麗華の章 その九
麗華の章 その九
秀夫くんは車に乗り込む時に、顔をしかめている。
そうとう痛むみたいだ。大丈夫だろうか。心配だわ。
秀夫くんは、腕にスプレーをかけ、しばらくすると大丈夫と笑顔を見せてくれる。
少しして、秀夫くんは車を発進させた。
笑顔で試合のことを話してくれる。
よかった。運転は大丈夫そう。
そのまま、秀夫くんは家に送ってくれた。
家に帰るとお父さんが来ていた。
「あら、お父さん。今回は、ゆっくりできるの?」
「麗華、お土産だぞ。お前の好きなケーキだ。今回は、福岡市議の出直し選できていてな。年内はこっちにいるつもりだ」
「そうなの。うふふ」
山野くんは優勝するし、お父さんは来るし、今日はいいことばかり。
私は、2階に上がり着替える。
それにしても、すごい試合だった。
手に汗握る試合展開だったし、秀夫くんの気迫は見ている私にもひしひしと伝わってきた。
それに、ほっぺたにキスしちゃったし。うふふ。あの写真こっそり私もデータをもらおうかな。
ゆいちゃんは、生意気なところもあるけれど、今日のことで全部ゆるしちゃおーっと。
私が1階に降りると、お父さんが笑いかけてきた。
「聞いたぞ。麗華、合格おめでとう」
そうだった。今日、合格したんだった。山野くんの試合見てたら、すっかりそんなこと忘れてた。
「ありがとう」
「それでな、今日はお前に頼みがあるんだ。私の後援会の黒田さんの息子さんがな、去年お前を見かけて、えらく気にいったみたいなんだ。一度会ってやってもらえんか?」
「いやよ。知りもしない人となんか会いたくないわ」
「それにな、黒田さんの息子さんは、若くして弁護士になってるんだ。黒田さんから、お前が弁護士を目指しているんだったら、是非協力したいという申し出があってな。お前も弁護士を目指してるんだろう? 少し勉強のコツを教えてもらったらどうだ?」
「うーん。でも、自分で勉強するからいいわ」
「そう言わずに、頼むよ。お父さんを助けると思って。頼む。このとおりだ。一回だけ会ってやってくれ」
お父さんに頭を下げられては、断ることもできない。
私は、しぶしぶ了承した。
「いいけど、一回だけだよ。それでいい?」
「おお。それは助かる。有力者の顔を潰すわけにもいかんので、お父さん困ってたんだ。私はあったことはないんだが、えらくハンサムだというし、いろんな国を旅したり、障害者スポーツの振興に力を入れていたりと、なかなか見所もあるみたいなんだよ」
障害者スポーツ? 山野くんに何かプラスになるかもしれない。
しぶしぶだった私の態度が変わるのを見て、お父さんは、少し首を傾げる。
「ん? 急に笑顔になったな。ハンサムっていうところに惹かれたのか?」
お母さんが、キッチンから会話に加わる。
「あなた違いますよ。麗華、山野くんでしょ? あなたのお目当ては? うふふふ」
「山野くん? 誰だそれは? お前の彼氏か? 今度連れてきなさい!」
「ち、違うよー。お母さん、変なこと言わないで!」
「はいはい。もう言いませんよー」
私は、久しぶりに家族三人で食事を楽しんだ。
次の日。
学校帰りに校門で待っていると、真っ赤なフェラーリが止まった。
車で迎えに来るとは聞いていたけど、こんな派手な車で来るとは思わなかった私は驚いた。
私が校門からでると、黒田さんは柔かに笑いかけてきた。
「はじめまして。いや、僕の方は知ってるんだけどね。さ、乗って乗って」
「すみません。じゃあ、お邪魔します」
私は、警戒して車に乗り込んだが、黒田さんは意外なことを言いだした。
「ごめんね。なんか、オヤジが変に気を回したみたいでさ。僕は、去年見かけた君が綺麗だったって言っただけなんだよ。
そしたら、オヤジの目が変わっちゃってさ。もともと、早く結婚しろ結婚しろって言われてたからね。強引でまいっちゃうよ。麗華さんも迷惑だったろ? あははは」
なんだ。この人も親に言われて、無理に私に会いにきたんだ。
私は、うがった見方をしていた自分を恥じた。
黒田さんは、清潔感があり、会話もスマートだ。育ちがいいのだろう。
「そう? へー。生徒会長してるんだー。すごいじゃないか。僕なんか、高校まともにいってなかったからねー」
「それで、弁護士になれるんだから、黒田さんはすごいですよ」
「いやいやー、たまたまだよ。別に弁護士じゃなくてもよかったんだよ。人の役に立ちたくてね。今は、障害者スポーツ協会の方に協力させてもらってる」
障害者スポーツというと、車椅子テニスも関係あるのだろう。山野くんの役に立つ話が聞けると思って、私は胸が踊った。
結局この日は、弁護士の勉強というより、黒田さんの見てきた国々の福祉事情や、日本の障害者スポーツの問題点などばかりを話した。
