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蟲の皇子  作者: 雨竜秀樹
第1部
25/31

第25話 闇夜の取引

 悪の根源より、邪悪なる3つ首の竜が生み出された。

 邪竜の吐き出した瘴気は、一夜にして豊かな大地を砂漠にする。

 竜を討伐しようと数多の英雄が挑んだが、竜は傷を受けるたびに毒蟲を生み出して更に世界を蝕む。

 竜は天を覆うほどの巨大な翼を広げて空を飛び砂漠を広げるが、1人の乙女が命を捧げて、邪竜を異界に放逐した。

 乙女を讃え、砂漠の民は都を作った。

 砂漠の都エルカバラード。

 豊かな大地と死の砂漠、2つの世界が混じり合う場所。


       ―― エルカバラード 忘れられた伝承より ――



 盗賊ギルドの会議内容は秘密裏に行われており、イヴァの蟲を使った情報網でさえも、中の様子を知ることはできなかった。しかしエルカバラードにおいて、情報の空白地帯ができたという時点で〝蟲の皇子(ヴァーミン・プリンス)〟は十中八九、自分が話題の中心であると考え、すぐさま手を打つ。


 まず黄金宮殿の警備強化。

 次に協力者達への警告。

 最後は攻撃準備である。


 イヴァの考えが正しいことを示すように、盗賊ギルドのメンバーが貧民街の一角に集結して、富裕層の暮らす地区に押し寄せる準備を始めていた。権力争いの行末は、貴族であろうと盗賊であろうと変わらない。

 敵対者を始末する大規模な抗争が、いよいよ表面化しようとしていた。


「元々、誰もがある程度の予想はしていたのでしょう。エルカバラードから逃げる者は多くはありませんな。それでも商業区画からは活気が消え、まさに火が消えたような状態です」


 老執事であるザハドは伝令達のもたらした情報を総括して、主人に伝える。

 普段は活気のある市場からは人と物が消え、その代わりに盗賊ギルドの下っ端と商人の護衛が互いを牽制している。

 小さな衝突が起きれば、すぐにでも大規模な暴動に発展しかねない状況だ。


「あんまり長引かせるのは良くないよね。人と物が動かない街なんて廃墟と同然だもの」

「はい」


 ザハドは同意したが、表情はすぐれない。

 その理由は、これから主の行おうとしている作戦内容を聞かされているからだ。


「イヴァ様、やはり考え直してはいただけませんか? 我らは黄金宮殿で守りに徹し、その間に海賊ギルドに横から突き崩すように頼めば……」

「ダメだよ。そんなこと頼んでみな。〝海賊卿〟アデルラシード――あの坊やは喜々として、ボクらと盗賊ギルドが共倒れするまで高みの見物を決め込むさ」


〝海賊卿〟は下手に頼ることができない抜け目のない同盟者だ。

 少なくとも今回の大抗争で、こちら側から積極的に力を借りる訳にはいかない。と、イヴァは考えている。


「闘技場の主ムラードから返事は来た?」

「はい、全面的に協力するとの書状が来ましたが……信頼できますかな?」

「彼の恐怖心は信用できると思うよ。少なくとも暫くの間はね」


 イヴァは艶やかな笑みを浮かべた。

 言葉にはしなかったが、ムラードは運が良い。あの〝蟲の皇子〟の姿を見て命があり、正気を保っている者は片手の指で数えられるくらいしかいないのだから。


「イヴァさまぁ~、鍛冶職人ギルドは協力してくれるみたいですよぉ」

「報告は受けているよ。キリィ、ご苦労様」


〝蟲の皇子〟と老執事の会話に入ってきたのは、密偵の娘キリィであった。

 奴隷オークションの間、鍛冶職人ギルドに潜んでいるスレヴェニアの間諜を洗い出すように命じられていた少女は、その任務を忠実に果たしている。


 鍛冶職人ギルドの徒弟に変装していた間諜たちは、奴隷オークションの騒動に一枚噛んでおり、そこからキリィの手によって芋づる式に正体を暴かれた。

 鍛冶職人ギルドは間諜たちの処遇を自分たちに一任する代わりに、今回の騒動で〝蟲の皇子〟に味方することを約束している。


 具体的には、武器や防具、その他消耗品などの格安で適用してくれるのに加えて、ドワーフの傭兵部隊を期間限定で貸し出してくれるというものだ。


「拠点防衛には、ドワーフほど頼りになる種族はいないからね」

「契約書も確認しましたが、不備な点は見当たりませんでした。彼らが裏切る心配は万に一つもありませんぞ。この戦いが終わるまで、黄金宮殿は難攻不落の要塞と化すことでしょうな」


