麗華の章 その三
麗華の章 その三
話すようになって、日がないので、どうしようか、迷っていたけれど、
昼休みになって今林くんと神崎くんが近付いて来たことで、決心した。
私は、お弁当を持って、さっと教室から出る。
「麗華さん、どこいくんですー?」
神崎くんの間延びした声を私は聞こえない振りをして、そのまま進む。
1階へと階段を降りる。
心臓が高鳴る。大丈夫よ。友達と一緒にお弁当を食べるだけなんだから。
変なことなんて、少しもない。私はそう自分に言い聞かせ、2年3組のドアを開けた。
クラスにいた誰もが一斉に振り返る。それはそうだ。いきなり、上級生で生徒会長の私が、教室に現れたのだから。
私は、山野くんに近付き、笑顔を作る。大丈夫だろうか? 変な顔をしてないだろうか?
しまった。ちゃんと鏡で、確認してから来ればよかった。
「こんにちは、山野くん。昨日はありがとう。家に帰ってパソコンに取り込んだら、今までの写真と全然違ってたよ。君のアドバイスは的確だ」
私が褒めると、山野くんは謙遜する。いや、お世辞じゃなくて、本当のことだよ。
「いや、アドバイスって程でもないですよ。白鳥さんがセンスあるんですよ」
「ふふふ。ありがとう。それはそうと、お昼ご一緒しても構わないかな?」
山野くんに一瞬、疑問の表情が浮かぶ。唐突すぎただろうか?
もう少し仲良くなってからの方がよかっただろうか?
でも、私は山野くんと早く仲良くなりたいんだ。もっと君を知りたいんだ。
「え? ああ、どうぞどうぞ」
一瞬の間のあと、山野くんは承諾してくれた。よかった。
私が、お弁当を広げようとしていると、山野くんが私の顔をじっと見てくる。
どこか、変なところがあるのだろうか?
朝、髪型はチェックしたにはしたが、ヘルメットで変な形がついているところがあるのかもしれない。
「ん? 何か私の顔についているかい?」
「いえいえ。あの、その、どんなお弁当なのかなあと」
「あれ? 話したかな? 私が自分でお弁当を作ってるって」
ここで、料理をできる女をアピールするんだ。
今日は、手によりをかけて、くまモンを作ってきた。きっと、驚くぞ。
「ええ、聞きましたよ、昨日! さぁ、見せてください!」
「そうだったかな? でもまあ、大したものではないよ。そんなに期待しないで欲しいな」
私は、いつもより1時間早く起きて作ったお弁当を山野くんに見せる。
「うわあ。すごい。キャラ弁って奴ですか?」
山野くんの反応が気になる。キャラ弁は止めた方がよかっただろうか?
「へ、変かな? 今日は、くまモンなんだけど……」
「何言ってるんですか?! すごい上手だ! ものすごく美味しそうですよ!」
「え? ほ、ホントに?」
よかった。大丈夫みたいだ。
「はい! すごいなあ。白鳥さんは、勉強だけじゃなく、料理もできるんですね! すごいですよ!」
いつの間にか、2年3組の生徒達が、集まってきた。
今は、山野くんと友好を深める時間だ。邪魔されたくない。
私は、冷たく言い放つ。こんなふうに人を退散させるのがいつから上手くなったんだろう。
冷たい女って山野くんに思われたら嫌だな。
「悪いが遠慮してくれるかな。ゆっくりと食事がしたいのでね」
「すみません。僕が騒いじゃったから」
「いやいや、そうではないよ。何故か私は注目されることが多くてね。別に目立った行動を取っているつもりはないんだが」
そうなのだ。1年生の頃から、なぜか私は人の注目を集める。なるべく目立った行動はしないようにしていたというのに。
2年に上がった時、それならばいっそと思って、生徒会活動をすることにした。
それが今では、いつの間にか、生徒会長をやることなっている。
「それにしても、上手ですね。器用にくまの形にできてる。その後の竹は、きゅうりで作ってるんですか? へー、こってるなあ。僕なんて、毎日コンビニで買ってきた物ですよ。まあ、母さんが働いているから仕方ないですけど」
コンビニ弁当? そうなんだ。いつもそれって、なんか可愛そう。
「よかったら、ちょっと食べてみるかい?」
「え?」
あれ? 山野くんが固まってしまった。私、そんなに変なこと言っただろうか? でもまあ、欲しくないなら仕方ない。
「い、いやならいいんだ……。私は大して料理なんて上手くないし……」
山野くんは、いきなり身を乗り出してくる。急にテンションが高くなってる。どうして?
