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ティティの炎  作者: 高津
島国ディースクール
3/7

治癒魔法の心得

「丘の上ですぐに治療しようとしたんだけど、傷の量も深さも手に負えなくてね。出血を止めるだけで精一杯だったんだ」


 私の記憶のないところでリックスは奮闘してくれていたらしい。誰かが自分の為に何かしてくれるなんて、何年ぶりだろう。

 不謹慎かも知れないけど、申し訳なくも照れ臭いような気持ちになった。

 けれど素直じゃない私は、それを隠して聞く。


「……治癒魔法師様なの?」


 もともと魔法が不得意な人間もいるけど、得意だからと言って、治癒魔法を始め他の難しい魔法を使える訳じゃない。

 例えば水の最上級魔法が使えたとしても、治癒の最下級魔法が使えない事もある。

 それ位難しい物だから、治癒魔法の素質があれば大抵が治癒魔法師になるらしい。

 そう本で読んで事がある。私は意外と勉強家なんだ。


「いや、そんな大層な職じゃない。だけど魔法学校で治癒魔法を専攻していたよ」


 治癒魔法の専攻、がどの程度の実力かはわからない。まあ魔法学校を出ているなんて結構なエリートなのは確かだろうけど。


「手に負えない程の傷なんでしょう? 魔法をかける意味はあるの?」


 やってみてダメなら、ただリックスの精神力を無駄遣いする事になる。


「試してみる価値はあるよ。きっと治る」


 不安そうに見えたのだろうか。リックスは私を安心させるように、額から頭にかけて二度撫でた。

 リックスは何故こんなにも、他人に触れる事に躊躇がないのだろう。胸がドキッ、かズキッ、かよくわからない鳴り方がした気がした。


「じゃあ……お願い」


 普段なら怪我をしても薬草を塗り込み、はい終了。だけど、今回はそうはいきそうにない。

 正直、まだリックスを信用し切ってはいないし、魔法に身を任せた事もなくてやっぱり怖い。かと言って、自然に治るまでこの痛みと同居は無理。

 うん、可能性があるなら頼るしかない。


 私の決意にリックスは頷くと、ちょっとごめんね、そう断って掛け布団を取った。


「うわ……」


 露わになった身体を視線だけで確認すると、予想以上の酷さだ。

 細かい無数の切り傷と深くえぐれた傷。

 リックスのおかげで一部からわずかに滲み出る血の他は、不自然に傷口にこびりついて流れ出るのを止めている様だった。

 浅いのから深いの、大小各種取り揃えられている傷の見本市みたいな自分。

 これ、本当に治るんだろうか。


「大丈夫、服は女将さんが取り替えてくれたんだよ。安心して」

「あ、そうなんだ……」


 何だかリックスと話してると、調子が狂う。

 心配なのはそこじゃないけど、言われてみれば私が着ていたのとは違う服だった。


 それは見た事の無い、上と下が繋がっている……と言うよりは短い袖はあるものの、上半身から太腿の上までの一枚布を巻かれているような服だ。臍の辺りでグルリと太めの布が巻かれて肌蹴ないようになっている。

 寝巻きなら充分だけど、これで出歩くにはかなり質素。もしも戦ったり激しく動けば間違いなく見えてしまう。何とは言わないけれど、絶対落ち着かない。


 見えると言えば、尻尾も見えてる。服の色合いが地味なわりには、全身に傷模様が入ってるせいか、橙と黒の縞模様はそこまで浮いていなかった。


「大丈夫だよ」


 今度の「大丈夫」が何を指しているかわからないけど、リックスはそう言って指で私の額に文字を書き始めた。

 魔法の効果を高める為に必要なんだろう。


「腕と脚にも書いていくよ。その間に、心の準備をしててもらおうかな」

「準備?」

「そう。治癒魔法の効果は、使う側はもちろんだけど、かかる側の精神にも大きく影響されるんだよ」


 何それ。初めて聞いた。


「実は丘の上で血を止める為に使ったのは、治癒魔法じゃないんだ。水魔法」


 リックスは右腕に文字を書きながら説明を始めた。

 興味深い言葉に、耳を傾ける。


「傷口を塞いで血を止めるのは無理だと思って、血と言う水に留まりの魔法をかけた。丸一日位留まる強さでかければ、解けた後にも自然と凝固してる。水の精霊はそこらかしこに居るから力を借りて、精神力の負担も少なくすんだ。だから君を担いで宿屋まで戻る事も可能だったって訳」

