麗華の章 その八
麗華の章 その八
新学期になった。
推薦入試の日は、すぐそこまで迫っているというのに、私は最近勉強が手につかない。
参考書を読んでいても、問題集を解いていても、山野くんの顔が頭に浮かんできて、彼に会いたくなる。彼の声が聞きたくなる。
最初は、大切な友人と思っていたのに、もうどうしようもないぐらい、彼のことが好きになってしまった。
自分の思いを伝えたい。彼のことがどれだけ好きなのか伝えたい。
でも、彼は今、11月の大会に向けて、猛練習を行っている。
友人だと思っていた私が、交際を迫れば彼の心は乱れるだろう。
優しい彼のことだ、断るにしても私が傷つかない様にしてくれるはずだ。
そのために、思い悩むはずだ。
今は、彼が試合に集中できるようにしてあげたい。
でもでも、彼のことを思うと胸が苦しくて仕方がない。
今日の日本史は平先生が、お休みで自習となった。
私は、参考書を広げながら、大きなため息をつく。
さやかが、肩を叩いてくる。
「なんなのー? 麗華、元気ないじゃん?」
さやかとは、かなり打ち解けた。さやかにだと、壁を作らないですむ。
「う、うん。ちょっとね……」
「ははーん。恋の悩みでしょ?」
さやかの言葉に、周辺の男子が一斉にこちらを見る。
私は、鋭い目で、ジロリと見渡す。
男子たちは、また机に視線を戻すが、そわそわと落ち着かず、私たちの会話に聞き耳を立てている風だ。
「さやか、声が大きいよ。とにかく座って」
さやかが、キョトンとして、前の席の椅子を反対にして座る。
「え? もしかして、図星?」
私がコクりと頷くと、さやかは耳に手をあて、顔を近付けてくる。
「誰? 誰?」
「絶対、誰にも言わない?」
「言わない、言わない。言うわけないよ」
私は、さやかの耳元で、秀夫くんの名前をつぶやく。
さやかは、満面の笑みになったかと思うと、さっと立ち上がり、教室を出ていこうとする。
私は、さやかの手を掴み、焦りながら引き止める。
「ちょっと! どこ行くのよ?! 自習中でしょう?」
さやかは、にやにやといやらしく笑う。うわー。恥ずかしい。
言うんじゃなかった。
「知らせないと! タックンと、それから、ヒデくーんにぃー」
いつの間にか、男子たちが私たち二人の周りを取り囲んでいる。
私が睨みつけると、席に帰っていく。
「もう! 言わないって約束したでしょ?」
さやかは、ごめんごめんといって頭をかく。この子にこういう仕草をされると、どうしても憎めない。
「早く、告っちゃいなよ! 早くさ! ぐずぐずしてたら、卒業になっちゃうよ?」
「そ、それは、わかってるんだけど……。大切な時だから、邪魔したくないんだ。それに断られたらと思うと怖くって」
さやかと仲のいい女子生徒数人が、集まってくる。
「なになに? 今の話ほんと?」
「白鳥さん、好きな人がいるわけ?」
「だれだれだれ?」
さやかが、手を上げて女子生徒たちを制止する。
「誰かっていうのは勘弁して! もう少ししたら、結果をご報告しますので」
「えー! 白鳥さん告白するわけー!」
声の大きな木下さんが素っ頓狂な声を上げたおかげで、クラス中がこちらを向く。
私は、顔から火がでそうで、机に顔を伏せる。
「あ~あ。みんな知っちゃったよ。バカ!」
さやかが、怒ると木下さんがシュンとする。
さやかは、すっと立ち上がると、教壇に向かって歩き出した。
教壇に立ち、言い放つ。
「みんな、聞いての通りよ。でも、私たちは受験生。麗華は、勉強の邪魔にならないようにと、告白は卒業式にするわ。誰に、告白するとは言わないわ。ただ、いつ告白されてもいいように、心の準備だけしておいて」
さやかは、なんてことを言い出すんだろう。私が驚いていると、スタスタと戻ってきて、私に耳打ちする。
「ほら、周り見てみなさいよ。これで、誰が好きって詮索はされないわ。みんな、自分って思ってる。男って単純だよね。うふふふ」
周りの男子を見ると、みな顔を赤く染め、勉強に励んでいる。
なんなのこれ?
「もう、どうすんのこれ?」
「いいからいいから、馬鹿どもは、ほっときなさいって。私、応援するからね。頑張って!」
「うん。ありがとう……」
その後、私が好きなのは、3年生だという噂が広まり、山野くんを疑うものはいなかった。
私は、ほっとしつつも、男子たちが私を見る目が、時間が経つに連れて、期待が高まっているように感じ、不安を覚えた。
最初は、どうしようと思っていたが、机や下駄箱に入っているラブレターの内容が、付き合って欲しい。といったものから、
勉強を頑張って、一緒に大学生になろう! といったものに変わり、これはこれでいいのかもと思うようになった。