 ザハド老は主人に契約書を渡す。

 びっしりと細かい文字で、難解な表現の――見ているだけで頭が痛くなりそうな文章が並んでいる。

 ダークエルフの少年は軽く目を通して、ふと思い出した様に尋ねた。


「裏切りと言えば……内側にいる者はどうなっている?」

「一通りの洗い出しは終わりました。黄金宮殿に勤めている者だけでも30名はおります。その内、盗賊ギルドとの内通者は17名。いつでも拘束できますが……、ここは今少し泳がせて、連中に痛撃を与える餌にする方がよろしいかと思います」

「考えがあるなら、君の良いように。ザハド、ボクがいない間――黄金宮殿の守備は一任するよ。もしもの時は、対処を任せるからね」

「承りました」


 常に裏切りの危険が付きまとうエルカバラードにおいて、ここまで信頼することができる相手がいることは、イヴァにとっては僥倖である。


「いいなぁ~」


 ダークエルフの少年とベリシュナ人の老人の間にある絆を感じて、密偵の少女は羨ましそうな声を出した。

 愛とか、友情とか、忠誠とか、信頼とか、悪徳の都においては、どのような宝石よりも貴重なものである。もちろん、悪徳の都以外でも貴重なものには違いないが、希少性という意味で何よりも珍しいものなのだ。


「キリィ、君にも期待していることはあるよ」


 イヴァは真紅の瞳に邪な色を浮かべて、従順な少女の耳元で何かを囁く。


「わかりましたぁ。任せてください」


 主人の言葉に含まれた意味を理解して、娘は楽しそうな笑みを浮かべた。


「外はどうなっている?」

「はい、外の守りについている〝盗賊騎士団(ロバーズ・ナイト)〟は名目上、盗賊ギルドの所属です。しかし、団長の性格からして市街戦を行うことはないでしょう」


〝盗賊騎士団〟とは、エルカバラードの密輸品を護衛する武装盗賊のことである。ラクダに跨り、一振りの半月刀(シャムシール)と二挺の馬上筒(ピストル)で武装した彼らは、軽装銃騎兵あるいは強襲偵察騎兵と呼ばれる兵種であり、無法者だ。


〝盗賊騎士団〟はその名にふさわしく密輸品の運搬を始めとして、金がありそうな相手を見れば、頼んでもいないのに警護を行って、護衛料を請求する。もしも支払いを拒否すれば、盗賊から強盗に早変わりする厄介者であるのだが、困ったことに砂漠での小規模戦闘集団としての実力は、アルアリード大陸で一、二を争うほどである。


 ザハド老の言った通り、名目上は盗賊ギルド所属なのだが、エルカバラードの外回りを行っている関係上、盗賊ギルドとの繋がりは薄く、実質独立勢力のようなものだ。


 ちなみに〝盗賊騎士団〟の団長も変わり種であり、元々は西の小国クローヴェの騎士であった。ところが15年前のエルカバラード占領時に、主人が無辜の市民を虐殺するのを目の当たりにして、その場で忠誠の誓いを撤回した。その後すぐに、元の主人を斬り殺すと、手勢を引き連れてエルカバラード側に立って戦っている。それゆえエルカバラードの市民からは一定の支持を得ており、逆に西の国々からは卑劣な裏切り者として高額の賞金がかけられている。


 この時、団長に従った騎士たちが母体となり、それに加わるように恩義を感じたエルカバラードの市民や盗賊ギルドから派遣されてきた者、西の国から追放された騎士などが寄り集まって〝盗賊騎士団〟が生まれたのだ。


