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秀夫の章 その三

秀夫の章 その三


 診察が終わり、受付で処方箋をもらっていると、白鳥麗華が財布を持って横にきた。

 なぜこの人はこんなにいい匂いがするんだろう。身長はどのぐらいだろう。車椅子に乗っている僕の頭がちょうど胸の位置ぐらいある。身長は165CMぐらいだろうか。胸は結構あるみたいだ。

 さやかより、大きい。やばい、白鳥麗華が僕の方をみた。胸を盗み見ていたのがバレたんだろうか。


「山野くん、無理に私が連れてきたし、私が払おうと思うがどうだろうか?」


 ああ、よかった。会計のことを気にしてくれていたんだ。胸を見ていたのがバレてなくてよかった。車椅子で目線が低いのが、幸いしたかな。


「僕は医療費かからないんですよ」


 僕は保険証を受付の人から受け取り、病院の外へと出る。


 なぜ僕がお金を払わずに病院を出たのか、不思議に思っている白鳥麗華に、得意気に話す。


「障害者医療証っていうのがありましてね、窓口で支払う料金を助成してもらえるんです。だから、僕は歯医者に行こうが、内科に行こうが、ぜーんぶタダ」


 僕が笑顔を作って、横を歩いている白鳥麗華を見ると、顎に手をやり一人納得している。


「なるほど。そういった制度があるのだな。知らなかった。勉強になるよ。ありがとう」


「僕も障害者手帳を取って半年ですから、まだ色々と知らないことがあります。

自分で調べないと、役所って何も教えてくれないんですよ。やっぱりその中でも、障害年金、医療費の補助、高速道路半額は大きいですね」


「高速道路が半額? それはすごいね。車を持ってたら遠出が楽しみになりそうだ」


 白鳥麗華が感心してくれるのがうれしくて、僕は乏しい知識のありったけを披露する。


「あと、福祉乗車券っていうのがもらえるんですけど、地下鉄が無料で乗れるんですよ。通学の時は、バスメインだから、あんまり使わないけど」


「それは便利じゃないか。地下鉄は、バリアフリー化されているし、活用すべきだと思うよ」


 白鳥麗華は、人差し指を立て、目をくりっと広げる。可愛い。こんな表情もこの人はするんだ。


「それはそうと、山野くん。さっきから気になっていたんだが、少しこみいったことを聞いてもいいかな?」


「なんですか?」


「その顔の怪我だよ。いったいどうしたんだ? ひどい有様じゃないか」


 僕はガーゼで覆われた頬を触る。


「ああ、これですか? いやまあ、ちょっとその階段から落ちて……」


 白鳥麗華は、目を細め疑いの目で、僕を見る。その瞳で見られると、ドギマギしてしまって、僕は目を逸らす。


「まあ、男の子だから喧嘩をするなとは言わないが、それにしたって限度というものがあるだろう? 骨折などしてたらどうするつもりだ? それに相手は吉村くんではないんだろう? クラスの誰かかい?」


