11th inning : Do you wanna win the title so much?
考えられない打球の軌道をまだ目で追いながら、ドビーも開いた口がふさがらない。
(あ、あのボール球にバットが届くのか……? いや、それより……)
あの光球を。
モントレーのスイングを弾き返し、審判もろとも自分をぶっ飛ばした、クレイジーとしか表現のしようがないボールを、いとも簡単に打ち返した。
状況を考えれば、喜ぶべきだろう。
だが、それよりも戦慄が走り抜けた。
何度も対戦してきた相手だが、これほどのパワーを持っていたとは――まさにモンスターだ。
「! どびーサン!」
マウンドから珠姫の声が飛び、ドビーは我に帰った。
と同時に、
「うおっ?!」
いきなり地面の感覚が消えた。
【な、なんだァ?】
観客席が再びのどよめきに包まれる。
バズワルドが、突然ドビーの胸ぐらをつかみ、その体を持ち上げたのだ。
「や、野郎……っ! 何しやがるっ!」
外そうともがくドビーだったが、あのモントレーを片腕でリフトアップした怪力だ。とうてい抜けそうにない。
両軍のベンチ陣が一斉に立ち上がり、審判も「何をしている!」と怒声を上げる。
だが、バズワルドはそれらに目もくれず、地の底から這い上がるような声をドビーに向けるのだ。
「そんなにタイトルが欲しいか、ドビー?」
「な、なに?」
ポーラベアの顔は、憤怒に燃え盛っていた。
「俺にバットを振らせまいってつもりだろうがな、そうはいかねぇ。勝負しろ、黒いチキンが」
「何をワケの分からないことを言ってんだ、放せてめぇ!」
足をバタつかせるドビー。
モントレーに続いての暴挙に、スタジアムはブーイングの嵐だ。
「やめんか、バズワルド! 退場処分にするぞ!」
主審が声を張り上げると、ポーラベアは舌打ちとともにようやくドビーを放り捨てた。
「ザコが……黙って打たれてりゃいいんだよ」
吐き捨てて、打席から離れてゆくバズワルド。
もちろんそのまま試合再開というわけにはいかない。
ホーム周辺は両軍ベンチから出てきた選手とコーチたちで、もみ合いになっていた。
さらなるブーイングの中、審判がタイムを宣言し、事態を収めにかかる。
「ゲホッ、グホッ!」
「大丈夫であルますか」
咳こむドビーに、珠姫がかがみこんで声をかけた。
「くそったれ、イカれてやがるぜあの野郎」
「一体何なのであルますか、あの方は。タイトルがどうの、と言っていたようであルますが」
「ああ……」
さっきは混乱してわからなかったが、ようやっと思考が追いついてきた。
つまり。
「本塁打王のタイトルのことだ。ヤツと俺は、今のところリーグの一位と二位だからな。さっき外に外したボールが、ヤツにしてみれば『逃げ』に見えんだろうよ」
「逃げ?」
「つまり、これ以上ホームランを打たせないための敬遠ってこった」
それが作戦上のことだとしてもな――と、一応付け加えておく。
よもやパスボールを演出しようとしたとは言えない。
「ですが……シーズンの終わりならまだしも、まだ五月ではないダすか。しかも今日打った二本で、どびーサンとはまた差がついたのに」
「俺だってそう思うさ。だがよ、あいつの本塁打王への執着は異常なんだ。……ああチクショウ、アザになってんじゃねぇのかコレ」
ドビーはまだ痛むノドをさすった。
「あの野郎はな、人種差別主義者なんだよ。去年、タイトルを獲ったときの会見で、『最強打者の称号を白人の手に取り戻した』とぬかしやがった。実際、ここ数年は本塁打王のタイトルは黒人か中米の選手が連続して取ってたからな」
珠姫の視線が、ドビーの黒い肌に流れた。
「お前には分からんかもしれんが、この国でそんなことを口にしたら大変なことになる。実際マスコミや人権擁護団体から機関銃みたいなバッシングが飛んできてな。そん時はヤツが謝罪してどうにか収まったんだが……フン、案の定まったく懲りちゃいねぇ」
「つまり、彼は黒人であるアナタがタイトルを取ることに恐れを抱いている、ト」
「恐れる? そんな可愛いモンじゃねぇ。憎悪だ。タイトルを守るためならヤツは人殺しだってやりかねねぇよ」
もつれにもつれた人垣がようやくほどけてゆく。
おのおのの陣営に戻ってゆく選手たち。
一方、当のバズワルドはというと、自軍のベンチ前でガムなど膨らませ、てんで他人事の様子だ。
審判に何か注意されているようだが、右から左に聞き流しているのは遠目にも明らかだった。




