表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/19

麗華の章 その六

 麗華の章 その六


 明日には、山野くんが合宿免許を取りに行き、2週間会えないと思うと、私は夏期講習に行く気になれず、山野くんにメールしてしまった。


〝時間があるんだったら、ちょっと遠出しない? 筋肉痛が辛いなら無理にとは言わないけど(笑)〝


 どんな返事が来るのか、私の胸はドキドキと高鳴る。

 山野くんからOKの返事が来ると、私は喜び勇んで、自転車に飛び乗った。

 坂を全速力で下り、一目散に山野くんの家を目指す。

 今日は、露出多めな服装にした。ノースリーブのTシャツに、ホットパンツだ。

 少し大胆かとも思ったけれど、お母さんのアドバイスに従うことにした。

 これで、山野くんが私のことを少しでも好きになってくれるなら、やってみる価値はある。

 山野くんのお家に着き、インターホンを鳴らす。

 山野くんは、この格好をみて、なんて言ってくれるだろう。


「いいのー? 受験生が遊んでばっかでさあ」


「いいの、いいの。ちゃんと、昨日も8時間は勉強したんだから。誰かさんと違って、私は筋肉痛で辛いなんてことはないしね」


 期待したような結果とはならず、山野くんはいつもと同じ態度だ。

 うーん。失敗かな。

 私たちは、二見ヶ浦へ向けて出発した。

 なるべく平地を選んで走ったつもりだけれど、やはり坂がどうしてもある。

 ハンドバイクは、前輪駆動であるため、坂になると荷重が後輪に移り、前輪が空転してしまうようだ。

 山野くんは、汗だくになりながら、漕ぎ続ける。

 私が、休憩を取ろうといっても、なかなか取ってくれない。


 二見ヶ浦についたときは、3時間半ほど時間が経っていて、お昼過ぎとなっていた。

 ロードレーサーで来るときは、2時間かからないぐらいで、気持ちいいと思っていたコースなのだけれど、私の見立てが甘かったかもしれない。

 疲れきった山野くんが、障害者トイレに入っていく。

 頭を濡らしてでてきた山野くんの車椅子を、私は押す。


「いいよ。自分でこぐよ」


「意地はらないの。もう腕に力入らないんでしょ?」


「う、うん。じゃあ、お願いします」


「そうそう。素直でよろしい!」


 私たちは、道路を渡り、海岸線にそってある2M程の綺麗な歩道をゆっくりと進む。


「綺麗ねえ。来てよかったでしょ?」


「うん。よかったよ。すごく綺麗だ。もっとも、僕の腕はボロボロだけどね」


「鍛えなさいよー。男の子でしょ?」


「はーい。がんばりまーす」


 山野くんを押して、私は休憩所まで行った。

 いつも、私はここで休憩して、戻ることが多い。いつもは、一人で来ているけど、今日は山野くんと二人。

 私の目には、今日の景色は格別に映る。


「私ね、よくここに来るんだ。自転車を一心腐乱に漕いでここまでくると、やなこととか忘れちゃうの。海はいいわよねー。いつ見ても癒されるわ」


 山野くんは、意外そうな顔をして言う。私にどんなイメージを持ってるんだろう。


「白鳥さんでも、嫌なこととかあるんだ? 悩みなんてないのかと思ってたよ」


「何それ? 私をどういう目で見てたわけ? 私なんて、いつも悩んでばかりよ。愛人の子っていう引け目もあるしね」


 冗談で、自虐的な発言をした私を、山野くんは真面目な顔で励ましてくれる。

本当にこの人は、優しい。


「白鳥さん、そんなに気にすることかな? 僕はそんなこと全く気にならないよ。愛人なんて、世間一般の固定概念でしかないでしょ?