「はぁ、そうです。ごめんなさい」


 何だか全て見透かされているような気がして、僕は素直に謝った。


「そうそう。素直が一番さ。それにその手、車椅子を漕ぐのも痛いんじゃないのかい?」


 そう言うと、白鳥麗華は、車椅子の後に回って、すっと車椅子を押してくれる。


「それから、なぜ敬語を使ってるんだい? 私と君とは同い年だろう?」


 同い年といえば、そうだろうけど、僕なんかより随分大人な感じがする。


「いやまあ、年は一緒ですけど、学年が違いますし……」


「学年など、関係ないさ。どうか気楽に接して欲しい。そんなに緊張されるとこっちまで緊張してしまうよ」


 後にいる白鳥麗華を何とか見ようとするけど、真後ろにたたれているせいで、視界に入れることができない。一体、どんな表情で言っているんだろうか。


「じゃ、じゃあ、その聞いても、い、いいかな?」


「ん? なんだい?」


「あのさ、さっきはなんで教室にきてたんですか?」


「んー? 忘れたのかい?」


 白鳥麗華は、僕の顔の横に顔を近づけ、横目で見る。

 近い。ものすごく近い。彼女の吐息が聞こえてきそうで、僕は反射的に反対方向に目を逸らしてしまった。


「非道いなあ。カメラを教えてくれるって約束したじゃないか? 違う? ん?」


「いえ、忘れてたわけじゃないけど……」


「あー、その反応は忘れてるー」


 茶目っ気たっぷりな声に、僕は不思議な感覚を覚えた。いつもイメージ通りの落ち着いた口調なのに、白鳥麗華もこんな声をだすんだ。


「ははは。冗談だよ、冗談。そんなに驚かれてしまうと困る」


「白鳥さんでも、冗談なんか言うんですね。ちょっと驚きだ」


「ん? 君はどんなイメージで私を見てたのかな?」


「うーん。なんていうかな。クールビューティーっていうのかな。冗談なんか言わない人かと思ってましたよ」


「そんなことないよ。校内では変なイメージで見られているかもしれないけど、私だって18歳の女子だよ。冗談だって、たまには言うさ。それはそうと山野くん」


「なんです?」


「また、敬語になっているよ」


 僕は鼻の頭を掻きながら、下を向く。


「いや、なんか緊張しちゃって。同年代の女の子と話す機会なんてないですし」


 これは本当だ。車椅子になってから、こんなに長い時間、さやか以外の女の子と話をしたことなんてない。


「あれ、そうかな? 青柳さんとはいつも一緒じゃないか?」


「いや、さやかは琢磨の彼女だし、それに小さい時から一緒ですから」


 実際、さやかには女を感じることなんて、ほとんどない。

 なんというか、兄妹のような感覚に近いだろうか。


「ふーん。私は、そういった幼馴染がいないから、何だかうらやましいよ」


「え? 白鳥さんは、いつも人に囲まれてるってイメージがありますけど?」


「そんな風に見えるかい?」


「ええ」


「自分では、そんなこと思ってないけどね。確かに、やたらと付きまとってくる者がいるにはいるけれども……」


「へー。そうなんですか。追っかけがいるってことでしょ? やっぱ噂通り、モテモテだなあ」

「そ、そんなことより、よければ今から大堀公園に行って、写真の撮り方を教えてくれないかい? 傷が痛むなら他の日でもいい」


 マジか? これは、現実なのか? 僕は試しにほっぺを抓ろうとした。ほっぺをつねるまでもなく、触っただけで、ずきーんと痛む。


「は、はい! 喜んで!」


「じゃあ、山野くんの気が変わる前に早速行くことにしよう」


 そのまま、10分ほど白鳥麗華に押してもらって、僕たちは大堀公園についた。


「さて、まずはどんなことをすればいいかな?」


「えっと、そうですね。まずは構図の基本からやってみましょうか? それから陽の当たり方ぐらいやりましょう」


「うん。よろしく頼むよ」

 僕は、池の近くまで漕いでいって、木の枝を拾い地面に四角を描き、横と縦に3本ずつ線を引いていく。


「いいですか? ファイダーだと思ってください。これを縦と横にそれぞれ三分割し、その線上ないし、交点に被写体をもってくるのが、三分割法です」


 白鳥麗華は、屈んで僕の描いた四角をじっとみる。白い太ももがスカートの裾から覗いて、僕はドキリとさせられる。


「ふーむ。ちょっとイメージが掴みづらいな」


「じゃあ、実際に撮ってみますね」

 僕は車椅子の下に入れていたカメラバッグからEOS 6Dを取り出す。

 逆に付けていたレンズフードを付け直していると、白鳥麗華が感心する。


「見事な手際だね。さすが大賞を取るだけはある」


 白鳥麗華の褒め言葉に、僕は照れてしまう。


「いやまあ、何回もやってますから。じゃあ、撮りますね」


 僕は池の数メートル先にある鳥たちの止まり木をファインダーの真ん中で撮影した。続けて、少しカメラの角度を変え撮影する。

 カメラの液晶に、まずは止まり木を真ん中で撮った画像を表示する。


「これが、日の丸構図っていわれているものです。カメラやったことない人だと、こんな風に撮ってしまうことが多いみたいです。で、次がこれ。止まり木を左にずらして、右に空間をあけています」


 白鳥麗華は、僕からカメラを受け取り、液晶画面を感心しながら見る。


「なるほどー。確かに、こっちのほうが綺麗だ。山野くん、君はすごいね」


「いやあ、そんなことは」


 なぜこんなに褒めちぎってくれるんだろうか? 後で、高価なツボとか買わされたりするんだろうか?


