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ティティの炎  作者: 高津
プロローグ
1/7

晩御飯は突然に

挿絵(By みてみん)

イラスト/i-mixs様












 岩と砂ばかりの乾いた土地。荒れては居るが、街道だ。その街道の岩陰に、一人の少女がいた。


 頭には薄い布に色鮮やかな刺繍が施されたターバンを巻いて、腰には短剣。そしてパチンコの柄がはみ出た皮袋をぶら下げている。袖のない上着からは小麦色の健康的にしなやかな筋肉がついた細い腕が伸び、対照的に太いパンツは足首までも隠している。

 勝気な瞳は、獲物を探すのに忙しく動いていた。

 

 人里離れ、もう何年も一人で暮らしている少女の住処は、ここから馬で半日程北に行ったミストラ山にある。もっとも身体能力の高い少女は、馬よりも速く行き来出来るのだが、遠い事には変わりない。

 この荒地同様、ミストラ山もゴツゴツとした岩場がほとんどで、植物も生まれる場所を間違えたかのように申し訳程度に生えているだけだ。

 洞穴の中で眠る事にも慣れ、その代わりに寂しい、とか、悲しい、さらには、嬉しい、などと言う感情は、決して消えた訳ではないが、確実に薄くなった。逆に、虚しさは嫌と言う程身に染み付いた。


 それでも生きているのは、動物として生に執着する本能と、唯一温かさを感じる幼い頃の記憶のおかげである。


 しかし、ただ生きていくだけにしても、食料がない事にはどうにもならない。

 山にはわずかに滲み出る水以外、全くと言って良い程何もないのだ。

 だからこうして街道付近まで降りて来ては、旅人から充分な食料を買えるだけの金貨を分けて貰うか、干し肉にする為の獣を狩る。

 ここ一帯の町にも村にも、少女を雇ってくれる人間はいない。うら若き十五歳の少女が、自ら干し肉になるのを回避するには、こうするしかないのだ。


 だからと言って、旅人から金貨を分けて貰うのは本望ではない。

 貰った後に町まで行って食料を買うというのが面倒だ。何より、この先にあるドゥーバーンはそれなりに栄えてはいるし、少女が幼い頃暮らしていた事もある町だが、行き辛くもある場所なのだ。

 そうなると一度山まで戻り、また後日別の町まで遠出しなければならない。これは本当に手間だ。

 そもそも旅人にしてみても、「分けて貰う」とは勝手な言い分で、行為は追い剥ぎそのもの。迷惑な事このうえなかった。


 それに比べ、獣なら。特にこの辺りをうろつく獣は旅人狙いだ。

 少女と違い、旅人の重くジャラジャラと鳴る皮袋などには目もくれず、旅人自体が獲物な訳だからなおさらタチが悪い。少女が獣を仕留めて平らげると言う事は、自分の空腹を満たすと同時に間接的に人助けにもなり一石二鳥だ。だから旅人を襲うのはどれだけ狩りに出ても獲物に出会えず、もういよいよどうしようもなくなった時の最終手段に決めていた。

 

 もう間も無く陽が落ちる。少女のターバンの隙間から覗く赤い髪と、勝気な瞳が一層色を増して輝いていた。獲物を手に入れて急いで住処に帰ったら、遅過ぎる晩飯か早い朝食になるかのギリギリの頃合いだ。

 それとも今日は空腹のまま野宿だろうか。嫌な考えがよぎり始めた時、風の音が近付いてくるのが聞こえた。音の方に目をやると、少女は片方の八重歯を見せてニヤリと微笑み、手頃な大きさの石を拾い立ち上がった。手製のパチンコの出番だ。


 まだ遠いその姿。狙う先には、開かれた翼を合わせれば、少女の五倍以上もある怪鳥だ。思いがけない大物。待った甲斐があると言う物だ。その大きさに怯む事なくパチンコのゴムに石をあて思い切り伸ばし、引き離した。


「よし!」


 石がぶつかる音と共に、少女と怪鳥との視線がかち合った。


 魔法の使えない少女は、否が応でも接近戦に持ち込まなくてはならなかったが、パチンコによる挑発は成功した。勢いよく向かって来る怪鳥。

 パチンコを放り、短剣を構えた。

 柄頭には銀に縁取られた赤い石が、美しく輝いている。

 

 ギラギラと目を光らせる怪鳥には、少女がさぞ美味そうに見えるに違いなかったが、少女の方にも恐怖などない。食べて欲しいと迫りくる少し凶暴な肉にしか見えず、腹がグゥとなった位だ。