 昔の殿様なんて、何人もお嫁さんもらってたんだよ? お父さんとお母さんが、本当に愛し合っていたらそれでいいんじゃないかな」


「ありがとう。山野くんにそう言ってもらえると、気が楽だわ。私、実はね、大堀公園で山野くんにその事を言ったとき、嫌われたらどうしようってすごく怖かったんだ」


「まあ、大人もいろいろあるんだろうしね。僕の父さんなんて、お金持って消えちゃうぐらいなんだから。あははは」


 そうだよね。山野くんは、私なんかよりもっともっと辛い目にあっているのに、こうして立ち直っている。


「山野くんって本当に強いね。山野くんを見てると、私の悩みなんて、ちっさなことだと思うわ」


「え? 強くなんてないよー」


「強いよ。小さい頃から、お父さんのスパルタに耐えてたでしょ? 障害を持っても、お父さんにひどいことされても、山野くんはこうして前に進んでる。山野くん見てると、私も見習わなきゃって思うんだ」


「褒めすぎだよー。僕なんて、そんな大したもんじゃないし、もっと辛い目にあってる人はたくさんいるよ。

 竹畠くんなんて、長く生きられないってわかってるのに、あんなに明るく振る舞えるんだから。僕にはきっと、あんな風に振る舞うのなんて無理だ」


 ううん。山野くんはすごく強いよ。それは私が一番わかってる。

 私は、少しイタズラ心が湧いてくる。ちょっと、意地悪しちゃえ。


「まあ、もっとも、いいところばかりじゃないけどね」


「何? 悪いところがあったら直すよ。言ってくれないかな?」


「んー? 自分じゃわからないの?」


「うん。教えて」


「私の格好見て、何か気付かない? ワタクシ、今日は結構冒険してるんですけど」


 私がそう言って、見てというジェスチャーをすると、山野くんは顔を赤らめて目を逸らす。

 あれ? 私が気付かなかっただけで、意識してくれてたのかな?


「い、いや、最初から気付いてたよ。いつもと違って健康的というか、活動的というか。僕、女の子と付き合ったことなんて、ないからどう褒めたらいいのかわからなかったんだ」