「じゃあ、白鳥さんも撮ってみてください。厳密に三分割しないといけないわけじゃなくて、あくまで目安ですから」


 白鳥麗華がカメラを構えて、ファインダーを覗いている。なんて、絵になるんだろう。

 傾いてきた陽が、彼女の横顔を照らす。風にふわふわと緩やかに揺れる髪が、栗色に輝いている。

 僕は思わず、カメラを構えシャッターを切った。

 白鳥麗華が、僕の方を向いて、いたずらっぽく笑顔を作る。


「ほらぁー。今日は私に教えてくれるんでしょ? 自分の練習ばかりしないで」


「いや、思わず」


 君があんまり綺麗だから。という言葉を僕は飲み込んで、笑顔を作る。きっと傍から見たら、しまりのない顔をしてしまっているに違いない。

 白鳥麗華は、何枚か撮影して僕に画像を見せてくれた。

 ストラップをしたまま、カメラの画面を僕に見せようとするため、自然と二人の距離は近くなる。

 彼女の体温を感じれる距離まで近付くと、僕の心臓は口から飛び出さんばかりに、ばくばくと振動する。


「どう? うまく撮れているかな?」


「ええ、いいと思います」


「確かに、自分で見ても上手く撮れている」


 白鳥麗華は、ニコニコと上機嫌で、画面を見ている。

 なんて可愛らしい笑顔なんだ。その表情を撮影しようと、カメラを構えたところで、ファイダー越しに、白鳥麗華と目があった。


「ほらー! また撮ろうとしてるー!」


「あ、いや、ごめんなさい」


「ちゃんと教えてくれないと困りますよ。ね? 先生?」


 いたずらっぽく笑う白鳥麗華の顔を見て、この時間がずっと続けばいいのに。と僕は思った。


 帰宅後、興奮さめやらない僕は、食事をしてても風呂に入っていても、白鳥麗華の顔が浮かんできて、どうしていいのかわからない。

 たまらずに、21時過ぎに琢磨とさやかにメールして、近所の神社に呼び出した。


「なんだよ急用って」


 スウェット姿の琢磨が、サンダルをぶらぶらさせながら聞く。

 風呂上りであろうさやかも、ジャージにトレーナー姿で、首を傾げている。


「あのさ、お、俺、白鳥麗華がマジで好きになったんだ。なあ、どうしたらいい? どんな風にしたら仲良くなれる? 俺は恋愛経験がないんだ! なあ、教えてくれ!」


 僕が真剣に質問しているというのに、琢磨は腹を抱えて笑い出す。


「あははは。なあ、言ったとおりだろ? あはははは」


「ほら、タッくん! だめだよ。ヒデくんは真剣なんだから」


「くー! タクー! 笑ってんじゃねえよ!!」


 琢磨は、ひとしきり笑うと、いらついている僕の肩をぽんぽんと叩く。


「ヒデ、笑って悪かったな。女のおの字も出てこなかったお前から、好きになったって話を聞けて俺はうれしいよ。でも、白鳥麗華は止めとけ」


「な、なんでだよ?」


「ヒデくん、白鳥さんはバスケ部の今林くんと付き合ってるって噂よ。それに、テニス部の神崎くんも言い寄ってるって」


 付き合ってる人がいるのか? 僕の気持ちはジェットコースターのように上下動を繰り返す。


「い、いや、噂だろ? 本人が付き合ってるって言ってるわけじゃないんだろ? だったら……」


「ヒデくん、わたし白鳥さんと同じクラスだけど、違うクラスなのに今林くんと神崎くんはしょっちゅう来るよ。一緒に帰ってるのも何度か見たし、付き合ってないにしても、どちらと付き合おうか迷ってるんだと思う」


 さやかに、琢磨が同意する。


「そうそう。今林は俺と同じでイケメンだしさあ、神崎はすごい金持ちなんだろ? 止めとけよ。ヒデに勝ち目ねえだろ?」


 琢磨がイケメンっていうのには、同意しかねるが他の話はそのとおりかもしれない。


「それにさ、白鳥って綺麗だけどいい噂聞かないんだよなあ。なんか男を利用していろいろやってるっていうし、いまもヒデがカメラが上手いから近寄ってきてるだけじゃないのか?」


 僕の気持ちは萎えかける。自然と下を向いてしまう。

 告白も何もしてない今なら、傷つくこともない。

 今なら笑い話の一つにできる。

 いや、本当にそんなことでいいんだろうか。車椅子になって多くのことを諦めてきた。

 進級すること、お気に入りだったスポーツ店にいくこと、歩くこと。父さんがいた頃の生活に戻ること。

 このまま色んなことを諦めて、沈んだまま過ごしていくのが僕の運命なのか?