 押し込み強盗ならぬ押し込み護衛という性質上、まっとうな集団ではないのだが、エルカバラードの内部で渦巻く悪意と比べれば可愛いものである。

〝盗賊騎士団〟が結成された理由を知る者から見れば、彼らが悪徳の都を略奪するのに加担するとは考えないだろう。


「けどまあ、盗賊ギルドからは今まで有形無形の支援があるからね。義理立ててボクらに協力してくれることはないよね」

「はい、おそらく中立を保つかと思います。ですが、何かしら手を打つのでは?」

「もちろん! たとえ無駄になったとしても、やらないよりは良いことなら、やっておかないとね」


 イヴァはそう言って封のした書状を一枚取り出すと〝盗賊騎士団〟に届けるように命じる。


「軽騎兵隊の1つを向かわせてね。もしも途中で盗賊ギルドの人間に捕まったら、手紙を渡してもかまわないから」


 書状の内容自体は、それほど重要度は高くない。もしもこれで盗賊ギルドの目を少しでもそらすことができれば幸いである。


「それでも万が一にも〝盗賊騎士団〟がエルカバラードに襲いかかるようなら、蟻の軍団(フォルミカ・レギオン)を差し向けていいよ」


 切り札を使う許可を得て、ザハドは少々悩んだ。だが〝盗賊騎士団〟に対抗できる手が他にないと考えて、うやうやしく一礼する。


「それならば問題ありませんな。後もう1つの脅威に関する報告があります。帝国の斥候部隊を幾つか確認したとの連絡を受けておりまして、こちらは急ぎの脅威ではありません。ですが、今回の混乱が長引くことになれば、帝国の介入を許すことになりましょう」


 老執事の忠告に〝蟲の皇子〟は承知しているとばかりに頷く。


「盗賊ギルドを相手にしながら、帝国の軍隊とは戦いたくないね。大丈夫、手早く終わらせるよ」


 そう言って、イヴァはペルセネアに声をかける。

 老執事と少女密偵も、女蛮族の方に猜疑と不安、そして僅かばかりの期待と嫉妬が混ざりあった視線を向けた。

 ザハドは指揮や雑務処理能力に優れ、キリィは情報操作や撹乱能力に優れるが、ペルセネアのような直接的な暴力はもっていない。

 それゆえ、今回の本命とも言える作戦から外されている。


「それじゃあ、ペルセネア。〝美食家(グルメ)〟との待ち合わせ場所に向かおうか」

「ああ、承知した」


 ここまで沈黙を守っていた女蛮族は半月刀の柄に触れると、黄金の瞳に獰猛な色を宿して応じた。



  ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



〝美食家〟は蛇腹を動かしながら、砂漠の都――その中でも治安の悪い貧民街を這っていた。


 彼女の着ている砂漠の民族衣装には、風少女(シルフ)水乙女(ウンディーネ)雪娘(ゲルダ)と呼ばれる3つの精霊が加護を与えている。昼間の暑さはもとより、夜の寒さからも身を守ってくれているのだ。


 優れた精霊使いでもある彼女は、更に護衛として少なくとも見えるだけで5体の砂の元素精霊(サンド・エレメンタル)を使役している。砂漠の砂で生み出された精霊の姿は、王墓の守護獣(スフィンクス)のような姿をしている。もちろん、その大きさは虎程度に縮小されているが、その脅威は本物に劣るものではない。


 精霊の護衛以外にも、やはり砂漠の民族衣装に身を包んだ蜥蜴人(リザードマン)も付き従っている。その数は全部で20人であり、ちょっとした規模の集団である。

 彼らの役割には荷物運びとしての役割も与えられており、蜥蜴人が引く荷車には、取引材料である女蛮族たちが載せられている。


「マダム、ココでヨロシイですか?」


 シューシューと息を吐きながら、蜥蜴人がたどたどしいバラミア語で〝美食家〟に問う。


「ええ、どこかの屋敷で取引を行うよりも安全でしょう」


〝美食家〟は魅力的な笑みを浮かべながら、配下の疑問に答えた。

 精霊使いである彼女にとっては、夜風も大地の砂も、すべてが頼れる武器となり、鎧となる。誰にも話していないが、長距離からの狙撃に対抗するように複数の風の元素精霊(エア・エレメンタル)も展開していた。

 長い年月を生き延びてきた彼女の用心深さは並のものではない。


(長く生きる秘訣こそは食事……、いいえ、美味しい物を食べる為に、出来る限り長く生きなくてはならない)


