第14話 次なる舞台のために
・西方国家42の内、主要6カ国。
スレヴェニア――革命により国家体制が一新しても、未だに強国の1つ。
ネリザル――不死者の王侯貴族が支配する毒沼と凍土の大国。
ペルト――アルアリード大陸最大の竜軍を有している軍事独裁国家。
ハルヴェリス――邪神ハルヴァーを崇拝する宗教国。
アライン――世界の海を支配する海賊国家と同盟している島国。
ヴェルム――地下にある大迷宮に挑む冒険者たちによる永世中立国。
―― 西方諸国の歩き方(改訂版) ――
黄金宮殿に帰還したイヴァが〝海賊卿〟から「同盟の件を了承した」という伝言を受けるとほとんど同時に、奴隷商人ギルドの幹部たちが翡翠解放団の面々を売り払う奴隷オークションの場所と日時を指定してきた。
これに対して、イヴァは前者に関してはすぐに了解の伝令を送り、後者に対しては返答を保留する。
イヴァは少し考えた後、スレヴェニア革命政府宛に長距離の秘匿通信を送った。
内容は通商破壊行為を行う翡翠解放団の身柄を捕縛したということ、彼らの身柄と賠償責任の金額として、5,000万リエルを要求するものであった。返答は本日中に行い、拒否あるいは返答がない場合、交渉は決裂したとして翡翠解放団の面々を奴隷として売り飛ばし、代価を支払わせるという注釈も忘れていない。
それに対してスレヴェニア革命政府から「翡翠解放団など知らないが、奴隷などという非人道的な制度は廃止するのが貴国のためである」という返答があった。
要するにゲイル達は本国から見捨てられたのである。
「まあ、そう思わせておいて密かに奪還部隊が動き出しているのかもしれないけど、スレヴェニアは現在、北のネリザル、北西のペルト、南西のハルヴェリスと国境で軍隊を睨み合わせている状況だから、その可能性は低いよね」
香の充満した寝所にてイヴァはそう呟くと、保留していた奴隷商人ギルドに了解したという返事を出すことにした。おそらく自分を殺すための罠を仕掛けるなり、暗殺者を配置するなりしているだろうが、それに関してはいつものことなので気にしない。
ただし今回は、イヴァも仕掛けることにした。
「ペルセネアは護衛、キリィには邪魔者を排除して貰おうかな」
「わかった。任せてくれ、ご主人様」
「お任せください。イヴァ様ぁ」
常人ならば発情した犬のようになる香量であったが、どちらに対しても効果はなかった。前者は元から耐性があるらしく、後者は慣れてしまっている。
(予想していたけど、残念)
イヴァは心の中で舌を出す。
ただし他の女たちには効果抜群であったようで、翡翠解放団の女奴隷達は芋虫のようにうごめきながら、くぐもった喘ぎ声を上げている。彼女たちには貞操帯によく似た姿の蟲が装着されており、悶艶蟲と合わせて、肉欲が極限にまで高められている。奴隷オークション当日には、主人となった相手に全身全霊で仕えることになるだろう。
「オークションの日まで3日ほどあるけど、ボクはその間に、ザハドと一緒に奴隷以外の翡翠解放団の持ち物――装備品や装飾品、食糧、騎乗生物とかの売却書類を作成しなきゃいけない。その間は黄金宮殿にいるから、ペルセネアは護衛を離れて、別の仕事をしてもらうよ」
「何をすればいい?」
「エルカバラードのすぐ近くにある闘技場の選手として賭け試合をして貰おうかな。大会はまだ先だからそんなに強い人もいないし、1日1,000リエル程度の稼ぎにしかならないだろうけど、いいよね?」
主人の提案にアマゾネスの奴隷戦士は「問題ない」と言って、首を縦に振った。その横柄な態度に、キリィは猫が獲物を威嚇するように目を細める。だが、文句を口に出すことはなかった。その代わりに、心の中で罵詈雑言を並べる。
キリィの視点から見ると、ペルセネアには奴隷としての主人に対する忠誠が欠片も感じられないのである。イヴァのことを「ご主人様」と言ってはいるが、それは単純にそれ以外の言葉を知らないだけとしか思えない。言葉を咀嚼しても、敬意や愛情が感じられないのである。
まあ実際に、ペルセネア自身にはキリィの考えているような奴隷根性は存在しないので、その推察は間違ってはいない。
「キリィ」
〝蟲の皇子〟は楽しむように、忠実なる雌犬の名を呼ぶ。
「は、はい。イヴァ様」
「翡翠解放団の生き残りとして、鍛冶職人ギルドに接触してくれるかな。それで、スレヴェニアと通じている者を見つけたら、君の判断で処理して」
「了解いたしました」
ペルセネアを意識してか、キリィは必要以上に丁寧に頭を下げた。
「今日はたっぷりと可愛がってあげるから, 行くのは明日からでいいよ」
「あ、ありがとうございます」
主人の寵愛を得られると聞いて、薄紫色の瞳が情欲の炎で燃える。チラリと横目でペルセネアを見てみるが、女蛮族はちっとも気にした様子はない。
(こ、このメスゴリラ! 少しは悔しがったらどうですか! 無駄にデカイ胸を揺らして挑発するくらいしたらどうなんです!)
