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都忘れ  作者: みえさん。
1/6

  唐突に小早川の伯父から会いたいという趣旨の手紙が来た。

 いつか来るだろうと分かっていたが、それはあまりにも突然の事のように思えた。

 修司は手紙と一緒にチケットを机の上へと置いた。手紙に同封されているのは成田空港から小松空港までの飛行機のチケットと、旅費にして欲しいと現金が三万円ほど入っていた。

 断るのならば手紙が届いた時点で断りの電話を入れるべきだったのだ。それをしなかったのは修司の中で既に腹は決まっていたのだ。

 学校へは既に鷹取の実家の方から連絡が入っていたらしく、やむを得ない事情と言うことで公欠扱いになるという。ここまで準備されてしまえば自分の我が儘で行かないとは言い出せなかった。

 小早川は修司の実母、都の実家になる。

 鷹取同様に古い家であり、何代も続いてきた名家だ。そこに修司だけが呼ばれる理由は何となく見当が付いた。

 小早川の家はここ二十年ほどの間に身内に不幸が続き、現時点で家長徹也の長男であり修司の伯父でもある達彦を除いて一番血が濃いのは修司なのだ。先だって家長徹也が倒れ、達彦も五十を超えて、子供はない。

 その上でただ‘遊びにおいで’と言われている訳がない。

 長期休暇でもない、この時期に。

 空港へは家人の小塚が出迎えに来ていた。彼の運転する自動車に乗り込み、修司は小早川の屋敷の方に連れて行かれる。

 鷹取の家もそうだが、小早川の家もあまり現代という雰囲気を感じない。和の建築である鷹取と違い、こちらは洋館という違いはあるのだが、どちらも一般家庭とは言いにくい印象がある。もっとも幼い頃はこれが普通であったために、むしろ友人の家の方が異質に感じていた。

「ああ、暫く見ない間に随分と大きくなった」

「ご無沙汰しています」

 出迎えに出てきた伯父に修司は頭を下げた。

 正直言えば、修司はこの伯父が少し苦手だった。格好良い人だとは思う。趣味も良く人柄もいい。幼い頃、修司に対しても優しく笑いかけてくれたのを覚えている。

 嫌う要素などないというのにこの人が苦手だった。

 多分‘小早川’の長男だからだろうと思う。

「呼び立てて済まなかったね。本当なら私の方から鷹取に挨拶しに行くべきなのだが、父の体調が思わしくなくてね」

「……はい。あの、お祖父様は」

「退院して自宅に戻っているよ。……本当のことを言えば、修司君に会いたがっているのは父の方なんだ」

「お祖父様が?」

「そう、会ってくれるね?」

「あ……はい」

 言われて修司は頷くしかない。

 ここまで来ておいて会いたくないとは言えない。それに、柔らかな口調で言われても伯父の言葉には有無を言わせない強制力のようなものがあった。

 修司は達彦の後に付いて小早川の屋敷の廊下を歩く。都が交通事故で亡くなる少し前からここに来ていないのだから、もう十年ぶりくらいになるのだろうか。

 荷物は小塚が部屋の方に運んでくれている為に持っていないのだが、それがどこか心細いようにも感じた。

 修司は滅多なことで人を嫌わない。人を嫌うことが苦しくて嫌なのだ。それに、世の中には初めから悪人などいないと信じている。

 だが、小早川徹也だけは駄目だった。

 どうしても好きにはなれない。

 伯父を苦手と感じてしまうのとも違う。出来ることなら会いたくないとさえ思ってしまう相手だ。

 これが恐らく人を嫌うという感情なのだと修司は思った。

 達彦は不意に部屋の前で立ち止まり、ノックをする。

「父さん、修司君が来てくれました。入りますよ」

 声を掛けるとドアの向こうから小さく返事が返る。

 ドアが開かれ、達彦に促されるように部屋の中に入ると、ベッドに横たわる徹也の姿が見えた。

 病院のような匂いがした。

「修司、良く来てくれたな」

 彼はゆっくりと発音した。

 以前あった時よりもその声に覇気はなく、また小さくなったようにさえ見えた。

 それは修司が成長したせいもあるだろうし、高校に自分と同じくらいやそれ以上に体格のいい人たちが多いからだろう。

 病気のせいでこんな風になったとは出来れば思いたくはなかった。

「ご無沙汰……しています」

 修司が挨拶をすると、徹也は半身を起こす。

 それを手伝って、達彦はベッドを少し起こした。

「こんな格好で済まないな」

「いえ、あまり無理はなさらないで下さい」

 自分で出した声が酷く冷え切っているのを感じた。

 元々修司の声に抑揚はあまりない。低く感情を含まないような声で口べたなのも手伝って何を怒っているのかと聞かれるくらいだ。さすがに寮生達は慣れてくれたようだが、新入生などには怯えられることが多い。

 その声が更に凍えて聞こえたのは自分だけだろうか。

「達彦、修司に何か飲み物を」

「はい。用意させます」

 達彦はぺこりと頭を下げて部屋を出て行く。

 二人きりになって修司は表情を強ばらせた。

「座って……楽にしてくれ」

「はい」

 促されるまま、修司は脇にあった椅子に腰を下ろす。

「学校はどうだ?」

「恙なく」

「生徒会長をやっていると聞いたが、自分で立候補したのか?」

「いえ、友人に誘われました」

「仲がいいのか、その友達とは」

「良くしてもらっています」

「寮の生活はどうだ? 鷹取の家とは違い不自由もあるだろう」

「大丈夫です」

「まだ剣道は続けているのか?」

「進学と同時に辞めました」

「何故?」

「自分には誰かと戦うことは向いていないので」

「そうか……。その、恋人はいるのか?」

 修司は少し唇を噛む。

「………そんなことを、聞いてどうするんですか」

「いや、済まない。久しぶりに会ったから、色々と話がしたかっただけだ」

 本題に入るきっかけを探しているだけだろう。

 この人は修司のことになんて興味はない。あるのは‘小早川の血を引く修司’であり、鷹取修司ではない。

 この人は、自分の娘にさえ興味を持っていなかったのだから。

 修司は膝の上に置いた拳を握りしめた。

「隆司郎君は元気かね」

「はい。父もお祖父様にはよろしくと。弟達も元気です」

「そうか」

 言って彼は言葉を切る。

 修司は黙って彼を見つめた。

 倒れた理由を修司は知らないが、弱っているように見えた。

「修司は……兄弟の中で一番、都に似ている」

「………」

 叫びそうになって修司は一度言葉を飲み込む。

 間をおいて、ゆっくり吐き出した。

「よく、言われます」

 体格こそ良くなってしまったが、顔立ちも髪の色も虹彩の色も母親に似ている。時折鏡に映る自分の姿が母親に見えて気持ちが悪いと思うことさえあった。

 生き写し、と言われても仕方がないと思う。

「都は出来のいい子供だった」

「……」

「だから安心していた。家の子供達は手がかからないと。私は仕事に没頭し、子供達の何も見ていなかった。……いまだにあの事故が、自殺ではなかったのかと、疑ってしまう」



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