表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

第一話

僕は生まれて初めてのデートの待ち合わせをしていた。


約束の時間は午前九時だけど、一時間前から待ち合わせ場所の駅前広場に来ている。


広場にある時計の針は、午前八時五十五分を指そうとしていた。


僕に向かって「彼女」がゆっくりと歩いて来た。


広場にいる男たちの視線が彼女に向けられる。


それほどの彼女は美人だ。


彼女は僕のすぐ前で足を止めた。


「チッ、あんな美人があんな平凡なヤツと待ち合わせかよ」


周囲から、そんな声が聞こえたが僕は腹は立たなかった。


自他共に認める平凡な僕が彼女とデートできるのが、今も夢の中の出来事のように感じているからだ。


彼女は口を開いた。


「海軍式に約束の時刻のちょうど五分前に到着したわ」


そして、僕を頭の先から足元まで見た。


「うん。うん。昨日メールした通りに、学校の制服を着て来てくれたわね」


彼女とのデートが決まってから、僕は普段手に取った事もないファッション雑誌に参考にして、いろいろと準備していたのだけど、昨日の夜になってから彼女からメールが来た。


「言い忘れていたけど、学校の制服を着て来て、私もそうするから」


という内容だった。


「さあ、行きましょう」


僕たちは駅の中に入った。


駅のホームで列車が来るのを待っている間、僕は彼女に話し掛けた。


「あの……、何で学校の制服でデートする事にしたのですか?」


僕の質問に彼女はあっさりと答えた。


「最初は海軍の制服を私がコスプレしようと思っていたのだけど、記念艦『信濃』ホームページをよく見てみたらコスプレ禁止だったのよね。セーラー服も詰襟も軍服が元になったデザインだから、これなら違反にならずに軍服コスプレに近い気分になれるでしょ?」


「は、はあ……」


僕たちの高校の制服は、男子は詰襟で女子はセーラー服だ。


「古臭い」とブレザーに変えたがる生徒が多いのだけど、彼女は前の学校がブレザーだったので、セーラー服を着れるのが嬉しいらしい。


彼女は新年度になって、僕の学校に転入してきた。


長い黒髪をなびかせる和風美人だ。


休み時間には、いつもカバーを付けた本を読んでいて、「文学少女」といった感じだ。


同級生の男たちだけでなく、上級生や下級生からも注目を集めている。


何人か男たちが交際を求めて告白したが、すべて断られている。


それが高嶺の花のようで、ますます人気になっていた。


そんな彼女と僕がデートする事になった切っ掛けを話そう。


親しい男友達数人とトランプをして負けて、その「罰ゲーム」として彼女に告白する事になったのだ。


別に僕はイジメに遭っているわけではない。


男友達とのトランプや携帯ゲームをする時の恒例の遊びだった。


他の友達がゲームに負けた時の罰ゲームとして、僕が罰ゲームを指定する立場になった時は、「コンビニで未成年購入禁止の雑誌をレジにバイトの女子高生がいる時に持って行く」と指定したぐらいだ。


今回の罰ゲームで指定する側になった男友達が指定したのは、「転校生の彼女に交際を申し込む」だったのだ。


更に彼女は文学少女らしいから、「古本屋で百円で買った文庫本を手に持って告白しろ」という条件付きだった。


そして、学校の昼休みに、僕は罰ゲームを実行した。


教室の自分の席で、いつものように読書をしている彼女に、「僕とお付き合いをして下さい」と言ったのだ。


彼女は本から僕に視線を向けると、「ごめんなさい。私は誰かとお付き合いする気は……」と言い掛けた。


しかし、僕が片手に持っていた文庫本に目を向けると、態度が豹変した。


それまで「物静かな文学少女」だった彼女が、獲物を見つけた肉食動物のように僕の手から文庫本を奪った。


「あなた!この本に興味あるの!?」


僕に襲い掛かるように詰め寄った彼女に、思わずうなづいた。


文庫本のタイトルは「回想の戦艦信濃」であった。


どうも彼女は歴史マニア兼ミリタリーマニアであったらしい。


戦艦信濃について書かれた本を持っていた僕は、同類だと誤解されたようだ。


僕は罰ゲームのために古本屋の本棚から百円の本を適当に手に取っただけで、ろくに表紙も見ていなかった。


僕は歴史にもミリタリーにもあまり興味は無いのだが……。


彼女とデートがしたかったので、適当に話を合わせる事にした。


それで、彼女が希望したデートの場所が記念艦になっている「信濃」だったのだ。


「何で、『信濃』をデートの場所に選んだのですか?」


駅のホームで列車が来るのを待ちながら、彼女に質問した。


僕はデートの経験は無いが、「何故、定番の映画とかショッピングにしなかったのか」という意味で質問したのだが、彼女の答えは予想外だった。


「確かに、建造された大和型戦艦三隻は今も現存しているわ。一番艦の『大和』は長年予備艦としてモスボールされていたけど、数年前から現役復帰したし、二番艦の『武蔵』は佐世保で記念艦になっているわ。現役復帰した『大和』を見学するのは難しいし、一番見学しやすいのは『武蔵』ね」


「佐世保って、九州ですよね?ここからは遠過ぎますよ」


「私が小学生の時に、予備艦だった『大和』を見学した事があるし、記念艦になっている『武蔵』には何度も行ったわ。『信濃』の画像は何度も見たけど、この目で見るのは、今回が初めてだわ。あなたは『信濃』を見学した事はあるの?」


「小学生の時に、社会見学で行きました」


その時の僕には、古くて錆びだらけの大きな船だという印象だけが残った。


「羨ましいわね。あっ!列車が来たわよ。いよいよ、『信濃』に行けるのね」


ホームには、ディーゼル機関車に引かれた列車が入って来た。


僕たちが客車に乗り込むと、すぐに発車のベルが鳴り、列車は動き出した。


車内では、僕と彼女は隣り合って座った。


美少女とこんなに間近になって長い時間を過ごすのは初めてだ。


その彼女の口から出てくる言葉は、ロマンチックから掛け離れた物だったが……。


「確かに『信濃』は、『大和』『武蔵』に比べるとマイナーな存在よ。架空戦記でも、そんなに目立つ出番は無い事が多いし……、あっ!ひょっとして、あなたは『史実をねじ曲げているから』、という理由で架空戦記は嫌いな人なの?」


彼女とデートの約束をしてから今日まで、彼女が趣味のミリタリーについて一方的に話すのを僕は適当にうなづいていた。


それによると、「架空戦記」とは、もしもの歴史における架空の戦争を描写した小説らしい。


例えば、「織田信長が本能寺の変で死ななかったとしたら?その後の歴史はどうなっていたか?」というような仮定でストーリーが構成されるようだ。


「いいえ、架空戦記が嫌いではありません」


僕は、そう答えたが、架空戦記その物を読んだ事が無いので、好きも嫌いも無かった。


「良かったわ。私は史実もフィクションも両方好きなの。『信濃』が出てくる架空戦記は色々とあるけど……、『大和』『武蔵』と三隻の大和型戦艦で戦隊を組んで砲撃戦をやるような。『信濃』がいまいち目立たない話が多いのよね。中には『信濃』が戦艦としてではなく航空母艦として建造された話もあったけれど、出港してすぐに敵の潜水艦に撃沈される話は、フィクションにしても酷いお話だと思ったわ」


彼女が、まくしたてる言葉を僕は聞いているしかなかった。

ご感想・評価をお待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