5th inning : PLeaSe LeT mE PitCh.
【オー! マイ! ガァッ!】
アナウンサーの悲鳴に乗って、打球が左中間に飛んでゆく。
青白く光るバットにはね返されたボールは、必死こいて追いかけるセンターとレフトをあざ笑いながら、絶叫とどろくスタンドを飛び越え、場外へと消えた。
【なんてこったァ! 謎のシスター、ラングマリ! 一打席目にホームラン、二打席目もホームラン、そしてこの三打席目もファッキンやっぱりホームランでなんと初打席から三連続ホームランのメジャー新記録! なんだこりゃワケ分からん! ワケ分からん!】
電光掲示板が容赦なく3―3のスコアを映し出す。
初回、ドビーの三ランで先制しアルゲニーズだったが、その後まったく追加点が入らず、とうとう同点に追いつかれてしまった。
相手の投手が立ち直ったというわけではないのだが、ラングマリがホームランを打つたび、ダイヤモンドを回りざま、
「一塁手さん。貴方、悪魔に憑かれていますよ」
「二塁手さん。貴方、悪魔に憑かれていますよ」
「遊撃手さん。貴方、悪魔に憑かれていますよ」
「三塁手さん。貴方、悪魔に憑かれていますよ」
と、精神攻撃をかけていくものだから、
「うわあああああ! エクソシストだ、あの女はホンモノのエクソシストなんだぁ!」
「もうおしまいだああ、俺ァ悪魔にとり殺されちまうんだあ!」
「野球なんかやってる場合じゃねぇよ!」
「おが――ぢゃ――ん!」
……こんな感じで、野球どころではなくなっているのである。
連中のメンタルの弱さは大概だが、正直無理もない。
目の前であのバントホームラン三連発をかまされては、どんな妄言も信じてしまおうというものだ。
(とにかく、あのバントだ……)
直球も打つ、変化球も打つ。
さっきの打席など、ほとんど敬遠のつもりで、思いっきりベースから離れたところに投げさせたボールを、かすめただけだ。
せいぜいファウルチップがいいところで、あんな角度が出るわけがない。
なのに、あの青白いバットときたら物理法則クソくらえでボールを運んでしまう。
「まったく、なんだってこう女運が悪いんだよ、俺ァ……」
相手ベンチを見れば、シスターに抱きつかんばかりのハミルトン監督の姿があった。
「ハッハー! だから言ったろ、すごいヤツがいるって! 俺が推薦したんだからな! な!」
事情を知るものからすれば現金な限りだが、現に彼女一人で試合を振り出しに戻してしまったのだから、文句などあろうはずがない。
そして、最終回までには、あと一打席――かならずラングマリに回るのだ。
「どうすりゃいいんだ、どうすりゃあ……」
「どうすればいんだ、どうすれば……」
と、こちらアルゲニーズベンチでは、ガードナー投手コーチが頭を抱えていた。
珠姫のデビュー戦では「辞めてやる」とベンチから失踪してしまった彼だが、次の試合から何事もなかったように職場復帰していた。
選手たちはこぞって「ですよね~」と口をそろえたものである。
「コーチ」
平板な声に振り向くと、ロッカーに続く廊下に、立ちすくむ小さな人影があった。
ちんちくりんの小さな体に、両目の上にもっさりかぶった黒髪。
「おぉ、タマキ」
「あの方は……?」
「あの方? ああ、ラングマリか」
「らんぐまりサン、というのであルますか」
記憶を探るような間の後、
「……あの方は、いつから向こうのチームにいるのであルますか。前からであルますか」
「いや、今日かららしい。ルーキーリーグから緊急招集したんだと。なんだ、やっぱりアレはお前のお仲間か?」
「面識は……あルません。……たぶん」
「たぶん?」
「前に会ったことがあるかもしれないであルます。ですが……ないかもしれないであルます」
会話がかみ合わないことは多いものの、言葉そのものはきっぱり発する珠姫である。
こんなふうに口ごもるのは初めてのことだった。
「よく分からんが、何か知ってることがあったら教えてくれ。今は一つでも攻略法が欲しい」
こっちの投手陣はシスター以外の打者をよく抑えている。
それでも、次に一点取られたら、ほぼ間違いなく決勝点だ。
「……手は、二つ、あると思うであルます」
ベンチ中の注目が、珠姫の口元に集まった。
「一つは、バットに当てさせないことであルます。かすりもさせないところに投げるか、かすりもさせないボールを投げるか」
「たしかにな。しかしやっこさん、当てるのだけはメジャー級だぞ。そう簡単な話じゃあない」
これまでのラングマリの打席での身のこなしを見るに、野球そのもののスキルは素人以下だ。
だが、こと『バットに当てる』ことに関しては、よほど練習しているらしい。
90マイルの速球にも、鋭く逃げる変化球にもきっちりついてくる。
そして、ほんの少しでもかすることができれば、彼女の勝ちなのだ。
「たシかに。暴投覚悟で思い切り外さないと難しそうであルますね」
「それで、もう一つの対策というのは?」
「対策と言えるかどうかは分かりまセん。ワタシにもどうなるか分からないであルますので」
「かまわんさ、言ってくれ」
と頼みながら、ガードナーはもう彼女が言おうとしていることが見えていた。
そう。確かにそれしかない。
どんな策を弄するよりも明快で、どんな武器を持ち出すよりも強力な、ピッツバーグ・アルゲニーズが誇る最強の矛。
使うべきときは、今だ。
「コーチ」
珠姫はいつも通り平板な、しかし、きっぱりとした口調で言った。
「次の打席、ワタシに投げさせてくだサい」




