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蟲の皇子  作者: 雨竜秀樹
第1部
17/31

第17話 オークション会場にようこそ

 連合諸国も帝国も、俺達から奪うことしか考えてねぇ。

 だから、俺達も奴らから奪ってやるのさ。


       ―― エルカバラードの市民 ――


 広大な砂漠の領土を持つ「帝国」と呼ばれる国は、アルアリード大陸に現存するどの国よりも歴史が長い。だが、権力の頂点に立つ皇帝の血族は何度も交代しており、王朝という括りで見た場合、今の「帝国」は新興国となんらかわりがない。

 今の王朝の開祖はハカム・ジャバールという男であり、彼の名前から文字を借り、今の帝国はジャバール朝とも呼ばれている。


 それ以前の帝国はラフマン朝であり、エルカバラードが占領された時に真っ先に逃げ出したことから、交易都市の市民からの評判は非常に悪い。だが3年前、権力体制が一新されたことで、帝国に帰参するべきではないかという意見がでてきた。


 皇帝ハカム・ジャバールは帝国の内乱を終わらせた人物であるし、西側の侵略者に比べたらまだ親しみやすい。

 市民の意見はイヴァも理解できたし、ダークエルフの少年も当初は自分の生活が保証されるのならば「帝国」に領地を委ねても良いと考えていた。


 その考えが過去形であるのは、帝国側の理不尽なまでの徴税を受けたからである。内乱の勝利者となった皇帝は敵対者の領地と財産を没収したのだが、それでもまだ部下に与える領地と報酬が不足していた。それゆえ、内乱の混乱に乗じて東西の富を吸い込んだエルカバラードに目を向けたのである。

 エルカバラードに送られてきた手紙には、地獄の使者でも裸足で逃げ出すような金額が記されており、イヴァを傀儡にしていた影の権力者も思わず目を丸くした。もしも要求金額を支払えば権力者を含めた住民全員が餓死するのは確実であり、影の権力者たちが取るべき選択肢は戦闘か逃亡のどちらかで、逃げ場のない市民の選択肢は戦うしかなかった。

 もちろんこれは皇帝の目論見通りであり、相手を反乱軍とする大義名分を得た彼は自ら軍を率いてエルカバラードに進軍した。


 敵の編成から籠城戦は不利と見たエルカバラード側は野戦による短期決戦を望み、7日7晩の攻防の末、エルカバラードを守り抜くことに成功した。


 皇帝は敵中を突破した傭兵の刃に倒れて、指導者を失った臣下たちは皇帝の後継者を補佐するために帝都に帰還した。たがエルカバラード側も何人もの有能な指導者を失い、軍事力の要であった傭兵軍も壊滅していたので追撃などを行うことはできずに、痛み分けという結果で終わった。


 以来3年間、帝国とエルカバラードの間では散発的な小競り合いが続いている。

 帝都に送った密偵の報告によれば、ハカムの後を継いで皇帝となった息子ハナンバドル・ジャバールは、エルカバラードに対する復讐戦の準備を着々と進めているらしい。


 ちなみにイヴァは帝国軍の奇襲に備えてエルカバラードの守備を担当していたので、この戦争には参加していない。


「まあ、その時の指導者側の生き残りも帝国側の送ってきた暗殺者に殺されたり、病気で死んだり、引退したりで、エルカバラードには殆ど残っていない」


 イヴァはペルセネアの傷の具合を確かめながら、帝国とエルカバラードの関係を教えた。


「ペルセネアの知っている相手だと〝海賊卿〟アデルラシードと執事ザハドくらいかな」

「ほう、ザハド殿が?」

「傭兵たちを指揮して、3倍以上の帝国軍の猛攻を何度も退けたらしいよ。あんまり詳しく話してくれないけどね」


 傷が癒えているのを確認して、イヴァは「よし」と微笑んだ。


「アマゾネスの回復能力あってのことだけど、これで大丈夫。明日から普通に動けるよ」

「すまない。闘技場では失態だった、それに怪我の手当も」


 ペルセネアの危機をオークが知らせに来なければ、かなり危ないところではあったのは確かである。しかし、イヴァは彼女の軽率さを責める気はなかった。


「別にかまわないよ。いや、むしろボクの方こそ謝らなきゃいけない。見通しが甘かったよ」


 闘技場の支配人がアマゾネスを2人も入手している情報を手に入れることができなかったことに加え、ペルセネアの野性的な性格が娯楽を提供する闘技場の気風に合わないことを見抜けなかった。

