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2話 コロッケと生徒会長

 夢を見ていた。

 泣いている小さな女の子が同じくらいの男の子数人に絡まれていて途端にイライラし手を出していた。

 あぁ、そうか。これは俺が初めて喧嘩した時の事だ。

 あの時はどうして見ず知らずの女の子を助けようとしたのか。

 理由は思い出せない。単純に気に入らなかっただけなのか、他に理由があったのか……



「ふあーあ……よく寝た。あー何か変な夢見たな」


 背筋を伸ばしつつ首をポキリポキリと鳴らし、保健室に置かれている時計を見る。時刻は14時20分。5限が終わる10分前だった。


「面倒なやつが来る前に帰りますかねっと、久賀沼さん俺このままフケるから後よろしく」


「まー他の教師たちが言ってるからあたしゃあんまり言わないけどね。あんたそろそろ真面目に授業受けないと成績下がる一方だよ」


「気が向いたら受けますわ。んじゃそういうことで」


 机で何か書き物をしていた久賀沼さんに声をかけ保健室から退室する。

 カバンも何も持たずにそのまま下駄箱のある昇降口に向かう。体育の授業をしているクラスもないのか中も外も静かなもので授業を行う教師の声が遠巻きに聞こえる程度だった。特に荷物もないので、自身の教室に寄ることもなくペタリペタリと下駄箱に向かう足音だけが廊下に響いた。


 そのまま正面口から帰ろうと思ったが校門には体育教師を中心に教師陣が何者かと揉めているようだった。チラリと姿を確認した。どうやら昨日の連中がお礼参りに来ているらしい。

 そのまま突っ切って帰ってもいいが、面倒な事に巻き込まれそうだったので、回れ右をし下駄箱に戻り靴を脱いで裏口のある方へ向かう。誰か見ていたら下駄箱を行ったり来たりをしている俺を不審者だと思ったことだろう。


「……ま、保険だけかけとくか」


 裏口から外に出たところで携帯を取り出し電話をかける。

 3コール目でそいつは出た。


「米倉さん。どうしたんすか?」


「手短に話すぞ。お前の所の奴がうちにちょっかいかけてるんだわ。俺の方で片してもいいけど、面子潰すのもあれだしそっちで処理してくんね?」


 覚えてる容姿を伝え、電話口の回答を待つ。


「……申し訳ねぇ。どうやら今年入った1年がそっちにちょっかい出したみたいだ。すぐに教育しなおす」


「おう、なるはやで頼むわ。じゃあそういうことで」


 そのまま何事もなく学校を出て商店街に入りとある店の前まで歩いていく。

 米倉精肉店。商店街の中央にある爺さん婆さんの店であり、今の俺の家でもある。


「ただいま」


「おう啓二帰ったか。さっそくでわりいが店入ってくれ。これから町内会の寄り合いに出てくるわ」


 あいよ。と軽く返事をし、学ランを脱いで米倉精肉店と文字が縫い付けられた黒いエプロンをつけ、石鹸で手を満遍なく洗う。


「うっし。今日もいっちょやりますか」


 仕込んでいた揚げる前のコロッケやメンチカツを取り出し客が来るのを待つ。

 16時~18時限定だが部活で腹を空かせた学生連中向けに作りたてのコロッケやカツをその場で作るというサービスを行っているため、忙しくなる時間帯は家の仕事を手伝うようにしていた。支度をしているとお客を告げるチャイムが鳴った。


「いらっしゃいま……せ」


「やぁ来たよ米倉君」


 もうここまで来るといっそ清清しい。呆れて声も出ない。


「久賀沼教諭に聞いたらすでに帰ったと言われてね。生徒会の仕事もないし、用事を済ませるついでにこうして想い人のところに来たというわけさ」


「営業妨害になるから出てけ。こっちはこれから忙しくなるんだよ」


「そんなつれないことを言わないでくれたまえ。私はこれを返しにきたのだから」


 返す? 何も貸した覚えはないが……渡された紙袋を開いて中身を確認する。中に入っていたのは学ランだった。


「……あぁ。そういやお前に被せたんだっけか」


「まさか今の今まで忘れていたのかね? 流石に傷つくのだが……」


「そういえば気になったんだが、お前髪はどうした? 俺の記憶が確かなら結構長かったと思うんだが?」


 そう。俺の記憶が確かなら助けた時のこいつの髪は腰に届くくらいの髪の長さだったはずだ。今目の前にいるのは肩先程度のミディアムヘアの女子だった


「汚らわしい物が付着してしまったのでね。髪を切ろうと思っていたし、ちょうどよかったよ」


「……すまねぇ」


 もう少し早く気づけば髪を切る必要もなかったのではないかと思ってしまう。


「いや、米倉君が謝る必要はないよ。むしろ助けてくれたことに感謝しなければならないくらいだ。まだあの時のお礼を言っていなかったね。ありがとう」


頭を下げられた。男からは頭を下げられることは多いが、女子に頭を下げられるというのは慣れていない。正直返答に困る。


「お、おう。とりあえず店先で頭下げられると困る」


 なんかいたたまれない空気になってしまった。こういう空気は慣れていないから弱るな。だがそれは相手も同じようだった。いたたまれなくなったのか生徒会長の方から話題を提供してきた。