それから、1月程、黒田さんのお父さんを取り敢えず納得させたいからということで、私は黒田さんと会った。
黒田さんの筋書きでは、何回か会ってみたけれど、性格が合わなかったといって、納得させるのだという。
私にしても、障害者スポーツ関係に顔が広い、黒田さんの人脈は魅力で、私は黒田さんにお願いして、障害者スポーツのことを教えていただいた。
黒田さんは、快く私を障害者スポーツ協会や、いろいろなクラブに連れて行ってくれた。
車椅子マラソン、車椅子バスケ、アーチェリーに、車椅子ダンス、卓球、水泳。どこに顔を出しても、黒田さんは知られていた。
障害者スポーツは、どこも資金難に喘いでいた。黒田さんは、それをどうにかしたい。認知度をもっとあげたいと、力強く語っていた。私もこの人のようになりたいと思うようになった。
山野くんと会う時間が少なくなってしまうのは、悲しかったけれど、こういったことを知ることが、いずれ山野くんのためになると思って、私は我慢した。
12月になった。
お父さんから、黒田さんのお父さん主催のパーティに一緒に行かないかと誘われた。
お父さんが、誘ってくれるのは珍しい。私は喜んでついて行くことにした。
どのドレスがいいか悩んだけれど、秀夫くんに選んでもらった。
本当は、彼と一緒に行きたいけど、何故だか秀夫くんは、黒田さんの話をすると、嫌がる。いずれ合わせたいけれど、まだ時間がかかりそうだ。
私は、秀夫くんが選んでくれたドレスを着て、お父さんと一緒にパーティー会場へ向かった。
会場に着くと、立食形式で、民事党の幹事長をしているお父さんの元には、様々な人が挨拶しにくる。
私が外の景色を眺めていると、タキシードを着た黒田さんがやってきた。
「やあ、麗華ちゃん。おー、今日はめかしこんでるね」
「うふふ。ありがとうございます。すごく盛大なパーティーですね」
「うーん。僕はこういうの苦手なんだけどねー」
「そうですね。私もこういうところホントは苦手なんです」
「そう? だったら、ちょっと休みにいかない? 最上階のスイートルームを休憩用に取ってるんだ。そうそう君がみたいって言ってた、車椅子テニスのパラリンピックのDVDもあるよ」
「え? 本当ですか? 行きます!」
私は、最上階へと続く、エレベータに黒田さんと乗り込んだ。
スイートルームにつくと、視界いっぱいに夜景が広がっている。
福岡市内が一望できる。秀夫くんとこういう景色がみたいなあ。
私が景色を眺めていると、黒田さんが肩に触れてきた。
驚いた私は、少し離れる。
「ちょっと黒田さん、ふざけないでくださいよ。びっくりしますよ」
黒田さんは、ネクタイを緩める。いつもの笑顔は消え、目が鋭い。
私は、危険を感じ、ドアの方へと足早に進む。
黒田さんから手を掴まれた。
「僕に惚れてるんだろう? のこのこここまで着いてきたんだから」
「止めてください! そんなんじゃありません!」
「今更、気取るなよ! 去年から目をつけてたんだ! 今の女子高生はこんなの当たり前だろう!」
抱きつかれ、私は、黒田の頬を叩いた。
黒田は、私を乱暴に押し倒し、胸をもんでくる。
怖い! 止めて、触らないで! 私は必死に抵抗し、顔を引っ掻いた。
黒田が、私の頬を叩いてくる。
いや! 私は手に届くものを、とにかくつかみ、迫ってくる黒田に投げつける。
ひるんだ隙に、なんとかドアを出てエレベータに飛び乗る。
扉が締まる瞬間に黒田が、目をぎらつかせて入ってきた。
「手間かけさせんなよ!」
「なんで、こんなことするんですか! 信じてたのに! ひどいよ!」
「うるせえな! 妾の子だろうが! 上品ぶるんじゃねえよ!」
もみ合っている内に、女の人の短い悲鳴が聞こえた。
いつも間にか、エレベータが2階に降りていて、ドアが開いている。
「いや、これは違うんですよ」
黒田が後を向いているうちに、私は股間を蹴り上げてエレベータを降りた。
涙がボロボロと流れる。馬鹿だった。のこのこついていった私が馬鹿だったのだ。
私が1階への階段を降りようとしていると、お父さんが私に気付いた。
「おーい。麗華、こっちに……。どうした?! 麗華、どうした?!」
お父さんが、血相を変えて近付いてくる。
私は涙を流すことしかできない。
そのうち、黒田が追いついてきた。
「いや、先生違うんですよ。麗華さんが誤解しているだけなんです」
お父さんは、私と黒田を見て、状況がわかったようだ。
私が聞いたこともないような大声で一喝した。
「貴様! 家の娘にこんな真似して、ただで済むと思っているのか! 許さん! 許さんぞ!!」
私は、お父さんの怒鳴り声を背中に聞きながら、会場を後にした。