 イヴァはこれを自分のミスだと思っているので、今回の件でペルセネアに文句をいうつもりはない。


「だけど悪いことばかりじゃない。結果的にアマゾネスを2人もお迎えできたし、他のアマゾネスの情報もいくらか手に入った。それとペルセネアの危機を知らせたオーク――モグザって名前らしいんだけど、彼は君に仕えたいみたい。一応、ボクが雇う形にしておりたけど、かまわないよね?」

「それはかまわない。だが、トルティとテタルナは大丈夫だったかな。けっこう、遠慮なく殴りつけたが……」

「それは大丈夫だったよ。ほら」


 イヴァが指を鳴らすと、甘い喘ぎが聞こえた。


 切り傷を受けたペルセネアよりもトルティとテタルナの方が治りも早く、すでに闘技場の支配人ムラード立ち会いのもと奴隷刻印が譲渡されている。彼女たち自身もムラードに愛着などなかったようで、新しい主人であるイヴァをあっさりと受け入れている。

 ただ受け入れた理由はペルセネアのように「すべては何かの奴隷」という考え方とは違う。トルティとテタルナの場合は「勝者がすべてを手にするべき」という考え方を持っている様子で、それに従うことにしたようである。


 残念なことに2人のアマゾネスはすでにムラードの毒牙にかかった後であったが、ダークエルフの少年は処女性というものにさほど価値を見出していなかったので、ペルセネアと同じように扱った。


 そこで知ったのだが、この2人はペルセネアよりも快楽に対する耐性がなかった。ペルセネアと同量の「聖アルアークの涙」を使ったところ、あっさりと発情期の獣となり、イヴァは遠慮なく美女2人の肉体を貪った。


 今もイヴァは、裸のまま四つん這いになったトルティの背中を椅子代わりに使いながら、同じく生まれたままの姿で給仕をするテタルナの痴態を楽しんでいる。

 彼女たちの身体には「極楽蛭」と呼ばれる親指ほどの大きさの蛭をつけており、ダークエルフの少年が指パッチン(フィンガー・スナップ)を行うたびに微弱な刺激を与えている。


「ふむ、たった1日でここまでとは……」


 体をゆっくりと起こして、ペルセネアは2人の惨状を確認する。


「1日じゃないよ。3日」

「む?」

「ペルセネアが闘技場で倒れてから3日、つまり明日がオークションだよ。まあ、小銭は稼げなかったけど、オークション参加者は金持ちが多く集まったから、それで大金を手に入れようよ」


 ダークエルフの少年はルビーのような赤い瞳を輝かせながら、無邪気に微笑んだ。



  ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 奴隷オークションの会場は、様々な神々が祀られている神殿地区にある建物の中から、最も巨大なアルアーク大聖堂が指定された。


「ふむ、黄金宮殿を超える広さだな」


 傷が完治したペルセネアは、イヴァの護衛として傍にいた。トルティとテタルナの姿もあり、彼女たちも護衛としてすぐ後ろを歩いている。


「翡翠解放団の奴隷だけでも262人もいるし、他にも相乗りする形で何組かの奴隷商人が出品する予定だよ。その奴隷を合わせれば500人以上にはなるし、招待客は100人以上、それ以外にもチケットを購入した客が300人以上、会場警備に100人以上となれば、これだけで1,000人以上の人間が集まるからね。彼らを満足させるスペースも確保しようとすれば、これくらいの広さがほしいよ」

「これだけ広いとは、アルアークとは知らない名前だが、よほど信仰されている神なのだな?」

「いいや、全然」


 ダークエルフの少年は大聖堂が建設された経緯を簡潔に説明する。


 アルアークは秩序・再生・報復・愛欲・支配などを司る偉大な神格であり、対となるハルヴァーの兄神とされている。アルアリード大陸という言葉も「アルアークの物」という意味である。本来であれば主神として大陸全土にその権勢を誇っていても良いはずなのであるが、アルアーク自身に神としての自覚はないらしく、信者に対しても「(かみ)に委ねるな自分で決めろ」「祈るくらいなら手を動かせ」「(かみ)は助けもしないし、邪魔もしない。好きに生きて、好きに死ね」という突き放した教義を掲げており、奇跡や加護などを与えることもなければ、神罰や災厄などを引き起こすこともなかった。


