12th inning : 「妾とともに、夢を」
「ブッブーッ。違うよ、ボールが体に当たってもね、ストライクゾーンを通ってたら、ストライクなんだよ」
なるほど。珠姫は物知りじゃの。
「えっへへ、今、勉強してるからー。わたしね、中学のチームでピッチャーになったの! 男の子にだって負けないんだから!」
ほう、では珠姫はあれを目指しておるのか?
「アレ?」
なんじゃったか、毎年暑い盛りに、よく『すまほ』で見せてくれる、こう、こうす……?
「甲子園? うーん、でもでもね、高校野球だと、女の子は試合に出られないんだって」
そうなのか。
世は変わったと聞くが、相変わらず、おなごが出られぬ場もあるのじゃな。
「そーなの。でもでもね、だいじょーぶ! わたしには、甲子園よりもっとでっかい夢があるのですっ!」
夢?
「うんっ。ズバリ! メジャーリーグ!」
め? めじゃあ、るぅ……?
「メジャー、リーグ。アメリカってとこにあってね、そこには世界中からすっごい野球選手が集まってくるの。昔、定吉おじいちゃんが言ってた。女でも夢はでっかく持てって。日本一になれないんなら、世界一になれって!」
なんと。すごいの、珠姫は……
妾は思いもせなんだ。この世界の一番、などと。
「えへへ。ねぇ、きゅーびちゃん。わたしの夢、応援してくれる?」
無論じゃ。妾には何もできぬが、せめて願おうぞ。
めじゃあ……りぃぐ。
世界一、か。
「はぁ……」
どうしたのじゃ、疲れた顔をして。
野球の練習が厳しいのか。
「うーん、それもあるけど、最近、なんかすっごく疲れやすいの。握力も弱ってて、球数投げられないし……うーん、なんでだろ」
年ではないのか?
「し、失礼なっ! まだピチピチの女子高生だよぉ!」
ふふ、怒るな。戯言じゃ。
「むー、きゅーびちゃんキライ。もう来てあげない」
なんと、それは困る。
すまなんだ、許してたも。
「ふふっ……。……あのね。本当に、これからあんまり来れないかもしれないんだ」
む?
「お父さんに、ここに来てるのがバレちゃった。きゅーびちゃんとお話してることは、黙ってたけど……すっごい怒られちゃった」
……そうか。
「うちの家ね、ずーっとずっーと昔から、きゅーびちゃんを封じ込めるのがお役目なんだって。お父さんは、きゅーびちゃんの声が聞こえないみたい。だから、分からないんだ。きゅーびちゃんが本当は悪い妖怪なんかじゃないって」
悪い妖怪じゃよ、妾は。
「そんなことないよ! わたし、分かるもん! きゅーびちゃんは……!」
もうよい、珠姫。
妾はぬしがそう言ってくれるだけで十分じゃ。
「……あのね、きゅーびちゃん。わたしね、夢があるの」
めじゃあ・りぃぐ、じゃろう。覚えておるぞ。
「うん。それもだけど、もう一つ」
ほう、それはまた欲張りなことじゃ。
して、何じゃ?
「……ないしょ」
これ、それはなかろう。
話を振ってきたきたのはぬしではないか。
「えへへ……。あっ、いけない。お父さんが帰ってきちゃう。それじゃあ、またね!」
うむ。気をつけて帰れよ。
……本当に疲れておるようじゃな、あやつ。
珠姫。
珠姫よ。
そこにおるか。
……今日も、来ておらぬか。
もうひと月になるか。
ふふ。滑稽じゃ。
封じられて幾百年、細かい日を数えることなど、とうに捨てたというのに。
あの小娘一人が来るのを、恋焦がれるように待ちわびておる。この九尾が。
珠姫よ。妾は知りたい。
ぬしのことを。ぬしの愛する、野球のことを。
珠姫よ……明日は来るか?
「きゅーび、ちゃん……」
おお、珠姫。来たか。半年ぶりじゃな。
しかしどうした。わざわざこんな真夜中の、大雨の中……で……?
「えへへ、ごめんね……会いにこれなくて……」
珠姫。
ぬし、その姿は。
「えへへ。髪の毛、ぼさぼさでしょ……全然手入れしてないから……」
そんなことではない!
その体……!
「うん……すっごい細くなっちゃった……」
いったい、なにが……
「わたし、ね……病気なんだって……。体の筋肉が、だんだん弱ってくる……」
……。
「もう、ほとんど歩けなくて……息も苦しくて……お医者さんもお父さんも大丈夫、きっとよくなるって言うけど……分かるの。もうこのまま、治らないんだって」
馬鹿な……馬鹿な!
なら、なぜじっとしておらぬ。
その格好、寝間着であろう。
病院とやらに、いたのでないのか。
まさか着の身着のまま、抜け出してきたのか?
「動けなくなる前に、どうしても、来たかったの……」
なぜ!
「こうするため……」
――?
……珠姫。
ぬし、封印を……
「よかった。夢がかなって……」
ぬしの夢というのは、妾の封印を……
「うん……。このお札、わたしの家の血筋じゃないと剥がせないんだって……。えへへ、ご先祖さまに怒られちゃうね……」
……。
「でも、何百年も、ずっとこんなところに閉じ込めてるほうが、ずっとひどいよ。だから……この夢だけは、絶対に叶えたかったの。世界一の夢は……もう、叶わないから……」
……珠姫。
「わたし……死んじゃうのかな……? 『ごくらく』に……行っちゃうのかな……?」
珠姫。
「……『ごくらく』には……やきゅう、あるかなぁ………。………」
珠姫! しっかりせい!
起きよ! こんなところで……!
……駄目じゃ。
死ぬな。
死ぬな、珠姫。
妾の力を貸してやる。
妾がぬしの夢を叶えてやる。
めじゃあ・りぃぐに連れていってやる。
世界一に、してやる。
だから、生きよ。
生きて、生きて、妾とともに、夢を――