「食べます! 食べます! ちょっとと言わず、全部でも!」
「そ、そうかい? では、どれがいいかな?」
山野くんは、真剣な表情で、私のお弁当を見る。
以前、コートで見たような顔だ。
なんか、そんなに見つめられると、恥ずかしいよ。
「そ、そんなにじっと見られると恥ずかしいじゃないか。やっぱり止めとくよ」
山野くんは、急に早口で、しゃべりだした。
え? そんなに食べたかったの?
「白鳥さん、料理が上手くなりたいでしょ? 写真の一番の上達法、それは写真を撮ることなんです。写真を撮って、人に見てもらって批評してもらうことなんです。それは、料理にも共通していると思うんです。自分の舌だけじゃなく、他人の舌で味を確かめなければ! ね? そうでしょ! そう思うでしょ?!」
「そうだね。君の言う通りだ。じゃ、どれがいい?」
「えっと、それじゃあ玉子焼きをいただきます!」
むっ。山野くんが、手づかみで、おかずを取ろうとする。
私は、反射的に手を叩いてしまった。
「お行儀の悪い!」
「あいてっ」
山野くんが、顔をしかめる。しまったいつもの癖が出た。
怪我したところを、叩いてしまったかもしれない。
「だ、大丈夫? き、傷に触った?」
「いえいえ大丈夫ですよ。ほら平気!」
よかった。平気そうだ。
では、玉子焼きを渡そうかな。机をあらためて見て気付いた。彼は、コンビニのおにぎりを持ってきている。
これで、お箸をもっているわけがない。
「そっか。山野くんは、おにぎりだからお箸がないんだね。気が付かなった」
えっと、どうやって渡そうかな。あの包の上でいいか。
私が玉子焼をお箸で、つまり手を動かすと、山野くんが信じられない行動とした。
机に顔を擦り付け、私がお箸でつまんでいる玉子焼きに、パクリと食いついたのだ。
私は、自分の血液が顔に登っていくのが感じられた。
恥ずかしい。顔から火がでそうだ。もう、この場にはいられない!
「わ、私、急用を思い出した。し、失礼するよ!」
何とか、そう告げると、私は教室から逃げ出した。
びっくりした。突然あんなことするなんて。
思い出すだけで、ますます恥ずかしくなってくる。
おまけに、2年3組の生徒達みなに、見られてしまった。
あれでは、公衆の面前で、いちゃいちゃする恥知らずのカップルのようではないか!
カップル? 違う。私と山野くんは、断じてそうではない。
私は、純粋に彼と仲良くなりたいだけなんだ。
でも、どうしてだ。彼のことを思うと、胸が苦しい。
私は、トイレに駆け込み顔をバシャバシャと洗ってから、教室に戻った。
放課後。
昼休みのことが気になって、山野くんのクラスに行く気が起きなかった私は、
時間を潰すために、話しかけてきた若林くんと久しぶりに会話をした。
でも、やはり若林くんの話す内容は、自分の自慢話ばかりで、興味が持てない。
どこで、話を切り上げようか。迷いながら、廊下に出ると、少しいったところに、山野くんがいた。
青柳さんと話し込んでいる。
ここで、逃げたら、山野くんとの距離を縮めることなんてできない。
私は、山野くんに近付いた。ドキドキと胸の鼓動が高まる。
「山野くん、昼休みはすまなかったね。約束があるのをうっかり忘れていたんだ」
山野くんは、私が話しかけても、目を合わせてくれない。
「い、いえ。とんでもない……。僕の方こそ、失礼なことしてしまって……。ちょっと、琢磨に用があるんで、こ、これで……」
やはり、昼休みにいきなり席を立ったことを怒っているんだろうか。
帰ろうとする山野くんを追おうとしていると、若林くんが、私に話しかけてくる。ぐずぐずしていると、山野くんが行ってしまうというのに、なぜ気を利かせることができないんだろう?
「麗華さん、昼休みに何かあったの?」
「ん? それを君に言う必要があるのかい?」
「そうじゃないけど、気になってさ。今日さ、練習休みなんだよ。どこかに寄って行こうよ」
「ね、麗華さん」
若林くんが、私の肩に触れてくる。私は、イラッとして若林くんの手を乱暴に払う。
「気安く触らないでもらえないか? それに私は、山野くんと約束がある。帰るなら一人で帰ってくれ」
小走りで、山野くんに追いつくと、山野くんは今度は目を合わせてくれた。
少し驚いた顔をしている。男の手を乱暴に払うような女は嫌いなんだろうか?
