15th inning : I Am gLad beInG paRt oF tHis TEam.
【メジャーリーグ・ベースボール、162試合の魂のぶつかりあい!
長く激しき戦いの果て、たどりついたは一騎打ち!
ナ・リーグ中地区首位、我らがセントルイス・カーニバルスの最終戦は、まさに天王山と相成りました!
相対するは同じ中地区の二位、ピッツバーグ・アルゲニーズ!
守護神タマキ・ヒメカワを欠きながら、終盤驚異の大猛攻!
残り三試合で〇・五ゲーム差まで追い上げ、ここ、セントルイスに乗り込んでまいりました!
運命の首位攻防三連戦、ここまでを振り返りましょう!
まず一戦目はカーニバルスの先発グレッグスが見事なピッチングで4―0と完封勝利! 地区優勝に王手をかけました!
しかししかし、ここから窮鼠が猫を噛む!
もはや後のなくなったアルゲニーズは、二戦目、開き直ったかのような猛打で12―5と圧倒!
再び〇・五差まで押し返して、残り一試合に望みをつなげました!
すなわち!
そう、すなわちであります!
本日のレギュラーシーズン最終戦!
勝ったほうが! ナ・リーグ中地区の覇者ッ!
勝率では西地区のチームが上回っているため、負ければワイルドカードによるポストシーズン進出もありません!
勝つか負けるか生きるか死ぬか、オール・オア・ナッシング!
シンプル・イズ・ベスト!
まさにアメリカ的決着の一戦、運命の分かれ道であります!
すでにスタジアムは五万観衆大入り満員!
全米が注目するラストゲーム、間もなくプレイボールであります!】
珠姫がブルペンに足を踏み入れた途端、爆発的な歓声が頭上を駆け抜けた。
ほとんど間をおかず、白球が夜空を通り過ぎてゆく。
超満員のスタンドを超え、ボッシュ・スタジアムの外壁を越え、セントルイスの夜空へ。
【いったぁ――――! 五回ウラ、四番ラングマリの勝ち越し2ランホームラ――――ン!】
スタンディングオベーションがなだれ落ちるグラウンドを見やれば、背番号66、シスター・ラングマリが見せつけるようなゆっくりさで、ダイヤモンドを回っているところだった。
【この大事な一戦で、決めてくれたのはやはり神の遣いアレックス・ラングマリ! 完全な敬遠のボールでありましたが、体を伸ばして片手一本でつかまえると、打球ははるか天空へ! まさに人間ロケット台! ひとりケネディ宇宙センターといった風情であります!】
右中間のバックスクリーンが6―4のスコアを映し出し、球場の熱狂はますます加速する。
スタンドは三百六十度どこを見てもカーニバルスファンだらけ。
白地の鮮やかな赤のチームロゴが映えるホームユニフォームは、そのまま炎となってスタジアムを燃え上がらせているようだった。
一方、アルゲニーズのブルペンは、殺虫剤をぶっこまれた蜂の巣と化していた。
「ぎゃああぁ! やられちまったよゴードンのヤツ! あんだけ気ィつけろっつったのに!」
「次行くの誰? えっ、俺? ヤダヤダ、こんな雰囲気の中で投げたくねぇ!」
「あっ、タマキ! たのむ、十ドル払うから俺ンとき投げてくれよ、わーん!」
ブルペンベンチの前で、両手を上げながら右往左往のリリーフ陣。
野手陣がへっぽこなら、こっちはチンカスというべきか。
珠姫のいない間、奮闘してきた彼らだったが、さすがに最終戦のプレッシャーは格別らしい。
「大体ここのブルペン、昔っから苦手なんだよー! 敵のファンに囲まれてさぁ!」
通常、リリーフ投手が準備をするブルペンは、ファウルゾーンにあるが、ここボッシュ・スタジアムでは、外野スタンドに埋め込むように設置されている。
アウェーチームのブルペンは、左中間のフェンスを越えてすぐの場所。
天井もないため、三方を観客席に囲まれた状態だ。
地区優勝を賭けた大一番、スタンドは端から端までカーニバルスファンで制圧されており、アルゲニーズ・ブルペンは、まさに孤立無援の陸の孤島。
ノミの心臓のリリーフ陣には荷が重すぎるようだった。
「あノ……みなサン。落ち着いてくだサい。また五回であルますよ」
なだめる声も、パニくる連中の耳には入っちゃいない。
このままでは自滅だ。
そこへ、濁った笑い声が落ちてきた。
「ヘイヘーイ! アルゲニーズの腰ヌケども! もうギブアップかぁ、ああん?」
ブルペンベンチの屋根の上、三メートルほどの高さのところにある金網から、男が身を乗り出していた。
お世辞にも清潔とはいえない、白人の中年男――レプリカユニフォームを着ているところを見ると、カーニバルスファンのようだ。
「ざまぁみろクソムシが! とっととピッツバーグの肥えだめに帰りやがれ!」
無精ヒゲの生えまくった顔は真っ赤に染まり、手にはビールの紙コップ。
