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ティティの炎  作者: 高津
島国ディースクール
5/7

温かい昼食

 布団を片付けて、窓際からテーブルを引っ張って真ん中に置いた。

 そうしているうちに、リックスは食事の香りを連れて戻ってきた。

 さっきの今で、もう出来るのだろうか。一度感じとってしまえば、それを追うのは容易い。


「ん、良い匂い……」


 何の香辛料だろうか。嗅ぎ慣れない、けれど美味しそうな匂い。

 嗅覚を刺激されて、いよいよ独奏会を始めそうなお腹に手を置いた。腹筋に力を込めてみる。多分意味は無いけど。


「丁度お昼時だから、すぐに出来るみたいだよ」


 私の様子を笑いながら、リックスはテーブルを挟んで私の正面に腰を下ろす。

 そしてテーブルの上に短剣と皮袋を置いた。私が意識を失う前まで身につけていた物だ。


「ティティの着替えの時、荷物を預かって貰ってたんだ」

「ありがとう」


 もしかしたら無くなっているかも知れないと思っていた荷物。無事で良かった。

 皮袋には、縄や火打石に砥石、薬などの必需品と多数の雑貨。まあ大事ではあるけど、代わりがきく物ばかり。


 だけど赤い石が光るこの短剣は、そうはいかない。

 私の幼少期の何年かを一緒に過ごした人の形見だから。他にも住処に形見は有るけど、それは生前、捨てる様にと渡された本を勝手にとっておいただけの物。

 私に、と贈ってくれ残っているのはこの短剣だけ。

 何度命を救ってくれたかもわからない、相棒であり戦友である。命の次に大事だと言っても過言じゃない。そもそもこの短剣が無ければ獲物を狩る事さえ出来ないのだから。

 短剣を手に取り、抱きしめる。


「大事な物なんだね」

「うん」


 リックスは必要以上に問い質したりしない。私はただ頷くだけで良かった。



「さあ、食事の用意が出来ましたよ」


 カラカラと間仕切り戸を開けて、女将さんと思われる女性が声を掛けてきた。

 着替えをして貰ったのだから、お礼の一つも言わなくては。

 そう思っても肩がすくんでしまう。きっと侮蔑の視線が向けられているに違いない。


 だけどあっさりと予想は外れた。


「いやー、良かったねぇ。一昨日連れて帰られた時はどうしたものかと思ったけれど、すっかり治って」

「え……あ、はい」

 

 困惑しながら返事をする。

 にこにこと料理をテーブルの上に並べながら、私がどんな状態で運ばれて来たかを話す。


「血は止まってたけど、あんな傷。絶対助からないと思ったわよ」

「はぁ……」

「この国には治癒魔法師様がいないからねぇ。あなた、運が良かったわよ。強運よ強運!」


 にこにこがガハハと言う笑い声に変わる。

 なんだろう。今まで十五年生きてきて会う事の無かった人が今日だけで二人。ドゥーバーンがおかしかったのか? それともこの二人が変わり者なのか。

 どちらにせよ私は胸を撫で下ろした。


「そうですね……」


 その安心から出された料理に目も心も奪われて、生返事を返す。見た事の無い料理だが、食欲をそそられる。鶏肉と穀物や香辛料が一緒になった、具沢山の粥みたいな物。

 私の物欲しそうや視線に気付いて女将さんは、今度は料理の説明をする。


「久々の食事でしょう? 肉も入って、胃にも優しい料理にしたのよ。いっぱい食べてね」

「はい!ありがとうございます!」


 視線が肉にくぎ付けな事は許して貰いたい。

 何日ぶりかの食事。もっと言えば丸焼き以外の料理は何年かぶりだ。


「学者先生もたんと召し上がって下さいな」


 他にも何品か並べ終わると、いや良かった良かったと繰り返して、部屋を出て行った。

 あ、お礼を言ってない。……また後で良いや。

 温かいうちに食べなきゃ料理に悪い。

 そう言い訳して手を合わせる。


「いただきます」

「いただきます」


 まず一口。ああ、美味しい。頰が緩む。

 その一口を噛み締めたら後は本能の赴くままに食べる。食べる。食べる。熱い。でも食べる。

 止まらない私に反して、リックスは一瞬呆然としたようだったけど、少しすると自分のペースで食べ始めていた。



 お互いがある程度空腹を満たした所で、聞いてみる。


「学者先生なの?」


 残り少ない粥を掬う。


「そうだよ。魔法を専門に研究してる」


 へえ、通りで。魔法に詳しい訳だ。

 納得しながら粥を口に運ぶ。もう熱くないからすぐ胃に流れていく。


「旅の学者。洒落てるでしょ?」


 正直その洒落加減はわからないけど、学者が旅をするなんて珍しい。旅の楽士、は聞くけど、似て非なるものだ。似てるのは響きだけだし。

 魔法の研究ならなおさら、机の前か魔法陣の前が定位置じゃないんだろうか。


「旅の理由が気になる?」


 私の事はたいして聞かないのにリックスに突っ込むのは躊躇ったけど、そんなのお見通しらしい。素直にうん、と返事した。


「今は勇者伝承について調べてるんだ。もちろん魔法の研究もしながらだけど。もうそろそろ魔王をどうにか出来ないかと思ってね」


 勇者伝承は各地にある。魔王が現れれば勇者も現れる。それが何年も前からわかる人たちがいるらしい。

 俗に予言師などと呼ばれる人たち。私はあまり詳しくはないけど。


「どうにか、って?」


 魔王なんて、勇者が倒してくれるもの。

 研究なんかして、何になるのだろう。

 

「あわよくば勇者の仲間にでもなれないかなって」


 なるほど、そんな選択肢があるんだ。

 ほんの数時間前には私を勇者に仕立てあげようとしていたのはその為か。


「リックスが倒すの?」

「……出来ると思う?」


 質問に質問で、しかも笑顔で返されると返答に詰まる。また、そうなれば良いな。くらいの言い合いなのがさらに困る。

 私が勇者になるよりなら、余程可能性があるとは思うけど。


「……わかんない」

「うん。俺もだよ。だから研究してるんだ」


 食べ終わり、食器を置いて、ふと気がつく。


「もしかして、私のせいでディースクールから旅立てなかった?」


 勇者になりたい? かも知れない旅の学者先生が、私の為に時間をまるっと無駄にしてしまったのなら申し訳が立たない。


「いや、この国で会いたい人が居るんだけどなかなか会えなくてね。次の街に行くのはその後だ。だから気にしなくて良いよ」

「本当?」

「うん。なんならこれから行ってみようか。会えるかはわからないけど」

「え、良いの?」


 思い掛け無い申し出に、胸が高鳴る。

 知らない国を見て回る好機。

 もしかしたら、怪我も治り元気になったのだから放り出されるかも知れないとも思っていた。その分の嬉しさもあった。

 私は二つ返事で了承した。




 出掛けると言うと、女将さんが新しく服を用意してくれた。

 良かった。この質素過ぎる服はやっぱり寝巻きだったんだ。借り物にケチを付ける訳ではないけど、動きにくいのは慣れないから助かった。

 ボロボロに着れなくなってしまった私の服とあまり形の変わらない上下だ。ただ、ご丁寧に尻尾穴が開いていた。

 私にして見れば斬新な設計。少し履くのを躊躇いつつ、尻尾は腰に巻く布を、耳は帽子を貸して貰って隠して事なきを得た。

 リックスも女将さんもそんなの必要ないと言ったけど、それは聞き入れられない。

 短剣と皮袋も装備して、準備は万端だ。

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