来店 霊障系女性 1
チリーン
石屋ガーデンではお客様が来店した際にはお声をかけしません。石を入れる籠、籠を通す紐・チェーンなどの数がとても豊富なので人の声は他のお客様の意識の妨げになるとか、ならないとか。ただ単にめんどくさがったオーナーがそういった接客をしていなかった説に一票を投じたいところですが。
俺、田辺大樹がカウンターに入っている時にくるお客様は少ない。人がいないのでじっくりと商品が選べるのが特典です。石籠のデザインは現在1100種類超。素材の種類はシルバー・イエローゴールド・ピンクゴールド・ホワイトゴールド・プラチナの五種類。希望デザインで希望素材があるとは限りませんので是非カウンターまでご相談ください。現品限りになる可能性もあります。
「・・・」
現実逃避を試みてみたものの、現在1名いる客の気配に悪寒がしてしょうがありません。この気配はそう、11時から19時の早番勤務時の俺のお楽しみ、一階Dラウンジでブランチをしていた時に感じたものと同じ。
俺は初めて気配を感じたときに思った。
『コレはヤバイ』
『見てはいけない』
『感じでもいけない』
背中に流れる嫌な汗すら感じなかったことにして足早に出勤した。その後何度もブランチをとっていた時に確かに・・・、いや感じてない感じてはいけないモノなのだ。
『怖くても、怖いと思ってはいけない。そして見ちゃいけない』
精神統一はかなりの腕前と自負しています。
高校生向け商品の主力は銀製品です。お値段が比較的安めなので多くの種類を取り扱います。銀は空気に触れると硫化し黒くなっていき、一定の期間での手入れが輝きを保つのに必須です。お手入れ方法はいろいろありますが、当店では鍋+水+アルミホイル+塩適量をIHクッキングヒーターにのせ20分ほど暖めるという方法をとっています。あとは柔らかい布で丁寧に拭きあげれば完了です。
『ああ・・・目が合ってしまった・・・』
『こっちくるな話しかけてくるなっ』
俺は必死に念じます。なぜかって?そんなのに理由はありません。あえて言うならば勘。俺の第六感が最大レベルでの警報を発しているのです。
「あの・・・」
ヒィイイイイイイ。パタッと倒れたい。
「大樹、クローズだ。そこの女、周りのものに触れるな」
オーナーの怒号が響き、ヒッと息を呑む声が聞こえた。
「女、こっちに来い手すりにも触れるなよ。入って三歩で止まれ」
石の選別部屋に怖いものを招くオーナー。歯の根がかみ合ってカチカチ言いそうな俺はいつも腹黒変人だと思っているオーナに頼もしさを感じる。
俺には怖い(触らない)物、怖い(行かない)場所があったりする。それが何なのか突き詰めて考えたことはないが思うことはある。25年生きてきた中で初のご対面、人バージョン・・・考えるの停止。
「大樹、そろそろ大丈夫だろう手伝え」
選別部屋入り口でオーナーが麗しいボイスを響かせる。ふっと視線を動かしてみるとあれだけ本能が否定していた人が視界に入った。
「あ、はい」
アレだけ否定していたのが嘘のようであまり綺麗とは言えない長い黒髪の女性が椅子に座っていた。すでに店舗入り口はクローズの状態になっている。
「入会用紙もってこい」
「は、はい」
「この前のトマト娘がうつったか?」
「大丈夫です」
何分の間フリーズしていたのか、知りたくもない。入会用紙をクリップボードにはめてペンを持ち部屋へと向かう。女性の対面にはデンとオーナーが座っている。そっと女性の横にクリップボードとペンを置く。
「大樹、一番上の左から二番目、3のやつもってこい」
訳・透明な石の3万台のものを出して来い。
オーナーの意思には逆らわないのが従業員の心得です。
ポケットに常備されている布手袋をはめ指定位置の引き出しの鍵穴に鍵をさし開錠します。販売価格3万円の入っている木箱を取り出しオーナーの横に着きます。
「見せるだけでいい、気になったやつで終わりにする」
この時点になって俺は女性の顔をはっきりと見ることになった。見なきゃ良かった・・・。後悔先に立たずをくしくも実体験。
ぎょろっと大きく見開かれた目。かなり血走っています。メイクアップ、ではなくメイクダウンしているんじゃないかと見間違えそうな目のクマ。眉の上で一直線に切りそろえられた前髪。梳かしているのかいないのかわからない長い髪はどころどころ静電気、静電気以外の何かでの作用は認めたくないほど浮き立って跳ねている。
木箱から一つ一つ彼女に見えるように持ち上げる。チャック付きビニ袋+水+透明な石。8個ほどしか入っていないのだが7個目で血管の浮き立った枯れた手で指をさされる。
「大樹、適当な籠にいれて紐つけて退場願え」
お会計なしの超特例措置に思わず口が空いたままになります。
「退場後、お前はお使いだ」
オーナーが人外の生物に見えます。オーナーの目にはいったい何が見えているのか、絶対に俺は聞かない。