありえない。

 ただし、特別な素材で作られた衣服となれば話は別だ。


「簡単に手直しできそうで、貴女に似合いそうな服はこんなところかしらね」


 マダム・ヘクドはそう言って、黒い肌の屈強な労働奴隷に服を持ってこさせた。いや、服というよりも水着や下着といったほうが良かったかもしれないが、イヴァとペルセネアのお互いが妥協できる布地の少ないものである。


「これはルーン・バジリスクの革を基本に作っているわ。砂漠に住む石化や毒を持った魔物を相手にするならお買い得だと思うけど、魔法の力を増幅させる効果はアマゾネスには不要なものではあるかもしれないわね。こっちはロイヤル・ユニコーンとクエスティング・スフィンクスの革を重ねて作ったもので、治癒力の上昇と呪い返しの力があるわ。丈夫さも十分だしお勧めなんだけど、少し値が張るわね」


 次々と商品を紹介する。

 マダム・ヘクドは魔獣種や幻獣種など怪物を材料に使った衣服を作る専門家であり、このエルカバラードでは一番の職人だ。


「少し触らせてもらってよいか?」

「あらやだ、私ったら話してばかりで、ごめんなさいね。もちろんよ! 触るだけじゃなくって、是非着て見てちょ~うだい。試着室はこっち♪」


 女主人は上機嫌で、アマゾネスの奴隷戦士を招き寄せる。

 ペルセネアは労働奴隷の持つ服の肌触りを確かめながら、不快感のないものを選び出す。そこからさらに実際に試着して動きにくいものを除外すると、最初は何十着もあった候補も5着ほどに絞れた。


 シー・ドラゴンの鱗水着、ブラック・ヒドラとエルダー・マンティコアの革鎧、カラミティ・ナイトメアの鬣とホワイト・ジャガーの皮で作った下着、アイランド・タートルの甲羅とブラッド・ケルベロスの骨を削って作った骨鎧、海魔と呼ばれるクラーケンの触手を加工した触手鎧である。


「えっと値段はそれぞれ79,000、92,000、81,500、83,400、95,000だけど」

「それじゃあ、全部もらおうか」

「全部で……430,090だけど、イヴァちゃんはお得意様だから400,000にまけてあげるわ。その代わり、今度デートしてちょうだいね♪」


 ウフッと、クジラのような巨漢の女はウィンクをした。

 ダークエルフの少年は無邪気な笑顔を浮かべて「ありがとう、マダム・ヘクド。今度、『水晶の虹』に行こうね」と言った後、頬に軽いキスをする。ちなみに、「水晶の虹」とは高級料理店であり、やはりと言うか高額である。


「手直しの必要がなさそうなのは、シー・ドラゴンの鱗水着だけど、着ていく?」


 マダム・ヘクドはペルセネアに問う。

 アマゾネスの奴隷戦士は首を縦に振り、その場で手早く着替えた。


 イヴァの護衛として一緒に来ていた軽歩兵たちは、暫くの間その光景が忘れられなかったという。



  ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 そしていよいよ〝蟲の皇子〟イヴァと〝海賊卿〟の会談する時間がやってきた。

 相手を刺激しないようにと、ペルセネア以外に連れているのは軽歩兵5人である。太陽の日差しが降り注ぎ、最も暑くなる正午ということもあり、軽歩兵は鱗鎧を着ておらず、肌を隠す砂漠の民族衣装を着ている。

 だが、日差しに強いイヴァとペルセネアは肌を見せた薄着だ。


 イヴァは港を訪れて、停泊している巨大な武装商船の前に来る。

 彼らは海の上では自他ともに認める海賊ではあるが、港町につけば商人であると名乗り、自分たちはまっとうな仕事をしているかのように振る舞う。未だに辺境部を荒らす海蛮族(ヴァイキング)とは違うと考えているのだ。

 とはいえ襲われる側からすれば、海の上で襲われるか、海岸で襲われるかという違いしかない。


「領主のイヴァだよ。ギルドマスターに会いたい」


 連絡役である海賊を見つけると、イヴァはそう告げた。

 海賊――というよりも兵士の風格を漂わせた男は、ダークエルフの少年を見ると、頭を軽く下げる。


「お話は伺っております。どうぞこちらへ」


 そう言って、案内役の男は巨大な武装商船に向かうための小舟に案内した。

 全員が小舟に乗り終えると、案内役の男は手慣れた様子で舟を漕いで、武装商船の近くまで来る。案内役は何やら手信号で合図を送ると、武装商船から縄梯子が降りてくる


「どうぞ、足元にお気をつけ下さい」


 と、案内役の男は言った。

 イヴァは最初にペルセネアを登らせ、次に自分が、そして残りの軽歩兵たちが縄梯子を登る。全員が登り終えると、案内役の男は小舟を漕いで別の場所で何やら手信号を送った。おそらく、小舟を回収するなんらかの機能があるのだろう。


「ようこそ、『フレイミング・リーヴァー』号へ。歓迎するよ」


 銀に近い白い髪をなびかせながら、長身の男はそう言った。

 浅黒い肌、血のように赤く輝く右目、尖った耳とダークエルフの伊達男は大仰に一礼する。

 彼の背後には、まるで鍛えぬかれた軍隊のように直立不動の姿勢を保つ海賊たちが控えている。腰には曲刀(ショーテル)より大きな半月刀(シャムシール)を下げており、マスケットと呼ばれる新しい時代の武器を肩にかけている。


 静かな威圧感を放つ海賊たちに、軽歩兵たちは怯えたように顔を見合わせるが、イヴァとペルセネアはさほど気にした様子はない。

 イヴァは一歩前に進み出てから、古いエルフ語の一つである古エリシュアン語で言う。


「久しぶり、大きくなったね。アデルラシード」

「そちらは相変わらずのようで、元気そうだな。クソジジイ」


 柔らかく微笑むイヴァと野性的な笑みを浮かべるアデルラシード、この2人の会話を理解できるものは、この場にはいなかった。





エルフ種の年齢を他種族が見分けるのは困難であるが、エルフ種同士であれば、彼らは互いがどの程度の年齢であるか本能的に理解できるのだ。少なくともどちらが年上かというのは確実に理解できる。これは、エルフ種の本能というべきものであるかもしれないが、詳細を調べるにはもっと研究が必要である。

とりあえず、今週中には実験台が届くので楽しみに待つことにする。

         ―― 不死を求める魔術師の日誌 ――


P.S.

族長、この日記の所持者は始末いたしました。また、同胞を使った実験に関しては、関わった者、実験施設を含め、すべて灰燼としましたのでご安心ください。今後、仲間とともに帝国領に入り、同種の実験を行う祭祀団のアジトに向かいます。

         ―― 魔炎使いのエルフ、サハルサルマーの手紙 ――

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