第24話 盗賊ギルド
――それで結局、ゲイルは誰に買われたんだ?
――申し訳ありません。奴隷商人ギルドが大量の誤情報を流しており……
――わからんということか、情報部も頼りない。
――閣下、これ以上の介入は不味いかもしれません。穏健派の目もあります。
――わかっている。ゲイルの件はこれで終わりだ。
――了解致しました。
――だが、エルカバラードの動向には注視しておけよ。
何かあった時、すぐに動けるようにしておかなくてはな。
―― スレヴェニア革命政府 過激派幹部の会話 ――
奴隷オークションが終わった後、〝蟲の皇子〟イヴァは奴隷商人ギルドから渡された書類を見せて、ペルセネアに数字を伝える。
「1億1814万2900リエル」
「?」
「手数料を支払った後で、僕達が最終的に受け取る金額だよ」
女蛮族は黄金の瞳に少しばかり驚きの色を宿す。
「億というのは確か、万の上の位だな?」
「うん、そうだよ」
「負けたか」
ペルセネアは少し残念そうに呟く。彼女が買われた金額は5000万なので、倍以上の開きがある。ここまで開くことになった原因は、やはり翡翠解放団のゲイルとレイナの競りが白熱したからだろう。
このあと彼らがどうなるのかは、イヴァとペルセネアが関知することではないが、大金を残してくれたことには感謝しなくてはならない。
「付属物はボクが貰うけど、その代わりにペルセネアには8000万リエルを渡すね。ザハドの口を金貨で塞いであげなよ」
「それはそれでザハド殿が怒るだろう。私を買い取った5000万リエルをいただき、すぐに返す。これで最初の負債はチャラになるだろ?」
処世術に長けた切り返しをする女蛮族に、ダークエルフの少年は「君がそういうのなら、そうしようか」と返事をする。
「しかしザハド殿といえば、今回稼いだ金額を喜ぶよりも、あの人食い蛇との間に結んだ約束に怒り狂うのではないか?」
〝美食家〟と呼ばれる半人半蛇の女妖魔との間に交わした約束は、イヴァの右耳と右足の右手の親指と引き換えに、アマゾネス2人を譲り受けるというものだ。
実際どのような取引が始まるのかはまだ不明であるが、前提条件を聞いただけで、老執事が激怒する可能性は高いといえる。
再生治療が可能とはいえ、多額の代金を支払うことになるだろうし、ある程度の時間も必要だと聞く。いや、それ以前の問題で、従者として主人の身に危険が及ぶことを良しとする性格のようには思えない。付き合いの浅いペルセネアでも、何となくそう思う。
「それでも、欲しいんだよね」
少年は娼婦のような艶やかな笑みを浮かべて答える。
その言葉には〝美食家〟に負けないほどの狂気のような執念が混じっていた。
そんな少年を見て、女蛮族は呆れたように呟く。
「幼少期の人格形成に、何か重大な問題があったのかもな」
「君って、時々難しい言葉使うよね」
そう言いながらも否定しないあたり、イヴァにも自覚はあるのかもしれない。
もちろんこのエルカバラードにおいて、問題のない幼少期を過ごす者の方が圧倒的に少数派である。
「幼少期といえば〝美食家〟も、大変だったみたいだね」
「大変?」
「元々は帝国貴族の奴隷でね。いや、奴隷というよりも肉食魚や小型竜と同じようなペット扱いだったみたい。昏い牢屋に閉じ込められて、食事として与えられるのは人間だけ――彼女の人肉嗜好は、その時に形成されたらしくてね。気がつけば普通の食事は合わなくなっていたみたい。それでまあ、飼い主だった帝国貴族は政変で謀殺されて、餌を与えられずに死にかけていた所を盗賊ギルドに拾われたって話だよ」
〝美食家〟は自分の過去をあまり隠さないので、この程度の情報であれば、酒場で1杯奢れば手にすることができる。もちろん、嗅ぎ回っている奴がいるという情報が相手側にも伝わるので、必要以上に首を突っ込むのは自殺行為である。
