来店 小動物系少女 2
「よよよよよっ」
予約日時間5分前、小動物系少女桃香ちゃんはカウンターの前に現れ俺に向かって例の奇声を上げる。
「お待ちしてました」
奇声だけで通じたのにほっとして予約カードを出してくれるが、最大の緊張度合いなのかプルプルと震えた手がカードを放さない。
「大樹さんカウンターお願いします。どうぞ、こちらに」
僚哉はにっこり笑って桃香ちゃんを促すが、さくっとフリーズした。
手だけで先に行けと追いやって、再起動がかかるのを待つことにする。本日は平日、人気者のバイトのシフトがダダ漏れ状態により常連になっている女子が店内に数名、僚哉に熱い視線を送る。
「ぅ・・・」
覚醒までもう少し、といった感じの桃香ちゃんであるが店内にいる女子からの嫉妬に似た視線で再びのフリーズにかかる。
まともにしゃべれたらきっと可愛い声なんだろうな、と俺はまったく関係のないことを思いながら石選びの小部屋前で待つ僚哉に視線を送り口を動かす。
『もう少し待て』
『了解』
販売員全員が読唇術ができる店というのもオカシイ。
石選びの部屋はカウンター・アクセサリーを売る場所から見えるようにガラスの扉と壁で作ってある。三段ほど階段を登らせるのだがなかなか優越に浸れて評判は上々だ。中の部屋はアンティーク調(ここ大事)。俺もあの部屋で仕事をするのだからコレがイクラで、なんてビクビクしながらなんて出来るわけもなく未確認。永遠に確認はしないつもりだ。
「僚哉は噛まないから大丈夫だよ、がんばってね」
小声で応援の言葉をかけて桃香ちゃん専用奥の手コピー用紙とペンを握らせてグイグイと追い込んだ。現在来店中の客は僚哉に話しかけるのを目的としているので誰一人として販売カウンターになど近づいてこない。
ガラス越しの桃香ちゃんを見ていると俺はハラハラするが、来店客はイライラする模様。呪いの言葉が聞こえてこないのが不思議なくらいに店内は不穏すぎる空気に包まれています。
「すいません、なんであの子あんなに時間かかっているんですかっ」
部屋に入ってから40分を経過した頃、女勇者が現れた。
「時間が長くなる方もいらっしゃるんです」
俺は魔法の呪文を唱えた。
「私もそうしても良いということですか?」
「もちろんです」
但し、担当が僚哉になることはないと断言できます。うちのオーナー変人ですからそういった振り分け間違えたことがないんです。俺は心の声を付け足した。
ガラス張りの部屋が桃香ちゃんにとって敵。マジックミラーになどなってないのだから視線は突き刺さり放題だ。オーナーに衝立でも買ってもらおう、と心に決めて俺は店内にまかれているどす黒いであろう気を受け止める。
君達、僚哉に可愛い可愛い彼女が居るって知ったらどうなってしまうんだろうね?
紫色の石・精神安定に効果があるって言われるものを押し売り、もとい販売し終えてから発覚して欲しいものだとしみじみと思う。
「あのっ、やっぱりオカシイと思うんです」
一時間が経過した頃に、女勇者2が眉間にシワを寄せながら訴える。
「ナニガデショウ?」
「時間がかかりすぎですっ」
「彼はアルバイトですから」
「だったらあなたがやればいいんじゃないですかっ」
「そうですね・・・そうなると彼はカウンター業務に専念・・・ソレもいいかもしれないですね。オーナーに相談しておきます」
「え・・・」
「お客様の貴重な時間をとってしまうのはよくありませんね」
にっこりと笑いかけてみるが、女勇者2以外の客はナニ言ってるのよ、とでも言いたげな殺気を放っていた。
桃香ちゃんのプルプルした姿が恋しい。ほっこりした空気が猛烈に恋しい。なんでこの職場はこんなに殺伐としはじめてしまったんだろう。勤め始めた頃は人気の少ないまったりした職場だったのに。
部屋に入ってから2時間を越えた頃、顔・手まで真っ赤にした桃香ちゃんが何度も頭を下げながらも退店していく。転ばないようにかハラハラしながら桃香ちゃんの姿を見送り俺はバックヤードへと退散する。
「お疲れ様です」
バックヤードでは黒髪・大きな黒目の美少女がせっせとデータを打ち込んでいた。
「玲ちゃん今店頭に出たら駄目だよ」
「水曜はデータの打ち込みなのでがんばります」
わかってないけれど安心の答えが返ってくる。水曜は危険な客が多いので店頭には出さない決まりナンデスヨ。僚哉が腹黒い笑みを浮かべながらオーナーと交渉していましたからネ。
「大樹さん」
僚哉が一定の愛想を振りまき終わったとばかりに顔をのぞかせる。その笑顔に俺の玲と二人っきりになっているんじゃない、と浮かべてあるのを読み取ってカウンターに足早に戻るがすでに客はいない。
「大樹さん先ほどのお客さんですが説明はしたのですが、ちゃんと聞いていたのか心配なんですが」
「うん。桃香ちゃん固まるからね・・・」
「異性に慣れてない感じですね」
「女子校なのかな」
「玲が説明したほうがいいかもしれないですが」
「お前と同シフトじゃ怖くて店頭に出せねーよ」
「ですよね。なのでもし来たらフォローしてあげてください。筆談セット役にたちましたありがとうございます」
チリーン
来店の音を聞くと僚哉はにっこり営業スマイルをそちらに向け石選びの部屋の片付けに向かう。カウンターに戻ってくるときっかり業務終了の時間になり、こっそりため息をつきながら店を出る。
僚哉がバイトする前の平穏なビジネスライフが戻ってくるのを切実に願います。