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ティティの炎  作者: 高津
島国ディースクール
6/7

獣人と言うもの

 宿屋から出ると、私の知ってる街や村とはあまりにも違う、ディースクールと言う国に目を奪われた。

 宿屋や民家は木造りが多いけど、レンガで建てられた大きな建物や、さらに遠くにはお城だろうか、なびく旗が見える。

 舗装された道の両脇や井戸の周りには色とりどりの花や木が生えているし、こんなに沢山の緑色を見たのは初めてだ。

 何処を見ても色彩豊かで美しい。

 空には魔力の持たない鳥、地には小動物も居る。どれだけ広範囲で結界術を張っているのだろう。人間も動物も皆安心しきっているようで、私も居心地の良さを感じる。


 もちろんドゥーバーンもドゥーバーンで、素晴らしい文化がある。此処とはまた違った、美しい景色もある。

 だけどとにかく、目に映る物全てが新鮮で、特別な物に思えた。


「あんまりキョロキョロしてると、人にぶつかるよ」


 歩く度に新しい何かが目に映るのが面白くて、少し挙動不審だったかも知れない。

 一つ頷き、きちんと真っ直ぐ前を見てリックスの後を追う。


 少し生臭いような、しょっぱいようなそんな臭いを風が運んでくる。どうやらそちらの方へ向かっているようだ。

 そんな風に鼻で探りながら、しばらくは横に並んで一緒に歩く事を頑張った。けれど進むにつれて変わってくる街の様子に頑張りも揺らいでしまう。リックスの喋る言葉もただの音として耳から通り抜けていく。

 

 競うように並んだ露店、威勢の良い物売りの声がそこらかしこから響く。

 すれ違う人の数も多くなって、服装から肌や髪の色も多種多様。


 一歩進んでは足が止まる。

 真っ直ぐ前だけ見て歩くなんて、到底無理。進まなきゃ、と意識はあるのに、それに従えないのは人の流れに押されてるせいじゃない。

 青い長髪のあの人は中性的だな、とか、あの巻きスカートの作りはどうなってるんだろう、とか。山積みの果物や、可愛らしい小瓶に入れられた薬。短剣の手入れに必要な油。装飾の細やかな銃や盾、は使わないにしても、人も品もどれも私の興味をそそる。

 油を買える位の銅貨なら持ち合わせにあったかな……。


「ねぇ、リックス!あ……れ……?」


 気付くと私の少し前に居たはずのリックスの姿が見えない。

 おいていかれた!?

 見渡しても人混みの中に居て、どうにも視界が悪い。リックスの忠告を聞いておけば良かった。

 後悔しても後の祭り。

 元の宿屋で待っていようか。誰かに道を尋ねよう。方向音痴ではないけど、一人で戻れるかは怪しい。


 少し緊張する。意を決して次にすれ違う人に話しかけようと決めた。丁度、露店に挟まれた小屋から出てきた人がいる。胸を押さえながら声を掛ける。

 少し落ちかけた陽の逆光が眩しい。


「あの、すみません!」

「ん? なんだい?」

「道を……」


 そこまで言って息を飲んだ。

 声を掛けた先には、私より頭二個分は大きい男性。そして私と同じ、ではないが、明らかに人間と異なる耳が付いている。

 隠すでもなく堂々と、色んな音を拾ってるであろうピクピクと動く耳に眼を見張った。


「獣人……?」


 口を突いて出た言葉は、問いかけじゃない。自分自身への独り言みたいなものだった。

 だけど目の前の男性の耳にも届いてしまったらしい。表情は、あからさまな嫌悪に変わってしまっている。


「なんだ、獣人だと悪りぃのか?」

「い、いえ!そうじゃなくて!」

「あ?」

「なんで……耳を隠してないのか……っとっとっとっ!?」


 思ったままに答えようとしたら、後ろから突然の衝撃。


「うわっ」


 不意打ちによろけるけど、白い腕が私を支えた。


「リックス!」


 離れていたのほんの数分だっただろう。けれど、私にしてみれば随分長い時間に感じた。


「待ってて、言ったのに。聞いてなかったの?」

「……うん」


 私が聞き流していた言葉の中には、大事な情報があったらしい。迷子になるのも自業自得だ。

 私の勝手な行動にいつもの微笑が消えてはいるものの、見知った顔に安堵した。


「危ないよ」


 そう言って胸に引き寄せるリックスの視線の先には、さっきの獣人の男性と誰かが言い争っている姿があった。


「獣人が!目障りなんだよ!」

「ぎゃーぎゃー喚くあんたの方は耳障りだけどな」

「なんだと!?もういっぺん言ってみやがれ

!」

「ああ、ああ、弱い犬程よく吠えるもんだ」

 

 煽る獣人の男性も男性だが、くってかかるもう一人のおじさんも大概だ。

 さっきまで私と話していたのだから、獣人の男性が何かしたとは考え辛い。おそらくは、言い掛かりを付けられているだけだろう。私にもそんな経験があったから、そう推測する。確信ではないから、間に入る事は出来ないのがもどかしい。