雌犬の嫉妬など意に介さず、アマゾネスはダークエルフの少年に問いかける。
「なあ、ご主人様。今更なのだが1つ良いか?」
「なあに?」
「領主会議とやらで、一体どうすればご主人様は領主として認められるのだ?」
いささか今更感はあるが、イヴァは丁寧に説明する。
「領主会議の席で、自薦推薦の候補者から一番票を集めた者が領主の地位に就いて責務を行うことになる。まあ、ボクの場合は傀儡だから、実質的な執政は別の者が各ギルドの意向に沿うようにやっていたんだけど……つい最近、死んじゃってね。それで一週間くらい前、領主を決める会議をもう1度やろうって話になったんだ」
「決闘とかは行わないのか?」
「行わないよ。投票を行う時っていうのはだいたい勝負がついた後だから」
ペルセネアの疑問に、イヴァはくすりと笑う。
「盗賊ギルドみたいに攻撃的な対応をしてくる場合、純粋な暴力による対処も必要だけど、基本的には話し合いで解決することになるよ」
「アデル殿の時のように?」
「うん。文明人らしく紳士的にね」
つい先日、翡翠解放団を暴力的に問答無用で叩き潰した人物の言葉とは思えない。まあ、同じ敵対勢力でも通商妨害をしている武装集団と同じ街で暮らす相手とでは対応が異なるのは自然なことかもしれない。
(紳士的な文明人は暗殺者など送ってこないと思うが)
ペルセネアはそう思ったが、言葉には出さない。
少なくとも、主人の話の腰を折らない程度の分別は持っていた。正直は美徳ではあるが、沈黙もまた同様なのである。
「話し合いをまとめるには、色々とお土産が必要なんだけどね。大抵の場合はお金で片がつくんだけど。ある程度以上のお金を持っている相手の場合、別の贈り物が必要になる」
「なるほど、奴隷商人ギルドはどうなのだ?」
「排除と懐柔の両方が必要になるね」
ダークエルフの少年は少し憂鬱な気分になった。
最初から敵意丸出しの盗賊ギルドとは違い、奴隷商人ギルドは蝙蝠気質なところがあり、善意と悪意を巧みに使い分ける者が多い。それらがいくつかの派閥に分かれており、イヴァを領主として認めても良いという派閥もあれば、絶対に認めないという派閥も存在する。
領主になった後のことを考えるのならば、大規模な粛清や抗争は避けたいというのが本音だ。
奴隷貿易は、エルカバラードの経済を支えている柱の1つなのである。
枝に成った果実を採る為、枝葉を切り落とすのは仕方ないかもしれないが、幹を切り倒しては、再び果実を実らせることはできない。
そういう意味では盗賊ギルドも似たようなものである。
盗賊ギルドはイヴァに対して、最も積極的に攻撃を仕掛けてきている勢力だ。
彼らはエルカバラードの掃き溜めから生み出された奇形児であり、武装や練度はともかく頭数は多く士気も高い。
権力者や金持ちが嫌いな連中の集まりであるが、同時にエルカバラードを構成する住民でもある。彼らを虐殺するようなことはできない。それでは自分の手で首を絞めるようなものだ。
なのでイヴァとしては彼らの攻撃を受け止めつつ、従った方が良い目を見ることができると調教する必要がある。
「難しいけど。勝利の算段がないわけじゃない。一番の問題は、交渉している最中に殺されることだね」
蟲使いとしてのイヴァの技量は低くはない。
だが「使い手」は基本的に操ることに特化している為、「使い手」自身の戦闘能力はそれほど高くない。今までは守りに徹していたので命を永らえることができたが、攻めに転じれば隙は大きくなり、敵はそこを攻めてくるだろう。
「だからペルセネア、改めてボクの護衛をよろしくお願いするよ」
「わかった。アスナラーマ神の舌にかけて誓約しよう」
アマゾネスの奴隷戦士は胸に手を当てて、誓いを立てた。
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貧民街にあるレンガで作られた酒場〈煉獄の舞踏〉亭。
