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10th inning : The monster is here!

 ニックネームは「ポーラベア(ホッキョクグマ)」。

 だが、六・五フィート(一九八センチ)、二六八ポンド(一二一キロ)の巨体は熊というより雪山そのものだ。


 昨年はリーグ三年ぶりとなる五十本塁打の大台を突破し、今季もここまで十八本とドビーを上回る。

 その上この試合でも二アーチを放っているとなれば、スタジアムがモントレーをしのぐブーイングで膨れ上がるのも無理はなかった。


 バズワルドは山が動くような重厚な歩みで、ドビーのもとへ近づいた。


「よう、ドビー。面白ぇオモチャを仕入れたじゃねぇか。次の出し物は空飛ぶゾウか? え?」


 ニヤニヤと笑いながらそう言う。

 ドビーはチッと舌打ちし、


「仮にも味方に、あの扱いはあんまりひどすぎねぇか。白クマの旦那」

「何がァ? 俺はゴミ掃除をしただけだぜ。ジャップに抑えられるヤツなんぞ、クソほどの価値もねぇよ」


 四角く刈った口ヒゲをクックッと震わせて笑う大男。

 相変わらずイヤなヤローだ、とドビーは苦虫を噛む。

 が、今はこの男のバットに賭けるしかない。


 バズワルドはのそりと右打席に立つと、やおら上体を前に傾けた。

 通常のクラウチングスタイルよりさらに角度の深い、ほとんどホームベースにおおいかぶさるような構えだ。


 これだけベース近くに体を置かれると、バッテリーは内角を攻めにくい。

 手元が狂えば、ぶつけてしまう可能性があるからだ。


 しかもこの男、少しでも胸元近くに来ただけで投手をにらみつけること数知れず。

 バットを振り上げて恫喝した回数だって、両手ではきかない。

 気の弱い選手ならそれでもう術中だ。

 実際この試合での二発も、投手が恐れをなした末の外角球だった。


【さァ、昨年のホームラン・キングが打席に入った! ウソかホントか知らねェが、ロサンゼルス巡業に来たスモウ・レスラーを、ストリートファイトで投げ飛ばしちまったって噂のトンチキ野郎だァ! コイツを吹っ飛ばすのはちょいとホネだぜ、どうするよタマキ!】


 丸太のような腕の上に、バットがゆらりと首をもたげた。

 右ヒジの上がった典型的な長距離打者の構えである。

 両眼は獲物を見据え、気迫には寸分の緩みもなし。

 俺も吹き飛ばせるものならやってみろ――そんな雰囲気がマスク越しにビチビチと伝わってくる。


「来なよォ。レディ・ニンジャァァ……」


 だが――とドビーは考える。


 いくらバズワルドといえど、人間を吹っ飛ばすようなボールを打てるだろうか?


 無理だ。


 なら、ここはまず打者に頼らず、確実に同点にする場面だ。


(そのためには――)


 ドビーはゆっくりとヒザを動かし、体を横に滑らせた。


 珠姫はゆっくりと振りかぶった。

 同時に光の粒が渦を巻き始める。

 初球から行く気だ。


 グラブが光にまみれ、左のヒザが高く天を突く。

 巨象のごとくゆっくりと、しかし圧倒的な力感で降りてきたスパイクが地面を噛み、旋回する肩に遅れて右腕がしなり、


「十貫球!」


 そしてドビーの構えたコースは外角、ストライクゾーンのはるか外側だ。

 完全なボール球に、バズワルドはぴくりとも動かない。


 まず、バットの届かない位置にボールを投げさせる。

 そしてその上で、ボールをワザと後ろにそらす。

 パスボールで走者が還り、難なく同点だ。

 もちろん捕手のエラーだが、あんなバカげたボールをどう捕るのだと言い張れば、反論できる人間などいるはずもない。


 ここだ、とドビーがボールの軌道からミットを外したその瞬間、


「じぇああアアアアッッッ!」


 ボールが消えた。


 渾身のフルスイングが、爆音とともに白球をライトのはるか上空へと運び去っていた。


「何ィィィィィィッ!」


 ドビーの視界の彼方へ、ボールはぐんぐんと飛び去ってゆく。

 それはもう夜空を駆け昇る小さな白い点にしか見えない。

 右翼手のケフトンは棒立ちで見送るだけだ。


 ――が。


【あっ、いや……これはファウルだ! 大きな当たりだがバズワルドの打球はライトポールのはるか右に切れてゆく……えっ?】


 たしかにファウルだ。

 だが、その打球が落ちない。

 すさまじい速度を保ったまま、弾丸ライナーは一直線の軌道で上空へと伸びてゆく。


 口を開け放して見送るライト側のファンを悠々と見下ろしながら、打球は上段の観客席を越え、なんとスタジアム外壁のはるか上にある照明に直撃した。


【なにィ――――ッ? しょ、照明に当てやがった! 六百五十フィート(百九十八メートル)は飛ばさないと無理だぞ!】


 ブチ割られた照明から破片が落ち、直下の観客が悲鳴を上げて逃げまどう。

 ファウル一発でスタジアムが中華鍋の中のような騒ぎだ。


【だ、ダメだ……こいつは人間じゃねぇ……化け物だ! こんなのに勝てるわけがない! 逃げろ、タマキィィィィ!】

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