表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/39

9th inning : I've been looking for this.

【さァ、モンスターバトルの再開だ! 今度もファッキン・クレイジーシスターの大好きな、長くてぶっとい棒をへし折ってやれよォ、タマキ! ……あん、どうした、ディレクター? えっ、なに、クレームが来てる? シスター相手にそういう言い方はまずいって? バッカヤロー! クレームが恐くてアナウンサーやってられっか! 俺ァ地獄の底までアルゲニーズとタマキについてくからなァ!】


 プレイの宣告と同時に、珠姫が投球動作に入る。

 いつものように胸元にグラブをかまえる仕草――しかし、それだけでは終わらない。


「はぁぁぁぁぁ…………っ!」


 深い息吹とともに、両腕でグラブをぐぐっと挟み込む。

 どれほどの力がこもっているのか、額の汗を見れば一目瞭然だ。


 神通力を受けた白球が白く輝きはじめる。

 実体を持った光がグラブを内側から圧迫する。

 見る間に膨れ上がったグラブは、ビチビチと悲鳴を上げ、ついには風船のように破裂した。


【うおおおぉ! で、出たァ! このボールは!】


 スタジアムが歓喜に揺れた。


 彼女がこの球を投げるのは、デビュー戦以来二か月ぶりだ。

 しかし、この一連の動作が何を意味するか、アルゲニーズファンなら知らないものはいない。


「これが打ち砕かれるならば是非もなシ――」


 二ヶ月前と同じセリフ、そして同じ動きで、魔球の姫君は輝く白星を持ち上げた。

 丸裸の手から漏れる光が膨張する。

 夜の闇が白く丸く、くり抜かれてゆく。

 ピッチャープレートを中心に、ファウルラインまでを飲み込む白光のドーム。

 その中にただよう無数の粒子が、加速度的に珠姫の手に集約する。

 宇宙のはじまりを逆回しに見るように、きらめく星々が、ただ一点に集ってゆく。


「投じまショう、我が魂!」


 左膝が持ち上がると同時に、マウンドから熱波が弾ける。


 マウンドに巻き上がる土煙、それを割るように踏み出された左足が大地に沈み、凝縮に凝縮を重ねた光球がうなる右腕に導かれ、


「秘球・百貫球!」


 解き放たれた。

 爆音とともに光の洪水がほとばしり、人間一人を丸呑みするほどの巨大な光の尾が、猛々しく雄叫びをあげて襲いかかる。


「ハ!」


 ラングマリは獰猛な笑みを浮かべ、そして、またしても予想外の動きを見せた。


 バントの構えから一転、バットを引いたのだ。


「なッ?」


 虚をつかれたドビーは、続いて、さらに度肝を抜かれることになる。


 シスターの両手が、引いたバットを逆さに持ち替える。

 腰の高さで水平に構え、バットヘッドを投手のほうへ。


 もはや、野球のフォームではない。

 これは、そう――槍の構えだ。


 バットの先端を左手で支え、ぴたりと狙いを定めると同時に足を踏み込み、迫りくるボールめがけて、まさしく槍で突くごとく一直線に、


「神技・ロンギヌス!」


 ヘッドを叩きつけた。


【なっ、なにィィ! なんだこりゃあ! ラングマリ、槍でブッ刺すみてェな打ち方でボールをとらえたァ?】


 デタラメすぎる打法に、アナウンサーも思わず声が裏返る。


 しかし、突き出された神具の先端は、バズーカ砲のような魔球の威力を、確かに受け止めきっていた。


 ラングマリの噛みしめた奥歯が鳴る。

 バットの先端でボールがきしみ踊る。


 ホームベースの直上で、二つの力はからみ合い、一歩たりとも譲らない。


 普通にバントしたのであれば、バットが球威に耐えられず、前のように砕けているはずだ。


 だが、砕けない。

 バットヘッドからグリップエンドまで三十三インチの長さが、百貫球の莫大なエネルギーを受け止めきっているのだ。


「ふ、ふふっ、ふふふふふっ……あはははははは!」


 額に汗を躍らせながら、シスターはこの力くらべが楽しくて仕方ない、というように嗤った。


「タマキィ!」


 ドビーは声の限りに叫んだ。


「ネクスト! カモン!」


 その言葉がマウンドに届く前に、珠姫はもう次の動作に入っていた。


「はあぁぁぁっ……!」


 顔の前で両腕を交差させ、息吹とともに気を練る。

 白髪が広がり逆立ち、


「はあッ!」


 腕を開くと同時に、巨大な気柱が夜天を貫いた。


 両足を前後に広げた半身の構え。

 腰に据えた右手に弾けるのは、電撃のような強烈な気。

 そして、ほんの一瞬、彼女の背後に蜃気楼のように現れ消えた、九本のキツネの尾――


【で、出たァ! 追撃のサンダー・ショット! ネット裏のお客さん、早く逃げてェェ!】


 弓を構えるごとく後ろに引かれた右の拳に、雷が宿る。抑えきれない神気がバチバチと弾け、


狐砲こほう!」


 正拳突きとともに、一撃目よりなお巨大な光の波濤が放たれた。


 スタジアムの外まで響こうかという激突音とともに、どっちつかずのボールが、一気にキャッチャーミットの側へと押し込まれる。


「ぐっ……!」


 ラングマリが大きくうめく。

 ふんばった両足が、爪痕を残しながらずり下がる。


 グリップエンドがドビーのミットにねじ込まれるまで、あと数インチだ。


「GO! GOGOGOGOGO――!」「そのまま押し込め、タマキィ!」


 総立ちの観客が一斉に声を上げる。

 光の洪水はなおも勢いを増し、バットを押し込んでゆく。


 ラングマリの体は完全にそり返っており、押せば倒れそうなほど。

 どう見ても、勝負の行方は明らかだった。


 ――なのに。


「ふふっ、ふふふっ……」


 なおもシスターは嗤ってみせるのだ。


「そう、これよ、これが欲しかったの、ずっと……!」


 赤らみ汗ばんだ顔に、細く蕩けた目。

 この激音の中、なおも冷たく浸透してくる声。


 そして、ドビーの目の前で、あってはならないことが起こった。


【な……っ? ラ、ラングマリが……!】


 押し返しはじめた。


 今にもキャッチャーミットに触れそうだったグリップエンドが、再び離れてゆく。


 そして、ボールが少しずつ少しずつ、マウンドへと近づいてゆく。


 ――バカな。


 ビックリ箱の底には、もはや何も残っていない。

 新しいマジックも打法も、ラングマリは披露してはいない。


 それなのに、このシスターは、ただ力だけでこの劣勢をひっくり返してゆくのだ。


「追い込まれ、込まれ込まれ込まれ込まれて押し返し、返し返し返し返し返す。ふふふっ……悦びとはそういうこと……! ふふふふふふふっ……!」


 いや、力ではない。


 執念だ。


「そして最高の悦びは――」


 ラングマリは体重をかけて神槍をぐっと押し込み、


「私が、勝つこと!」


 渾身の力で振り切った。


 ドビーは見た。


 振り切ったバットの向こう、ボールが弾けるように正面に飛んでゆくのを。


 マウンドの珠姫は気を放ち終わった姿勢のまま動けず、その恐るべき勢いのピッチャー返しに何の対応もできず。


「タマキッ!」


 ドビーが絶叫するのと、珠姫の額に打球が直撃するのは、全く同時だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