 彼女は食べるのが専門であり、料理の腕も悪くはないが一流には程遠い。

 様々な食材を創意工夫して調理する最高の料理人を雇いたいところであるのだが、そういった技術者はすでに権力者が確保している。

 特に〝美食家〟のような趣味嗜好を持つ者の場合、料理人の数も更に絞られる。それでも探せばいる辺り、この世界の業の深さが垣間見えるのだが、それを語るのはまた別の機会にする。


「やあ、遅れたかな?」

「いいえ、時間よりも早いですよ。〝蟲の皇子〟様」


 食材が来た。

 半人半蛇の妖魔は貪欲な笑みを浮かべて、ダークエルフの少年の姿を見る。


 少年の無邪気さと老人の老獪さの混じり合った長命種の持つ独特の雰囲気、少女と見間違えるほどの愛らしい容姿、自分よりも滑らかで美しい褐色の肌に、銀を溶かしたかのような長い髪、そしてルビーのように赤い宝石のような瞳!


 獲物と認識してから〝美食家〟は少年が愛おしくてたまらなくなっていた。


 やはり食材は、自分の目で見聞きするものだ。と、彼女は思う。

 だが同時に、盗賊ギルドの幹部として、いや長い年月を生き延びてきた妖魔としての本能が警告を発している。


「護衛は彼女だけですか? いくらでも連れてきて良いと言いましたのに……」


〝美食家〟は思った疑問を口にした。

 イヴァが連れてきた護衛はペルセネアだけだ。すぐさま念を飛ばし、上空に待機させていた風の元素精霊に隠れている者はいないか捜すように命じた。だが、隠れている者は見つからない。

 盗賊ギルドの情報網には、イヴァの配下に名うての暗殺者は存在しなかったはずであり、暗殺者ギルドと接触したとの報告も受けていない。


「どうだろうね?」


〝蟲の皇子〟は曖昧な答えを返す。


「そちらの女蛮族が強いのは承知しておりますが、私自身と精霊に護衛、この数で押せば、貴方の命を奪うこともできると思いますよ」

「盗賊ギルドの情報網なら、ペルセネアが〝海賊卿〟から受け取った魔法の半月刀を持っているのは知っているよね? 君のご自慢の精霊も容易く斬り伏せられるだろうし、君自信の命だって奪える」

「盗賊ギルドとしては、私の命と貴方の命のトレードなら、不足はないですね」

「君が命を捨てるほどに、盗賊ギルドに忠誠を誓っているとは知らなかったよ」


 ダークエルフの少年は老獪な笑みを浮かべて、ラミアの脅しを払いのける。

 これはハッタリに近いものであったが、イヴァの読み通り、〝美食家〟は場合によっては命を懸ける程度の忠誠心はあるが、命を捨てるような忠誠心はない。

 命を懸けるのと、命を捨てるのでは、豊穣の大地と乾いた砂漠くらいの差がある。


「いいでしょう。互いに命を握っている状況で、本来の取り引きを行いましょう」


 互いに主導権を握ろうと舌戦を行うが決着はつかない。

 それゆえ〝美食家〟は妥協案を提示した。


「こちらが用意するのは、食べかけのアマゾネス2人」

「対して、ボクの差し出すのは、ボク自身の右耳と右手の親指、右足の親指だね」

「ええ、その通り。ですが、この取引は少々延期していただきたいと思います」

「どういうこと?」


 イヴァは赤い瞳を輝かせながら、相手の真意を見抜こうと問いかける。


「ギルド・マスターから取り引きの場で、貴方を殺害するように命令を受けました。貴方が取るにならないマヌケであれば、その命令に従っても良かったのですが……、どうにも私の思うようにならない状況です」

「つまり?」

「盗賊ギルドを売りましょう」


〝美食家〟の発言に驚いた者はいない。

 イヴァはその意味を何やら考えて、ペルセネアは護衛としての任務を果たすべく警戒を緩めない。一方〝美食家〟に従う蜥蜴人も、盗賊ギルドの意向よりも女主人の意思を優先するようだ。