「人に罵声を浴びせる前に、まずあの嬢ちゃんに謝るのが筋ってもんじゃないか?」

「あぁん?」


 獣人の男性が顎で私を指すと、こめかみに青筋を立てた顔が振り返ってきた。

 この人が私にぶつかって来たのか。それなのに別の人に難癖を付けてるあたり、やはり推測は正しかったらしい。


 舐め回すような目玉の動きが気持ち悪い。

 見下し嘲笑うような表情が苦手だ。恐怖さえ感じる。

 だけどもう私は幼くない。雨に濡れた仔猫みたいにうずくまる事なんて、しない。


 心配そうに私を見やるリックスから離れて、一歩詰め寄る。

 目を細めて睨みつければ、わずかにたじろいだ様子を見せた。


「おじさん」

「な、なんだよ」

「謝って」

「ちっ。……すまねぇな」


 耳も尻尾も隠しているから人間に見えるのだろう。あっさりと謝ってきた。言葉だけの謝罪には腹が立つけど、実害はなかったから良い。

 それより。


「このお兄さんにも」


 獣人の男性の腕をぐい、と引っ張る。


「あ?なんで獣人なんかに!」


 予想通りの反応。

 短く息をすって、反論にかかろうとした時、隣りからガハハと豪快な笑い声が聞こえて拍子抜けした。


「まさか嬢ちゃんに庇われるとはな!」


 嬉しそうに私の頭を帽子ごと撫で回した。

 反射的に帽子を引っ張って擦れるのを防いでいた自分が、酷く狡く感じる。

 まだ私は仔猫のままだったらしい。


「ありがとよ、嬢ちゃん。いやなに、日常茶飯事さ、こんなもん」


 そう言って人差し指を立てると、小さく何かを呟いた。


「な、何やってやがんだ!じゅ、獣人が呪文唱える真似事かよ!」


 狼狽えるおじさんを尻目に、クッと笑う様に喉を鳴らした。


「真似事かどうか、もうわかってんじゃねぇのかい?」


 指先に集まるほんの小さな灰色の綿の様なかたまり。私はその魔法と、魔法の主の顔とを何度も見比べる。


「ほれ」


 軽く指を動かせば、おじさんの頭の上に塊が止まる。数秒の間もなく、そこから小さな水の粒が流れ落ちていく。それは確かに、水の中級魔法だった。


「う、うわっ!魔法を……獣人が……!」


 水に濡れながらも避けようとするが、塊は付いて回る。逃げるのが無意味だと気付くとおじさんは腰が抜けた様に座りこみ、放心していた。

 しばらくすると水分を全部出し切ったそれは白く蒸発して消えた。


「ま……魔王の使いだ!!」


 放心から抜け出したおじさんは、物騒な事を叫んだ。まだ抜けた腰のまま、辺りの露店商に必死に訴えている。

 私もはっとして周りを見渡す。大騒ぎになったっておかしくない。

 だけど、幾つもの冷ややかな視線が、おじさんを攻撃しているだけだった。

 魔法石を並べていた露店商の女性は、わざとらしいくらい大きな溜息をついた。


「この男は立派に漁師として働いて、魔法を使って船も守る」

「……え?え?」

「あんたみたいに、自分から喧嘩売ったりしない。ましてやこんな事があったって、手出し口出し無用って言ってる様な奴さ」

「いや……でも……」

「獣人だからって、何が関係あるもんかい! あんたよりよっぽど人間が出来てるってもんさ!」


 お腹に響く位の声量に顔をしかめながらも、他の人たちも一様に頷いている。

 おじさんじゃなくても、不思議な光景だ。

 獣人のなかにも稀に魔力を持つ物が居るとは知っていた。だけどそれは、魔王に使える手下だと。もしくは魔王になり得る者だと、普通の獣人よりも忌み嫌われる存在のはずだった。

 それなのにそんな色眼鏡なしで彼は認められている。

 喜ばしい光景のようでいて、頭痛がする。今日一日で私が今まで培ってきた価値観が、ひっくり返った気がした。


「自分で確かめた訳でもない真実を信じるような、了見の狭い人間はとっとと国に帰りなさいな!」

「お……おまえら、いかれてやがる……!」


 捨て台詞を吐きつつも、露店商の女性の言葉に追い立てられるように、おじさんは何度も躓きながら走って行った。

 フン、と露店商の女性が鼻息を吐いた。それを合図に、それぞれが日常に戻って行く。


「嬢ちゃん、ありがとな」

「あ……はい……」


 再度言われたお礼に、居心地の悪さを感じながら返事をした。


「さあ、俺たちも行こうか」


 リックスに声を掛けられ隣りに並ぶと、手を取られて驚いた。思わずリックスを見上げる。


「またはぐれられたら、堪らないだろう?」


 茶化すようにそう言われて、なんとも返せない。

 右手に繋がった温もりを見ながら思うのは、私は意外と幸せ者なのかも知れないと言う事。

 人生のうちに二度も手を引いてくれる人に出会えたのだから。



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