麗華の章 その二
麗華の章 その二
次の日。
いつもより30分も早く起きてしまった私は、取り敢えず早めに学校にいって、山野くんを待ち伏せしようと思った。
どんな風に、話しかけるのが自然だろうか?
偶然、あったような振りをして、おはようってにこやかに挨拶しよう。きっと、それが一番おかしくない。
その場面を想像すると、笑いがこみ上げてくる。
いけない。こんな顔してたら、変な子だと思われてしまう。自然よ。あくまで自然に。
私は、数十分後に訪れるであろう、その時を何度も頭の中でシュミレーションする。
自転車置き場に自転車を置き、ヘルメットを取っていると、若林くんがやってきた。
彼は、バス通学の筈なのに、朝からつけ回してくるとはご苦労なことだ。
「おはよう。麗華さん! 今日も綺麗だね」
「おはよう。ご機嫌いかがかしら」
綺麗などと、歯の浮くような台詞をよく言えるものだ。
それとも、綺麗だと言いさえすれば、誰でも自分になびくとでも思っているんだろうか。
若林くんは、前髪に触りながら近付いてくる。
「昨日も、1年の女子に、告白されちゃってね。まいったよ。ははは」
「そう、それはよかったわね。私、用があるの。ついて来ないで、もらえる?」
「つ、つれないなあ。ねえ、麗華さーん」
若林くんが、私の肩に触れてくる。私は、手を払いのける。
「気安く触らないで」
「そんなー。麗華さーん。今日こそは、お昼一緒にお願いしますよー。ねー」
私は、若林くんの方を振り返ることなく、早足で1階にある2年3組に向かった。
教室の前で、待っていたらへんだろうか?
生徒会室に行くには、道が違うし。うーん。どうしたものかな?
取り敢えず、2年3組の教室まで行ってみると、山野くんは既に登校していた。
熱心に雑誌を読んでいる。
さて、自然に話しかけよう。あくまで自然に。
「ふーん。このレンズなら、君みたいに綺麗に写真を撮れるのか?」
「まあ、Lレンズだからね綺麗に写せるよ」
「ふーむ。そうなのか」
驚くかと思ったけど、山野くんは普通に返してくれた。
やった。作戦成功! でも、顔をあげた山野くんは、誰この女? という顔で、私を見る。あれー? おかしいなあ。さっきの返事はなんだったの?
「そんなに驚かないでもらえないか?」
「え? いや、あのその、お、おはようございますっ」
「いきなり教室に押しかけてすまない。実は父のカメラを持ってきていてね。使い方がわからないので、聞きたいと思ってきたんだ」
よし! 言えた。ここからよ。本題は。
私は、カメラバックからカメラを取り出して、彼に見せた。
思ったとおり、カメラをみた彼は、目の色を変えた。
「実は今度の弁論大会の模様を撮りたいのだが、私はカメラに疎くてね。試しに教室で撮ってもブレたものか、テカった写真になってしまうんだ。
君のような写真を撮るのが理想なのだが」
「被写体との距離はどれぐらいですか? 外付けのスピードライトは使ってます?」
しめしめ。作戦成功だわ。でも、専門用語を使われると、話についてけない。スピードライトってなんのこと?
「距離は3Mといったところだよ。スピードライト? それはカメラに付いてくるものなのか?」
「スピードライトっていうのは、フラッシュのことです」
ああ。なんかシャッター押すと、上のところがポコンと上がるアレのことね。
「フラッシュ? ああ、このカメラに付いてる勝手に時々つくこれかな?」
「それだと光量が足りないんです。発表者にライトを当てるか、ガイドナンバーが大きなスピードライトを使うとかしないと。ブレる写真は、光量が足りなくて、シャッタースピードが稼げてないからですし、テカった写真になるのはフラッシュが正面からしかあたってなくて、光の影ができてしまうからです。教室ぐらいだったらバウンス撮影でなんとかなるんですけど講堂だとフラッシュを後にもおいてスレーブ発光させればダイブ違うんじゃないかと」
ガイドナンバー? スレーブ? バウンス? うーん。難解だわ。なに言ってるのか全然わかんない。
「ふむ。聞きなれない単語がたくさん出てくるな。これは私には荷が重そうだ」
「ええっと、実をいうと僕もスタジオ撮りとかしたことなくって、本の受け売りなんですけど」
嘘ばっかり。そんなにスラスラ出るわけないじゃん。山野くんは、知識をつけるために、必死で勉強したんだろうな。
「それにしても、やはり詳しいな。さすがだ。それはそうと山野くん、なぜ君は敬語なんだ?」
友達になりたいんだ。山野くんと少しでも距離を縮めたい。
山野くんは、躊躇しているように見える。同い年といっても、上級生には話しにくいかな?
