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ティティの炎  作者: 高津
島国ディースクール
7/7

ナビ

 港、だ。先の見えない水の塊。

 本物の海も船も初めて見る。


「海は初めて?」

「うん!」

「シーズ地方から出た事はないの?」

「多分……。少なくとも物心ついてからは」

「そう。じゃあ色んな初めてが見れるね」

「……うん!」


 手を引かれ、そんな他愛もない事を話しながら歩く。


「さ、着いたよ」


 大きな看板のついた平家の店。


「ここは……酒場? こんな時間からやってるの?」

「漁師や旅人も多いから早くからやってるんだよ」


 なるほど。リックスの後ろに並んで店に入る。


――――カランカラン


「いらっしゃい」


 酒場のご主人の低い声に合った、薄暗い空間に落ち着いた照明。まるで夜みたいで不思議な感じだ。


「学者先生。今日はナビちゃんが来てるよ」

「本当ですか! どちらに?」

 

 どうやらリックスの探し人が来ているらしい。

 ご主人はグラスを拭きながら奥の方を見やった。リックスも追って視線を向かわせると、表情が変わった。


「……。彼女が?」

「そうだ。彼女がナビ・フォルゲッタ。丘の石碑の予言者さ」

「そうですか、ありがとうございます」


 訝しげに聞いた問にあっさりと返されて、リックスは笑顔に戻りお礼を言った。

 リックスが会いたかったのは予言者様だったらしい。丘の石碑と言えば、例の勇者伝承の。


「失礼。ナビさん、でいらっしゃいますか?」


 奥の丸テーブルの前に立ち、女性に声を掛けた。いや、女性と言うには少し……かなり、違和感がある。入り口からの遠目でもそうだったけど、近づけばなおさらだ。


「そうじゃ。わしがナビなのじゃ。お主がわしを探しているという学者殿じゃな?」

「あ、え……はい」


 リックスが珍しく面食らっている。

 私だってそうだ。


 それと言うのもこのナビという人、随分と幼い外見をしている。

 照明で暗い橙色に染まっているけど元は淡い色合いだと思われるフードの付いたローブ。その前身頃は魔法石が並んだ飾りで留められていて、縁は丁寧に刺繍が入っていた。下半身はテーブルに隠れて見えないものの、服装こそ予言者様か魔導士様のそれだ。だけど紫色の長い髪はリボンで高い位置で二つに結ばれていて、どんなに年上に見積もっても十かそこらの女の子にしか見えない。