「ボクが言うのも変な話だけど、大胆で危険な発言じゃないかな?」

「そうでしょうか? 私が見るところ、この戦い、貴方と盗賊ギルドはほぼ互角。ならば私が貴方に手を貸せば、勝利の天秤がどちらに傾くか……」


 妖艶なラミアの言葉に、ダークエルフの少年は問う。


「お値段は? 君の盗賊ギルドへの忠誠心はいくらで買い取れるの?」

「貴方のルビーのような瞳を1つ、前払い……、今この場でください」

「前の取り引きで値切ったのは失敗だったかもね」

「どんな種族でも、手に入らないモノほど、熱くなるものですよ」


〝美食家〟は〝蟲の皇子〟の瞳の味を想像して、蛇舌で唇をペロリと舐める。


「さて、どうしますか? まあ断られたら、この場で殺し合うしかなくなります。仮にそちらが勝利しても、タダでは死にませんよ。イヴァ様か女蛮族か、どちらかには確実に致命傷を与えます。それに取引材料の女蛮族は速やかに死んで貰います。護衛の蜥蜴人には、この場に標的がいるとの伝令を走らせますから、アッという間に囲まれることになるでしょう」


 半人半蛇の妖魔は相手の心を砕くように、相手にとって有利な条件と不利な条件を同時に提示する。さらに並の者であれば、唯々諾々と従ってしまうほどの熱気の入った話し方であった。

 だが、イヴァは疑問を口にした。


「君が約束を守る気ならば、たしかに悪くない取り引きだね」

「最初から嵌めるつもりならば、他の幹部も集めておきますよ」


 これは嘘であった。

 他の幹部は他の場所で、それぞれ必要な役割を与えられている。〝蟲の皇子〟に割り当てることのできる余分な人材はいない。仮にいたとしても、必要以上の戦力は、相手の警戒を生むことにしかならない。そういう意味では、イヴァがこの場に来たのは意外でもあった。


「それは嘘だね。引き連れている以上の手勢はいない」


 イヴァは指摘した。

〝美食家〟の表情は変わらない。ただ、返答を求める。


「それで、どうしますか?」


 相手の返事次第では、この場は即座に修羅場となる。

 ペルセネア以外にも、イヴァには蟲という手札がある。この世界には精霊を好んで食らう蟲も存在している。

〝蟲の皇子〟も当然ながら、その類の蟲を用意しているだろう。だが、〝美食家〟も様々な精霊を使役できる。屋外という条件は、精霊使いにとって有利な場所でもあるのだ。


「実際、君がどんな役に立ってくれるのか、具体的に聞いてもいいかな? それと、こちらからも1つ条件を出させてもらうよ」


 無邪気な少年のような口調でありながら、落ち着いた老人らしく会話を進める。互いに譲歩し、互いに条件を押し付け合う。


 女蛮族であるペルセネアからすれば非常に回りくどいやりとりであったが、互いの望む結果を導き出すには有効な手段なのかもしれない。

 問題はどこまで妥協できるかであったが、時間に関する制限も存在している。


 夜空に煙が上がり、黄金宮殿の方から鬨の声が上がる。


 盗賊ギルドが仕掛けてきたのだ!

 話し合いが遅れるごとに死者が増えていきそうな状況の中で、イヴァは焦る様子も見せずに、いつも通りの無邪気な口調で話を続ける。


「それじゃあ、こちらの条件を伝えるね」


〝蟲の皇子〟の表情には、黄金宮殿の守りを任せているザハドに対する信頼の色があった。






皮肉屋 (シニック)

 盗賊ギルドの経理担当者。

 マイナス状態でさらに借金を重ねる盗賊ギルドを何とか支えている人物であり、変装と妨害魔法の達人にして、錬金術も嗜んでいる稀代の詐欺師。拝金主義者が破滅する姿を見るのが何より大好きな変態にして、妻と娘たちを愛する家庭人。

〝蟲の皇子〟に対して何度か陰謀を企てたことがあるが、すべて失敗に終わっており、憎悪と畏敬が混ざった複雑な感情を抱いている。

 普段はエルカバラードにある娼館の経営をしながら、カモを物色している。

 嘘で塗り固めた人生が妻や娘たちにバレることを恐れているが、実はとっくの昔にバレていることを本人はまだ知らない。


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