「え? いや、その上級生ですし……」
「学校の生徒である前に、私たちは同じ年の若人だよ。それに先輩後輩というのは、本来、世話になった人に対して持つ感情ではないかな?」
いけない。なんだか、上から目線になってるわ。もっと柔らかく言わないと。
「はぁ。そ、そうですか」
「ほら、また敬語になっている」
私は、できるかぎり柔らかい笑顔を作ってみた。どうだろう? これで少しは親しみをもってもらえるだろうか?
山野くんは、はにかんだ笑顔を見せてくれ、バッグから写真を取り出した。
「ん? ああ、これは昨日の写真かい? これは綺麗に撮れてるまるで私ではないようだ」
背景が綺麗にボケていて、私がくっきりと写っている。まるで、モデルみたいだ。山野くんは、本当に写真が上手だ。
「山野くん、ものは相談だが」
「え、ええっと、なんでしょ?」
「さっきから、何か変だな? 山野くんは朝は苦手なのかな?」
「いえ、ああ、はい。低血圧で大変なんです。はい」
そっかー。なんか反応が鈍いと思ったら、そのせいか。
朝から押しかけちゃって、悪かったかな?
「そうか。ならば出直すかな。いきなり邪魔して悪かった。では、これで失礼するよ」
「きえっ、いえ、全然大丈夫です! 全然! ほんとに全く。それはもう」
あ、山野くんが噛んだ。なんだか愉快だな。山野くんと話していると、すごく楽しい。
「ふふ。なんだか山野くんは、ゆかいな人なんだね。知らなかったよ」
山野くんは、頭をかいて照れている。なんだか、可愛らしい。
「では、お言葉に甘えて要件を言わせてもらおうかな。時間があるときで構わないんだが、私にカメラの手ほどきをしてくれないだろうか?
学校行事の写真を綺麗に残したくてね。いや、無理なら……」
ダメかな? 断らないで欲しいんだけど。私は、山野くんの反応を覗う。
彼は、満面の笑みで答えてくれた。
「よろこんで!」
よかった。断られなくて。ありがとう山野くん。
そうだわ。この機を逃す手はないわ。彼の気が変わらない内に、連絡先を交換しないと。
「携帯番号とメールアドレスを交換してもらえるかな?」
山野くんが、携帯を出そうとしてくれていると、ざわざわとした足音が近付いて来た。
私は、校内では注目されている。勝手に、ファンクラブとか言ってる人たちもいる。
朝から二人のところを見られたら、山野くんがどんなことを言われるかわからない。
「おい、白鳥先輩じゃん。すげえ。なんで教室にきてんの?」
「きれー。素敵だわー」
いけない。やはり、迷惑がかかる。私は、メモ紙に連絡先を書いて、教室を出た。
今になって、ドキドキと胸が高鳴り、顔が火照ってくる。
友達を作るのが、こんなに大変なことだったなんて。
クラスの中心にいつもいる青柳さんなんかは、このような経験を何度となく、くぐり抜けて、来たんだろうか?
3階の教室に入り、自分の席に着く。
隣の席の、川浪くんがチラチラと私を見てくる。いつも、チラチラと私の胸や顔を見てくるこの人も、さっきの私みたいに、友達になろうと思って、話しかけるタイミングを図っているだけかもしれない。だとしたら、いつも素っ気なく返事をするのも悪い気がする。
「お、おはよう」
川浪くんが挨拶してくる。いつもだったら、素っ気なくおはようとしか言わないけど、今日は態度を変えてみよう。もしかしたら、純粋に友達になりたいだけかもしれない。
私は、川浪くんに微笑み返す。
「おはよう。今朝は、いい天気ね」
川浪くんは、満面の笑みを見せたかと思うと、鞄から何かを取りだす。
映画のチケットのようだ。
「こ、これ、一緒にいかない? よかったら、ね!」
何だか、私はがっかりしてしまう。私は、彼に同じクラスの友人以上の関係を望んでいない。
でも、チケットを差し出す彼の目は、今も私の体を舐めるように見ている。
「悪いけど、興味ないわ」
私は、冷たい言葉を返し、前を向く。
いつもこうだ。私は、友人になりたいだけなのに、少し親しくすると、男の子たちは目の色を変えて、友人以上の関係になりたがる。
思春期の男の子が、女の子とそういう関係になりたいと思うのは、自然のことだと思うけど、私は、好きでもない人と、そんな関係になろうとは思わない。
教室の前の方の席で、青柳さんは友人の輪に囲まれている。
彼女が、サッカー部の吉村くんと付き合っているのは、誰もが知るところだけれど、男の子は、彼女と話したがる。見ていると、彼女と話をしている男子は、私に話しかけてくるような顔とは違い、男の子同士で話しているかのように、会話を楽しんでいる。
彼女とは、友人の感覚で、話しているのだろう。
そんな彼女が心底羨ましい。
私は、いつものように、淡々と授業を受けた。