「本当にぃー?」


「ほ、本当さ。き、綺麗だよ。すごく。いつもだけど……」


「まっ、許してあげる。あんまり苛めると、可愛そうだしね」


 うふふ。綺麗だって。まあ、これぐらいで許してあげるかな。

 山野くん、本当にこういうこと苦手みたいだし。

 私が、腕を組むと、山野くんの視線が下に下がり、胸の位置にきた。

 私は、じっと見られた恥ずかしさで、またからかってしまう。


「あっ、やらしいー。今、私の胸を見てたでしょ? 山野くんは、そういう目で女の子を見るんだ」


「ち、違うんだよ。あのその、ごめんなさい。あんまり綺麗だから。それに、白鳥さんがそんなに胸が大きいなんて知らかったし……」


 私は、ペロリと舌を出す。

 山野くんは、あ、からかったなをいう顔をする。


「嘘よ。いつもからかわれてるから、そのお返し」


「もう、人が悪いなあ」


「うふふ。年頃の男のがエッチなこと考えてるっていうのは、私も知ってるわ。健全なことよ」


 私がそう言って、笑うと山野くんは安心したのか、ジュースを飲みだした。

 もう一回、イタズラしちゃおうかな。


「でも見たかったら、少しだけならいいよ。山野くんは友達だし。ジュース一本おごってくれたら、胸の谷間みせてあげる」


 山野くんは、ジュースを吹き出して、咳き込む。

 その驚いた顔がおかしくて、私はお腹を抱えて笑ってしまった。


「あはは。ごめんなさい。山野くんからかうのって、楽しくって」


「もう。人が悪いなあ。僕がホントにその気になったらどうするんだよ。僕だって男だよ」


「大丈夫よ。山野くんは、無理矢理そんなことするような人じゃないもん。私わかるんだ」


 本当は山野くんに少しは、そうなって欲しいって思ってるんだ。

 他の男の子みたいに、私に興味を持って欲しいって思ってるんだ。

 山野くんは、突然カメラを撮りだした。

 驚く私に、カメラを向ける。


「え? 撮るの? ちょっとやだな。こんなに汗かいてるのに。変な顔じゃない?」


 私が、手ぐしで髪を直そうとしていると、山野くんがシャッターを切った。

 恥ずかしがっている暇もないほど、山野くんは左右に動き私を次々と撮る。

 いったい、何枚撮る気なの? 私が、二人で撮らないって言おうかと思った時、不意に山野くんが驚くことを言った。


「そうそう。そういえばさ、僕のクラスに大木ってのがいるんだけどさ」


「あの、太ってる子でしょ? 私が山野くんのクラスにいくと、じとーっと変な目で見てくるのよね」


 大木くんは、2年3組に私が入ると、なんとも言えない目で見てくる。

 あの目で、見られると私は背筋に寒いものを感じてしまう。

 会ったことはないけれど、痴漢をするような人はきっとあんな目をしていると思う。


「白鳥さんの写真を売ってくれってうるさいんだよね。今日の写真は露出部分が多いから高く買ってくれそうだ」


 え? なんてこというの? あんな子に写真渡したら、絶対変なことに使うよ。やだよー。


 山野くんは、ニヤリと笑う。してやられた。さっきのお返しってわけね。


「もう、知らない!」


「あははは。お返しさ。じゃあ、そろそろ戻ろうか。休ませてもらったおかげで、だいぶ回復してきたよ」


 私たちは、途中でお昼を取ったりして、往路よりも休みを多くして、ゆっくりと戻った。

 40KM離れた福重についたときは、19時半を過ぎており、陽はだいぶ傾いていた。


「じゃ、免許取得頑張ってね」


「うん。予定では、2週間ぐらいで取るつもり」


「そっか。私は、その間、猛勉強でもしてますかね」


「あはは。頑張れ、受験生!」


「ふふ。そうね。2週間、私に会えないからって、泣いちゃダメだぞ」


「メールするよ。じゃ、またね。2週間後」


「うん。それじゃ、2週間後に」


 これで、山野くんとは2週間会えない。

 私は、後ろ髪引かれる思いで、西の丘へ続く坂を上った。


 次の日から、山野くんは合宿免許を取りにいってしまった。

 メールは、届くみたいだけど、山野くんの邪魔をしてもいけない。

 私は、寂しい気持ちをごまかすように、勉強に打ち込んだ。

 7月も終わりに近付き、山野くんの帰りが近くなってきたある日、学校の図書室で、勉強していると青柳さんに声をかけられた。


「白鳥さん、ちょっと話があるんだけど」


「何だい?」


「ここじゃ、ちょっと。付いてきてもらえる?」


 青柳さんは、私の知らない山野くんをいっぱい知っているはずだ。

 その話が聞きたい。青柳さんと仲良くなって、話をしたい。

 私は、言われるまま屋上までついていった。

 誰もいない屋上に着くと、青柳さんは真剣な眼差しで私を見る。

 教室では、見たことのないような表情だ。


「あのさ、白鳥さんは、ヒデくんをどう思っているの?」


 どういうことだろう? 青柳さんは、吉村くんと付き合っているはずだけれど、本当は、山野くんのことが好きなのだろうか?

 私は、青柳さんの真意がわからず、回答するのを躊躇した。


「ねえ、教えて、ヒデくんのことをどう思っているのか」


「そんなことを、あなたに言われる筋合いはないな。勉強があるので、失礼させてもらうよ」


 私がドアの方へ歩こうとすると、青柳さんが腕を掴む。


「待って! 私は、真剣なのよ! どうなの? ヒデくんのことどう思ってるの?」


「青柳さん、君は、山野くんのなんだい?」


 私の高圧的な態度にも、少しもひるむことなく、青柳さんは真っ直ぐに見つめてくる。


「幼馴染よ」


「その幼馴染が、いったいなぜそんなことを聞くんだい?」


「ヒデくんはね、いっぱい傷ついてきたの。いっぱい苦しんできたの。もし、白鳥さんが退屈しのぎにヒデくんの相手をしているなら、すぐに止めて欲しいの。ヒデくんが、傷つく前に」