 可愛らしい顔の造りと声に似つかわしくないこの口調とくれば戸惑うのが普通だと思う。


「すまんのぅ。何度か出向いてくれたようじゃが、城の地下で魔物が出てな。借り出されておったのじゃ。この年寄りでもまだまだ現役。若い者には負けんからのぅ」

「年寄り……」

「ま、ま、わざわざ何度も訪ねて来る位じゃ、話しがあるのじゃろう。座りんしゃい。ほれ、嬢ちゃんも」

「あ、ありがとうございます」


 ナビさんが年寄りなら私もリックスもとんだご老体だ。

 色々突っ込みたい事もあるけど、私とリックスはお互いに苦笑いを浮かべて勧められるまま腰をかけた。


 私たちが座るのを見計らい、ナビさんはテーブルに肘を付いた。


「して。なんのようかの?」


 声音を落として、真っ直ぐと見据えてくるその瞳の色は子供ではなかった。

 ハッと息を飲んだのは私だけだろうか。

 リックスも苦笑を真面目な面持ちに変え、腰掛けたばかりの椅子に座り直した。


「丘の上の石碑なのですが」

「おお、おお、あの石碑じゃな。あれは腕の良い職人が――」

「いえ、書かれた内容の事です」


 ついさっきの瞳の真剣さは何だったのか。真面目に尋ねても対照的にカラカラと答えるナビさん。逸れそうになる軌道を間髪入れずに正すリックスは流石だ。


「うむ……。なかなかの職人であったから聞いて欲しかったのじゃがのぅ……」


 ションボリとするナビさんの姿は叱られた子供のようで母性をくすぐられるけど、ここは我慢だ。


「それはそうと、石碑には何が書かれてあるの?」

「ああ、話すのを忘れていたね。ごめん」

「何だ、嬢ちゃんは知らんのか。ディースクールの数少ない観光名所じゃ。見に行かんと損じゃぞぃ」

「それはまた、機会があったら……」


 私が口ごもると、ナビさんはニコリと笑う。


「仕方ないのぅ。どれ。わしが説明するかのぅ」

「お願いします」


 リックスが私の代わりに頭を下げた。きちんと丁寧に。多分自分もご本人から聞きたい気持ちがあるのだろう。倣って私も頭を下げる。


 ナビさんは一つ、頷いた。


「なに、この地、ディースクールから勇者が旅立つ。それだけの話しじゃ」

「…………」

「…………」


 余りにもあっさりざっくりした説明に、二人で拍子抜けした。

 まあ、どこに伝わる勇者伝承だって要約し尽くせばこんなものだとも思うけど。


「えっと……それはいつなのですか?」

「ふむ……。そろそろなのは間違いないのじゃ。しかし、これからか。それとももう旅立った後かはわからぬのぅ……」


 顎に手を当てて、ナビさんはうーむ、と唸った。リックスがわずかに眉根を寄せる。


「明確な時期はわからないと?」

「……すまんのぅ……」

「そう……ですか」


 リックスはあからさまに肩を落とした。彼女に会う為、恐らくは石碑の内容を詳しく聞く為に何日もここに滞在していたのだから仕方ない。


「あの……もう一度予言をする事は出来ないのですか?」


 一度出来たのなら、もう一度。素人考えだけど、聞くだけタダだ。

 リックスの肩もわずかに上がる。


「わしもそうしたい所なのじゃが、無理じゃろぅ。十数年前のある日から、突然視えなくなってしまったのじゃよ」

「え……っ」


 まさかの答えに言葉が詰まった。


「せいぜい、視えても明日の朝食くらいじゃ」

「……近い未来は、まだわかると?」

「それは……やってみない事にはのぅ」

「可能性はある、と」


 リックスは何故ここまで執着するのか。勇者になりたい、と言うのもあながち冗談ではなかったのかも知れない。


「もし明日、勇者が旅立つならわかるのでは?」

「ふむ……」


 そんなの、どれだけ低い確率だろう。普通に考えて、まずあり得ない。

 短い付き合いながらも、賢明な彼らしくないと思える程に食い下がるリックス。ナビさんは短く息を吐いた。


「学者殿も熱心じゃのぅ」


 困ったようにナビさんが頭を傾けると、紫色の髪もふわりと踊った。


「……すみません」


 リックスも一呼吸置いて謝罪した。初対面でなくても、さすがに無理がある。私だってわかるくらい。


 ナビさんは、いいんじゃよ。と瞳を細めた後に、ふと思案の表情を浮かべた。


「ほぅ……。いや、精霊も機嫌が良さそうじゃ。どれ、試してみるとしようかの」

「え……?」

「学者殿、あまり期待はせんように頼むぞぃ」


 ナビさんは唐突に椅子から降りると、傍らに置いていた杖を握った。ナビさんより大きくて、私の顔の高さ程もある杖。装飾も多く施されていて、なかなかに重そうだ。

 それを両手で支えている。


「善は急げ。今が好機じゃ」


 強い眼差しに不釣り合いにも見える、見た目相応の笑顔は楽しそうだ。


「主人! 少々騒がしくするが、許してくれるかのう!」


 ご主人にそう言い放ち、返事を聞く前に杖でぐるりとナビさんを中心に円を書いた。

 一瞬にして集中する事が出来るのはさすが予言者様。だけど、この場でもう始めるなんて随分とせっかちさんだ。


 深く息を吸う音が聞こえる。


「そぉれ!」


 息を思い切り吐き出す掛け声とともに杖を床に刺すように強く置いた。すると円の縁が紫色に光り、その中には見た事のない模様が浮かび上がった。


「ほぅれ、もういっちょ!」


 杖を高く掲げてからまた音が鳴るほど強く置くと、紫色の光りは噴水が上がる様な勢いでナビさんを隠した。光りは円から湧き出て滴りながら、天井にまで届きそうだ。酒場の暗さが相まって、その輝きを一段と引き立てている。

 座ったままで良かった。驚いて腰が抜ける所だった。


 精霊の力を使うと言うことは予言も魔法の一種なのだろうか。あの掛け声とは似つかわしく無い、リックスの白魔法とはまた違う妖しくも魅せらる紫色。

 蝶の様な何かも現れて、光りの周りを回っていた。はばたく度に舞う金粉は、地に落ちると消える。


「凄いね……」

「ああ……。こんな魔法は初めて見た」


 呟き答えるリックスを横目で伺う。


「ナビさんて、何者なのかな?」

「詳しくは知らないけど。不思議な人、だね」


 不思議な人。確かに同意だ。

 あんなに幼く見える外見とは裏腹に、本当は本当にかなりのご高齢のような気もする。さっき十数年前からどうのって言ってたし。その割に偉ぶる訳でも、偏屈な部分もあまり見えない。何と無く、一つ一つが不均等な感じさえする。

 そして、こうも簡単に予言の魔法を行ってくれる。


「だけど、人から聞いた話しでは予言の力は確かなものらしい。いくつもの出来事を当てている実力者には間違いないよ」

「そうなんだ」


 実績のある凄い人なんだ。そんな人が今でこそ予言の魔法を使ってくれているけど、視えなくなるなんて。

 こうしている限りでは、魔力が衰えている風にはとても見えないのに。ひしひしと伝わってくるその強さは、計り知れないくらいだ。

 じゃあ魔力のせいじゃないのかな。その理由なんて、考えてもわかるはずもないけど。


 対してリックスは何を考えているのだろう。

 表向きにはぼんやりと、私たちは魔法が終わるのを待っていた。



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