「凄い……。水魔法にそんな使い方があるなんて、魔法学校って本には載ってない事を教えてくれるんだ……」


 私は自称勉強家だから本をいっぱい読んでいるけど、どんな本にもそんな事は一文足りとも載ってなかった。

 感嘆して呟くとリックスは笑いながら首をふった。


「いいや、全部俺の持論。大賢者様たちは皆承知の上だと思うけどね。それを大きな声で唱えたりしない。大人には色々と事情があるんだよ」


 腑に落ちないけど、言ってる事は何となくわかる。色んな事が公けに知られると困るお偉いさんなりが、いっぱい居るって事だろう。


「治癒魔法と他の魔法との違いは、手伝ってくれる精霊がいないって事。中には例外もあるけど、大体がそう。だからかかる側が精霊のような役割をする。凄く難しいみたいに思われてるけど、そんな事はないよ」


 リックスの文字書きが右腕から左腕に移った。

 私は、喋りながらよく間違えずに文字が書けるなぁ、なんて他人事のように眺めている。

 今出来るのは黙ってリックスの言う事を聞く。それだけ。


「かける側とかかる側、どちらかが治らなくて良い。って思っていれば治りにくい。例えば、ドワーフは筋金入りの魔法嫌いだろ? 彼等の怪我をこっちが必死に治そうとしたところで弾き返されるのが落ち」

「ドワーフって、魔法嫌いなんだ」

「うん。彼らは魔法を使わない。治癒魔法は受け付けないし、攻撃魔法は防げないから不便はあるだろうけど、それが彼らの普通だ」


 ドワーフは、地中に住む小柄で屈強な種族だ。ドワーフのうち、ほとんどが男で長い髭を生やしている。

 存在は知ってたけど、魔法を使わずに生活してるなんて。まだ見ぬドワーフと言う種族に少し親近感をもつ。


「俺自身、君が現れた時は勇者様かも、と思う反面警戒もあったから、心の底から治したいって気持ちになれなかったってのもある。薄情だよね」


 いや、普通の感情だと思う。得体の知らない獣人が傷だらけで現れて、何の疑いも持たない方がよっぽど変わってる。危機意識の欠如と言っても良い。

 かく言う私だって、いまだにリックスを信用してはいない。もし今リックスが心から治したいって思ってくれてるなら、それも不思議だ。勇者じゃないしね。


「じゃあ、治りたい〜治りたい〜ってひたすら願ってれば良いの?」

「うん、まぁ、それだけでも効果はあがるだろうけどね」


 そうだろうなぁ、基本的に治癒魔法師様にかかる人は治したい人に決まってる。それでも治らない人たちは大勢居るんだから、そう思う位で済むなんて有り得ない。


「じゃあどうすれば良いの?」


 尋ねると同時にリックスは左腕にも書き終えて、次に取り掛かる。


「治したいって言う気持ちは大前提。具体的な想像。これが大事なんだ」

「具体的な想像って……傷が治って走り回ってる姿、とか?」


 とりあえず私が思う例をあげてみた。


「ああ。そうだね、そういう事だよ。自分の肉体が元に戻るのを思うって事になる」


 私の例は少し違ったのかも知れないけど、間違ってもいなさそうだ。


「言い方を変えれば傷が塞がる、とかそんな事。血が止まるように想像すれば、治癒魔法でも止血出来る」

「へぇ。走り回ってるのだと別の方向に意識いっちゃいそうだから、そっちの方が集中出来そうだね」

「うん。さっきの例えは病気の治癒に使う事の方が多いかな。表面的には変わりない病気の時はどう想像して良いか難しいから、元気な自分を思うんだ。だからと言って何でも治せる訳じゃない。まだまだ研究しないと」


 リックスの穏やかな色の瞳が、一瞬悲しげに揺れた気がした。

 誰にだって過去があって、そこに不躾に踏み込んで良いはずがないんだ。

 そんな事私だって充分承知だから、気付かないフリをした。リックス程上手に出来ているかはわからないけど。


「全部書き終わったら、魔法をかけるよ。俺が誘導するから集中してね」


 私のささやかな心配をよそに、次の瞬間には瞳の揺れはなくなっていた。

 リックスは最後になる左脚に指を置いたら、深く息を吐き出した。

 平静を装ってはいても、もう相当疲れてるはず。腕で汗を拭っている。

 私の為に疲労困憊させるのはしのびないけど、ここでやめたらそれこそ無駄だ。


「わかった。上手く出来るかわかんないけどやってみる」


 私が意気込むと、リックスは嬉しそうに笑った。


「ティティは素直な良い子だね」

「な……!!」

「さて。本当は、腹か胸にも書きたいところなんだけど……どうしようか?」

「え……!?」


 こんな時は何と返すのが正解なんだろう。

 「書いて良いよ」って言えば良い? そんな、嫁入り前の娘が破廉恥な! いや治療の為だし腹位なら……。けど、でも……。

 考えを巡らしながら、何だか顔が赤くなってくる。

 他人と距離を置いてずっと一人で居たせいか、こんな感情は久しぶり過ぎて、恥ずかしいのさえも恥ずかしい。


 リックスはこちらの気も知らないで、冗談だよ、と笑った。


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