 違う。きっと違う。僕はできないとやる前に諦めてしまうのはもうたくさんなんだ。


「なあ琢磨、そんな風に諦めさせようとしているのは、俺が車椅子だからか?」


 意地悪な僕の質問に、琢磨から笑顔が消え、あっと言う間に表情が曇る。


「ヒデくん、タッくんはそうは言ってないでしょ? ただ、白鳥さんは家もお金持ちみたいだし、私たちなんかとは住む世界が違うのよ。彼女が作りたいんだったら、私が誰か紹介するから」


 僕は大きく息をふーっと吐いて、二人を見た。二人は僕を心配してくれている。いっぱい傷ついてきた僕がもう傷つかないように守ってくれているんだ。


「二人共聞いてくれ。僕だって白鳥麗華と付き合えるとは思ってない。障害者で社会の底辺の僕なんかと付き合ってくれる人なんているわけないと思ってる」


「いや、ヒデお前は社会の底辺なんかじゃねえぞ。あんまりそんなこと言うなよ」


「そうよ。自分を卑下しちゃいけないわ」


 僕は目をつむって、手をあげて二人を静止する。


「どうか最後まで黙って聞いてくれ。俺はいまそんな風に自分を思ってるんだ。二人に励ましてもらっても、どうしてもそういう風に思ってしまう。そんな自分を変えたいんだ。障害者になって、いっぱい諦めてきた。テニスをすることも、歩くことも。最近はそれに慣れてしまって、やる前から何でも諦めてるようになってるんだ。そんな自分を変えたいんだ。ダメだとわかってても、やってみたいんだ。自分の心をこれ以上押し殺したくないんだ。お願いだ。協力してくれとはもう言わない。黙って僕を見守ってて欲しいんだ」


 琢磨は、僕の肩をぽんぽんと叩くと、背を向けた。


「わかったよ。やるだけやってみろよ。愚痴は聞いてやるからさ。頑張れよ」


 さやかも、僕の方へ来て頭を撫でてくれる。


「同じクラスだけど、白鳥さんと仲いい子っていないんだ。私も話ことほとんどないし、なんか近寄りがたいっていうか。私も応援するわ。がんばってね。ヒデくん」


 並んで神社から出て行く二人を見て、あんな風に白鳥さんとなれたらいいのにと僕は思った。


 次の日。

 昼休みになり、僕が机で弁当を広げていると白鳥麗華が教室に入ってきた。

 いきなりの登場に、教室にいた誰もが驚きの表情を見せる。


「こんにちは、山野くん。昨日はありがとう。家に帰ってパソコンに取り込んだら、今までの写真と全然違ってたよ。君のアドバイスは的確だ」


 教室の誰もが、僕と白鳥麗華に注目している。なんとなく僕は優越感に浸ってしまう。


「いや、アドバイスって程でもないですよ。白鳥さんがセンスあるんですよ」


「ふふふ。ありがとう。それはそうと、お昼ご一緒しても構わないかな?」


 白鳥麗華は、ランチバッグを僕に見えるように上げて、首を傾げる。


「え? ああ、どうぞどうぞ」

 白鳥麗華は、僕の前の席の椅子を反対に回すと、スカートの手を添えて、すっと座る。

 なんて優雅な仕草なんだ。一つ一つの動作が、まるで映画のワンシーンのようだ。

 白鳥麗華は、ランチバッグを開ける手を止めて、首を傾げる。


「ん? 何か私の顔についているかい?」


 いかんいかん。ついつい見惚れてしまう。さりげなく見るんだ。さりげなく。


「いえいえ。あの、その、どんなお弁当なのかなあと」


「あれ? 話したかな? 私が自分でお弁当を作ってるって」

 