完全無欠の酔っぱらいである。
「コラ、ヒメカワぁ! このメスブタ! てめぇにゃ特に言っとくことがある!」
指を差され、「はァ」とバカ正直に応対しようとする珠姫。
と、その横から大きな手が、彼女の肩を引き寄せた。
「相手にするな、タマキ」
ラテン系の浅黒い肌と、温厚そうな細目。
ブルペンコーチのマルチネスだ。
「ああいうのはまともに会話するだけ無駄だ。聞こえないふりしてろ」
さすが酔いどれ監督を身内に抱えるチームのコーチは、対応力が違う。
ベンチに珠姫を引っ込ませる手並みも、実にあざやかだ。
「おい、逃げんのかヒメカワ! おい! おい! おい! おい! おい! おい!」
「かまうな。おい、誰か警備員に連絡入れてくれ」
「てめぇら日本人はいつもそうだ! 低いトコから人の顔色うかがって、都合が悪くなりゃ、尻尾巻いて逃げやがる! たまにゃ正面からかかってこいってんだよ!」
しつこい。
どこの球場でもこういう手合いはいるが、それにしてもタチが悪すぎる。
よほど深酒が入っているのか、あるいは日本人に恨みでもあるのか。
「マグレでここまで来たくせに、ウィック、生意気なんだよォ! ビンボウくせぇユニフォームでウチの球場汚すんじゃねぇ!」
「落ち着けよ、無視だぞタマキ」
「聞いてんのか、この死にぞこないのクソジャップが! てめぇなんざなぁ、頭カチ割られてくたばりゃよかったんだよ!」
「無視だ、無視無視……」
「なんとか言ってみろ、ションベンの色したモンキー! 人間の言葉はわかんねぇか!」
「……」
「ヘイ、答えろよ黄色いの! さもなきゃキーキー鳴け! ビビって声も出ねぇか、ああ?」
「……」
「言ってみろ、この後どこに送られたい? 動物園か、保健所か? それとも、」
「おい貴様! いい加減にしろ!」
マルチネスはベンチを飛び出し、男を怒鳴りつけた。
「ウチの選手に好き放題ぬかしおって! いつまでも黙っていると思うなよ!」
頭上を指差すその顔は、まさに鬼の形相だった。
「あノ、まるちねすサン、無視を……」
「ここまで選手をコケにされて見過ごせるか! あの男、断じて許さんッ!」
遅れて出てきた珠姫も、もう止められない。
温厚なヤツほど怒らせると――というヤツだ。
かたや酔っぱらいは、手の届かないところにいる余裕だろう、ひるむどころかさらなる蛮行に出た。
「へっ、ピーピーうるせぇんだよ、ゴミムシが……これでもくらえ!」
手にしたコップを振り、あろうことかその中身を、ブルペンに向かってブチまけたのだ。
「!」
珠姫の体に、ビールの雨が降りかかる。
とっさによけたが、一部が黒髪を濡らした。
途端、マルチネスだけでなく、ブルペンの投手陣全員がフェンス際に飛び出してきた。
「この野郎! なんてことしやがる、女の髪に!」「下りてこい! ブン殴ったらァ!」
血相を変えて叫ぶ投手たちと、なおもせせら笑う酔っ払い。
さらには他の観客たちもあおったりヤジったりで、もう収拾がつけられない。
と、そのとき、タオルで髪を拭いていた珠姫が、ふとグラウンドに目を移し、
「あ」
と漏らすと、再び酔っぱらいに向き直った。
「あノ、ミスター。ちょっとお願いが」
「ああっ? なんだァ急に?」
「上を向いてもらえまスか」
「はァ?」
「少しでいいので、ほラ」
と上を指差す珠姫。
半分つられた形で酔っぱらいは顔を上げ、
ゴン!
と鬼の勢いでカッ飛んできた白球が、彼の額を直撃した。
【なんということだぁーっ! 六回オモテ、ドビー・ジョンソンの3ランホームランでアルゲニーズ一挙逆転! 阿鼻叫喚のボッシュ・スタジアーム!】
ひとたまりも昏倒する男の上に、カーニバルスファンの悲鳴が覆いかぶさった。
ブルペンとグラウンドをへだてる金網の向こう、一塁を悠々歩いて回るドビーの姿があった。
「うおおおおおおおおお――――ッ!」「やったぜ、ドビィィィィィィィ――――ッ!」
狂喜乱舞の投手陣。
一方、ホームランボールを受けた酔っぱらいは、カエルのごとくぶっ倒れて失神していた。
額にヒビが入っているかもしれないが、珠姫が上を向かせなければ、脳天の一番弱いところに直撃していただろう。
せめてもの情けである。
逆転アーチのヒーローは、二塁を回るところで、ブルペンにグッと親指を立ててみせた。
リリーフ陣全員が、全力のサムズアップでそれに応える。
彼らの背中を見つめながら、珠姫はかたわらのブルペンコーチに語りかけた。
「まるちねすサン。ワタシ、このチームに入ってよかったであルます」
「タマキ?」
最高のコーチ。
最高のチームメイト。
最高のパートナー。
ピッツバーグ・アルゲニーズ。
「勝ちまショう。このチームで、かならズ」