盗賊ギルドが所有する隠れ家の1つだ。店の出入り口には串刺しにされた骸骨が置かれており、無銭飲食をした者の末路が暗示されている。
その酒場にある一室に、5人の人間が顔を合わせていた。
この内3人は盗賊ギルドの幹部であり、残り2人は協力者である。
「〝蟲の皇子〟がエルカバラードに帰還したようですが、しばらく黄金宮殿にいるようです」
全身を隠すフードと不気味な仮面をつけた魔法使いが報告した。
「奴隷商人ギルドからの情報では、数日後にオークションを行うらしく、その時に刺客を潜り込ませるとか……奴隷商人ギルド内部でも動きがあるようですね。海賊ギルドの方でも、密かに護衛兼監視役を派遣しているようです」
「なるほどな。他の競争相手に護衛か、暗殺は難しくなったんじゃねぇか?」
盗賊ギルドの幹部は気配の薄い男の方を睨みながら言った。
睨まれた男は海賊ギルドとの攻防の時、イヴァの命を奪おうとした絞殺具を使う暗殺者だ。
「……依頼は遂行する。俺が死ぬか、相手が死ぬまでやる」
その言葉を聞き、盗賊ギルドの幹部は一応納得したように首を縦に振る。
「私も引き続き助力させていただきたいと思いますが、前回の海戦で少し駒が減りましたからね。少しばかり猶予がほしいところです」
「領主会議までに殺してくれれば問題ないが、勝算はあるのか?」
「まあ一応。蟲には蟲をぶつけてみようかと思います」
魔法使いの言葉に、盗賊はからかうように告げる。
「召喚術っていうのは、何でもありだな」
「そうでもありません。事前の準備や手間暇、召喚した魔物に裏切られることなど考えると、欠点の多い魔法ですよ。もちろん、使い方次第で最強の魔法にもなるのですが……、あまり多くは語らぬ方が良いですね。成功した後で、改めて自慢させて頂くとしましょう」
そう言って、魔法使いは不気味な仮面を撫でる。
その仕草は人形が人間のふりをしているように見えて、盗賊は妙な不自然さを覚えたが、盗賊ギルドは元々日陰者の集まりである。多少の不気味さは許容することにした。
(この抗争はダークエルフの小僧をヤるだけじゃ終わらねぇ。海賊ギルドと奴隷商人ギルドも従わねぇなら潰す必要がある。その時にコイツらの力も必要だからな)
盗賊ギルドの幹部はそんなことを考えている。だがもしも仮に海賊ギルドと奴隷商人ギルドが崩壊したら、砂漠の都エルカバラードは数日で干からびてしまう。
少なくとも自立することができずに、西の小国家連合の一部か、東の帝国の属領として飲み込まれるのは間違いない。そこまで考えることができないのが、彼らの限界でもあり、イヴァが盗賊ギルドに都市を任せることができない理由でもある。
「それよりも、例のモノは見つかりましたか?」
「地下迷宮の探索は続けているが、そう簡単にはいかねぇよ」
「そうですか、引き続きよろしくお願いします。あの場所は、私の召喚術が上手く働かないので」
「わかっている。見つかったら、すぐにアンタに渡す」
魔法使いは「よろしくお願いします。同志」と言って、頭を下げる。
その動きはやはり不自然さが目立っていた。
特殊な血や匂い、才能、訓練により、特定の生物や物体を操ることができる者のことを「使い手」と呼ぶ。使い手の種類は獣使い、虫使い、人形使いなど、操る対象によって異なる。
その中で最高峰の「使い手」は竜使いだ。
軍事独裁国家ペルトの竜使い1人で、数年前には不死大国ネリザルの50,000を超える死霊兵団を撃退したとの報告もある。現在、ペルトの竜使い7人だけであるが、彼ら1人1人が一個師団(約1万人程度)に匹敵する竜を十数匹使役している。
また複数の異なる生物や物体を操る「使い手」も存在する。例えば、虫や昆虫、小動物、軟体生物などを操る蟲使い、魔獣や悪魔、不死者などの悪の領域に属する存在を操る闇使い、奴隷刻印を刻んだ人型生物や物体を操ることに特化した奴隷使いと、「使い手」の種類は多い。
―― スレヴェニアの軍事教官のメモ帳 ――