 彼女は、真剣に山野くんを心配している。心のそこから彼を思っている。

 青柳さんと山野くんの関係に、私は嫉妬してしまい、自然と言葉が鋭くなる。


「君は、まるで山野くんを子供扱いだね。誰と付き合うか付き合わないかは、君が指図することじゃないだろう? 違うかい?」


 意地悪だ。私は意地悪だ。青柳さんは、山野くんのことを思って言っているというのに。


「わかったわ。確かに、白鳥さんの言う通りだわ。でもね、あなたが若林くんや神崎くん、クラスの大半の男子にしているような態度を、ヒデくんに取ったら、私はあなたを許さない。絶対に許さない」


 私は、自分を恥じた。嫉妬心から、意地悪なことをいった自分を恥じた。

 青柳さんに比べて、私はなんて小さい人間なのだろう。

 青柳さんは、真っ直ぐに私にぶつかって来てくれている。山野くんのために、私にぶつかってきてくれている。

 そんな相手に、話をはぐらかしてどうするのか。


「何か誤解があるようだから言っておこう。私は、山野くんを大切な友人だと思っている。初めてできた親友だと思っている。

 そんな人に、無礼な真似をするほど、私は非常識ではないよ」


 私が笑顔を作ると、青柳さんはニコリと笑ってくれた。

 いいなあ。この子。このまっすぐなところが、クラスで人気のある理由なんだろうな。

 私には、こんな真似は到底できないだろう。


「そ、そか。変なこと聞いてごめんね。実は、陸上部の子が、白鳥さんのことちょっと悪く言っててね。気になっちゃったんだ。よく考えたら、その子、若林くんのことが好きだって言ってたわ。わざと悪い噂広めようとしてたんだね。

面目ない。えへへへ」


「ふふふ。いいよ。気にしてない。よければだが、私と友人になってもらえないだろうか? 知っての通り、私は友人が少なくてね。

 山野くんの小さい時の話とか聞かせてもらえるとありがたい」


 青柳さんは、ニコリと笑って、私の手に抱きついてきた。

 ふふふ。可愛らしい。まるで子猫みたいだ。


「いいよ。じゃあ、今から私たちは友達だね!」


「うん。よろしく頼むよ」


「私、みーんなに自慢しちゃおーっと」


「ん? なぜだい?」


「あのね、クラスの女子も白鳥さんと友達になりたがってるんだよ。でもなんか、白鳥さんは、話しかけてこないでオーラ全開じゃない? だから、話しかけれないんだって。うふふふ」


「それは、知らなかった。嫌われているばかりと思っていたよ。たしかに、クラスの男子は変な目で見るので、話し掛けにくい雰囲気を作ってはいたんだが。まさか、同性にまでそう思われていたとは。これは、失敗したな」


 青柳さんは、私と手をつなぎ、楽しそうに廊下を歩く。

 彼女に笑顔を向けられると、楽しくなってくる。


「白鳥さん、モテモテだもんねー。隣の川浪くんなんて、携帯でこっそり写真撮ってんだよ? その写真見てる時の顔が、にたーっとして、気持ち悪いんだまた」


「む? そうなのかい? 今度、画像を消させよう。無許可で撮るとは、なんて、常識のないことをするんだ。まったく」


 青柳さんは、ケタケタと笑う。

 何がそんなにおかしいんだろう?


「あははは。白鳥さん、知らないんだ? ヒデくんもこっそり撮ってたりするんだなあ。これが」


「いや、山野くんにはちゃんと、撮るって言われたよ」


「うそー? だって、この前、白鳥さんが全高集会で演壇にたっているところを、カメラで見てたよ?」


「むっ。そんな写真を撮られていたとは。山野くんには免許を取ってきたら、お仕置きしないといけないな」


「あはは。私、ヒデくんに怒られちゃうなあ」


「ところで、山野くんはどんな子供だったんだい?」


「私が知ってるのは、幼稚園ぐらいからかな。時間ある?」


「うん。大丈夫だよ」


 私は、勉強をさぼり、青柳さんと夕方まで話し込んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