 おお! 僕はなんてラッキーなんだ。口から咄嗟にでた言葉だっていうのに。

 白鳥麗華の手作り弁当なら、是非見たい。僕は鼻息荒く、身を乗り出してしまう。


「ええ、聞きましたよ、昨日! さぁ、見せてください!」


「そうだったかな? でもまあ、大したものではないよ。そんなに期待しないで欲しいな」


 白鳥麗華は、その白く細い指で、弁当箱の蓋を開けた。

 素晴らしい。こんな素晴らしい弁当は見たことがない。

 ご飯の上に、海苔で何かのキャラクターが描かれ、頬の部分は赤いソウセージが丸くおいてあり、たまごが月を見立てて、切ってある。キャラクターの背景には、切り株がそぼろによって形作られている。


「うわあ。すごい。キャラ弁って奴ですか?」


 白鳥麗華は、頬を少し赤く染め、上目遣いで僕を見る。


「へ、変かな? 今日は、くまモンなんだけど……」


 僕は全力で、頭を振る。変なもんか! 最高じゃないか!


「何言ってるんですか?! すごい上手だ! ものすごく美味しそうですよ!」


「え? ほ、ホントに?」


「はい! すごいなあ。白鳥さんは、勉強だけじゃなく、料理もできるんですね! すごいですよ!」


 僕の言葉に、クラスメート達が、白鳥麗華の手作り弁当を一目見ようと集まってくる。

 白鳥麗華は、弁当箱を再び閉じると、集まった来たクラスメートの方を振り向いて、冷たい声で言った。


「悪いが遠慮してくれるかな。ゆっくりと食事がしたいのでね」


 クラスメート達が、すごすごと離れて行くのを待って、白鳥麗華は弁当箱を再び開けた。


「すみません。僕が騒いじゃったから」


「いやいや、そうではないよ。何故か私は注目されることが多くてね。別に目立った行動を取っているつもりはないんだが」

 

 いや、こんな美人となら誰だって、注目するし、仲良くなりたいと思うだろう。


「それにしても、上手ですね。器用にくまの形にできてる。その後の竹は、きゅうりで作ってるんですか? へー、こってるなあ」


「僕なんて、毎日コンビニで買ってきた物ですよ。まあ、母さんが働いているから仕方ないですけど」


 白鳥麗華は、箸をピンクの唇と弁当箱の間を数回往復させたかと思うと、ピタリと動きを止めた。

 2つ目のおにぎりに、のりを巻いていた僕もつられて、動きを止めた。


「よかったら、ちょっと食べてみるかい?」


「え?」


 僕は、2秒前に白鳥麗華が発した言葉を頭の中で反芻する。


 〝よかったら、ちょっと食べてみるかい?〝

 食べるって何を? 僕はおにぎりを食べている。

 〝よかったら、ちょっと食べてみるかい?〝

 食べるという言葉に、僕が知っている以外の用法が何かあったか?

 僕が言葉を反芻している間に、白鳥麗華は、少し肩を落とし、残念そうな顔をする。


「い、いやならいいんだ……。私は大して料理なんて上手くないし……」


 うおー! 食べる! 食べるに決まってるでしょ? 何言ってんだ!!


「食べます! 食べます! ちょっとと言わず、全部でも!」


「そ、そうかい? では、どれがいいかな?」


 白鳥麗華の頬が少し赤みを帯びている。これはあれだ、もしかするともしかするぞ! 琢磨! さやか! 僕にもやっと春が来るかもしれないぞ!

 僕は弁当箱を覗き込み、おかずをみる。

 えーと、唐揚げに、これはたまご焼きか? 褒めるなら、褒めちぎるならどっちだ? この選択は重大だぞ!