「盗賊ギルドは基本的には来る者拒まず、抜ける者許さずだから、それ以来数百年以上--まあ、何度も代替わりしているけど、盗賊ギルドという名前を冠する組織の一員として忠誠を誓っている」
長命種の辛いところで、老衰の存在しない彼らに引退という言葉はなく、一生涯現役であることが求められる。ちなみにこの世界に年功序列制度などは存在しないので、常に実力を示し続けなければ一生涯下働きに甘んじることもある。
「同情の余地があると?」
「同情は強者の特権だよ。ただまあ、大変な人生を送っているって思っただけだ。そして、そんな人物から価値があると言われたのは悪い気分じゃない」
「自分の体が食べられるかもしれないというのに、なんでそんなに嬉しそうなんだ? む、もしやご主人様はひょっとして被虐体質なのか?」
「……君、どうでもいい単語覚え始めたよね」
エルカバラードで数日暮らしていれば、嫌でもこの手の単語は耳に入ってくる。
ペルセネアは勤勉にも、その言葉1つ1つがどんな意味を持っているのか調べたらしい。
「開戦の火蓋を切るにはいい相手だとは思うよ」
「あるいは向こうが先に仕掛けてくるかもしれない」
2人共、取引の前後で戦うことになると考えているようだ。
そして、その考えは間違ってはいない。
イヴァとペルセネアはオークション会場となっていた大聖堂を後にすると、その様子を遠くから見ていた盗賊ギルドのメンバーが何やら合図を出す。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
知恵ある者は皆、何かに悩んでいる。
例えば店の外で警護しているゴブリンの門番は今日の夕食は何にしようかと悩んでいるし、その隣のオーガは馴染みの娼館に顔をだすべきか悩んでいる。
そして店内では、このエルカバラードをどのように支配するか悩んでいる者達が顔を突き合わせている。
「〝蟲の皇子〟との取引場所を押さえればいいだろ。もう謀略や暗殺だの、まどろっこしい方法を取る必要はねぇ」
そう言ったのは若い盗賊ギルドの幹部だ。
人間の青年で――年頃は20前後、短剣一本で若くして幹部まで上り詰めた武闘派だ。そして人望もあるらしく、何人かが彼に同意するような声を出す。
だが、ある程度の人数が集まれば反対意見も出てくる。
「いや、今回の取引を少々修正して、奴と取引するというのはどうだろう?」
「取引?」
「今まで通り、表向きは奴を領主にしつつ、我々が有利になるように……」
「馬鹿馬鹿しい、その段階はとっくに終わっている」
若い盗賊は意見を最後まで聞くことなく話を遮った。話を中断させられた相手は不愉快そうな顔をしたが、若い幹部は気にすることなく、まるで演説するかのように声を大にする。
「俺達がこの都市の支配者になるんだ!」
単純だがわかりやすい。その言葉に賛同の声が上がる。
「そうだ、その通り」
「誰かの影に隠れている時代は終わった!」
「俺たちの時代だ」
熱が上がる盗賊ギルドの若手幹部たちに冷水を浴びせるように、今まで沈黙を守っていた〝美食家〟は口を開く。
「それはつまり、イヴァとの取引を反故にしろってことなのかしら?」
「〝蟲の皇子〟の死体はくれてやるよ。そいつを食うなり、犯すなり、好きにすればいいだろ」
「生で食べたいのだけれども?」
ヒュッンと風を切る音がして、〝美食家〟の喉に短剣の切っ先が押し付けられる。若手幹部は、まるで魔法のような早業で獲物を抜いたのである。
「我がまま言ってんじぇねぇぞ、このアマ! ギルドの存亡と、テメェの趣味と、どっちが大事なんだぁ、ああん?」
台詞はチンピラのそれだが、威圧感は本物だ。