 冒険者などの「自分の道は自分で決める」という独立独歩の精神を持つ者からの好感を得ることはできた。だが、基本的に信者と呼ばれる人種は、神に対して救い、罰、試練などを期待しており、アルアークの教えはその期待を満たすものではなかった。それゆえ信者の数は少ない。


 ちなみに対となるハルヴァーは兄神とは逆に大盤振る舞いであり、不治の病を癒し、死者を復活させ、不老不死を与える。さらには一生かかっても使い切れぬ巨万の富、いかさま的な才能、別次元への知識など、信者に様々な祝福を与えると同時に、与える奇跡に等しい対価を要求して、支払えなければ呪い、祟り、死後の安らぎすら許さぬ破滅を与える祟り神のような存在だ。

 だが、その恩恵は他の神格とは比較にならないほど強い。

 信者たちは少しでも邪神の歓心を引くために布教活動に余年がなく様々な努力を行っており、その甲斐あってか毎年アルアリード大陸における最多の入信者を獲得している。


「そんなわけでこの大聖堂は、ハルヴァー神の歓心を買おうとした信者が建てたものなんだよ」

「ふむ、ではこの大聖堂を運営しているのは邪神ハルヴァーの信者であるのか?」

「うーん、残念ながら違う。数少ないアルアークの信者が運営しているんだ」


 白い髪を揺らしながらイヴァは少し困ったような顔をした後、1人の人物に視線を向けた。


「彼だよ」


 視線の先にいたのは、30代前半の男であった。

 青みがかった黒髪、薄い紫の瞳、健康的な白肌とノルディア人の特徴を持つ人物は、イヴァに気がついたようで柔らかな笑顔を浮かべながら近づいてきた。


「イヴァ様、お待ちしておりました」

「久しぶりだね。ペルセネア、こちらは聖アルアークの最高司祭デフォルミアだよ」


 デフォルミアと紹介された男は、ペルセネアの姿を見て、思わず視線をそらす。


「?」


 ペルセネアは不思議そうに首をかしげるが、イヴァはやれやれと首を横に振る。


「デフォルミア……、まだダメなの?」

「いえ、普通の女性と話す程度には問題なくなったのですが……、そのずいぶんと刺激的な姿をしておられるので……、すいません。鼻をかんできます」


 そう言って、最高司祭は逃げるように立ち去った。


「私の姿に何か問題が?」

「露出が多すぎたかも。もちろん、ペルセネアが魅力的だというのもあっただろうけどね」

「見た感じ、何処にでもいそうな男だったが。先程のご主人様の顔を見るに、それだけの男ではないのだろう?」

「まあね。普段は多く貰った釣り銭を誤魔化すようなこともできない善良な男だけど、必要となれば邪神から表彰状を貰えるほどの悪辣な策謀を行える人物だよ」


 この大聖堂を建てた司祭は、邪神ハルヴァーの愛する兄神アルアークを祀る大聖堂を建てることでハルヴァーの歓心を買おうとした。しかしハルヴァーからの加護は得られなかったので、次は無垢なる乙女10人を生贄に捧げて邪神の歓心を買おうとしていた。アルアーク大聖堂の巡礼に来ていたデフォルミアはそのことを知り、謀略をもって邪神の司祭を除いた。

 まず司祭の配下に「自分だけが加護を得ようとしている」と裏切りを囁かせた後、司祭に「配下が生贄を横取りにしようとしている」と裏切りをほのめかして、その証拠とばかりに生贄となる女たちに口裏を合わせるように指示を出す。

 疑心暗鬼となっている所を、デフォルミアは司祭には配下の、配下には司祭の手のものに見せかけて刺客を送り込み、不信の炎に油を注いだ。

 最終的にハルヴァーの司祭と配下は同士討ちを始めて、生き残った方の後始末にイヴァが呼ばれたのである。イヴァはエルカバラードで、神殿勢力が強まることに少なからず危機感を抱いており、さらに女を生贄にする儀式には反感を持っていた。そこでデフォルミアの策に乗ったのだが、そのあたりまでの運びすべてがデフォルミアの手のひらの上であったことに言い知れぬ不気味さを感じていた。