 知らぬ間に、僕は鬼気迫る表情になっていたらしい、白鳥麗華が恥ずかしそうに弁当を隠す。


「そ、そんなにじっと見られると恥ずかしいじゃないか。やっぱり止めとくよ」


 こんなチャンスを逃してなるものか! 僕は努めて冷静に、理屈を並べる。


「白鳥さん、料理が上手くなりたいでしょ? 写真の一番の上達法、それは写真を撮ることなんです。写真を撮って、人に見てもらって批評してもらうことなんです。それは、料理にも共通していると思うんです。自分の舌だけじゃなく、他人の舌で味を確かめなければ! ね? そうでしょ! そう思うでしょ?!」


 白鳥麗華は、少し驚いた顔をしてから、笑顔を見せてくれた。


「そうだね。君の言う通りだ。じゃ、どれがいい?」


「えっと、それじゃあ玉子焼きをいただきます!」


 僕が玉子焼きをつまもうと、手を出すと、その手をピシャリと叩かれた。


「お行儀の悪い!」


 ラッキーだ。なんて今日はついてるんだ。手で触れてもらえるなんて。


「あいてっ」


 僕は触ってもらえた喜びを隠すために、大袈裟に痛いふりをした。


「だ、大丈夫? き、傷に触った?」


 白鳥麗華は、両手を顎の位置まであげ、不安気に見つめてくる。

 くー、可愛い。なんて可愛いんだ。そんな表情をされたら僕はとろけてしまいそうだ。


「いえいえ大丈夫ですよ。ほら平気!」

 

 僕が手首をブルブルと振ると、白鳥麗華は、はにかんだ笑顔を見せてくれた。

 綺麗だ。なんて可憐なんだろう。まるで、咲き乱れる桜のようだ。いや、桜は散ってしまう。

 彼女の美しさは、永遠に違いない。しまった。僕は比喩に例えれる花の名前をあまりしらない。

 内面で、こんなことを考えていることを悟られないように僕もニコリと笑い返す。


「そっか。山野くんは、おにぎりだからお箸がないんだね。気が付かなった」


 白鳥麗華は、箸を反対に持ち替えると、玉子焼きをつまんで、机に広げていたおにぎりの包の上に置こうとした。

 僕は机に置かれる寸前に、口でパクリと食いついた。

やった。やったぞ! 女の子にあーんしてもらうのが夢だったんだ。それも相手が、白鳥麗華なんて最高だ!

 いやまあ、してもらったというのは、語弊があるけれども。

 白鳥麗華は、ポカンとして僕の顔を見ている。

 しまった。ちょっとテンション上げすぎて余計なことをしてしまった。

 白鳥麗華は、ぷるぷると肩を震わせると、急に立ち上がった。

 顔は真っ赤で、怒っているようだ。


「わ、私、急用を思い出した。し、失礼するよ!」


 白鳥麗華は、机に広げていた弁当をすぐさまランチバッグに直すと、僕に声をかける隙を与えず、さっさと教室からでていってしまった。

 ああ~。やってしまった。完全に嫌われてしまった。

 なんで、あそこで調子に乗るんだ。僕は馬鹿だ。大馬鹿者だ。

 僕が、白鳥麗華が出ていったドアを呆然と眺めていると、クラスメート達がいつの間にか周りに集まっていた。


「どういうことだ! なんで白鳥先輩と、飯食ってんだよ?!」

「山野くんは、白鳥先輩のなんなの?」

「白鳥さんと、なんで親しくしてんだ!」

「白鳥様に馴れ馴れしいじゃないの!」


 僕は、周りの勢いに圧倒されながらも、返答した。


「いや、あのさカメラを教えて欲しいって言われて、昨日一緒に撮影したんだよ」


 周りのクラスメート達は、なるほどーと納得して、席へと戻っていく。

 唯一人、大木だけは鼻息荒く僕の耳元に口を近付けてきて、思わず仰け反ってしまった。


「な、なに?」


 大木は、メガネをくいっと上げ、目を光らせる。


「山野くん、白鳥麗華嬢の写真はもちろん撮ったよね? 売ってくれないかい?」


 写真を売れ? ダメダメ。こんな奴に渡したら何をするかわかったもんじゃない。


「いや、風景を撮っただけだから、撮ってないよ」


「そうか。それは残念……」


 大木は、その巨体を揺らしながら、席へと戻っていく。

 よかったすぐに引き下がってくれて。

 こっそり生徒手帳に入れている白鳥麗華の写真を見られたら、何を言われるかわからない。

 このことは、誰にも言わないでおこう。

 僕は、半分残っていたおにぎりを口に頬張ると、白鳥麗華の機嫌を直すには、どうしたらいいのかとそのことばかり考えた。

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