「山野くん、吉村くんとの用件は、時間がかかるのかい? かかるんだったら、図書室で待っているが」
「いえいえいえいえ! タクとの用は大したことじゃないんです! 家に帰ってからでも全然いいんです!」
山野くんは、気を使ってくれているのか、吉村くんの用は、あとでもいいと言ってくれる。この言葉に甘えていいんだろうか?
「そうかい? 私は待っても平気だよ?」
「いえいえいえ! 行きましょう! 行きましょう!」
よかった。どうしてかわからないけど、山野くんは機嫌を治してくれたみたいだ。
私たちは、大堀公園に行き、撮影を楽しんだ。
山野くんに話しかけてから数日間、私は昼休みになると山野くんの教室に行き、お昼を一緒に食べ、放課後は、カメラのことを教えてもらったり、一緒に買い物に行ったりした。
親しくなればなるほど、彼のことがもっと知りたくなる。私のことをもっと知ってほしいと思ってしまう。
家に帰ると、その日言った彼の言葉を思い返し、早く明日にならないかと思ってしまう。
こんな気持ちになったのは、初めてだ。
友達って、こんなにいいものだったんだ。勇気を出して話しかけて本当によかった。
"キーン、コーン、カーンコーン"
終礼が鳴る。終業式を明日に控えたこの日も、私は、教室を出ると真っ直ぐに2年3組に向かった。
懲りもせずに、神崎くんと若林くんが後ろをついてくる。
山野くんと話すようになって、この二人のことを私は、ますます軽蔑するようになった。
この二人からは、山野くんのような強さを全く感じない。人としての魅力を全く感じない。
若林くんは、諦めて部室に向かったようだが、神崎くんはしつこくついてくる。
どのようにすれば諦めてくれるのだろうか。
「麗華さん! 僕、卒業したら免許すぐ取るんですよ。車は買ってもらえるし」
「そう。よかったわね。私には関係ないことだけれど」
神崎くんは、私の横にきて、顔を近付けてくる。
「ちょっと! 近いわよ」
「BMWとレクサスどっちがいいと思います? 麗華さんがいいという方を買ってもらいますよ。車がきたらドライブ行きましょうよ? ねえ、お願いしますよ」
神崎くんに話しかけられ続けると、私の心はかき乱される。イライラして、ヒステリックに叫んでしまいそうだ。
なぜ神崎くんは、こうも人をイライラさせるのだろう? 私が彼に何をしたというのだろう?
「ねえ、麗華さんってば」
「止めてくれないか? こう付きまとわれては、不愉快極まりない」
神崎くんは、いやらしい笑いを浮かべる。
「怒った顔も素敵ですよ」
神崎くんには、何を言っても無駄だ。私は足を早める。
しばらくは、神崎くんから何を言われても無視していたが、階段を下りていると、神崎くんが山野くんのことを持ち出した。
「また、山野と帰るんですか? なんだって、麗華さんがあんな奴に構うんです?」
私は、振り返り神崎くんを睨む。
「あんな奴? 私の友人をあんな奴呼ばわりしないでくれる? 不愉快だわ!」
私が、1階に降りると、神崎くんがなおもすがってくる。
「すいません。許してください。麗華さん。でも、山野の奴は麗華さんを理解してないと思うんですよ。僕は全部あなたを理解しているつもりです。
ええ、あのことも含めてあなたが好きなんです。
山野があのこと知ったら、きっと態度を変えると思いますよ」
神崎くんは、お父さんが父の後援会に入っている関係で、私の素性を知っている。
私が愛人の子だということを知っている。
この男は、私を脅しているのだ。山野くんに愛人の子だと告げると脅しているのだ。
なんて、卑劣な男。
「言えばいいわ。あなたの好きなようにすればいいわ。その代わり、私の視界に今度一切入ってこないで!!」
私が強く言うと、神崎くんは諦めて、それ以上ついてこなかった。
2年3組に向かう私の足取りは重くなる。
愛人の子と知ったら、山野くんはどんな顔をするだろうか?
今まで通りの友人として振舞ってくれるだろうか?
私は、不安に押しつぶされそうになりながらも、2年3組を目指した。