「ごほん! それはそうと米倉君はこうして店先に立つことが多いのかい?」

「ん? あー……爺さん婆さんがいない時の代打みたいなものだ。そんなに多く立つわけじゃないな」

「そ、そうか……」

 また無言になってしまった。自宅だというのに居心地が悪い。

 フライヤーに入れたコロッケのカラカラカラという小気味いい音だけが聞こえる。何か話題を出そうと思ったら生徒会長のお腹から小さいが自己主張するかのように音が鳴った。


「あーそのなんだ……コロッケ食うか?」


 彼女は恥ずかしそうにしながらもコクリと頷いた。

 フライヤーを引き上げ、出来立てのコロッケをさっと包み手渡す。


「ほれ。熱いから気をつけろよ」


「……ハッ。これはもしかして彼氏から初めての手料理をごちそうしてもらったということではなかろうか?」


「おい彼氏じゃねぇぞ!?」


「冗談だ。しかし出来たてのコロッケとはまた食欲をそそるな」


「あんたが真顔で言うと冗談か本気か分かりづらいから困る。まぁうちの売りだからな。小腹好かした連中がよく買いに来るし、おかげさんで悪くない売り上げになってくれてる」


 両手でコロッケの包みを掴み上品に口に運びサクリサクリといい音を立てて咀嚼する生徒会長。背丈も相まってまるでリスのようだった。


「どうだ?」


「いや正直侮っていた……出来立てというものはここまでおいしい物なのだね」


 口に手を当て目を見開く生徒会長。弁当の中身を見る限りまともな食生活を送ってるように見えたが、まるで出来たてを食べたことのないような反応をする。


「そりゃよかった。わりぃが客来たからそれ食ったら帰れよ」


 コロッケやメンチカツをひたすら揚げ続けては待ってる客に手渡していく。何だか騒がしいが気にしない。今の俺には客しか見えていなかった。

 20人目の客を捌いたところで後ろから声がかかる。


「おう帰ったぞ啓二。後はワシがやるからお前はもう上がっていいぞ」

「あいよ。んじゃ上あがってるわ」


 エプロンを外し2階に上がり自室の扉を開けベッドに体をダイブさせる。


「やれやれ、今日は疲れたな……」


「うん? 米倉君は疲れてるのかい? ならマッサージしてあげよう」


「あー頼むわ……って何でいるんだよ!?」


 ベッドから跳ね起き、声が聞こえた方に向く。そこには先ほどコロッケを食わせて帰らせたはずの生徒会長がいた。


「いやなに、頂いたコロッケを食べ終え帰ろうとしたんだが、学校の生徒たちに囲まれてしまってね。そこを通りかかったお爺様に助けていただいたというわけだよ」


 あぁ、何か妙に外が騒がしいと思ったらこいつが原因だったのか……

自覚がないが、こいつは厄介ごとを引き起こすトラブルメーカーだ。間違いない。


「うん。それに君のお爺様は大変話の分かる御仁だったぞ。大してもてなしも出来ないがうちのバカ孫をよろしく頼む。とまで言われてしまった」


「お前な。どこに学校の不良の家に来る生徒会長がいるんだよ。さっさと帰れ!」


 シッシッと追い払う。そもそも男の部屋に女子が来るなんて想定外もいいところだ。見られて困るようなものはないが、それでも女子を入れるにはそれなりに覚悟が必要だ。


「仕方ないな。そこまで言われてしまっては帰らざるを得ないではないか」


「なんか俺が悪いみたいな言い方してるが、問題あるのお前の方だからな!?」


 ため息しか出てこない。

 まったくこの生徒会長と話してるとリズムが狂って仕方がない。


「たくっ。送っていってやるからさっさと帰り支度しろよ」


「意中の人に送っていってもらえるとは一歩前進というやつだね」


 そう言って茶をすする生徒会長。お茶請けの大福もちゃっかり食べてやがる。


「いいから帰り支度しろよ! お茶飲んで居座る気満々じゃねーか!?」


 女子じゃなかったら殴って外に投げ捨てれば終わりだがそうもいかない。なんてめんどくさいんだ。


「うむ。大変美味しいお茶だった。では行こうか米倉君」


送る前だというのに凄い疲れる。やっぱり女子って生き物はよく分からん


「へいへい。とりあえず家までは送っていきますよ生徒会長さん」


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