 大きな翼が、少女の上に影を作る。

 丸呑みにでもするつもりだろうか。

 ダラダラと涎を垂らしながら向かってくるクチバシは、しかし獲物を捕らえる事なく虚しく素通りしつつある。

 少女は体制を低くして好機を狙う。

 巻かれたターバンが風圧でほどけるのも気にしていられない。

 尻尾まで通り過ぎたら、また同じ軌道を辿りながらクチバシは少女を狙う。


 一瞬の迷いが生死をわける戦いの中で、少女はわずかな怯みも見せない。


 襲い来る大きな頭を再びかわし、すぐ様そこから伸びた、長く太い首に短剣を突き刺した。確かな手応えだ。並みの騎士でも支えられるかどうかの重量を感じながら、そのまま一気に切り裂く。


「キシャー!!!」


 剣身の短さから即死には至らなかったが、甲高い、威嚇のはずだったそれは、絶命の叫びに変わっていく。

 地に落ちた怪鳥に満足気に視線をやると、ターバンが完全にほどけて落ちている事に気付いた。


「うわぁ、ベトベトだぁ」


 拾い上げるまでもなく、布は血と涎に濡れて砂まみれになっている。


 覆う物をなくした少女の短い髪をすくい上げるように風が通り過ぎる。少女は目を細め風を感じながら他人より……人間より高い位置に付いた耳を撫でた。その耳は、橙色の短い毛に黒い縞模様が入って、獣の物と同じ形をしている。ターバンはそれを隠す為だった。


「替え、あったかな」


 少女自身、特に短剣を握る右腕を中心に返り血まみれだったが、二、三度短剣を振ったら気にはならない。

 何て事はない。これが少女の日常なのだ。

 そんな事よりターバンなのだ。


 腰の左に短剣を戻し、逆側に付けた皮袋を探った。

 いつ誰かが通るか知れないこの場所で、獣と同じ形の耳を出しておける程、少女の感情は死んでいなかった。

 それ程大きくはないが、皮袋にはパンパンに物がつまっている。替えのターバンを探すのも一苦労だ。


「うーん……」


 なかなか見付からない探し物に先ほどまで鋭く尖っていた神経は引っ込み、いつの間にか意識は完全に皮袋に集中してしまっていた。


「あったー!」


 丸められたターバンが、皮袋から引き抜かれた。

 安堵と共に、遠くから声が聞こえた。


「危ない……!!」


 風の音に混じり、遠く、囁き位の音量だが、切羽詰まった声が確かに少女の耳に届いた。

 縞模様の耳が声のする方を探ろうとピクリと動き、視線がそれを追いかけようとした。

 それが途中でとまる。

 仕留めたはずの怪鳥が、最期の力を振り絞り頭をほんの少し持ち上げて少女に向き直っていたのに気付いたのだ。

 声の主を確認する事も出来ないまま硬直した。


 いつの間にか叫ぶ事をやめた大きく開かれたクチバシ。その先には風が集まり凝縮され、玉の様な形をとりながら少しずつ質量を増していく。怪鳥の周りの空気の形も鋭い物へと変わっていた。


 少女と怪鳥の距離は然程離れてはいない。下手を打てば風玉になりきれていないカマイタチは、少女の小麦色の肌を朱に染めるだろう。

 手に握られたターバンが吸い込まれそうにはためいて、端が裂けた。


 冷たい汗が垂れる。

 死の間際、命がけで生み出された魔法は火事場のなんとやらで、下等な魔獣でも普段と比べ物にならない力を生む。

 この怪鳥の魔力も特別抜きん出た物ではないが、まともに当たれば生にしがみつく事さえ難しい。素手で防ごうと試みるものなら切り刻まれるのがオチだろう。


 発射と同時に飛びよけたとしても、この手の魔法は放ったら最後、時が立ち威力が落ちるまで標的を追い回す。それまで同等の速さで逃げ回るなど無理な話しだ。


 然程離れていないとは言え、間合いを詰めて短剣で一矢報いるにも一歩二歩でとは行かない。完全なる致命傷を与える前に、身体から何処かの一部が切り離されるだろう。

 さっきの声の主は……。いや、遠すぎて気配さえ感じられない。離れすぎた距離では、余程の手練れでも状況の打破は難しいだろう。ましてや人間が自分を助けるなど少女には考えられない。


 この距離。このひと時の間にも威力を増して膨れる風玉。広い大地に在るのに、逃げ場など何処にあるだろう。


 八方塞がり。もういつ発射されてもおかしくない。

 魔法さえ使えれば対抗出来るのに。などと、たらればにまで思考が落ちて行く。

 腹の虫も縮こまって、鳴く事をやめていた。少女は覚悟を決めるしかないように思えた。


「キェェ!!」


 いよいよ怪鳥が最期の声をあげた。

 小石が混ざった痛い程の風圧に、少女は目を強く瞑り唇を噛んだ。身体が恐怖でさらに強張る。


 一際強い風の音と共に少女の身体に衝撃が走り、同時にその意識は途切れたのだった。

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