豪胆な者でも肝を冷やすだろうが、〝美食家〟は躾の悪い犬に吠えられた程度の感想しか持たなかった。
「おい、それくらいにしておけ」
頭と呼ばれる中年の男が諍いを止める。
彼は滅多に人前に姿を現さないボスに代わって、現場で指揮をとることが多い。若手幹部も彼には弱いのか「チッ」と舌打ちをして、短剣を懐にしまう。その動作も一瞬で、やはり目で追うことはできない。
「アンタも我慢してくれよ」
頭は〝美食家〟の方に目を向けるが、半人半蛇の幹部は気にした様子はない。
例えあのままだったとしても、何も問題なかったと言わんばかりの態度である。
「実はギルドマスターからの指示は受け取っている。まあ、お前たちの立ち位置も見ておかなきゃならなかったんで、言えなかったんだがな。これ以上黙っていると血を見ることになりそうだから伝えておく」
6年前に起きた血の抗争の末、盗賊ギルドを纏めることに成功した者――ギルドマスターの言葉は重い。少なくとも、その言葉に正面から逆らうだけの度胸がある者はこの場にはいない。
「〝美食家〟は〝蟲の皇子〟を取り引きの場で始末しろ。で、〝喉裂き魔〟は部下を率いて黄金宮殿を襲撃、俺は海賊ギルドの牽制だ」
「〝疫病の従者〟は?」
「奴は〝鼠を統べる者〟の部下を締め上げている。どの程度が、スレヴェニアの手先かわからんが、まあ全員ってことはないだろうからな。〝黒い図書館 〟に任せるわけにもいかん」
頭の言葉に幹部たちも納得する。
ギルドマスターの次に恐れられる拷問官〝黒い図書館〟に尋問されるのは、無残な死を意味する。それならば〝疫病の従者〟の方がいくらかマシだろう。裏切っていたとわかれば死は確実だが、そうでなければ助かるのだから。
盗賊ギルドは血も涙もない残忍な組織であり、お世辞にも賢明とはいえないが、無意味な内部粛清を行うまでには腐っていない。
「他の奴らも要所に睨みをきかせろ。特に奴隷商人ギルドと各神殿からは目を離すなよ。不穏な動きを見せたら、すぐに俺に知らせるんだ」
頭は集まったメンバーに配置先を伝える。
最もこれは保険であり、よほどのことでもない限り問題ないとか考えていた。
「〝蟲の皇子〟を潰して、黄金宮殿を乗っ取ったら、次は海賊ギルドとの総力戦だ。この戦いに勝利すれば、他の組織も文句は言えないだろう」
確かにその通りである。
成功すれば、エルカバラードの頂点に立てるのは間違いない。
だがそれならば何故、今までその方法を取らなかったのか?
理由を、この場にいる何人が考えたのだろうか?
(困りましたね)
半人半蛇の妖魔は豊かな黒髪を弄りながら、どうしたものかと思案することにした。
01回目 2,700,000
02回目 4,400,000
03回目 0
04回目 5,250,000
+獣使いの奴隷5人(男4:女1)
剣歯虎 (調教済み)✕20
大猿 (調教済み)✕20
巨大鰐 (調教済み)✕10
密林蛇 (調教済み)✕5
極楽黄金鳥(未調教)✕2
05回目 720,000
06回目 690,000
07回目 1,880,000
+フェルフェルムの万能薬✕30箱
狼銀の装飾品一式✕10
08回目 7,550,000
+「ユニコーンの白骨亭」の経営権
「髑髏の杯亭」の経営権
09回目 6,200,000
10回目 88,900,000
+合成魔獣✕5
延命用の秘薬✕10
「獣と蛇の館」の特別会員権
売却総額118,290,000
手数料の対象(1回目、2回目、5回目、6回目、9回目)
手数料147,100
獲得金118,142,900
―― 奴隷商人ギルドからの売却目録 ――
追加
3,000,000+領主会議におけるルーミア派閥協力の誓約書
―― P.Sルーミアよりの詫び金 ――




