3話 彼女の詰問
人を好きになるという感じは一体どんな気持ちなのだろうか。
彼女は俺に好きと言う。俺はその返事を断る。
ここ最近はそういうやりとりを嫌いじゃない自分がいる。だがおそらくこのぬるま湯はいつまでも続かないだろう。
何度好きだと言われても、俺には断るという選択肢以外はない。だって俺は人に好かれるような人間ではないのだから。
私服に着替える時間もなかったため、再び学ランに袖を通し、自分の部屋から出て外へ出る。
「爺さん。客送っていくからちょっと外出てくるわ。何か買ってくるもんあるか?」
「そうさな……確か牛乳とコーヒーが切れそうだからついでに買ってきてくれや」
「お爺様。人に囲まれた時に助けていただいてありがとうございます。またご機会ありましたらお話聞かせてください」
「おう。嬢ちゃんもうちのバカ孫をよろしくたのまぁ」
一体うちの爺さんは何を喋ったのだろうか。少々不安を覚える。
裏口から外へ出ると太陽はもう沈んでおり、鈴虫がリーンリーンと音を奏でていた。
「さぁ、米倉君。しっかりと私を送ってくれたまえよ」
商店街の明かりで無表情なはずの生徒会長の顔はほころんでいるように見えた。
「そういえばお前の家ってどこなんだ? 送るにしても遠いとかったるいんだが……」
「女子を家まで送るというのにかったるいはないだろう。君は本当に残念な人だな」
気のせいだった。ほころんでいるように見えた顔は一瞬で無表情に戻り、こちらを見上げている。
「へーへー。残念で申し訳ないですね」
先導されるように商店街を歩いていく。その間取り留めのない会話をした。お互い会話が弾んだ。と思う。思えば高校に入ってから女子とここまで会話したのは初めてかもしれない。
「米倉君はどうしてこの高校を選んだのだい?」
「家から一番近いから」
「そ、そうかい……」
まぁ、他にも理由があるのだがそれはあえて言う必要もないだろう。そんな深い仲でもない。
商店街を抜け駅に向かう。生徒会長の家はどうやら駅向こうのようだ。
彼女はふと思い出したようにこちらを振り向いた。
「そういえば、君の所の商店街はそのなんていうか、治安が良いね。私の知っている所は私達くらいの若者がスプレーでいたずら書きをしたりして迷惑をかけることがあると聞いたことがあるが……」
「そういう場所もあるわな。少なくとも3年くらい前はそういう奴らもいたが、俺の縄張りになってからはそういう連中は叩き出した」
何事も綺麗なのが一番だ。連中なりに美学というものがあるようだが、あの商店街には世話になっているし、困ってる爺さんたちの顔は見たくなかった。
「君はなんというか……表現に困るね。正義の味方のようにも見えるし独善的にも見える」
「ま、少なくとも正義の味方ではないな。俺は俺のルールに従って生きているだけだ」
駅を抜け住宅街に入る。
ベッドタウンの中でも高級住宅街と呼ばれる一画。どうやら彼女の家はそこのどこからしい。
「あぁ、ここまででいいよ。家はすぐそこなんだ」
「そうかい。んじゃな」
「米倉君」
声をかけられ彼女の方へ振り向く。
「君は今のままでいいのかい?」
先ほどまでと変わらない声色。だがなぜか何かが違うように感じた。
「さぁ、どうなんだろうな。考えたこともないわ」
彼女は一言そうかい。とだけ呟き自宅の方へ向かっていった。
「わけわからん」
一人ゴチて来た道を戻る。
住宅街だけあって静かなものだ。静かなのは嫌いじゃない。だが静かだと途端に寂しさも覚える。
彼女の言葉がトゲのように刺さって抜けない。
「今のままでいいのか? ……か。どういう意味があったんだか」
一蹴するような言葉のはずなのだが、モヤモヤと違和感が残る。
違和感を胸に抱えたまま自宅へと足を運んでいった。