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「小早川の縁者として、この家を継げ、とでも言いたいんですか?」
単刀直入に聞くと、徹也から溜息が漏れた。
「それも進路の視野に入れて欲しいと言うつもりだった。私も長くなく、達也は子供を作るのが難しい体質だ。もう年齢も年齢だし、跡継ぎの事を考える必要があった」
修司は頷く。
やはりその話だったのだ。
修司はうつむいたまま、目元に手を当てたまま彼の話を聞いた。
「義母と相性が良くないと聞いていた。だから、あるいは修司もこちらにいれば幸せではないかと思ったのだ。……済まない、そんな風に傷つけたかった訳じゃないんだ」
「傷ついていたのは俺じゃありません。母です」
「都は、もうこの世にはいない」
「……」
修司は答えられずに首を振る。
都はもう何年も前に亡くなっている。五年祭も過ぎて、あと数年もすれば御霊祭も行われなくなる。それは分かっているのに、未だに夢を見ることがある。近づきたくないくせに、認められたいと思う矛盾を孕みながら、母の顔色を窺っている幼い自分の夢を。
「……少し」
修司は小さく言った。
「頭を冷やしてきます」
胸が苦しい。
どうしていいのか分からなかった。
「……大声だしたりして、すみませんでした」
自分はこの人を傷つけただろう。
あんな風に感情をぶつけるつもりなんか無かった。自分が何に対して一番腹を立てたのかも分からなかった。
あんな風に言葉を突き立てていい訳がない。
それが例え憎んだ相手だったとしても。
廊下に出ると人の気配がして顔を上げる。
「修司君……」
入るタイミングを失っていたのだろう。お盆を持ったまま達彦が扉のすぐ近くに立っていた。
声を出せば泣いてしまいそうな気がして修司は頭を下げる。
情けないと思った。高校生にもなって、こんな風にしか感情を表現できないなんて。自分の器用さは手先にしか集中していないのだろうか。
修司は達彦の脇をすり抜けて歩き出す。
廊下の角を曲がって、そこで立ち止まった。
無駄に広い家が今だけは有り難く思う。
「?」
不意にポケットの辺りが震えるのを感じて修司はポケットの中に手を突っ込んだ。
震えていたのは勿論携帯電話だった。
見覚えのある番号だったため、ためらいなく携帯に出る。
「……はい」
電話の向こう側からは明るい声が響いてきた。
「……ああ…………いや、大丈夫だ、風邪ではない。公欠扱いになっていたはず………ああ………心配かけたみたいで済まない。…………うん………ああ…………寮に戻るのは明日になると思う。それまで…………ああ、頼む………。うん、じゃあ」
電話を切るとすぐにまた別の着信があった。
後輩の番号だった。
「ああ、どうした? ………いや、副会長には話を通していたんだが………いや、すまない、心配をかけたみたいで悪かった。…………ああ、実家の用だ。……うん」
暫く話し込み、修司は事情を説明する。
どうやら殆ど休まない自分の姿が見えないことで周囲が心配しているらしい。生徒会の仕事があるため副会長には話をしたが、毎日のように顔を合わせる生徒会の人間にはしっかり伝えるべきだったと反省をする。
電話を切るとすぐにまた着信があった。
授業が終わった直後にかけたが、ずっと話し中で心配したと言われ、さすがに修司は吹き出した。
皆、自分のことをこんなに考えてくれているのだと温かい気持ちになる。
そう、学校の仲間はいつもそうだ。
優しい人たちだ。
一通り電話を終え、修司は息を吐く。
普段自分は余り喋らない上に、電話は相手の表情が見えないから余計に苦手だ。着信などない方がいいと思っていたが、それでも、優しい気持ちになれる。
先刻の尖った気持ちが解けていくようだった。
「修司君」
声をかけられ修司ははっとした。
達彦がこちらを見ていた。