「けど不気味なのはここから先だ。同士討ちを仕組んだのも、ボクを利用したのもいいよ。だけど一番問題なのは、彼が物質的な得をしてないという点だ。陰謀とか犯罪とかは、基本的に利益を得ることが目的になることなんだけど、デフォルミアの場合は違う。ことが終わった後で、彼自身の用事は済んだとばかりにエルカバラードから立ち去ろうとしたんだ。ボクはてっきり、彼がアルアーク大聖堂を自分のものにするために、今回の陰謀を仕組んだと思っていたからね」


 イヴァは慌ててデフォルミアの後を追い、彼を引き止めてアルアーク聖堂の管理人になるようにお願いした。こんな危険人物は目の届く場所にいてもらわなくては安心して夜も眠れない。

 それ以降、イヴァとデフォルミアの奇妙な関係は続いているのだ。今のところ彼は、最高司祭として過不足なくアルアーク大聖堂を運営している。


「味方になることはないだろうけど、敵に回さないようにしておかないとね。まあ、冒険者と同じだよ」


 イヴァは話しながら、奴隷商人ギルドの用意した貴賓席にたどり着いた。

 少年の代わりにペルセネアが扉を開いて中に入ると、そこはまるで歌劇場の特等席のような場所であった。室内は贅を極めたような装飾が施されており、調度品も素人目に見て価値あるものばかりのように見えた。部屋の中心には豪華な天蓋付きのベッドがあり、獅子や虎の毛皮が毛布の代わりに敷かれている。部屋の端には机があり、できたばかりの極上の肉料理とワインが置かれている。


「ようこそいらっしゃいました。〝蟲の皇子(ヴァーミン・プリンス)〟」


 そう言って、スッの90度の最敬礼をしたのは、濡羽色の髪を持つ美青年である。


「はじめまして。(わたくし)は奴隷商人ギルドより派遣されてきました。今回の奴隷オークションを取り仕切らせて頂くルーミアというものです。短い時間ではございますが、どうかよろしくお願いいたします」

「うん、よろしく。オークションまでは、まだ時間はあるけど少しいいかな?」

「はい、何なりと」

「招待客以外の大物客を教えてもらえる?」


 ルーミアは黄色い目を光らせると「少々お待ちください」と言って、短く物品転移の魔法を唱えると、彼の手に数枚の羊皮紙が出現する。


「こちらになります」

「〝美食家(グルメ)〟、〝疫病の従者(プレーグ・フォロワー)〟、〝鼠を統べる者(ラット・ロード)〟」


 いずれも盗賊ギルドの幹部である。

 ここまで堂々と侵入してくるのを見るに、囮というか陽動のようなものであるが、それにしても目を離すのは危険な人物たちであった。


〝美食家〟は高位の精霊使いで人肉嗜好者(カニバリスト)のラミア。

〝疫病の従者〟は皮膚病を自在に操るイオルコス人。

〝鼠を統べる者〟は鼠の獣人で、肩書通りの鼠使い。


「翡翠解放団の面々もお気の毒に……、けど拷問狂の〝黒い図書館 (ブラック・ライブラリー)〟が来なかったのはせめてもの救いかもね」

「彼らは有名人なのか?」

「悪い意味でね。気分が悪くなるから、どうして有名なのかは聞かないほうがいいと思うよ」


 イヴァはベッドに身を投げだして、寝転がる。


「すでにご存知かと思いますが、オークションの説明をいたしますか?」

「そうだね。3人にもわかるように簡単に説明してあげて」

「はい」


 ルーミアは返事をすると、奴隷オークションのルール説明を始めた。




 極楽蛭は遥か西にある砕かれた大陸で発見された蛭である。

 大きさは人間の大人の親指程度。血の代わりに毒素を吸い、相手の毒素がなくなると、今度は快楽を与えて産卵に適した場所にまで誘導しようとする。

 音に敏感であり、砕かれた大地の住民は特定の音を出して極楽蛭を操っている。基本的に治療目的で使われるが、〝蟲の皇子(ヴァーミン・プリンス)〟は別目的で使用している模様。


       ―― 裏切り者の報告書 ――




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