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18th inning : An eye for an eye.

【ナ・リーグ中地区最終決戦! ラストゲームに、神は最高の舞台を用意しました!

 九回ウラツーアウト、ランナーは一塁! マウンドには人間波動砲タマキ・ヒメカワ! 打席にて迎え撃つは、神の使徒アレックス・ラングマリ!

 再び交わる二つの糸はどんな音を奏でるのか? 一発出ればもちろん逆転サヨナラであります!】


 熱狂。


 この球場の様子を表現するには、その二文字以外にありえない。


 観衆は老若男女一人のこらず立ち上がり、体中の空気すべてを絶叫に変えている。

 この熱気をエネルギーに変換すれば、むこう百年、発電所は必要なくなるに違いなかった。


「ラングマリィィィ!」「シスター、たのむ決めてくれぇー!」「アーメン、ハレルーヤ!」


 魂を絞るような叫びとともに、観客席からぽつぽつと細長い物体が掲げられはじめる。

 一メートルほどの長さがある、スティックバルーンという風船だ。


 メジャーでは一般的な応援グッズで、振ったり叩いたりして応援を盛り上げる。

 通常、着色はチームカラーを使うものだが、今見えるのはカーニバルスの象徴たる赤ではなく、青。

 すなわち、これはラングマリのマジック・バットを模したものである。


【いまやカーニバルス名物となりました、ブルーライト・バルーンが球場中を埋めつくしております! 当てれば即、場外ホームラン! そんな冗談のような奇跡を幾度となく見せてきた神秘のバットが、この打席も炸裂するか! 】


 狂乱のスタンドを見上げ、ドビーはごくりを唾を呑んだ。


「なんつー雰囲気だよ、おい……」


 バルーンを打ち鳴らす音は、天の蓋が破れるかと思うほど。

 中には、修道服を着たり、巨大なダンボールの十字架を掲げたりするファンの姿も見える。

 このセントルイスにおいて、シスター・ラングマリの存在は、もはや崇拝の対象になっているようだった。


【おっと……? これは……?】


 不意に、熱狂に穴が開いた。


 人々の目が向く先は三塁側、アルゲニーズのベンチ。

 千鳥足で出てきた、サングラスにパンチパーマ、酒焼けしきった浅黒い顔。


 アルゲニーズの酔いどれ男、ピネイロ監督である。


【アルゲニーズのピネイロ監督が出てきました……これは?】


「おいおい、投手交代か?」「いや、ないだろ」「じゃ、なんで?」「まさか……」


 熱狂に空いた穴を、ざわつきが埋めてゆく。

 観衆の胸によぎるのは、ひとつの予感だ。


「敬遠……か?」「いや、ありえるぞ……」


 今日のオーダーで珠姫とまともにやりあえるのは、ラングマリだけ。

 彼女を歩かせてしまえば、あとの打者がヒットを打つ可能性は無きに等しい。


 事実、この三連戦で、ラングマリは9敬遠と徹底的に勝負を避けられているのだ。


【ピネイロ監督がマウンドに近づいていきます! これは敬遠の指示に出てきたのでしょうか! 一発だけは避けたい場面、作戦上致し方ないところではありますが……し、しかししかし、カーニバルスにとってはあまりにも歯がゆい展開!】


 一部の観客から早くもブーイングが出はじめる中、ピネイロがマウンドに到着する。


「ウーィ、みんな集まったなぁ~」


 酒焼けしきった浅黒い顔を、守備陣が緊張の面持ちで囲んだ。

 やはり敬遠か、と固唾を呑んで見守る一同の前、酔いどれ監督はヒック、としゃっくりをしながら、


「おい、ドビー。ボールくれ」

「へっ? お、おう……」


 ボールを渡すと、監督は日本のおにぎりを作るときのように、ボールを両手で揉みだした。

 いわゆる『こねる』という動作である。


「なつかしいなぁ~。現役のときよぉ~、サードやってた俺っちがマウンドに行ってよぉ~、こうしてボールをこねてやるとよぉ~、不思議と抑えられたもんだぁ~。ウェッヘッヘ」


 バッテリーと内野陣は、互いに顔を見合わせた。


 この場面で、まさか単なる昔話ではあるまい。

 これは、つまり。


「勝負していいのかよ、監督?」

「あ~? しない気だったのかよぉ、ドビー? あのシスターには前にいっぺんやられてんだろぉ? 『やられたらやり返す』がメジャーの流儀だぜぇ~。そこんとこをルーキーに教えてやらねぇでどうするよぉ、え~?」

「……」

「んな顔すんなってぇ~。なにも全部感情で言ってるわけじゃあねぇよ。考えてもみろ、他のヤツならともかく、このタマキによぉ、敬遠するだけの器用さがあると思うかぁ~?」

「む……」


 確かにそうだ。

 敬遠というのは意外と難しく、少しでもコントロールが狂えば暴投になったり、打者の手の届くところに行ってしまう。


 普段敬遠されまくっているラングマリのほうも慣れたもので、少しでも甘ければ片手一本でとらえることしばしば。

 五回に打たれた2ランは、まさにそれだった。


「普段ド真ん中しか投げないヤツに、いきなり外せっつっても、そりゃ怖ぇだろぉ。それに、俺っちがタマキを三連戦に呼んだのは、逃げるためじゃあねぇ。シスターを抑えるためだぁ~。敬遠失敗で負けるくらいならよぉ、勝負したほうがスッキリするってもんだろぉ~。終わった後の酒だって旨くなるってもんだぁ~」


 監督は、ほれ、珠姫にボールを手渡した。


「……おい。なんか、マトモなこと言ってるぜ。ホントに監督かこの人」

「そういや先月から『優勝するまでは』っつって禁酒してるんだっけ。新聞で見た」

「マジっスか? でも酒臭いっスよ。明らかに酔ってるし」

「アル中歴ン十年だからな。血液が全部酒になってんだろ」

「でもまぁ……勝って酒呑みたいっスよね」

「まぁ、そうだな。お前はタマキと二人っきりでな、カーター」

「はい。……いやなんでなんスか! 俺は別にそんな!」

「まぁまぁ照れんなって!」


 ワイワイと騒がしい内野陣。

 それを前にドビーはじっと足元を見つめた。


 そうだ。

 監督に言われて、ようやく気持ちの整理がついた。


 自分は、あのシスターと、勝負したかったのだ。

 彼女まで打席が回ることを恐れながら、心のどこかでそれを待ち望んでいた。


 あの初対戦以降、ずっと思っていたこと。

 このままでは終われない。

 やられたら、やり返す。


 それがメジャーの流儀なのだから。


「……よし!」


 バシン、とミットを拳で叩く。

 覚悟は決まった。


「行くぜお前ら! ビビんじゃねぇぞ!」


 YEAH! と叫び、内野陣はダイヤモンドに散らばってゆく。

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