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19th inning : Scoring one strike is a desperate work.

【さぁ、ピネイロ監督がベンチに帰り、各自持ち場に戻ってゆきます!

 はたして勝負か敬遠か! 今、キャッチャーのジョンソンが、ホームベースまで帰り……あっ】


 おおっ! とスタンドが一斉に沸き立った。


 すでにバッターボックスに入っていたラングマリの後ろ。

 ドビーが、キャッチャーボックスに入り、腰を下ろしたのである。


【勝負ッッ! 勝負です! アルゲニーズ、ラングマリとの勝負を選択しました! この姿に場内大歓声――!】


「いいぞ、アルゲニーズ――ッ!」「それでこそ男だァ!」


 拍手、歓声、大喝采。

 歓喜に飛び跳ねるボッシュ・スタジアム。


 と、バッターボックスのラングマリが不意に声をかけてきた。


「命びろいしましたね。ジョンソンさん」

「あ?」

「もし敬遠なんてしていたら……貴方。とても『こわいこと』になっていましたよ」


 世にも恐ろしい顔だった。

 聖母のように優しく、瞳だけが悪魔のようにどろりと蕩けていた。


 ドビーはその顔を、真正面からにらみ返した。

 前回の対戦では、この目におそれおののいたのだ。


 しかし、今は違う。


「恐い目に遭うのは、アンタのほうさ。オムツの準備はいいかよ?」


 ラングマリは、ふ、と笑って浅く腰を下ろした。


 もはやバントの構えは必要ない。

 マウンドに対して半身になり、バットヘッドを投手に向ける。

 真っ直ぐ前に突き出すのは、青白く発光した聖なる槍だ。


「プレイッ!」


 運命の宣告とともに、珠姫は胸元にグラブを構えた。


 そのまま左右から力を込め、ボールを光らせる――と思いきや、グラブはそのまま彼女の頭上に持ち上がった。


 予想外の流れが、場内をどよめかせた。


【な、なんだ? 百貫球ではないのか?】


 マウンドから白光の粒子が浮かび上がってくる。

 これだけなら今までの魔球と同じだが、ここからが違った。


 粒子は珠姫を中心に渦を巻き、土塊を巻き上げながら、竜巻のように回転しはじめた。

 轟音を立ててマウンドに現れる、それはまさに光のトルネードだ。


「はあああぁぁぁっ……!」


 裂帛の気合に導かれて、光の粒がグラブに吸い込まれてゆく。

 竜巻そのものを手の内に押し込めるような作業――たちまち珠姫の顔中に汗が浮かび、ぎりり、と奥歯が鳴る。


 グラブを胸に下ろし、高く振り上げた踵を一気に踏み出し、ステップした足に体重を預ける。

 トルネードに負けず劣らずの勢いで腰が回転し、そのまま一気に振り切った右腕から、


「秘球・穿貫球せんがんだま!」


 ボッ! と凶暴な風切り音とともに、光弾が放たれた。


 そのスピードは十貫球より遅く、纏う光は百貫球よりはるかに少ない。


 何の策もなくド真ん中に飛び込んできたボールに、ラングマリはぴたりと照準を合わせ、


「はあっ!」


 一気に突き抜いた。


【とらえたァ! 寸分の狂いもない聖槍の一撃が魔球に炸裂ゥ!】


 そのままぐんと体重をかけ、マウンドへと押し切りにかかる――と。


「ッ?」


 ラングマリの頬を、何かが切り裂いた。

 白い頬に赤い線が走る。衝突点から、何か小さいものが次々に飛んでくる。


 バットの削りカスだ。


 槍とボールの衝突点。

 白球がライフル弾のように強烈に旋回し、ぶつかったバットをえぐり取っていた。

 そのときの破片が、鋭利な刃物となって飛んできているのである。


【な、なんだこの球は? ぶつかったところから、どんどんシスターのバットが削り取られてゆく! まるで空飛ぶ鉛筆削りだ!】


「くううっ!」


 さすがというべきか、シスターは顔の傷に委細かまわず、槍を押し込んだ。


 が、そうすればするほど、ドリルは深くバットに食い込んでゆく。

 強欲な魔獣にむさぼり喰われるように、聖なる槍がその長さを失ってゆく。


 三分の二、


 半分、


 三分の一、


 ――そして。


「あうッ!」


 バン! とシスターの腕が回転力に負け、頭上に跳ね上がった。


「ス、ストライィィ――ク!」


 審判のコールに、観衆の驚愕の声がかぶさった。


【うわぁ――――っと! な、なんとヒメカワ! 超高速回転ボールでバットをまるごと消滅させてしまった! なんというボールだ! なんというピッチャーだ!】


 武器そのものを消されてしまっては、ボールをはじき返すもクソもない。


 暴力的ともいえる珠姫の新魔球に、五万観衆もあまさず声を失った。


 対照に、アルゲニーズベンチの気勢は、赤マル急上昇だ。


「よっしゃあ! いいぞタマキ!」「すげぇ! あんなのいつ練習してたんだよ!」


 ワンストライクとはいえ、あの怪物ラングマリを完全に圧倒したのだ。

 百貫球が通用しないと思われていただけに、この形成の逆転は大きい。


 しかし――続く光景に、一転、彼らは青ざめることになる。


【あっ……? キ、キャッチャーが……】


 ドビーがミットを押さえながら、うずくまっていた。

 しかも、その手の下の地面には、赤い雫がぼたぼたと滴り落ちているではないか。


「ドビー!」


 超回転する魔球が、ミットどころか、手の平までもえぐってしまったのだ。


 これまでのように体ごと吹っ飛ばす力はないものの、バットをまるごと磨滅させてしまう破壊力――掘削用のドリルをキャッチするようなものだ。


 すぐさま三塁ベンチから、トレーナーが血相を変えて飛びだしてくる――が、


「来るんじゃねぇ!」


 ドビーの怒声が、その足を止めた。

 驚き戸惑う彼の前、ドビーは膝を振るわせながら立ち上がった。


「こんなモン、カスリ傷だぜ。恥ずかしいからベンチに戻れっての」

「し、しかし……」


 手首には幾本もの赤い筋が流れ、足元にはとめどなく血の滴が落ち続けている。

 これがカスリ傷だというなら、この世にケガも病気も存在しないに決まっていた。


「それよか、プロ入り以来の相棒がバカになっちまった。替わりのを持ってきてくれ」


 と、穴が開いてしまったミットを投げよこす。


 反射的に受け取り、次いでトレーナーは、氷の棒を呑んだように固まった。

 ミットの中は、血の池に浸したように真っ赤だった。


「ド……!」


 開きかけたトレーナーの口は、しかし、すぐさま縫いつけられることになる。


 ドビーの形相は、魔物のそれだった。

 まなじりは釣り上がり、顔面からは目に見えるほどの熱気が立ち昇っている。

 もし止めようものなら、そのまま食い殺されそうなほどの、闘気。


 トレーナーはごくりと喉を鳴らし、「わ、わかった」とベンチへと下がった。


 ドビーはヘッと鼻を鳴らし、マウンドの珠姫を見やった。


 魔球を投じた張本人は、持ち場を下りようともしない。

 先のやりとりの間も、マウンドをならすばかりで、こちらを見てすらいなかった。


 ――グッド・ジョブだ、相棒。


 一歩でも近づいてきたらブン殴ってやろうと思っていた。

 しかし、彼女のほうも覚悟を決めている。


 理解しているのだ。

 この戦いに、互いの体を慮っている余裕などないことを。


「まったく、ワンストライク取るだけで命がけだぜ……」

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